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十九話 結果はもうわかりきっています。

 平素よりも一層神聖な、そして荘厳な雰囲気を醸し出す教会内。

 礼拝堂の祭壇前で、ステンドグラスから放たれる光を浴びながらベイルは威厳のある声で祈りを捧げていた。


 今日は聖霊降臨祭ペンテコスタ当日。

 午前中の間は教会内で祈りを捧げることになっている。


 ベイルの装いもいつもとは違い、神父服の上に黒いケープを羽織っている。


 白い布がかけられた祭壇の向こう側、ベイルの前方には整然と並べられた長椅子に所狭しと腰掛ける村人たちの姿があった。

 彼らはベイルの祈りに耳を傾け、手にした十字架を顔の前で握り、瞑目している。

 ベイルの一歩後ろに立つルナもまた、静かに目を瞑っている。


 こうして、祈りを捧げる儀式は午前の間厳粛に執り行われた。


◆◆


 祈りを捧げ終えた後は、村を出た草原で昼食をとることになっている。

 なんでも山に住むという神々に食を楽しみ、命に感謝する姿勢を見せるためのものだとか。

 その例に漏れることなく今年も村中の人間が草原に出て、持ち寄った食べ物をワイワイと楽しくとっていた。


 午前の間、騒ぐことすら許されなかった子どもたちは昼食を食べるのもよそに置いて草原を元気よく走り回り、それを親に見咎められている。


 ただじっと座って祈りに耳を傾け、あるいは祈りを捧げる行為は子どもたちからすれば暇なものでしかないのだろう。

 ある意味彼らの行動は仕方がないともいえる。


 そしてそんな子どもたちの様子をベイルとルナは少し小高い丘に陣取り、眺めていた。

 彼らの手には、ベイルが朝から作って置いたサンドウィッチが握られている。


「お疲れさまでした、ベイルくん」


 ルナが労いの声をかける。

 ベイルがすることはもう殆ど終わったようなものだ。

 後はこのまま草原でのんべんだらりと過ごし、陽が沈んできたころにキャンプファイヤーを囲んで踊ったり酒を飲んだり、ともかく好き勝手に騒ぐだけなのだから。


 ベイルは僅かに笑むと、自身が羽織る黒いケープを抓む。


「本当は早くこれを脱いでしまいたいんですけどね。なんだか息苦しいですから」

「そうですか? とてもよく似合っていますよ?」


 首を小さく傾げ、覗き込むような仕草でルナはそう告げる。


 ベイルは一瞬固まると、一つ咳ばらいを挟み、視線を辺りに彷徨わせる。

 その最中で、草原の中央に佇むあるものを捉えて話題をそちらに移す。


「立派ですね」

「……はい」


 ベイルの視線を辿ったルナも深く頷く。


 彼らの視線の先には綺麗に、そして正確に組まれた薪が屹立している。

 夜のキャンプファイヤーで使うものだ。


 三日前は思わぬ事故で進行が遅れたが、チャドたちはうまくやったらしい。

 そういう意味も込めて賛辞の声を上げていると、唐突に背後から声がかけられる。


「そうだろう、そうだろう。俺もまだ捨てたもんじゃないだろ?」

「チャドさん、それにシェリーさんもっ」


 振り返ったルナがそこに立つ人物の名を呼ぶ。


 チャドはどこか誇らしげな笑みを湛えている。

 そんなチャドに「あなたが一人で造ったわけじゃないでしょう」とどこか窘めるような語気で告げるシェリー。

 そのやり取りがどこか可笑しくて、ベイルとルナは互いに見合いながらくすりと笑う。


「ウォルフさんの容体はその後どうですか?」

「すっかり元気なもんだよ。もう少し静かなぐらいがちょうどいいと、皆で笑いながら言い合える程度にはね」

「それはよかったです」


 冗談にできる程度には回復したらしい。

 アドレーの処置も適切だったのだろう。


 ルナの力は傷を癒すことはできても、失ったものを元に戻すことはできない。

 それはアドレーも承知のことであり、重傷を負った患者の怪我をルナが治した後は、アドレーが自身の診療所でその後の経過を慎重に観察することになっている。


 チャドはちらりとベイルの服を見やり、少し茶化すような笑みを浮かべる。


「今日のベイルは格好良かったよ。いかにも牧師様って感じだったな」

「……それ、褒めてないですよね。というか、バカにしていますよね」

「まさか。……『命ありし生の恵みに感謝し、神々の恩恵と寵愛に感謝し』――プクッ」

「やっぱりバカにしてるじゃないですか!」


 儀式の最中に読み上げた祈りの一説を呟きながら堪らず吹き出したチャドに、ベイルは立ち上がり、半眼で睨む。

 が、横にいたシェリーが彼の横腹を小突いたのを見て苦笑いを浮かべる。


「――っと、親方のところに戻らないと。邪魔したね。それじゃあまた」


 思い出したようにチャドが手を振り、それに合わせてシェリーが頭を下げる。

 ベイルたちも挨拶を返しながら、背を向けたチャドに声をかける。


「チャドさん」

「ん?」


 不思議そうに振り返ったチャドの目を見つめて、ベイルは言う。


「頑張ってください」


 それは、これからの仕事を頑張れという意味と、そして何より、その後のことも示している。

 無論、チャドにもその意図は伝わる。


 チャドは不自然に膨らんだ胸ポケットに手を添えると、先ほどまでのおどけた雰囲気を置き去りにして極めて紳士的な表情を返す。


「――ああ」


 確かな覚悟を秘めたその姿には、以前まで教会に足蹴く通い、悩みを吐露していた彼の姿はどこへやら。

 立ち去っていく二人の背中を見送って、ルナがぽつりと呟く。


「チャドさん、全然気負った様子がありませんでしたね。なんだか私の方が緊張してきました」

「俺もです。自分がプロポーズするわけではないんですけどね。でも、チャドさんの様子を見る限り心配する必要もなさそうですけど」

「そうですね」


 ベイルの言葉にルナは微笑み返す。

 そうしてから、乙女のような表情で呟く。


「チャドさん、どういう風にプロポーズするんでしょう」

「さあ。でもまあ、チャドさんのことですから最初はキザな言い回しにしようとして、途中で噛みそうな気がしますけどね」

「ふふっ、その様子が想像できます」


 二人で微笑み合い、そして視線を草原をいまだに走り回る子どもたちに向けながらベイルは小さく呟く。


「これが終わったら、婚礼の儀の準備をしないといけませんね」

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