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十話 誰の目から見てもラブラブな二人

「お疲れさまです、聖女様。次が最後ですからもう少し頑張ってください」


 日が沈みはじめ、空の一部がオレンジ色に染まり始めた頃。

 村の道を歩きながら、ベイルは隣を歩くルナに気遣わしげにそう声をかける。

 ベイルの言葉にルナは首を横に振った。


「いえ、皆さんのお陰でそれほど疲れていませんよ。ベイルくんこそ、大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ。アドレーさんを真似するわけではありませんが、俺も体は頑丈な方なので」


 ベイルの物言いにルナはくすりと笑う。

 と、不意に二人は一軒の家屋の前で足を止めた。


 ここが最後の巡回先だ。

 すぐ隣には教会が見える。


「モートンさん、巡回に来ました。ご在宅ですか?」


 玄関越しに、ベイルは家の中へそう言葉をかける。

 遅れてドタバタという物音が聞こえて、玄関の扉が開けられた。


「やあ、ベイル。聖女様も」


 中から現れたのは、長身でガッチリとした体躯ながら優しい顔つきをした、深い青色の髪と、同色の瞳が特徴的な男だった。

 次いで、彼の背中からひょこりと一人の女性が顔を出す。


「お疲れさまです、牧師様、聖女様」


 おっとりとした口調でそう声をかけてきた女性は、同性と比べると長身ではあるが、モートンの隣に立つと小柄に見える。

 栗色のふわふわとした長い髪を背で一つに纏め、同じ色の柔らかな眼差しを放つ瞳は彼女、シェリー・ミールのチャームポイントだ。


 教会のすぐ近くに立つこの家屋で、モートンことチャド・モートンと、シェリー・ミールはもう一年以上も前から同棲している。


 二人がかけてきた言葉に軽く頭を下げて、家の中に入る。


 小さな家だが、二人で暮らす分には十分だろう。


 客間へと続く廊下を進みながら、チャドが声をかけてきた。


「そうだ、ベイル。うちのがまた卵を産んだんだ。後で持って行くといい」

「いつもすみません」


 うちのが、というのが彼が庭で飼っている鶏のことだというのはもはや言われずともわかった。

 普段は大工をしているチャドだが、時折鶏が産んだ卵をわけてくれる。


 この家が教会のすぐ隣にあることから、二人は朝よく顔を合わし、言葉を交わしている。

 チャドもシェリーも二十四歳で、ベイルとは三つしか離れていないこともあってか今ではとても親しくなっている。


 いつだったか、チャドに「俺に敬語を使うな」と叱られたのは記憶に新しい。

 ただ、いくら歳が近いとあってもチャドの方が年上なので、ベイルは一向に改めようとはしない。


 客間につき、巡回恒例の質問を終え、今日最後の巡回場所ということもあってか少し眺めの雑談に花を咲かせて、今日二度目の教会の鐘の音で話を切り上げる。


「二人を送っていくよ」

「わかりました。では、夕飯の準備をして待っていますね」


 チャドの言葉に、シェリーは穏やかな語気でそう返す。

 微笑み返して、チャドは二人を連れて家を出た。


「お見送りありがとうございます。この卵も」


 教会の前に着き、ベイルは家を出る直前に貰った卵のはいった袋を掲げながら感謝の言葉を口にする。

 気にしないでくれというチャドの言葉で解散になる。――と思っていたのだが、なぜかチャドは恥ずかしそうに首後ろを掻くとベイルたちを見て言葉を発してきた。


「突然で悪いんだけど、少し中に入れて貰ってもいいかな?」


◆◆


「それで、急にどうされたんですか?」


 礼拝堂にチャドを招き入れてすぐ、ベイルは彼に尋ねる。

 チャドは一瞬躊躇いを見せてから、面と向かって口を開く。


「――その、近々シェリーにプロポーズをしようと思っているんだ」


 突然チャドが言い放った言葉に、ルナは「わぁっ」と表情を明るくさせる。

 やはり女の子。こういう話には関心があるのだろう。


 一方でベイルは冷静に問い返す。


「ええっと、その決心を俺たちに聞いてほしかったと?」

「いやあ、それもあるんだけど、ここからが本題でね。……俺、プロポーズなんてしたことないからどうすればいいのかわからなくて。それで、ベイルたちに相談できればと」

「なるほど……」


 チャドの言葉にベイルは頷く。

 彼が教会に入っていいかを尋ねてきた理由に得心がいった。

 さすがにこの話を人の往来がある道の端で話すわけにはいかないだろう。


 しかし、そうは言われても、


