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乙女ゲームの転生モノ

乙女ゲーの悪役(端役)に転生した少女の場合

作者: 幸水

最近はやりの乙女ゲーム転生に手を出してみた結果がこれだよ!ということで。

どうして私の書く主人公はいつも残念なのだろう。

 何が起こったのか、瞬時に理解できなかった。

 誰かがぶつかってきた次の瞬間、腹部に突然激しい熱と痛みが走り、視線を向ければ、銀色の何かが腹から生えていた。

 ああ、赤い。

 こちらを睨んでいる女性の目が、視界が、全てが。

 何故こんなことになったのか。

 遠くで誰かが呼んでいる声がした。でも何も聞こえない。

 視界が暗く狭く閉じられていく。意識が奈落に引きずり込まれる。

 ああ、私は何処で何を間違えたのだろうか。

 途切れ行く意識の端で、泣いている男の顔が映る。

 名前を呼ぼうとしたけれど、まともに唇さえ動かすこともできず、そのまま暗闇に呑み込まれ、私は意識を手放した。








 長谷部恭介(はせべきょうすけ)に出会ったのは、中学の入学式の時だった。

 慣れない制服に身を包んだ雛(自分含む)の群れの中で一際目立つその美貌は、明らかに他とは一線を画していた。

 新入生代表として壇上に立つ男の姿に、私は所謂フラッシュバックなるものを経験した。

 前世の記憶、というヤツであろうか。

 私には妹がいた。妹も重度のオタクで、ゲーマーだった。

 妹のはまっていたゲームのジャンルで、乙女ゲーというのがあった。ギャルゲーの女版であるらしい。

 その中でも特にはまっていたのが『夢幻回廊』なる乙女ゲームである。

 ちょっとホラーテイストな部分もあるが、実際はヤンデレも世界崩壊エンドもない、普通の学園物だった。

 妹はこれを誰かと語り合いたかったらしく、私にターゲットを絞った。

 ゲームには興味がないというのに無理やり全員攻略させられた挙句、ファンブックの情報を熱くリピートされた。あれはまさしく洗脳だったと思う。

 お蔭で、前世の自分がどういう生活をしていて、どういう理由で死んだのかは全くもっていまだに思い出せないが、何故だかゲームの内容だけは長谷部恭介の存在が引き金となったのか明確に思い出した。

 そう、長谷部恭介は、その乙女ゲームの攻略キャラなのである。

 それ自体は問題ない。なにせそのゲームで登場する長谷部恭介は高校二年生、今の奴は中学一年生だ。

 ならば関わらなければいい話だ。

 私は基本面倒臭がりで、傍観しようという気も起らない。とりあえず該当する学校だけは受験しないように心掛けることを誓う。絶対巻き込まれてたまるものか。

 そこまで考えて、ふと気づいた。私のフルネームである。

 水無瀬彩音(みなせあやね)、それが私の名前だ。

 そして悲しいかな、その名前の意味も思い出した。そう、水無月彩音もゲームの登場キャラだった。

 しかも、長谷部恭介の恋人役で、ゲーム途中でヒロインに惹かれた長谷部恭介に振られ、逆恨みしてヒロインをナイフで刺そうとする犯罪者キャラだったよ!!

 刃傷沙汰なんて起こしたらお先真っ暗じゃないですかやだー。絶対阻止、断固阻止。

 ゲーム中では、どういう経緯で長谷部恭介と水無瀬彩音が付き合うことになったのかは語られていないが、そもそも私は外見的に非常に地味なキャラである。

 立ち絵では化粧もしててちょっと派手なキャラだったが、私の性格上それはない。

 むしろ地味万歳、である。学生時代に化粧なんかしないよ、肌に悪い。せっかくのつやつやプルプルの肌を堪能せずになんとするよ。

 ああ、こんな発想が出る時点で、私の前世はそれなりの年齢だったのだなと推測される。お肌の曲がり角は絶対過ぎた後だこれは。

 まあそれは置いといて。そもそも、長谷部恭介と"私"が付き合うことになるとは全く思えないのだ。そもそも接点が全くない。

 原作の水無瀬彩音は押しまくって付き合ってもらったのだろうか。そのあたりは謎だが、今の私は奴に近づく気が全くない。だって近づいたら犯罪者コースまっしぐらですよ?

