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聖女様を甘やかしたい! ただし勇者、お前はダメだ  作者: 戸津 秋太
一章 共和国の勇者

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二十六話 聖域

「よかったんですか?」


 ルナと、そして勇者一行を残してギリアンとベイルの二人は原っぱを突き進んでいた。

 辺りを吹き抜ける強風に体を晒しながら、ベイルは一歩前を進むギリアンの背中に視線を送り、疑問を投げかける。


 ギリアンは前を向いたまま歩みを止めずに「何がだ?」と問い返した。


「俺を連れてきて、です。皆さんを置いてきたのに」

「なんだ、そんなことか」


 そこで初めてギリアンは立ち止まり、ふっと笑みを刻みながら振り返る。

 それに倣って足を止めるベイルを真っ直ぐに見つめる。


「認めるのは癪だが――君は、彼らよりも強いだろう?」

「――!」

「何を驚いている。僕の殺気に臆することなく立ち向かってこられる人間が、弱いはずがないだろう。僕はね、身の程知らずは嫌いだが、それが大言壮語でなければむしろ好ましいと思う質なんだ。だから、これは君への機会というわけだ」

「機会?」


 反芻すると、ギリアンは背筋に寒気が走るような凄惨な笑みと共にニッと口角を上げた。


「ああ。君がただの身の程知らずなのか、それとも本当に神を殺せるほどの強者なのかを見定めるためのね。無論、前者であれば君に未来はない。神を冒涜した大罪をその命をもって償ってもらおう。――どうだ、面白いだろう?」


 くっくっくと、心底愉快なのだろう。

 愉し気な笑みと共に、ギリアンはベイルに二つの未来を提示し、その選択を強いる。


 つまり、自分の期待に応えて生き延びるか、それとも失望させて殺されるか。

 ベイルとしては、どちらであってもあまり望ましくない未来だ。


 期待に応えれば勇者に注目されることになるし、後者は論外。

 すべては自分の軽率な行動が招いたとはいえ、許されるならばあの夜に時間を巻き戻したい。


 ――とはいえ、手がないわけではない。


 この場には自分を除けば勇者ギリアンしかいない。

 もし彼に全てを見抜かれてしまうようなことがあれば、その時は彼の口を封じてしまえばいい。

 それこそ、どんな手を使ってでも。


 だから、ギリアンの問いかけへの答えはたった一つだ。


「期待に応えて見せます、必ず」

「それでいい。どうか、僕を失望させてくれるなよ」


 どこか祈るように、切実な声色でギリアンは呟いた。

 そうしてすぐに振り返り、また歩を進め始める。


 が、すぐに何かを思い出したように右手をあげた。


「そうだ、一つ気になっていたんだが……」

「……?」

「君のその口調、気持ち悪いからやめてくれないか?」

「え?」

「だから、僕にため口で話すことを許すと言っているんだ。光栄に思いたまえよ。まあその分、僕を失望させたらどうなるか、わかっているだろうね」


 ギリアンの提案、もとい命令にベイルは唖然とする。

 が、すぐに微かな笑みを刻む。


「ああ、わかった。二人でいるときはそうさせてもらう」

「結構。――っと、いいタイミングだ」


 満足そうに頷くと、一転、前方の草むらへと鋭い視線を向ける。

 ベイルもまたそちらを見やり、即座に全身に力を漲らせる。


 ガサガサと草が掻き分けられる音。

 その音の発生源からは、先刻から感じている不穏な気配。


 直後、それは現れた。


「グルルルルラァァァアァアアアアアアッッ!!」


 漆黒の体躯、理性を失った獣よりもさらに獰猛な、凶悪な咆哮。

 涎を撒き散らし、赤い双眸に狂気と殺気をない交ぜにした、見るも聞くもおぞましい闇の眷属。


 ――魔獣だ。


 しかし、現れた魔獣はこの道中で遭遇したどの個体とも違う。


 本来、魔獣とは稀人と同じく特異な力を宿しただけのただの獣。

 ゆえに、その見かけは他の獣と大差ない。


 だがこれは、全身が黒い影に覆われていてその体の輪郭を見ることすら叶わない。

 ゆらゆらと揺れる巨大な影の中、赤い二つの光がギリアンとベイルを鋭く捉える。


「……へぇ、面白そうだ」


 異質な敵を前にして、ギリアンは嗤う。

 そして今日初めて、勇者が戦闘態勢に入った。


「――ッ」


 二人が魔獣に攻撃を仕掛けようとしたその瞬間、目の前の魔獣の背後から数十近い魔獣の群れが現れた。

 それらはどれも、道中で遭遇した至って普通の魔獣ばかり。


 しかし、この数はやはり異常だ。

 そもそも、魔獣が群れで行動すること自体が稀である。


 体勢を低くして、今にも跳び掛かろうとしてくる魔獣の群れを前に、ギリアンは呟く。


「ふむ、では君にはあの魔獣の群れを任せるとしよう。僕は……そうだな、あの異様な魔獣の相手をしておくか。異論は? 今なら逃亡を許すぞ。まあその後で僕が君を殺すけどね」


