情報科の探偵~彰華学園殺人事件~
この物語は、埼玉県北葛飾郡杉戸町大字並塚1642番地に実在する「学校法人 埼玉彰華学園」を舞台にしたミステリー小説です。
作中に出て来る地名等は全て実在しますが、登場人物等の氏名は実在のものとは一切関係ありません。
先日、私の通う彰華学園で殺人事件が有った。
現場は正門から入って左側にある本館二階の保育科図書室兼会議室。
この部屋は普段、鍵が掛かっていて入れない様になっている。
その部屋で、一人の男性が胸を包丁で刺されて死亡しているのが見付かった。
被害者は、保育科二年担任の浅岡 勝平30歳。
彼はこの学校に勤務してから今年で三年目になる。
事件当時の現場の状況はこうだ。
部屋には鍵が掛かっており、室内にある机の上には出席名簿と授業に関する書類、事件の前日に学生の皆さん見たと言うビデオが重ねて置かれていた。
この状況では、殺人の可能性が高いが、丸でこれを否定するかの様に、部屋の鍵がテープの上に置かれていた。
更に発見された被害者の胸に刺さっていた包丁からは、被害者の指紋しか検出されなかった。
警察はこの事件を不可解な自殺と断定。書類を送検した。
しかし私はこの事件が他殺に思えて仕方がなかった。
その私が授業中、情報棟三階3−Aの教室の窓際にある一番後ろの席で窓の外を見ながら考え事をしていると、教卓の前で真剣に話している教師が中断して私に声を掛けた。
「九重、今の所代わりに説明してくれないか?」
「え、何処ですか?」
話しを全く聴いていなかった私は正直にそう訊ねた。
「九重、また聴いてなかったな。次からはちゃんと聴いてろよ?」
教師がそう言うと、回りが一斉に笑い出した。
私は席を立ち、扉の方へ歩いて行く。
「おい、何処行くんだ? 授業中だぞ」
「フケる」
そう言って私は扉を開け、廊下に出て扉を閉めて左の方に歩き出した。
教室の前扉を通過し、右に曲がって階段で一階まで降りる。
一階にはパソコンルームと職員室があり、私は冬の寒さに体を震えさせながら職員室の前を通過しようとした矢先、中に居た赤いセーターを着ている眼鏡を掛けた太った男に声を掛けられた。
「九重さん、どうしたの?」
振り返ると、その教師が窓越しに私を見つめていた。
この人は赤柳 弘和。私が一年の時に担任だった教師だ。
赤柳は重度の電車オタクで、生徒からは冷たい目で見られている。
私はその彼にこう答える。
「一寸授業に集中出来ないから外の空気を吸いに」
すると赤柳はニヤリと笑みを浮かべた。嫌な予感がする。
「寒いから中入んなさい」「嫌だ」
即答した私が本館に向かって歩き出すと、赤柳が職員室から出て追い掛けてきて私の腕を掴んだ。
「ちょっ、何するんですか!?」
「何で逃げるの?」
「別に逃げてないですよ。私には今行きたい所があるんです」
「本館?」
赤柳の問いに私は小声で言う。
「(何で解ったんですか?)」
すると彼も空気を読んだのか、小声で返答してきた。
「(そりゃあ解るよ。一体何年君と付き合ってると思っているんだ?)」
「そう言う誤解される様な言動やめてくれます?」
赤柳はクスクス笑った。
「あの、私、もう行きますから」
「まあ待ちなさい。少し話しをしよう」
行こうとした所で私を引き留めて職員室に無理矢理連行する。
「そこに正座しなさい」
「嫌だ」
「そこに正座しなさい」
再びそう言って私に無理矢理正座をさせて自分は椅子に座る。
「あの、これ他人が見たら100%誤解されるんで」
「知らないよそんなの」
「うわー、最悪だこの人。私をイジメて快感を得ようとしてる。ドS野郎だ」
私が思った事を態と口にしてみると、赤柳は笑いながら言い返した。
「そう言う君はMでしょ」
それは否定したい所だが素直に肯定しよう。
「まあ否定はしないけど、先生よりかは酷くないですよ?」
「何言ってるんだよ。君も相当酷いよ?」
そう言って赤柳が私の胸を突く。
「セクハラで訴えますよ?」
「君、嫌がってるの?」
「…………」
私は肯定したかったが、不思議と嫌な気がしなかったので答えなかった。
「答えないって事は嫌じゃないって事だ」
その通り。
「と言う事はセクハラじゃ無いと言う事」
ごもっともです。
「て言うか先生、話しって何ですか?」
