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愛情

「…そんなつらそうな顔をしないでください。」

「無理だよ…だってさ…お前…死…。」

「泣かないで、お腹の子に響きます。」

「う…うう…。」


 彼女の病室、狭い個別の部屋。隔離された空間の中で彼女は残りの短い人生を過ごさなければならない。彼女の病気は思った以上に深刻であった。もう歩くこともできないらしい。彼女のそばにいたい、これからずっと彼女といたい。彼女にそう伝えると、予想とは違う答えが返ってきた。


「私は…もう死んでしまうんです。でも、この子はおそらく生まれます。その時、誰が面倒を見るんですか?…あなたです。あなたは、これから一人で、この子を育てなくてはなRません。御金が要ります、両親にはあまり迷惑はかけられません。…あなたが頼りなんです、がんばってください。パパ?」


 彼女は最後に、いたずらっぽく笑った。僕は、覚悟を決めた。



 僕は家に戻った。不思議と寂しくはなかった。僕が頑張ることで彼女が助かるならそれでいいと思った。でも、彼女が死んでしまうということが分かってると、どうしても不安になって病室に向かってしまう。彼女は一瞬うれしそうな顔をするが、すぐ苦しそうな顔に戻る。その光景がどうしても忘れられず、自分がいないときも彼女はずっとあんな状態なのかと考えると、とても勉強などしてる場合ではない。部屋の中をうろうろと歩き回り、何の目的もなくものを持ち上げてみたりしている。


「…どうすれば…。」



 僕が子供を抱いた時、彼女は隣にはいない。

 僕と子供が食事をするとき、食卓には彼女はいない。

 子供が小学校に入学するとき、保護者席には僕しか座っていない。

 子供は片親で、学校で何か言われないだろうか。

 僕一人で育てられるだろうか。

 反抗期とか来るのかな。

 いつか結婚するのかな。

 そんなことを無意識のうちに考えてしまうと、涙がとめどなくあふれてくる。ごめんな、ごめんなって、二人に謝りながら。



 出産の予定日当日、彼女の出産は立ち合い不可ということが知らされた。状態がどうしてもよくないらしい。出産に持ちこたえられるかもわからないと、医者は言っていた。僕は、そんな報告を受けるたびに自分が情けなくなった。何もできない自分が、今まで彼女のためなら頑張るといって頑張ってきたが、こんな時には何もできない自分が。彼女は、僕を恨むだろうか。僕の非力を恨むだろうか。怖い。


「…あの、こっちにきてください。」

「…うん。」


 彼女の病室、彼女から少し離れて座っていると、彼女が呼んできた。彼女といる時も、彼女が死んだ後のことを考えている自分が嫌だったので、彼女がこうやって話しかけてくれるのは嬉しいし助かる。


「手を握って?」

「…はい。」

「…私のこと好き?」

「勿論。」

「…私と、入れて幸せでした?」

「これ以上ないくらいにね。」

「…良かった。ねえ、あれ言ってくれませんか?」

「あれ…?」

「もう、言わないなら私が先に言いますよ?」

「うーん…はい。」



「愛してます。」

「…僕も。愛してます。」



「もう…怖くない。ありがとう。」


 つぎの日の朝、僕は彼女がいない世界で目を覚ました。


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