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十四話 お礼はやっぱり大切ですよね。

「お、あったあった」


 朝食兼昼食を終え、険しい山道を上り切った先に広がる原っぱを散策すること数分。


 葉の先がギザギザとした、目的のクズダミ草が群生するエリアを見つけてベイルは安堵の声を上げた。

 それを丁寧に摘み取り、持参したバッグに詰め込んでいく。

 そうしていると、不意に視界の隅に一輪の白い花が映り、ベイルは手を止める。


 標高が高いせいか強い風に揺られながらもしっかり地に根を張ってその場に花を咲かせている。

 その姿にベイルはルナを幻視して表情を緩める。


 一瞬彼女のために摘んで持ち帰ろうかと思ったが、強く生きるその花を摘み取るのが忍びなくてやめた。


 バッグがクズダミ草でいっぱいになり、ベイルはふぅと一息つく。


 これだけあれば十分か。

 そう結論付け、ベイルは元来た山道を引き返す。


 瞬間、辺りの空気がピリついたのを感じて身構えた。

 先ほどのクマが戻ってきたのかという疑念が脳裏をよぎるが、それにしてはやけに空気が重たい。


 この感覚を、ベイルは知っている。


 教皇国で神官として働いていた頃、何度も味わった空気だ。

 直後、おどろおどろしいうめき声と共に、山道の脇から木々をへし折って異形の生き物が現れた。


「アルルァァアアアッ!!」


 黒い体躯に赤い双眸。

 全長はベイルと同程度か。

 しかし狂ったような雄叫びから、この獣がただの獣ではないことを雄弁に語る。


 間違いない。こいつは――


「――魔獣か。目にするのは一年以上ぶりだな」


 魔獣。稀人のように特異な力を宿した獣たちの総称。

 厄介なことに、魔獣は目にしたものが誰であれ襲い掛かる習性がある。


 いわく、世界が産み落とされる時に生じた闇の眷属。

 遭遇してしまったが最後、戦うしかない。


 ベイルはバッグをそっと道端に置き、腰から下げているナイフを取り外す。

 それを構えるのかと思いきや、バッグの上に乗せた。


 クマやイノシシには有効かもしれないが、魔獣相手にこの程度の得物は通用しない。


 今にも襲い掛かってきそうな魔獣に睨みを利かせながら、ベイルは眉を寄せた。


 魔獣はいつどこで産まれるか予想できない存在だ。

 それゆえに、各国は必ず一定の頻度で森や山などに調査隊を送るものだ。


 木々が生い茂る広い森ならばいざ知らず、それほど動物が多く生息しないこの山で魔獣が現れるなど、通常は考え難い。

 特に共和国には稀人として特別な力を宿した勇者なる存在がいるはずで、そういった存在が国の命を受けて山や森などを調査し、退治しているはずだ。


(……もしそれを怠ったのなら、それは国や調査隊の怠慢だな)