「無いよそんなの」
「は?」
「暇だったから遊び相手が欲しかっただけ」
「あ、そ」
呆れた私は立ち上がろうとしたが、足が麻痺してしまい、尻餅を着いてしまった。
「先生の所為」
「人の所為にしない」
「あんたが正座させたからでしょうが!」
「それは授業中に出歩いてる君が悪い」
「浅岡先生の事が気になって仕方無かったんですよ!」
「気になるって、自殺なんでしょ? 何かあんの?」
「否、判らないけど、気になるんです」
「はぁ」
赤柳は溜め息を吐いた。
「全く、君はどうしてそう毎回事件に首を突っ込むかな。とても心配だよ、先生」
「心配しないで結構です」
「悪いけど心配させて貰うよ。君みたいな可愛い娘が事件に関わって殺されでもしたら先生困るもん」
「先生、口説いてる?」
その問いに赤柳は「まさか」と苦笑する。
「先生さ、いくらモテないからって、生徒に手を出すのはよくないですよ?」
「否、未だ出してないよ。出すのは君が卒業してから」
「お願いですからそれはやめて下さい。お嫁に行けなくなります」
「私が貰ってあげるから安心しなさい」
「冗談は顔だけにして下さい。そもそも先生は顔がキモイから誰も結婚してくれませんし、付き合ってくれる女も居ないと思います」
何気無く酷い事言ってるな、私。
「それじゃあもう行きます」
私はそう言って何とか立ち上がり、職員室を出て本館に向かった。
畜生、未だジンジンするよ。あの眼鏡デブいつか殺してやる。
何て物騒な考えなんだ、私。
「お、九重じゃん」
私が歩いていると、正面から鞄を持ったクラスメイトの武村 隆徳が歩いてきて、私に声を掛けた。
「武村、あんたまた遅れてきたの? 偶には朝、真面目に来なさいよね」
「授業サボってるお前には言われたくねえな」
私は武村のネクタイを掴んでグイッと引っ張った。
「泣くまで殴って良い?」
「すみません、撤回します」
「あ、そ。じゃあ許してあげる」
私はそう言いながらネクタイを放して笑みを浮かべた。
「あ、そうそう。武村に渡しとく物が有ったんだ」
「???」
私はポケットから包装紙で包んだ箱を取り出して武村に渡した。
「今日は2月14日でしょ? バレンタインデーだからあんたに上げとく。本当は放課後に渡すつもりだったけど、もう……い…………から。それじゃ」
そう言って私は本館の保育科の昇降口から中に入った。
「待ってくれ!」
その声に振り返ると、武村が猪口冷糖を持った手を私に伸ばしていた。
って漢字表記は激しく無駄知恵だったか、疑問符。
「い、言っとくけどそれ義理だからね。勘違いしないでよ?」
果たしてこの嘘は彼に通じるだろうか。
「そう言うのを訊いてんじゃないんだ。今聞こえなかった部分が有ったから聞き直そうと」
それはあれか?
「それさ、聞かなかった事にしてくれる?」
「…………」
「じゃあね」
私はその場を跡にし、廊下を左に行って職員室の扉の前を通過し、右に曲がって階段を上って二階へ移動し、廊下を左に曲がって直ぐの所にある現場の扉の前に立った。
ドアノブを握り回して扉を押す。
開いてる訳……って、開いてた。
扉が開かれ、発見当時のままの姿が現れた。
成る程。警察が鍵を押収したから閉められないんだな。
私は勝手にそう思い込んで中に入り扉を閉めた。
それと同時に、窓際の壁に掛けてある古い時計がゴーンッと鳴った。
私は驚いて振り向いた。
「と、時計? 全く、吃驚させないでよね」
時計に向かって文句を言いつつ私は奥にある机の前に移動した。
この上には名簿や書類、ビデオテープが重なって置かれている。
床には遺体発見時の格好を象った白いテープが貼られている。
それより気になるのは、現場の鍵だ。
事件当日、何故現場は施錠されていたのだろうか。
私は全ての窓に鍵が掛けられているのを確認したあと、部屋の扉をチェックした。
内側には鍵をする為のつまみが無い。
顎に手を当て、目線を上に上げて考える。
「ん?」
扉の上に小窓がある事に気付いた私は部屋にあった椅子を扉の前に持ってきてそれに乗って小窓を調べた。
つまみを引いて開けられる様になってるのか。
私はつまみを引いて小窓を開放した。
開くのは45度までか。こんな所、人が通れる訳が……って、待てよ。別に人が通らなくても良いんじゃないか?
