緊急
彼女のカミングアウトから二週間、僕は慌てた。もしかしたら、とは思っていた。だが僕は妊娠に対する知識が足りなかったようで、今の今まで何もなかったのだから何もないのだろうと思いこんでいた。彼女の体が弱いのがすごく心配で、できなくても仕方ないし彼女といられればそれでいいと思っていたから、そんな方向に思考が向いたのかもしれない。僕はあの一件から彼女のことを必要以上に気遣うようになった。料理はできるだけ手伝うし、家事なんかはほとんど僕がするようにしていた。彼女からは心配しすぎですといわれてしまったが、妊娠時のストレスは子供に影響するという話も聞くし、ただででさえ体の弱い彼女にこれ以上負担はかけられないという想いからの行動だった。
しかしある日、彼女がなんだか冷たい目で僕を見ているような気がした。彼女が洗濯ものをたたんでいるときに僕も手伝うよといって手伝い始めた直後にそう感じた。恐る恐る彼女の顔を見ると、何か言いたげな顔で頬を膨らましていた。
「えと…どうかした?」
「…勉強はどうしたんですか。」
「え…いや、今は君のことが心配で…。」
「何言ってるんですか!試験に落ちちゃっていいんですか!家事なんかは私ができますけど、勉強はあなたしかできないんですよ!…私はこの体のせいで満足に働けるわけでもありません、…あなたしかいないんです!この子を支えられるのは!」
「…ごめんね。」
気のせいだろうか、こういっていた彼女の瞳からは大粒の涙がこぼれていた。僕は、どうすればいいんだろう。彼女が心配だ、だけど余計なお世話だといわんばかりに突っぱねられてしまった。とりあえず謝って、勉強の方に集中することにした。彼女はその日の夜に夜食を作ってきてくれた、そして僕に謝った。ごめんなさい、と。彼女に謝らせるのは、僕がふがいないからだと責めた。僕が今までちゃんとしっかりしていれば、彼女も僕を心配することないのに、と。
でも僕はその日の深夜、いざ寝ようと彼女と共同の寝室に入ると、彼女が嗚咽を漏らしていた。どうした、大丈夫か、そうやさしく問いかけながら彼女の頭をふんわり撫でた。彼女からの返事は、虚ろで悲しみのこもった声の『ごめんなさい』だった。なぜ、謝るんだ。なぜそんなことを言うんだ、そう思ってまた問いかけるも、彼女はその言葉しか発しない。心配になった僕は彼女の表情をのぞき込むと、彼女は眠ったまま泣いていた。一体どんな夢を見ているんだ…浮気か?なんて変な思いが頭をよぎるが、冗談ですませる。彼女の頭をいとおしみながら撫で続けた。僕はここにいるよ、そうつぶやきながら。
それからまた六か月後、彼女のお腹を大きくなった。医者からは出産予定日も提示され、義両親ともども皆そわそわした日々を送っている。僕もなかなか勉強に集中できず、彼女に声をかける回数がもはや数え切れない回数になってしまってる。彼女は皆の様子を見て微笑むのみで、特に慌ててなどいなかった。
ところが、ある日の夜、僕が勉強にひと段落をつき、飲み物でも飲もうかとキッチンに向かうと、彼女が苦しそうな表情をして壁に寄りかかっていた。
「どうした!?」
僕は慌てた。彼女の肩を抱き、どこに異常があるのか確かめようとするものの、目立った外傷は見当たらない。どこが苦しいんだ、どうしたんだと彼女に問いかけるも、答える余裕もないようで、彼女はその場にへたり込んでしまい、ひたすらに苦しそうに息をしていた。すぐさま救急車をよび、彼女は運ばれていった。救急車が来るまでの間に義両親に来てもらい、事情を説明した。両親はなぜかわかっていたというような顔つきをしており、僕はどうしていいかわからなくなった。
その後、病院へ三人で向った。彼女は手術などは必要がないようで、落ち着いて眠っているようだった。僕は担当医に病状はどうかと問い詰めた、両親の反応から僕が予測したことが当たっていないことを願いながら。担当医から告げられた言葉は、僕の願いとは裏腹に、残酷な現実を僕に投げつけるようなものだった。
「もう…一か月持つかどうか分かりません。」
僕は、ひざから崩れ落ちた。