 ともかく、このことを報告するには目の前の魔獣を倒さねばならない。


 そっと胸に手をやる。

 この力を使うのもまた、一年ぶりだ。


 ふーっとゆっくりと息を吐き出し、魔獣との間合いを見計らう。


 イノシシやクマだけでなく魔獣も現れたのは想定外ではあったが、大きな問題はない。

 教皇国の特級神官にまで上り詰めたベイルが臆する敵ではない。


「――ッ!」


 突如、魔獣の体躯から黒い影が超速で伸びる。

 地面を這うようにして進み、ベイルの真下まで到達したその瞬間、黒い影が棘のように変質してベイルに襲い掛かる。


「なるほどな、そういう戦い方か」


 魔獣は稀人同様、個が有する力には大きな違いがある。

 今回は体から影を伸ばし、それを武器に戦うタイプらしい。


 ベイルはその場で跳躍すると、黒い棘を躱しながら後方へ着地する。

 そして、大きく息を吐き出した。


「――剣よ、在れ」


 ベイルがそう呟くと、彼の右手に白い光の粒子が溢れ出る。

 その光が収まる頃、彼の右手には白い光を放つ一振りの剣があった。


 これが、教皇国の神官のみが許された力――神技。

 創世神と接続することで扱える超常の力だ。


「風よ、在れ」

「ウルァ!?」


 ベイルの足元に突風が吹き荒れ、それを生かした超速での接近に魔獣は困惑する。

 だがその時すでにベイルは魔獣の懐に入っていた。


「――ハァッ」


 電光一閃。

 振り下ろされた純白の剣は魔獣の体躯を両断する。

 振り向きざま、ベイルは更にもう一振り魔獣に叩き込む。


「アルゥァ……」


 消え入るような叫び声と共に、魔獣の体がどさりとその場に倒れこむ。

 それを見届けたベイルは全身から力を抜く。


 彼の右手にあった一振りの剣は、燐光となって木々の合間へと解けて消えた。


◆◆


「……疲れた」


 魔獣討伐自体は一瞬で終わったものの、村に帰ってすぐに自警団に魔獣が現れたことを報告し、薬草をアドレーのもとへ届けたベイルはため息を零した。

 普段ヒースとの鍛錬以外あまり運動していないことが祟ったのか、半日以上歩き続けて体は結構な疲労を覚えていた。


「昔はこれぐらいなんてことなかったのにな」


 神殿にいたころのことを思い出す。

 あのころは一日中朝から晩まで働き詰めだった。

 それこそ、今日とは比にならないぐらいに。


 今考えるとあのころの自分はどうかしていたと思う。


 なにはともあれ今日の用事は終わった。

 後は夕食を作るだけだと、夕食を食べて笑顔を浮かべるルナを想像して表情を緩めながら、ベイルは教会の扉を開けた。


「おかえりなさい、ベイルくん!」

「……! へ、聖女様!?」


 突然目の前にエプロン姿のルナが現れて、ベイルは思わず間の抜けた声を上げる。

 そんなベイルにお構いなしといった様子でルナは続ける。


「ご飯にしますか?」

「え?」

「お風呂にしますか?」

「あの……」

「それとも……」


 そこまで言って、ルナは顔を真っ赤にして口ごもる。

 これを機と見たベイルは彼女に詰め寄った。


「あの、聖女様。ええと、どうかされましたか?」

「ふぇ!? ええと、えっと……」


 ベイルの問いに素に戻ったルナは更に顔を真っ赤に染めて俯く。


「その、こうすると一日の疲れが飛ぶと聞いて」


 俯いたままのルナにそう言われて、ベイルはなるほどとうなずいた。

 彼女のことだ、誰かに変なことを吹き込まれ、良かれと思ってやってみたのだろう。


 ……まったく、心臓に悪い。


 ベイルは内心ホッとしたような、どこか残念なような、いずれにしても最後の一言を彼女が躊躇ってくれてよかったと安堵する。

 それを言われていたらさすがのベイルも冷静ではいられなかったかもしれない。


 真っ白のエプロンに反して、彼女の耳は赤い。

 羞恥に悶えているルナを見て幾分か心の余裕を取り戻したベイルは微笑する。


「ただいま戻りました」

「は、はい! おかえりなさい」


 慌ててルナは顔を上げて言葉を返す。

 ベイルは彼女の頭に手を乗せる。


「普通でいいんですよ、聖女様。こうして出迎えてくださるだけで十分元気になりますから」

「……すみません」


 嬉しそうに頬を染めてルナは先ほどの言動を謝る。

 いいんですよと返しながら、ベイルは少し悪戯っぽい表情で問う。


「そういえば、ご飯は」


 ベイルが問うと、ルナはうぐっと言葉を詰まらせる。


「……できていないです」

「ですよね」


 わざわざエプロンを着てご飯にしますかとまで聞いてきたというのに、その実できていないという答えがどうにも可笑しくて、ベイルは苦笑する。


 そんなベイルの反応に恥ずかしそうにルナは俯いた。


「それにしても、一体誰が聖女様にこんな真似をするように言ったんですか?」

「今日のお昼に、モートンさんにお教えいただいたんです。エプロン姿で出迎えてこの言葉を言えば疲れが吹き飛ぶどころか元気になりますよ、と」

「……なるほど」


 ルナにばれないよう表情は笑顔のまま、ベイルは拳に力を込めた。


「あ、聖女様。今日のお昼のお礼をしに、今からモートンさんのところへ行ってきますね。少し遅くなるかもしれませんが、夕食はお待ちいただけますか?」

「は、はい。わかりました」


 お礼をしにいくという割にピリついたベイルの雰囲気に疑念を抱きながら、ルナは急ぎ足で教会を出ていく彼の背中を見送った。

その後、教会の隣の家から悲鳴があがったとかなんとか……。


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