私は何気無く下を向いた。
扉の下の方には小さな隙間がある。
そうか、解ったぞ。
密室のトリックが解った私は、椅子から降り部屋を出て校外に行き、船戸橋からバスに乗って駅入り口で降り、付近のデパートである物を買って学校に戻った。
試してみるか。
私は買ってきたものを持って現場に戻り、密室のトリックを再現する事にした。
先ず、扉の外まで延ばしたテグスを小窓を通し外からビデオテープの上を通過する様に張り、テグスをビデオテープで挟む。
そして小窓のつまみにもう一本のテグスを引っ掛け、扉の下の隙間を通して外に出し、自分も外に出て自宅の鍵を取り出して小窓から出てるテグスを鍵に付いているキーホルダーにくっつける為の穴に通して鍵だけを小窓から中に入れる。
すると鍵は自動的にビデオテープの上に落下。
この状態でテグスを引っ張ると鍵だけそこに残ってテグスが回収出来る。
最後は回収したテグスを小窓の角にでも引っ掛け、扉の隙間から通したテグスで小窓のつまみを引っ張りながら小窓の角に引っ掛けたテグスを慎重に引っ張って小窓を閉め、テグスを緩めてつまみを元に戻しテグスの片端を引っ張って回収し、小窓に引っ掛けたテグスも片端を引っ張って回収すれば密室トリックの成功だ。
私は上手く行ってるか確かめる為、扉を開けてビデオテープの上を確認した。するとそこには案の定私の鍵が見事に乗っていた。
それはそうと犯人は一体誰なんだ?
私は犯人の手掛りを見付ける為、本館職員室にお邪魔した。
辺りを見回し、パソコンでデータを入力している教員を見付けると声を掛けた。
「すいません。亡くなった浅岡先生について訊きたい事があるんですが、聴かせて貰っても良いですか?」
「亡くなった浅岡先生について、ですか」
教員は確認をする様に繰り返すと、顔を顰めた。
「あの、どうかしたんですか?」
「否、何でも無い。それより何で訊きたいんだい?」
「真犯人を見付ける手掛かりになるんじゃないかと思って」
「え、あれって自殺じゃないの?」
「警察はそう言ってますけど、それだとどうも引っ掛かる事があって。お願いです。何でも良いんで浅岡先生の話し、聴かせて下さい!」
言って私は頭を下げた。
「そう言う事なら話してあげよう」
「本当ですか!?」
私は勢いよく顔を上げた。
「実は、浅岡先生には悪い噂があるんだ」
「悪い、噂……?」
「そう。此処だけの話しなんだけど、二年前に二号館の教材室で自殺が遭ったんだ」
「自殺、ですか?」
「自殺したのは当時一年だった調理科の萩原 亜季と言う女生徒で真面目で良い娘だった」
萩原 亜季なら知ってる。理事長の一人娘だ。辞めたのかと思ってたが、自殺してたのか。
「で、暫くしてから噂が立ったんだ。その女生徒の自殺には、浅岡先生が絡んでいるんじゃないかって」
「そんな噂があるんですか。所で、萩原さんの事は当時のクラスメイトは知ってるんですか?」
「否、生徒に公表はしていない。退学した、と伝えてある」
「でも今、自殺には浅岡先生が関わってる噂があるって」
「ああ、それ本当は『やめたのには浅岡先生が関わっている』なんだ」
「成る程。有り難うございます」
私はお辞儀をして職員室を跡にしようとしたが、教員が引き留める。
「君、名前教えてくれないかな?」
「九重 聡美、探偵です」
「何処の科?」
「情報科三年っす」
私はそう言って職員室を跡にし、情報科の入口を出て左に行った先にある調理科本棟三階の三年の教室に向かった。
「あ、聡美」
調理科の一人が私に気付いて近付いてきた。
「どうしたの、今日は?」
そう訊ねるのは、小学時代からの同級生、河野 愛美だ。
「愛美に訊きたい事があるんだけど、萩原の辞めた噂って何か教えてくれない?」
「浅岡先生」
愛美は間髪を容れずに即答した。
「でも何で今更そんな事?」
私は辺りを見回し、愛美を女子トイレに連れ込んだ。
「これはさ、公表してないんだけど、萩原は実は自殺したんだ。二年前に」
「え、どう言う事?」
「だから今それを調べてるんだ。愛美は何か心当たり無い?」
「うーん……これと言って無いわね。あ、そうだ。聡美にクラスに武村くん居るよね? 彼に訊いてみたら? 何か分かるかもよ」
「何で?」
「聡美は知らないんだ? 武村くんと亜季が一時期付き合ってた事」
