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聖女様を甘やかしたい! ただし勇者、お前はダメだ  作者: 戸津 秋太
一章 共和国の勇者

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二十五話 約束

「大丈夫ですか?」

「あ、ああ。すまない……」


 険しい山道を登った先の少し開けた場所で、一行は足を止めていた。

 負傷者の傍に駆け寄り、治療を施すルナの姿を捉えながらベイルは周りの負傷者たちにも視線を移す。


「――おかしい」


 隣で同様に彼らを見渡していたギリアンが、神妙な面持ちで呟く。

 同意を求めての発言ではないだろうが、ベイルも同じようなことを考えていたので小さく頷いた。


 ここに来るまでの道中、軽く二十を超える魔獣と遭遇し、こうして彼らは疲弊している。

 いかに南部の調査を怠っていた期間があったとはいえ、これほどの数の魔獣が発生するとは考えにくい。


 特異な力を宿して生まれた獣――魔獣は、これほどまでに高頻度で発生することはそうあることではない。


 何かこの山で異変が起きているのだろうか。そういった疑念を抱かせる要因が、一つある。

 この先、原っぱを抜けた更に奥。

 木々が生い茂る山頂付近から不穏な気配が感じられる。

 今回の魔獣の大量発生の原因がその気配であると仮定するならば、この先さらに多くの魔獣と接敵する可能性がある。


 だとしたら。

 ベイルは一行を厳しい眼差しで見つめる。


 確かに彼らは強い。村の自警団などよりも、余程。

 けれどこの程度の敵にこうも手傷を負っているようでは、この先は足手纏いにしかならない。


 とはいえ、勇者一行に対して一介の牧師がそんなことを言ったところで相手にされるわけもない。

 幸いなことにルナの力によってここまでの道のりで負った傷は回復している。

 彼女の体力も心配ではあるが、この中の誰かが命を落とすような事態になることは防げるだろう。


「よし、君たちはここに残れ。ここから先は邪魔だ」

「――!」


 そんなことを考えていたものだから、ギリアンの歯に衣着せぬ物言いにベイルは驚いた。


 相手が勇者であるとはいえ、邪魔者扱いされて憤らないわけがない。

 そう思って慌てて彼らを見渡すが、意外なことに彼らは従順にギリアンに対して頷き返していた。

 その表情に多少の悔しさは滲み出しているものの、ギリアンに対して怒りを抱いているものはいない。


 なるほど、とベイルは納得した。


 勇者であるギリアンに彼らがついていけないのはいつものことなのだろう。

 だからギリアンは道中の敵との交戦には彼らの成長のことを考えて手を出していないのだ。


 言い方には棘があるものの、彼の一連の言動や行動は一行を気遣ってのものか。


「なんだ? 間抜け顔をして。悪いが君にはついてきてもらうぞ」


 ベイルの視線を感じて、ギリアンが挑発するような笑みと共に声をかけてくる。

 曖昧な笑みを返しながら、ベイルはルナへと視線を戻した。


 彼女をこの場に残していくべきか、それとも連れていくべきか。

 ルナは自分の目が届くところにいてくれた方が安心できるし、守ることもできる。

 しかし、この先に何がいるかもわからない場所へ連れていくよりも、この場で彼らと共に待っていてもらった方が安全なのではないか。


 考えあぐねているベイルに、ギリアンはふっと笑みを零す。


「自分の心配よりも、彼女の心配か」

「……悪いですか」

「いいや、むしろ面白い。君のような人間と会うのは初めてだからね。……僕の仲間は、当たり前だが僕には遠く及ばない。だがそこいらの軟弱者どもよりも強いと思っている。彼女の体力のことも考えるなら、この場に残していった方がいいと思うけどね」

「……!」


 飄々とした様子で語ったギリアンに、ベイルは思わず瞠目する。

 言い方はやはり素直ではないが、つまるところ彼は「僕の仲間は強いから安心しろ」と言ってくれているのだ。


(調子が狂う……)


