二十七話 ボスと眷属
「影に潜むだけが取り柄の獣風情が、群れただけで己を強者だと勘違いするなど……」
魔獣の群れを掃討し、合流をするべく来た道を引き返して山中を走り回っていたベイルがやっとのことでギリアンの姿を認めると、彼は何やら苛立たし気な表情で魔獣と対峙していた。
ギリアンの前には、彼が受け持つこととなった特殊な魔獣の他にも何体もの魔獣の姿が窺える。
しかしそれに臆することなく、右手を空に掲げた。
「――消え失せろ」
そう呟くと同時に、ギリアンの頭上にどこからともなく黄金に光る剣が幾本も現れる。
全く同じ形状の剣が、重力に逆らって空中に。
あれが、勇者ギリアンの異能。
思わずギリアンに声をかけることをやめて木々の影から眺めていたベイルは、初めて見たギリアンの能力に目を見張る。
曖昧であった黄金の剣が確かな形となって世界に定着したその瞬間、ギリアンは右腕を振り下ろした。
その腕の動きに倣って空中で待機していた黄金の剣は一斉にその牙をむいて魔獣の群れへ襲い掛かる。
光の尾を引く速さで迫る剣を避けることは叶わず、ギリアンの狙い通りに魔獣の体躯を貫いた。
断末魔を上げることすらなく赤い花を咲かせながらその場に倒れ伏す魔獣たち。
その群れを一瞥し、ふんっと満足そうに鼻を鳴らすとギリアンはベイルのいる方へ視線を移す。
「その様子だと、逃げ帰ってきたわけではないようだな」
「役割はきちんと果たしたさ」
「結構。予想していたよりも随分と早かったからな、もしかしたらと思っただけだ。――っと、まだ来るのか」
いまだ倒せていない、影を纏う異質な魔獣。
その奥からさらにわらわらと魔獣の群れが現れたのに気づいて、ギリアンは苛立たし気に舌打ちをする。
元々魔獣の群れはベイルが担当し、ギリアンは異様な魔獣のみに専念する手はずだった。
にもかかわらず想定以上に魔獣が多く出現し、その邪魔をされて苛立ちを隠せずにいるらしい。
「いくら現れたところで、雑魚が群れただけではこの僕に一瞬以上も抗うことはできないというのに。やれやれ、これだから無知な獣は。力の差を見せつけてやる必要があるらしいな!」
――とベイルは傍目から見てそう思っていたが、どうやら当人はまんざらでもないらしい。
額に手を当ててため息を零すギリアンのその姿は、余裕に満ち満ちていて、どこか乗り気だ。
が、直後目の前に広がった光景を前にその表情を歪めた。
魔獣の群れの背後で守られるようにして佇んでいた影を纏う特徴的な魔獣。
その体躯を覆う影が突然近くの草むらにゾワリと伸び、そこにいた野生の獣に纏わりつく。
うめき声を上げてその場で気が狂ったように暴れまわった獣は、しかし直後には周囲の魔獣の群れと一部と化し、ベイルたちに向けて殺気を向けてきた。
「……なるほど、異常な量の魔獣の出現はこれが原因というわけか」
ギリアンが納得したように頷く。
その横で、ベイルも同意するように首肯した。
神官として魔獣の討伐任務も行っていたベイルは、その経験も並みの戦士よりも豊富である。
通常魔獣は稀人のように先天的に、あくまで偶然に生まれる存在だが、極稀に後天的に発生することもある。
それは人為的なものであったり、今回のように魔獣の持つ能力によって普通の獣が魔獣となってしまったり。
今回は、あの影を纏う魔獣が獣を自身の配下としているらしい。
それこそが、あの魔獣の能力。
だからこそ、他の魔獣たちは皆等しく影を操る能力を持っていたのだ。
「やはり、あの魔獣を始末するのが一番の解決策らしい。……ややこしいな。ふむ、仮にあの魔獣を変異体と呼称しよう。先程までとは変わらず僕がボスを相手にするが、いかんせん数が多い。君にはまだ働いてもらうことになるが、それで構わないな?」
「俺に選択の余地があるのか?」
「無論、ないとも」
ベイルの問いに、ギリアンは心底愉快そうにくくっと笑う。
その態度に肩を竦めながら、ベイルは魔獣の群れに鋭い視線を浴びせた。
「せいぜい、勇者様の足手纏いにならないように努めるよ。それよりも、あの影には気を付けた方がいい」
「ほう?」
「魔獣の能力は未知数だ。それこそ、あの能力の対象が人にまで及ばないとも限らない。自分の力に自信を持つのはいいが、足元をすくわれない様にしてくれよ」
「なるほど、心に留めておこう。それにしても、君は随分と魔獣について詳しいのだな」
「……人づてに聞いた話だ」
内心で動揺しながらも、ベイルはそれをおくびにも出さないで平然と取り繕う。
そんなベイルに、ギリアンは好奇の眼差しを送りながらも魔獣の群れが跳び掛かろうとしてくる気配を感じ、「まあいい」と話を区切った。
「では、行くとしようか。――殲滅だ」
黄金の剣が空に現れる。
それが魔獣の群れへと投射されると同時に、ベイルもまた地を蹴った。
◆◆
ギリアンの前方へ跳び出したベイルは、勢いを保ったまま流れるような動きで腰に差した剣の柄へ手を伸ばした。
ギリアンの目がある以上、あまり大っぴらに神技を使うわけにはいかない。
ここは、見かけ上は普通の人間として戦う必要がある。
幸い、ギリアンの稀人としての能力は想像以上だった。
自分が多少手を隠して立ち回っていたところで、魔獣の殲滅は容易にできるだろう。
要は、ボスさえ倒せればいい。
「――ッ」
残像の残る速さで抜き放たれた刀身は陽の光を反射してキラリと光る。
柄を握る右手に力を籠める。
一瞬、ゾワリと白い光が右手から湧き上がると、それは刀身を薄く覆いつくす。
白い光に包まれたその剣を一閃――。
跳び掛かってきた魔獣を二体、たった一太刀で斬り伏せた。
「ガゥウウウァーーッ!」
両断された魔獣の死骸が血しぶきを撒き散らしながら地に落ちるよりも先に、回り込んでいた別の魔獣がベイルの背後から跳び掛かる。
それを、まるで後ろに視界があるかのように的確に半身を下げて躱すと、すれ違いざまに剣を突き刺した。
数秒にも満たない時間で三体もの魔獣を倒してみせたベイルの戦いぶりに、ギリアンは機嫌よく口笛を鳴らした。
「見事だ。では、僕も少し本気を出すとするか!」
威勢よく叫ぶと同時に、空に現れる無数の黄金の剣。
その剣先はボスに向けられている。
ボスは空を見上げると、黄金の剣をガルルルゥと威嚇する。
そして――
「ッ、小賢しい真似を!」
憤慨するギリアンの声。
黄金の剣が投射されるや否や、ベイルに向けて敵意を向けていた魔獣の群れが一転、ボスの壁になるように剣の間に割って入った。
獣のうめき声が響く中、ボスは無傷のままギリアンたちを見据える。
戦力が削がれた今が好機と見たベイルがボスに向かって跳び掛かると、その考えを嘲笑うかのように奥の草むらから魔獣たちが更にその姿を露わにした。