「マジ?」
「武村くんに訊いてみれば?」
「解った。訊いてみる」
私はそう言って「じゃあ」と残して自分の教室に戻った。
「武村居る?」
教室に入った私はそう訊ねたが、既に放課後を向かえていて蛻の殻だった。
「ん?」
自分の机の上に一枚の紙が置いてあるのに気付いた私は徐に歩み寄って手に取った。
紙にはボールペンで殴り書きがされていた。
『チョコレート美味かったぜ。義理とか言っときながらI LOVE YOUって本命なのな。つーかさ、こう言う告白とかはさ、直接してくれよ。じゃあな』
「それが出来ないからああしたんじゃないか!」
読み終えた私は紙に向かって叫んだ。
て言うか私バカだ。それ書いたら本命じゃないか。
「ああ!」
現場に鍵を忘れてきた事に気付いた私は思わず叫び慌てて現場に移動した。
「ふぅ」
現場に鍵が残ってて一安心した私は安堵の溜め息を吐いた。
私は鍵を取ってポケットに仕舞い、廊下に出た。
「九重?」
「え?」
声に振り向くと、武村が居た。
「武村、あんた帰ったんじゃないの?」
「否、文書検定受けてたんだ。そこで」
武村はそう言って第三処理室を指差した。
「あんたが文書検定?」
「そうだ。悪いか?」
「別に悪くは無いけど、あんたがねぇ。それよりさ」
私は辺りを見回し、誰も居ない事を確認すると武村の耳元でこう囁いた。
「二年前に自殺した萩原について知ってる事無い?」
「何それ? 初耳なんだけど」
「え、あんたも知らないの?」
「転校したって理事長には聴かされてたから。つーか自殺ってマジ?」
「職員室で先生に訊いたから間違い無いわよ。って、そんな事どうでも良いんだ。私が知りたいのは、萩原が自殺する様な原因なのよ。何か心当たり無い?」
武村は目を上に向けて考える。
「多分、浅岡じゃないか?」
「何でそう思うの?」
「あ?だって亜季が言ってたんだ。浅岡に嫌がらせを受けてるって」
「どんな嫌がらせ?」
「セクハラだよ。下校しようとしていた亜季を捕まえて教材保管室に連れ込んで無理矢理脱がさせたり、胸触ったり。俺さ、その現場を偶然見ちまってよ。だから俺、亜季の事守ってやろうと思って、浅岡が解放した時、亜季に近付いたんだ」
「ははーん、それじゃあ二人が交際してたってのはそれ?」
「はっ、何だよそれ?誰がそんな勘違いをしてんだ」
「調理科の愛美」
「ああ、あの娘か。いつも亜季と一緒に居た親友の。そりゃ勘違いするわな。話しはそれだけか?」
「うん。有り難う、武村。それと一つ頼まれてくれない?」
「何だ?」
「理事長を呼んできて。それと警察に連絡」
「何で?」
「良いから言われた通りにする!」
私は武村を睨み付けた。
武村は怯えながら「イエッサー」と本館の向かい側にある一号館の理事長室へ理事長を呼びに行った。
私は現場に入り、適当な椅子を見付けるとそこにドッカと座った。
それから暫くすると、40代前後のオバサンが入ってきた。
私はそのオバサンの方を向きこう言う。
「お待ちしていました、理事長」
「君は?」
「情報科三年、九重 聡美。探偵ですよ」
「た、探偵? それで、その探偵さんが何の用かしら?」
「惚けて貰っては困りますね。この部屋が何処だか、貴女には解りますか?」
私の問いに理事長は「さあ?」と肩を竦める。
「先日、保育科の浅岡先生が亡くなられたのはご存知ですね?」
「ええ。自殺したって聞いてるけど」
「知ってますか? この部屋、自殺出来ないんです」
「え?」
「殺されたんですよ、浅岡先生」
「そんな……我が校で殺人だなんて……」
「信じられませんよね、本当に……。まあそれは置いといて、今は事件の謎解きタイムと行きましょうか」
理事長が「はあ」と素っ気ない返事をする。
「殺されたのは、保育科二年担任の浅岡 勝平。殺害現場はこの部屋。発見当時、現場には鍵が掛けられており、誰も中に入れない状態だった、にも関わらず中には遺体があった。状況から察するに、自殺と考えるのが妥当ですが、それだと不可解な点が一つあるんです。それは、ドアノブです」
「ドアノブ?」
理事長が扉の方を見る。
「ドアノブを見て下さい。鍵を掛けるつまみがありませんよね。なのに事件当時、現場には鍵が掛かっていた。更に不思議な事に、部屋の鍵がその上に置いてあったんです!」