 答えをわかり切っているかのように、それこそどこか嬉しそうに嗤うギリアンにベイルもまた一笑する。

 それを合図に、二人は魔獣に向かって駆け出した。


◆◆


「うまくいったか」


 原っぱを抜け、再び木々が生い茂る山の中を走りながらベイルは後ろに視線をやる。

 そこには凶悪な殺意を振り撒きながらベイルを追う魔獣の群れ。


 だがそこに、異質な魔獣の姿はない。

 その魔獣の相手は、きっとギリアンがしているはずだ。


 予定通りうまく分断できたことを確認し、ベイルはその場で立ち止まった。

 突然の行動に、魔獣の群れに一瞬動揺が走る。

 が、即座にベイルを取り囲むように木々の合間にその体躯を滑らせる。


 流れるような一連の連携を前に、ベイルは眉をひそめる。

 魔獣は目にしたものに襲い掛かる習性がある。

 つまるところ、およそ理性と呼べるものが欠落しているのだ。


 ゆえに、今のように連携を取りながら敵を取り囲むようなことをする個体はそういるものではない。

 加えて気になるのが――


「……またか」


 ベイルを取り囲む魔獣たちが一斉に影の中へ消える。

 そう。今日遭遇する魔獣のどれもが例外なく、以前相対した魔獣と同じく影を操る能力を保持しているのだ。


 魔獣は稀人と同じく、その力は多様にある。

 それが今のように一様であることもまた、珍しい。


 こういう事例の時は大抵――


 過去、神官として魔獣と戦っていた時の経験を元に推測を立てていたベイルだったが、迫りくる魔獣の群れにその思考が打ち切られる。


 地面を超速で進む影。

 ベイルの足元まで到達すると同時に、そこから魔獣が飛び出てくる。


「ガルルルゥアッ!!」


 魔獣の鋭い爪牙がベイルの心臓へ突きつけられる。

 全方位からの容赦のない攻撃に、ベイルは足に力を籠め、その場を飛び上がった。

 一瞬にして魔獣を置き去りにし、すぐ傍の木の枝に飛び移る。


 ベイルの行方をほんの少しの間見失った魔獣がギョロギョロと獰猛な眼差しで周囲を見渡すその様子を見下ろす。


 ――突如、ベイルの纏う空気が一変する。


 ノーティス村の牧師としての彼は消え、ただ冷徹な殺戮者であった彼へ。

 黒い瞳は鋭く、それでいてひどく無機質な。


 その異変に魔獣も気付いたのか、一斉に顔を上げる。

 そして、木の枝に悠然と佇むベイルを視界に捉え、魔獣たちから終始発せられていたうなり声が鳴りを潜める。


 そこにあったのは、恐れ。

 本来、生物であれば誰もが持つ生存本能が発する警鐘。

 魔獣が失って久しい感情だ。


「バゥガァァッッッッ!!!!」


 次の瞬間、魔獣たちが弾かれたように動き出す。

 全身を影とし、その形状を槍としてベイルの体躯を貫かんと空へと伸ばす。


 地上から迫る、数十の漆黒の槍の雨。

 そこに逃げ場はない。

 狂気に染まった魔獣たちの脳裏には、次の瞬間にあの恐ろしい敵が串刺しとなって地面に落ちる光景が映し出される。


 ベイルもまたそのことを理解しながら、しかし落ち着いた様子で一つ息を吐くと、軽やかな動作で己の前へ右手を突き出した。


 意識を内へ。

 己の内側にある、力の源流の中へ埋没する。


「――聖域よ、在れ」


 超常の力が、湧き上がる。


 ベイルの全身を白い光が覆い、彼の右手の先へ流れ込む。

 直後には、白い粒子が盾になるかのようにベイルの前方に展開された。


 その壁に漆黒の槍が触れた瞬間、それは宙に溶けて消えていった。

 弾くでも、粉砕するでもなく、まるで浄化されたかのように。


 予想だにしなかった展開を前に、魔獣たちがたじろぐ。


 神技の一つ――聖域(サンクチュアリ)


 発動者が拒んだ現象や物体の一切を排除する、絶対領域。

 絶大すぎる力ゆえに制約も多いが、護りの神技では最高クラスに分類される。


 それこそ、七天神官レベルでなければ発動することはできない。


 影に変質した体を元に戻し、様子を窺う魔獣たち。

 その体躯の至る所が欠損している。

 下手に突っ込めば今度こそ文字通り消滅させられることは、身をもって理解しただろう。


 ゆえに、魔獣としては非常に稀有な行動――撤退を選択する。


 ベイルに背を向けて再び木々の影へと消えていこうとする魔獣の群れ。

 しかし、魔獣たちが逃亡に選んだ先にはルナたちが留まっている場所がある。

 そこへ逃亡を許すわけがない。


 腕を横に一閃。

 その腕の動きに倣って光の粒子が瞬く間に辺りの地面一帯に浸透し、この場から影を消し去る。

 再び生物としての形を取らざるを得なくなった魔獣の群れを見下ろしながら、ベイルは一言。


「――じゃあな」


 パチンッと指を鳴らす。

 その瞬間に、音もなく地面から突き出た白光の槍の山に、魔獣たちが串刺しになる。


 木々が太陽の光を遮る山の中。

 地面を覆う純白の光とそこから突き出た鋭い聖槍は、ある種の幻想的な恐怖を抱かせる。


 その真ん中に降り立ったベイルは串刺しとなった魔獣の群れが全滅していることを確認し、再度腕を振った。


 この場から光が失われ、魔獣の死骸がどさりと音を立てて地面に落ちる。

 暗い地面に魔獣の群れの鮮血が染み渡るその光景を見届けてから、ベイルは漂う腐臭に目を細め、それからギリアンのいる方を仰ぐ。


「……さて、あっちはどうなったかな」


 先ほど立てた推測が正しければ、いかに勇者と言えども手こずるやもしれない。

 あるいは、それ以上の最悪な展開も考えられる。


 木々の合間から太陽の光が差し込む。

 その時にはすでに、ベイルの姿は消えていた。

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