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二話 牧師のくせに、強いんですが?

「くらえーッ!」


 教会のすぐ傍の庭に、少年の叫び声が響き渡る。

 幼い殺意と共に茶髪の少年が振り下ろした木刀。

 その剣先を躱しながらベイルは少年の腕を掴み、同時に彼の足を引っかけた。


「おわぁっ!?」


 足を取られ、少年は勢いそのままに草花の生える地面を転がる。

 泥だらけになった少年を見下ろしながら、ベイルは挑発するような笑みを浮かべた。


「どうしたヒース、その程度か」

「くっそぉ、大人気ねえぞ、ベイル!」


 ヒースは腰を押さえながら起き上がると、飄々とした様子で佇むベイルを睨みつけた。

 対して、ベイルは呆れ交じりのため息を吐く。


「手を抜くなって言ったのはお前だろうが」

「ッ、――くっそぉ、もう一回だ!」

「いいぞ、かかってこい」


 地面に転がる木刀を掴み取るや否や、すぐさま地を蹴りベイルに襲い掛かる。

 それをベイルは冷静にいなし、カウンターを決めていく。

 ヒースの恨み声が響く中、その光景を少し離れたところから見ていたルナがくすりと笑った。

 日が傾き、日差しが弱まってきたため、日中は必ず被っているフードも今は被っていない。

 ルナの透き通る白髪が暖かな風に揺れていた。


「ねー、せいじょさま。みてみてー!」


 彼女の周りには小さな子供たちがいる。

 その中の一人が、庭に生えている白い花で作った冠をルナに見せてきた。


「凄く綺麗です! 作ったんですか?」

「うん! これ、せいじょさまにあげるー!」


 そう言って、女の子は少し背伸びをするとルナの頭にそっと花の冠を乗せる。

 ルナは花の冠に手を添えると、満面の笑みを咲かせた。


「ありがとうございます。大切にしますねっ」


 女の子は「うん!」と笑顔を浮かべながら頷くと、再び子供たちの中に戻っていく。

 その背中を見届けてから、再びベイルたちの方へと視線を向ける。


 泥だらけで息を荒げ、必死の形相で木刀を振るヒースに対してベイルは余裕に満ちた佇まいだ。

 ベイルは素手だが、それでも二人の間には圧倒的な力量差がある。

 にもかかわらずヒースが目立った怪我をしないで済んでいるのは、ベイルが巧く手加減しているからだろう。


 二人がああして鍛錬をしているのは今日に始まったことではない。


 教会では、休息日以外は昼過ぎから夕方までの間子供たちを預かっている。

 大人たちが農作業をしたり、出かけたりして家を空けるからだ。

 もちろんある程度大きくなった子供たちであれば、自分たちで好き勝手に遊んだりするので、教会に預けられる子供たちは小さな子ばかりだ。


 その中で、ヒースは年長組にあたる。

 ベイルと剣の鍛錬をするために来ているのだ。


 二人が鍛錬を始めることになったきっかけは半年ほど前。

 当時は今以上に荒くれ者だったヒースは、ガキ大将として威張り散らしていた。

 そんなある日、自分よりも幼い子供を虐めているところをベイルに見咎められたヒースは、反骨心からベイルに殴りかかり、そしてコテンパンにされた。

 それ以来、ヒースはベイルに剣を習っている。


 不意に視線を上に向けると、遠くの空が僅かに赤くなり始めていた。

 ルナは立ち上がると、少し声を張り上げてベイルに声をかける。


「ベイルくん、そろそろ切り上げた方がいいですよ!」


 丁度ヒースを地に横たわらせたベイルはルナの声を受けて空を見上げ、「わかりました」と返す。

 そして、視線を下に向けてヒースに告げる。


「というわけで、今日はここまでだ。体を洗いに行くぞ」

「……はい」


 ヒースは差し出された手を唇を尖らせながら掴み、立ち上がる。

 パンパンと服に着いた泥を軽く叩くと、教会に向けて歩き出したベイルの後に慌ててついていく。


◆◆


「うがぁー、今日も一本も取れなかった!」


 水音が響き渡る教会のシャワールーム。

 その音に混ざって、ヒースの悔し気な声が木霊する。


「当たり前だ。どれだけ歳が離れていると思ってるんだ。お前に負けたらそれこそ俺のプライドがズタズタだ」


 今年十二になったばかりのヒースに対して、ベイルは二十一歳。

 十年近く歳が離れた子供に負けたとあっては面目が立たない。

 ベイルの弁にヒースは「ちぇっ」と舌打ちをすると、「でもよー」と続ける。


「俺だって親父に剣を教わってたからそれなりに心得はあるんだぜ? なのに素手相手に一本も取れないのは流石に凹むよ」


 頭を洗剤で洗う音が聞こえなくなって、ベイルはちらりと横に視線をやる。

 ヒースは誰の目から見てもわかる程に落ち込んでいた。

 やれやれと言った様子で僅かにため息を吐くと、「まああれだ」と、自分もまた髪を洗う手を止めてヒースに語り掛ける。


「体格の差っていうのはヒースが思っている以上に大きいんだ。基本的に狙えるのは腹から下になるし、頭や首元を狙おうとするとどうしても突き上げるようにして剣を動かさないといけない。そのせいで剣の軌道がある程度読めるんだ。心配しなくても体がでかくなれば今よりももっと強くなれるさ」

「……なんかその言い方、すげえ牧師っぽい」

「牧師だっての」


 ヒースの額を軽く小突く。

 ベイルが再び髪を洗い出すと、「でもさ」とヒースがなおも話を続けてきた。


「ベイルって、多分俺の親父よりも強いよな」


 ヒースの父親はこの村の自警団の団員で、その剣の腕は村でも一二を争う程だ。

 その父をして、ベイルはそれ以上の腕であるとヒースは感じた。


「牧師様のくせに、どうしてそんなに強いんだよ」

「…………」


 またしても髪を洗う手を止めて、ベイルは返す言葉を考える。

 隣からは、ヒースの真剣なまなざし。

 ベイルは少し悩んでから、口を開いた。


「……守りたい人がいるからだよ」


 ヒースはその返答を聞いて一瞬眉を寄せ、それから何かに思い至ったように目を見開いた。


「それって……」

「――ほら、しっかり洗えよ!」


 何かを口にしかけたヒースの頭にベイルは両手を伸ばし、乱暴に洗う。

 突然の急襲に戸惑いながら、ヒースは抵抗の声を上げた。


「んなっ、やりやがったな! こんのぉっ!」

「はっはっは、油断したな!」


 洗剤の泡にまみれてじゃれ合う二人に時間を告げるかのように、教会の重い鐘の音が鳴り始めた。

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