そう言って私は机の上の物を指差す。
「正確に言うと、そのビデオテープの上です」
理事長がビデオテープを凝視する。
「あら、何か釣り糸の様な物が見えるわ」
「あ、それですか? それは密室を作り出す為の手品のタネですよ。見ていて下さい」
私は席を立ち、鍵を取り出す。
「良いですか。この鍵を廊下に出たままそのビデオテープの上に載せてみせます」
私は廊下に出て、先程の実験と同じ事をして中に入った。
「浅岡先生を殺害した犯人は今のと同じ事をやって密室を作り出しました」
「ふーん。それで、犯人は解ったの?」
「解りましたよ。浅岡先生を殺害した犯人は……」
私は一旦そこで溜めて「貴女です!」と格好良く理事長を指差した。
「わ、私が浅岡先生を殺した!? 証拠は、証拠はあるの!?」
「証拠は、残念ながら有りません。ですが、浅岡先生を殺害した動機なら解っています。二年前、二号館の教材保管室で自殺した女生徒が居ました。その女生徒の名は、萩原 亜季。確か、貴女の一人娘でしたよね?」
理事長が顔を顰める。
「彼女の自殺の動機は、浅岡先生による度重なるセクハラ行為。この行為は自殺の現場となった教材保管室で行われていました。彼女がそこを自殺場所に選んだのは恐らくそこで何かが遭ったと伝える為でしょう」
「その話し、生徒たちには公開していない筈よ。誰から聴いたの?」
「本館職員室に居た先生からですよ」
「その先生の名前は?」
私は自殺の件について話してくれた教員の顔を思い出す。
えーと、あの人は確か副校長の……。
「萩原 大輔」
って、一寸待て! 彼も理事長の子どもじゃないか!
それを思い出した時、扉からガチャッと音がした。閉められる!
私は急いで開いている方の扉に駆けるが、既の所でガチャッと施錠されてしまった。
殺害動機を持った人物がもう一人居たなんて!
「クソッ!」
私は窓に駆けて窓を開放する。
この高さなら……。
そう思いながら下を見ていると、後ろから理事長に突き飛ばされた。
「えっ、理事長?」
天と地が引っくり返り、頭から真っ逆さまに落下し、地面に頭が激突した。
その瞬間、私の意識が遥か彼方へと飛んで行った。
*
「あの馬鹿」
目を覚ました聡美はそう呟き起きあがった。
「痛……」
と頭を抑えながら自分が落とされた階を見上げる聡美。
(萩原の奴、絶対牢にぶち込んでやる)
そう心に誓うと、聡美は立ち上がって本館向かい側の一号館に移動し、階段で二階に上って理事長室の扉をそっと開けて中を覗いた。
中では二人の刑事が萩原理事長に言い寄っている。
「お前が犯人なのは解ってるんだ。さっさと犯行を認めて署まで同行しろ」
「何度言ったら解るの!? 私は殺していない! そもそも私が殺したと言う証拠があるの!? それに浅岡先生が死んでた部屋は鍵がしてあったじゃない!」
そう言って萩原理事長は刑事たちを睨む。
刑事たちは言い返せず沈黙した。
(証拠か。取り敢えず職員室で誰かに話しを聴こう)
そう思った聡美は、一旦その場を離れて本館職員室に移動した。
「失礼します」
と入室する聡美。
辺りを見回し、パソコンでメールをしている教員を見つけて声を掛ける。
「あの」
教員は聡美に振り返って「何ですか?」と訊ねる。
「副校長を知りませんか?」
「副校長なら先刻、お出掛けになられましたけど」
「いつ頃出られたか解ります?」
「えーと、3時頃かな。何か警察から電話があったみたいで、直ぐ出て行きましたよ」
(3時頃? と言う事は、私が調理科へ行った直後か。なら副校長は自動的に共犯者から外れる。じゃあ誰が……って、あれ?)
「あの、上の会議室の鍵って今あります?」
「否、この間警察が押収して今は無いけど。あ、これ言っちゃいけないんだった」
「気にしないで下さい。他言しませんので。実を言うと私、浅岡先生の事件を調べてるんです。警察は自殺だって言ってますけど、どうも引っ掛かりまして」
「はあ……。それで、副校長を疑ってるんですか?」
「先刻まではそうでしたが、今はもう疑っていません。プライベートのお邪魔して失礼しました」
聡美はそう言うと頭を下げて職員室から出た。
(鍵が無いとなると、犯人は一体どうやって……?)
