二十四話 仲間
「はぁ、はぁ……」
ノーティス村を出発して三時間ほどが経ち、ベイルたちを含むギリアン一行は草原を抜けて南部の山脈に到達した。
山脈に立ち入り、山道を登り始めてすぐにルナの息が荒くなる。
彼女の様子を隣でしきりに窺っていたベイルが即座に声をかける。
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫ですっ」
荒い息交じりにそう返されても、まったく信憑性がない。
元々体が弱かったこともあって外に出ることがあまりないルナは、こういった険しい道を歩くことはそうあることではない。
彼女がこんな道を歩いたのは、もう一年以上も前、教皇国からの逃避行が最後か。
懐からハンカチを取り出し、そっとルナの額を拭う。
「本当に無理しないでくださいね。俺でよければいつでもおぶりますから」
「……無理やりついてきたんですから、ベイルくんに迷惑をかけるわけにはいきませんっ」
一瞬返事が遅れたのは、ベイルの提案が魅力的なものだったからか。
とはいえ彼女も足手纏いになるのはいやらしく、その提案を固辞する。
変なところで強情なんだからと、ベイルは微苦笑しながらハンカチを懐に仕舞った。
「……もう少しぐらい、緊張感をもって欲しいものだね」
二人の一連の行動を、ギリアンが呆れた様子で見咎める。
見れば、ギリアンたちの周りの護衛たちも少し羨むような様子でベイルたちをチラ見している。
途端に恥ずかしくなって、ベイルとルナは慌てて「すみません」と頭を下げながら身を縮める。
ギリアンは嘆息を漏らすと、前を向いたままぽつりと呟いた。
「まったく。君たちは肝が据わっているのか、単にバカなのかわからないな。戦場に例えるなら、ここはもう敵地だというのに」
「警戒はしています」
「だろうね」
ベイルの言葉に、ギリアンは薄く笑って即座に相槌を打つ。
次いで、「つまり君は肝が据わっているということだ」と可笑しそうに付け足した。
実際、山道を進みながらベイルは終始敵が潜んでいそうな場所側に立ち、ルナを庇うように動いている。
空を巡る風に揺れる木々のその羽音の合間に不審な物音が混じっていないかも、耳を澄ませて。
「君は、どのあたりで魔獣と遭遇したのかな?」
「もう少し先です。原っぱの手前の山道で」
「それで? その魔獣は倒したわけだ」
「……どうでしょう」
倒したとも、倒さなかったとも答えられなかった。
自分に力があると大っぴらに言うことが躊躇われた一方で、神を殺すと啖呵を切って見せた相手に魔獣如きに遅れをとったとも言いづらくて。
「そんなことよりも、ギリアン様こそ大丈夫なんですか? 帯剣されていないですが」
鈍色の鎧に全身を包みながら、武器一つ持たないギリアンにベイルは問う。
すると、訝しむ様な眼差しでギリアンは答える。
「なんだ、君は僕の戦い方について何も知らないのか」
「はい。お噂は聞き及んでいますが」
勇者ギリアンの、具体的な力までは。
もちろん、噂程度には聞いたことはある。
それはギリアンが女好きであることも然りだが、戦い方についても少しは耳にする。
いわく、一騎当千の王。
いわく、剣神の愛し子。
いわく、聖剣の錬金術師。
いわく、――。
彼を語る異名は数あれど、その多くががおよそ剣にまつわるものであることから、ギリアンが剣に関する能力を持つ稀人であることまでは想像できる。
だが、やはりその具体的な能力の内容まではわからない。
ギリアンは答えようとして口を開けたところで何かを思いついたように噤み、それからいたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「ならば、僕の力が必要なその時までは隠しておこう。百聞は一見に如かずというだろう? 僕の偉大な力を知りたいならば、やはりその目で見るのが一番だ」
胸を張って誇らしげにそう話すギリアンを、ベイルは半眼で睨む。
仮にも敵地と認識しているこの場所で、己の力をひた隠すなんてリスク以外のなにものでもない。
だが、それ以上言及はしなかった。
力を隠しているのは、ベイルだって同じなのだから。
ギリアンの力におおよその予測を立てながら歩き続け――、突然ベイルはその足を止める。
ほぼ同時にギリアンも立ち止まり、ベイルの異変に気付いたルナも進みを止めた。
さらに遅れて一行もその場で武器を構える。
「……この気配」
背筋を這う悪寒。
大気がドッと重くなったような、そんな感覚。
間違いない。これは。
「――魔獣」
ベイルがそう断言すると同時に、ベイルたちの前方、一行の先頭から獣の獰猛なうめき声が湧き上がる。
即座に屈強な戦士たちが隊列を組み、現れた三体の魔獣と対峙する。
ベイルもまたルナを後ろに庇い、全身に力を漲らせる。
その横――ギリアンは、先ほどまでと同じ弛緩した様子で涼し気に現れた魔獣を見やっていた。
「ギリアン様のお力が必要な時では?」
思わず、ベイルはそう声をかけていた。
ギリアンは前を見たまま、くくっと可笑しそうに応じる。
「この程度の魔獣、僕が力を振るう価値もない。……ほら」
顎で指示した先では、すでに護衛の戦士と魔獣との戦闘が起きていた。
三体の魔獣の戦い方はいずれも以前ベイルが対敵した個体と同じく、影を操るもの。
崖や地面を操っての、その立体的な戦い方に苦戦はしているものの、流石は勇者と共に魔獣討伐の旅を行っているだけのことはあるのか。
じりじりと追い詰めている。
「君も下がっているといい。折角の彼らの練習の機会だ、奪うのは惜しいからね」
彼が浮かべた獰猛な笑みは、自分の仲間の力をどこか誇るような。
あるいは、彼らをここまで育てたのは自分だという自負の証。
(……仲間、か)
そういえば、と。長らく置き去りにしていた記憶がベイルの脳裏に蘇る。
神殿に仲間と呼べるような存在はいなかったけれど、強いて言うならば。
自分と同じような人生を辿ってきた、他の特級神官たち。
俗に七天神官と呼ばれる七人の特級神官の、その残る六人。
良くも悪くも個性的であった彼らは今、あの国で何をしているのだろうか。
知ったからどうということはない、湧き出た些細な疑問を脳裏で一蹴するのと時同じくして、現れた魔獣は護衛たちの手によって掃討された。
しれっと章を設定しました。
何章で完結になるかまではまだ決めてませんがよろしくお願いします。