「俺にもプロポーズした経験はないですからね。お力になれるかどうかは」

「それはわかってる。ただ少し訊きたいんだよ。特に聖女様に。どういうシチュエーションでプロポーズされたら嬉しいかとか、断られないかとか」

「私、ですか……?」


 突然名指しされて、ルナは驚きの声を上げる。

 強く頷くチャドに、ルナは困惑気味にベイルをちらりと見る。


「そう、ですね。好きな人にプロポーズされて嬉しいシチュエーション……」


 彼女にしては珍しく難しい顔をして真剣に考え込む。

 そしてすぐに顔を上げると、ベイルに問う。


「ベイルくんは、どういう時にプロポーズしたいですか?」

「俺ですか? ……いやあ、そんなこと考えたこともないので急に言われても」


 そうだなぁと、今度はベイルが考える。

 そしてすぐ、指を一本立てて口を開いた。


「何か、イベントごとの最後とかじゃないですかね? 普段とは違う特別なことのある日にプロポーズをすると決めたら、決心もつきますし」

「いいですねっ。ロマンチックです!」


 ベイルの提案になぜかルナは頬を染めると、両手をあわせて微笑む。

 チャドはなるほどと頷く。


「確かにそれはいいかもしれないな」

「いつまでにプロポーズするというのは決めているんですか?」

「いや、まだ全然。今はプロポーズをすると決めたところかな。一年以上も一緒に暮らしても俺の気持ちは揺らぐどころか一層強くなってね。それで決心したんだ」


 突然の惚気話にベイルは苦笑を、ルナは少し照れてみせる。


 チャドはこほんと咳を一つ吐くと、「ただ……」と続ける。


「いざプロポーズをすると決めても、少し怖くてね。彼女に断られたりしないだろうかって」

「お二人なら大丈夫ですよっ」


 少し沈み気味のチャドを励ますべく、ルナは明るい声をかける。


「ありがとう。そうだといいんだけど」


 ルナの隣で考え込んでいたベイルが、ふと口を開く。


「プロポーズをするタイミングですが、初夏にある聖霊降臨祭ペンテコスタはどうですか? 時期的にもそう遠くないですし、その日の夜は草原で焚き火を囲みますからいい雰囲気になるとは思いますよ?」

「なるほど、聖霊降臨祭ペンテコスタか……。うん、いいかもしれない。いや、いいぞ!」


 突然チャドは礼拝堂の長椅子を勢いよく立ち上がる。


「ありがとう。お陰で決心できたよ」

「いえ、お役に立てたのなら何よりです。婚姻の際はお任せください。精一杯やりますから」


 婚礼の議を執り行う牧師であるベイルはそう声をかける。

 チャドは一言、ありがとうと返し、それから頑張るよと付け加えた。


◆◆


「お互いを想い合って同棲までされているのに、どうして婚約を躊躇われているのでしょう」


 チャドを教会の外まで見送って、戻りながらルナは疑問を吐露する。


「お二人がとても愛し合われていることは、誰の目から見ても明らかだと思いますけど。……シェリーさんがチャドさんのプロポーズを断るなんてあり得ません」

「さあ、俺はそんな経験があるわけではありませんからね。そのあたりの気持ちは当事者にしかわからないでしょう」


 教会の扉を開けて中に入る。

 ベイルは一息ついてから、続ける。


「……ただ、一緒に住んでいるからといってお互いの気持ちが完全に通じ合うわけではありませんからね。どれだけ愛し合っていても、結局は自分ではない他人。相手の気持ちに疑いが生じて恐れがでてしまうのは仕方のないことかもしれません」

「一緒に住んでいるからといって、お互いの気持ちが通じ合うというわけではない……」


 小さな声で、ルナはベイルの言葉を反芻する。

 その言葉にはなぜか重みがあった。


「? どうかされましたか?」


 複雑な面もちのルナを見て、ベイルは心配そうに尋ねる。

 ルナは慌てて言葉を返す。


「い、いえっ。でも確かにベイルくんの言うとおりです。近くにいればいるほど気持ちは強くなるのに、伝えにくいことってありますから」


 なぜか真に迫った物言いのルナに、ベイルは首を傾げる。

 それからふと礼拝堂の通路の真ん中で足を止め、ステンドグラスを見上げながら苦笑混じりに口を開いた。


「まあ、早くくっつけばいいと思うのはわかりますけどね。あれだけお熱いんですから」

「本当ですよ! 誰の目から見てもわかるぐらいにラブラブなんですからっ」

「ご結婚されたら果たしてどうなってしまうんでしょうね」


 ベイルとルナは互いに他人事のように笑いあった。

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