聡美はそんな事を考えながら現場入口へと移動し、扉を開けようとした時、ドアノブに何かが引っ掛かっている事に気付いた。
(何だこれ?)
聡美はドアノブに引っ掛かっているビニールの切れ端を手に取った。
(これってもしかして、施錠トリック? だとしたら未だ証拠があそこに!)
何かに気付いた聡美は、慌てて一階に降り、本館を飛び出して裏門の方へ駆けていき、裏門を抜けて直ぐ右に曲がった所にあるゴミ置き場にやって来た。
そこには、大量の燃えるゴミや不燃ゴミが分別されて置かれている。この中から証拠を探すとなると、時間が掛かりそうである。
だが迷っている暇は無い。
聡美は、燃えるゴミの袋を一つずつ調べ、残り一つと言う所で漸く何かを見つけた。
「在った……!」
聡美はゴミ袋からそれを取り出すと、ポケットに仕舞ってゴミ袋を全て元通りにして理事長室の前に移動し、扉をそっと開けて中を覗いた。
中では未だに警察が頑張っている。
聡美は思いきって扉を全開した。
「萩原理事長、見付けたわよ」
その言葉に二人の刑事と萩原理事長が聡美の方を見た。
「っ!?」
萩原理事長は驚き、まるで幽霊でも見たかの様な真っ青な顔をした。
「何だね君は?」
と刑事が訊ねる。
「事件の被害者です。先ほど、私は本館二階の会議室から落ちました」
「えっ!?」
と二人の刑事が目を点にする。
「何出鱈目な事言ってるの!? 二階から突き落とされたら普通死ぬに決まってるでしょ!」
「残念ですが、そうは行かないですよ。貴女を牢獄の中にぶち込むまではね!」
聡美はそう言って萩原理事長を睨み付けた。
「あ、そうそう。見つけましたよ、これ」
そう言って聡美が取り出したのは、二つのストラップが付いた小型の携帯テープレコーダーだった。
「これ、ゴミ置き場の燃えるゴミの中から見付け出しました。貴女はこれを使って恰も会議室のドアが外側から施錠されたかの様に演出をしたのです」
聡美はテープレコーダーの再生ボタンを押した。
がちゃっ!
スピーカーから施錠音がする。
「その証拠に、コイツがドアノブに引っ掛かっていました」
聡美はポケットからビニールの切れ端を取り出す。
「恐らく、貴女はテープレコーダーのストラップを会議室のドアノブに引っ掛け様としたが、小さすぎて通らず、急遽ビニールの紐を使って引っ掛ける事にした。しかし、事件の真相を知った私を始末した後、これを回収する時に、紐がドアノブの隙間に引っ掛かってしまい、貴女は無理矢理引っ張った。その時、この切れ端が残ってしまったのです」
「そんな事、私以外にも可能だわ。それに、貴方を突き──」
「待って下さい」
聡美はそう言って手を前に出し、萩原理事長の言葉を遮った。
「萩原理事長、私が突き落とされた事、どうしてご存知なんです?」
「え、だってそれは貴方が言ったからじゃない。会議室から落ちたって」
「そこ、何か変じゃありませんか?」
「あ!」
刑事の一人が気付いた。
「本当だ!」
もう一人の刑事も気付いた。
「何が変だって言うのよ?」
「お答えします。先ほど、私はこう証言しました。『私は本館二階の会議室から落ちました』と。しかし貴女はこれに対してこう反論しました。『二階から突き落とされたら普通死ぬに決まってるでしょ!』と。どうして、犯人と突き落とされた被害者である私しか知り得ない情報を、貴女が知っているんですか? それは、貴女が事件の真犯人だからです」
それを聴いた萩原理事長は、冷や汗を掻いて言葉を失った。
「萩原さん、罪を認めますね?」
「嫌……嫌、私はやってない!」
萩原理事長はそう言って懐からナイフを取り出した。
「ふんっ」
一瞬で萩原理事長の懐に駆けた聡美が、ナイフを蹴り上げた。
ナイフは宙を舞い、聡美の頭上を通り越して落下を始め、彼女の後ろ手に収まる。
「畜生!」
我を失った萩原理事長が聡美の首を掴もうと両手を伸ばそうとしてきた。
聡美はナイフを刑事に放り投げた。
刑事はナイフの刃を触らない様にしながら、何度も落とし掛けて柄を掴む。
「おりゃあ!」
聡美が萩原理事長の腕を掴んで背負い投げをした。
「うっ!」
背中を強く打ち付けた萩原理事長は呻き声を上げて気絶した。
「刑事さん、後は任せたわ」
