狭窄
いつものように食事、というわけにもいかなかった。僕は考え込んでしまっていた、今更ながら僕の将来を。今から努力してなれるものといえばなんだろう、できるだけ立派なものにつきたいものだ。責任感のいる仕事で、やりがいがあって、人を助けられるような仕事。今思い浮かんでいるものはしっくりこない、僕に合うようなことではないと思う。自分に合っているというのは、自分で決めることなのだろうか。自分ではそう思っても人からの評価がなければそうはならないのだろう。嫁と相談すべきか、せざるべきか。
「どうしたんですか?怖い顔をしてます。」
「え、ああ…ごめんね。…僕に向いてる仕事ってなんだと思う?」
思わず聞いてしまっていた。彼女は僕が食事をとっている間何を言葉を発さず考え込んでいた様子を見て何かあったと思ったようだ。彼女のいう『女の勘』というやつは末恐ろしいが、時としてありがたい。彼女は僕の唐突な問いに首をかしげて見せたが、すぐ目を閉じておそらく僕の働く姿を想像をし乍ら口を開いた。
「…あなたが、どんな仕事をしていても私はかっこいいと思いますよ。今のままでもいいと思います。あなたのことですから、人の役に立ちたいとか考えているんでしょうけど、今もすごく役立っていると思いますよ。」
僕は、心が軋んだ気がした。僕は自分で彼女に問いを投げかけておきながら答えを自分で作ってしまっていた。彼女は正しい答えを導かなかった、不正解だ。彼女は心の底からそう思って、ただただ僕のことを思って発言したのだろう。だがなぜだろう、今はそれがよけいに疎ましかった。
「そうか…ありがとう。」
そう返すのが精いっぱいであった。僕の今があるのは彼女と彼女両親のおかげで、そして僕が人の役に立っているのは彼女の両親がいてこそのことだ。これは本当の意味で人の役に立っているとは言えないのではないのだろうか。少なくとも僕はそう思わない、これでは僕が人の厚意の恩恵を受けてそれを自分のもののようにしているだけではないか。
床に入り、彼女の寝顔を眺める。愛しかった、抱きしめたくなる衝動に駆られるが、彼女が起きてしまうのでしない。いつも隣にいる彼女、いつまでも隣にい続けてくれる彼女。そう思っていた、そうなんだろうか。僕が今のままの甘えた生活を送っていてはいつしか失望を隠し切れなくなるのではないのだろうか。僕は彼女の安心しきった寝顔が急に怖く感じた。いつまでこうしていてくれるんだろう、夫婦というものはいつしか二人でいるのが当たり前になって、互いへの感謝を忘れてしまっているような気がする。言葉にすることに意義があるのに、いつしか言えなくなっていく。そんな日が近づいてくるのが怖かった。
「なあ…君はいつまでここにいるんだい?僕はもういなくなるよ。ついてきてくれるかい?」
勿論返事はない。彼女は少し眉を動かしたが、起きるまでには至らなかった。それでいい、もとより起こすつもりなどなかった、ただ人に言い聞かせるかのように言ってみた。彼女の笑顔が嘲笑に代わる、そんなときが来る気がしてならなかった。だから僕は、せめて今から、彼女が将来の僕に期待していてくれるように頑張りたかった。今この場所にいる僕に安住してほしくなかった、僕が今の立場に安住しているように。もっと期待してくれ、僕はもう一人でやっていけるんだぞ!助けなんていらないんだ!
「ねえ、僕ね…司法試験受けてみることにしたんだ。」
「…そうなんですか、あなたがそうしたいなら、私は全力でサポートします!何でも言ってくださいね!」
僕は苦い顔を浮かべているのを悟られないように顔をそらして、ありがとう、と言った。
僕は次の日の朝、支度をし乍ら嫁にそう告げた。司法試験、かなりの難関だと聞く。しかしその向こうの世界を見た人は今よりずっと、違う何かを感じることができるんだと思った。僕はその世界を彼女と共に見たかった。これこそが僕の力で立ち上げた世界だと、これが幸せだと。彼女はそういう僕を見て笑うのだ。おかしいな、笑う彼女が想像できない、悲し気に泣く彼女しか見えない。どうして?
僕は、一年後の司法試験をまずは目指そうと、パン屋で働きながら勉強を始めた。明るい未来のために、僕の彼女がずっと一緒にいるために。今より幸せになれるように!