 善人よりも悪人よりも、ギリアンのようなハッキリとしない人間の方が余程対応に困る。


 とはいえ、ギリアンの申し出はありがたい。

 彼の指摘通り、確かにルナの体力にも心配が残る。

 共和国の勇者が育てた彼らの傍ならば、万が一のこともないだろう。


 ベイルはそう決めて、ルナの下へと歩み寄った。


◆◆


「聖女様」

「ッ、ベイルくん!」


 怪我人の治療もひと段落したらしい。

 大きく息を吐き出し、額の汗を拭っていたルナはベイルの声掛けに気付くとパッと表情を明るくする。


 思わずベイルも表情を緩めながら、しかしここがギリアンのいう〝敵地〟であることを心に再度刻み、緩んだ頬を引き締める。

 そして、地面にペタリと座るルナの隣に腰を下ろした。


「お疲れ様です」

「いえ、無理を言ってついてきたんですから、このぐらい当然です。何もしなければ、それこそ私はお荷物ですから」


 少し自嘲を含んだ笑みを浮かべながら、ルナは言う。

 彼女自身、ここまでの道中何もしていなかったことに罪悪感のようなものを抱いていたのだろう。

 ベイルは「そんなことは……」と返すが、これから話すことが脳裏をよぎってそれほど強い否定はできなかった。


「聖女様、少しお話が」


 真剣な眼差しでそう持ち掛けてきたベイルに、ルナは居住まいを正す。

 少し不安そうに瞳を揺らす彼女を真っ直ぐと見つめ、ベイルは告げた。


「聖女様は、皆さんと共にここに残ってください」

「ッ、私はベイルくんと一緒に行きます」

「……聖女様、この先に恐らく強力な力を持った魔獣が潜んでいる可能性があります。そんなところに聖女様を連れて行ってもしものことがあれば」

「それでしたら、尚のこと私もついていきますっ。ベイルくんが怪我を負っても、私がいれば心配いりません!」

「聖女様……」


 少し興奮した様子で食い下がってくるルナを、ベイルは複雑な面持ちで見つめる。

 彼女が自分の身を案じていること自体は心の底から嬉しい。


 だが、それとこれとでは話が別だ。

 体の弱い彼女は、ここまでの険しい山道で相当疲弊しているはずだ。


 自分のことを心配してくれる彼女の気持ちが嬉しくてここまでの同行を許してしまったが、この先も同行を許せばルナが先に倒れてしまう。

 あるいは、彼女をおぶればその問題も解決するだろうが、それでは予想外の事態が陥ったとき対処が遅れるかもしれない。

 何が起ころうとも彼女を守り切る自信はあるが、彼女の命が関わってくる以上過信はできない。


 万が一、億が一にも危険があれば、やはり彼女を置いていくのが賢明だろう。


 幸いにしてこの辺りに不穏な気配はない。

 彼女の力によって傷を癒し、万全の状態にある戦士たちがいれば大丈夫だ。


「俺は大丈夫です。たかが獣に後れを取らないことは、聖女様もわかっているでしょう?」

「それは、そうですけど……」


 揺るぎない自信と共にそう強く言われれば、ルナに返す言葉はない。

 何より、彼の言葉が真実であることはルナ自身よく知っている。

 だけど、例えそうであっても心配なことに変わりはない。


 これ以上は自分の我儘であることを理解しながら、けれど湧き上がる不安にルナは表情を暗くする。

 ベイルは困ったように頬を掻くと、ルナの頭の上に手を伸ばした。


「――ッ!!」


 ポンポンと優しく頭を撫でられて、ルナは一気に顔を真っ赤に染め上げる。

 以前、薬草採取のために山に一人で行くことを告げたときにこうしたことを思い出してのベイルの行動だったのだが、ルナからすれば何の脈絡もないわけで。

 しばし身を預けるルナだったが、頭に乗せられたベイルの手にゆっくりと手を添えると、そっぽを向きながら唇を尖らせる。


「……今度、私に付き合ってください」

「え?」


 ぽつりと、か細い声で呟かれた言葉にベイルは首を傾げた。

 真面目な顔で不思議そうにされて、ルナは恥ずかしそうに俯く。


「ですから、無事に調査を終えたら私に付き合ってくださいっ。その、北の山に大きな湖があるんです。そこでピクニックをしたいなって」

「あ、あぁ……」


 ルナの説明を受けて、ようやく得心がいく。

 つまるところ、彼女は約束がしたいのだ。

 無事に戻ってくるという約束をしてくれるのであれば、自分はこの場に残ってもいいという譲歩だ。


 この場に漂う緊張とは正反対の少し場違いな発言に戸惑ったベイルだったが、彼女の心境を察して考え込む。

 とはいえ、答えは考えるまでもない。


「わかりました、約束です」


 ベイルの返答に、ルナは表情を綻ばせる。

 そんな彼女を見て、そして彼女と湖にピクニックに行くときのことを想像して、ベイルもまた頬を緩めた。

相手のことになると我儘になる二人。。。

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