聡美はそう言って床で伸びている萩原理事長をさり気なく踏み付けて理事長室を出た。
「寝よう」
呟いた聡美は階段で一階に降り、一号館を出て情報棟の方へ歩いていった。
途中、聡美は武村と出会した。
「よう、九重」
「武村か。丁度良い所で逢った。私は頭が痛いから保健室で少し寝る。5時半前になったら起こしに来て」
「俺、もう帰るんだけど」
「あんた私の言う事が聞けないって言うの!?」
聡美はそう言って武村を睨み付けた。
「お、起こさせて頂きます……」
恐怖で拒否出来なかった武村は思わずそう言ってしまった。
「絶対よ?」
「あ、ああ」
「起こさなきゃ明日からあんたの机無いんだからね」
そう言って聡美は情報棟まで歩いて行き、そこを通過して管理棟に行き、そこにある保健室へと入って保健の先生に一言断ってベッドに潜り込んだ。
その後、萩原理事長は犯行を認め、警察へと連行されていった。
*
「──のえ! 起きろ九重!」
声が聞こえた。聞き覚えのある声だ。
「ん……んん……?」
目を開けると、私は管理棟の保健室のベッドの上に居た。
傍らには武村の姿が確認出来る。
「あれ、生きてる?」
「当然だろ。全く、無茶しやがって」
「理事長は!?」
私は起き上がり様にそう訊ねた。
「っ!」
頭が滅茶苦茶痛い。
「バカ。お前、頭から血出てんだからな」
「致命傷?」
「かもな」
「そう。私、もう直ぐ死ぬのね」
「冗談だ。血なんか出てねえよ」
「武村!」
ガスン!
私は武村を一発殴った。
「そ、それだけ元気がありゃ大丈夫だろ。で、理事長なんだが……」
武村は深刻そうな顔をする。
「まさか……」
「……なんてな。浅岡殺しを認めて逮捕されたよ」
そう言って武村は笑みを浮かべた。
「それは良かったわ」
私は笑みを浮かべて武村をもう一度殴った。
ガスン!
鈍い音が辺りに木霊する。
「何で殴るんだよ!?」
「ん? 何と無く」
「何と無くで人を殴るな!」
「ああ!? 五月蝿いわね! 殴りたいから殴ったのよ! 何か文句ある!?」
「いいえ、無いです……」
「武村」
「あ?」
「見付けてくれて有り難う。もしあんたが見付けてくれなかったら、私屹度凍えて死んでたよ」
「何言ってんだ? お前、頭痛えって喚きながら自分で保健室来て横になったんだぞ。覚えてないのか?」
「えっ? 私、図書室で理事長に突き落とされて気絶してたんじゃ?」
「否、普通に自分で保健室に歩いて行ったからな、お前」
「マジ?」
「マジだ」
「前言撤回。忘れて」
「無理。もう聴いちゃった」
「武村、思いっ切り頭殴って記憶喪失にしてあげようか?」
「忘れます! 忘れさせて頂きます!」
武村は背筋をピンと張らし、顔を強張らせてそう言った。
私はそのな武村を見てクスクスと笑った。
「冗談だよ、武村。記憶喪失で私の事まで忘れられたら困るしね」
「俺は忘れたい」
その言葉にムッと来た私は武村のネクタイを掴んでグイッと引き寄せた。
「真剣死にたいのあんた!?」
そう言いながら睨むと、武村は顔を引き攣らせた。
「冗談です……」
「私には冗談に聞こえなかったけど?」
「ごんめなさい、本心です」
「あ、そ。じゃあ、あんたの心に私の事を一生忘れらない様に魔法を掛けてあげる」
「魔法?」
「うん、魔法」
そう言って私は、自分の唇で武村の唇を奪った。
「ん!?」
驚き戸惑う武村。
「ぷはっ」
私は唇を武村のそれから離した。
「私と、付き合って下さい」
「…………」
返答に迷う武村。
「あーっ、駄目それじゃあ! あんた、一生私に付いてきなさい! 良いわね!?」
「選択の余地は無いんですかね、俺には?」
「あんたに私との交際を決める権限は無いわよ。だって、私の手作りチョコ、食べたんだから」
「すまん、食べてないんだ。俺、チョコが嫌いでな。あげちまった」
「誰に?」
「赤柳」
「あげちゃったの!?」
「拙かったか?」
「何を考えてるんだお前は!?」
「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「謝ったって許してあげないんだからね!」
私はそう言って「フンッ!」とそっぽを向いた。
「え、何で!?」
その問いは黙殺だ!
「おい、聴いてんのか?」
聞く耳持たん!
「俺が悪かった。頼むから許してくれ」
嫌だ! お前の所為で私の人生ズタボロだよ全く!
「よ、よし解った。今度は絶対食べるから、もう一回同じの作ってくれ」
私は武村を顧みた。
「それ、私の思いを受け入れるって事?」
「ああ。だって、お前怖いんだもん」
「は?」
「まあ、お前の思いを無視してても良いんだけどさ、それだと絶対虐めるだろ、お前?」
「うん、虐める」
私はそう言って笑みを浮かべて見せた。
「あんた身も蓋もねえな」
「そうかしら?」
「…………」
武村は返答に困った。
「私って身も蓋もないキャラなの?」
「そ、そんな事無えよ」
「ホントに?」
「うん、ホントホント」
「…………」
「どうしたの?」
「いや、あんたって嘘が下手だなって思って」
私がそう言うと、
「…………」
武村は沈黙した。
「あ、そうだ武村。明日同じの持ってくるから、教室行って鞄取って来て」
「それぐらい自分で取りに行けよ」
私は徐に武村の耳を引っ張った。
「行って来て。返事は?」
「はい、行って来ます」
私がその言葉を信じて武村を解放すると、彼は保健室を出て行く。
「武村、ダッシュね」
「イエッサー!」
武村は教室まで駆けると、私の鞄を持って戻って来た。
「お、サンキュウ」
そう言って私はベッドから降り、管理棟の入り口で止まって上履きを脱いだ。
「これ置いて来るついでに靴持って来て」
「イエッサー!」
武村は私の上履きを取ると、ダッシュで情報棟の下駄箱まで行って上履きを置き、代わりに私の靴を手にしてダッシュで戻ってきた。
「早いね」
「ご主人様のご命令ですから」
「あんた、良いげぼっ、じゃなかった。良い彼氏ね」
「今下僕って言おうとしたろ!?」
「し、してないわよ!?」
「嘘吐くな! 明らかに言い直してたろ!?」
「悪い?」
「否定しねえのかよ!?」
「別にどうでも良いじゃない」
「良くないよ! 下僕と彼氏じゃ差が有りすぎるよ!」
その発言に私は溜め息を吐いてこう言う。
「五月蝿いわね。私が良いって言ったら良いの。解る? つーか解れ」
「…………」
武村は沈黙した。
「じゃ、私は先に帰るから、赤柳との誤解、ちゃんと解いといてよね」
「誤解って何の?」
やれやれ。
「だから、あんたあの眼鏡に私からのチョコ渡したんでしょ? つーか何て渡したの?」
「え、普通にお前から貰った事を言って渡したけど」
「それだよ。あんたがあげるから私の席にこんなの置いてあったのよ?」
そう言って私は偽武村が書いた手紙を武村に見せた。
「まあ頑張って」
「何を?」
「赤柳ってお前の事、女として見てるみたいだからさ」
「最悪だ。虫唾が走る。反吐が出るわ」
「そこまで言うか、お前。てか後ろ」
「え?」
私は後ろを振り向いた。
「九重さん」
「出たー!」
驚いた私は子○ 武人のボー○ボヴォイスでそう叫んだ。
「チョコ、美味しかったよ。有り難う」
「否、あれ先生宛じゃないから。ぶっちゃけると武村宛」
「またまた。先生知ってんだよ? 君の気持ち」
「武村、こうなったのはあんたの所為だ。責任持って何とかしてくれ」
「すまん、俺用事あるんだ」
武村はそう言って「ごめん」と謝って去って行った。
「裏切り者ー!」
「じゃ、駅まで送るよ。帰るんでしょ?」
「否、結構です」
「でももうバス無いよ?」
「朝日バスがありますから」
「勿体ないなぁ。折角人が親切にしてやってるって言うのに」
「貴男に親切にされる筋合いはありません。どうかお引き取り下さい。口で言っても解らないのであれば、制裁を加えるしかありません。選択肢は二つに一つ。0.1秒以内にどちらか選んで下さい」
ガスン!
眼鏡が答えなかった為、私は制裁を加えて帰路に着いた。
こう言う、実在する学校を舞台として書くのは始めてで、少し勇気が要りました。
最初は辞めようかと思ってましたが、何か書かなきゃいけない気がして、覚悟を決めて思い切って書きました。