 とりあえず、これから過ごす中学の三年間、私は徹底的に長谷部恭介を避けることに専念した。

 努力の甲斐あって、奴と会話することは一度もなく三年は過ぎた。時折視線を感じることもあったが、全て気のせいだ。

 予定通り奴とは高校も分かれたので、これでもう縁が切れる。犯罪者フラグは圧し折ったぜははははは。

 卒業証書片手に、上機嫌で中学校の校門をくぐった矢先、私は何故か長谷部恭介に捕まった。

「好きです。付き合ってください」

 まさかの直球攻撃。ちょっとまて、私は一度も君と話したことがないはずだが。

 後で聞いた話だが、長谷部恭介は、やたらと自分を避ける女として私が気になっていたらしい。

 最初は気のせいかと思ったが、明らかに避けられている。何故だろうと思って私を観察していたらいつの間にか…ということらしい。大迷惑だ。

 このままでは私の犯罪者フラグがたってしまう。冗談ではない。当然ながらお断りしたが、向こうは引き下がらなかった。

「好きな人がいるわけじゃないんだろ? なら、お試しでいいから俺と」

 お試しとか軽々しく男と付き合えるわけがなかろう、莫迦者が。

「それは無理だ。私は高校卒業まで男女交際はしないことにしているからな」

 あり得ないと思いつつ、万が一に備え断り文句を考えていた過去の私、えらい。こういう時は怯んだ方が負けだ。

「は? なんで」

 まあ当然の疑問だろう、私もそう思う。だがここで私は敢えて斜め上の理論を展開して相手を煙に巻く予定なのだ。

「私は少なくとも成人まで貞操を守るつもりだからだ。しかし今時の男子高校生が、清く正しい男女交際で我慢できるとは思えない。下手に付き合ったが最後、絶対ヤらせろヤラせないで喧嘩になった挙句、他のヤらせてくれる女に流れて、私が振られるに決まっているのだ。そんな空しい未来は御免だ」

 ……うん、まあ、自分でもこの理屈はどうかと思う。

 だがそれこそがねらい目! 向こうがドン引きしたのを狙ってさっさと逃げるに限る。

「じゃ、そういうことで」

 私は素早く踵を返した。

 奴が呆気にとられているうちに、可能な限り距離を離す。しかし、お互い徒歩通学のため家まで逃げ切れるかどうか不明だ。

 まあ大方の予想通り、逃げ切れなかったわけだが。

 こんな化粧もしてない地味子に対し、奴は公道だというのに非常に熱く私を口説いた。

「我慢しろというならキスまでで我慢してみせる! 辛いけど! だから!」

 健康な十代男子にそれは過酷じゃね? と思ったが、それを私が口にしてはいけないので黙っておく。

 しかしそれにしてもこの男のほとばしる情熱は何なのか。あれか、ゲームのシナリオと異なる行動をしたせいで、世界が強制的に道を正そうとでもしてるのか?

 だとしたらこの男も可哀相に。とは思うが、付き合って一年ちょっとで確実に振られる予定の私も可哀相だと思うんだ。

 しかし結局、私が折れた。公衆の面前で力強く愛を叫ばれ続けるのはちょっと激しく羞恥プレイ過ぎて思わず

「わかった、わかったからちょっと黙って!」

 と叫んだのが敗因だった。

 このわかったを了承ととられてしまい、長谷部恭介は周囲の野次馬に祝福され、私は自分の迂闊さを呪って顔面蒼白になった。

 そしてこの男、原作でもマメな男であったが、実際私に対しても実にマメだった。

 毎晩のメールと電話攻撃に加え、日曜の図書館デート(私に金がないので妥協した結果)、彼は私に色々何かを奢ろうとするのだが、それは私が却下した。

 基本的に私は割り勘が好きだ。奢りとか相手に借りを作る気がして好きではない。むしろ怖い。

 それならば私もバイトして金を稼いで奢る、と言ったら何故か長谷部恭介に却下された。何故だ。

「女性ばかりで男と接する機会のないバイトならともかく、そんなの無理だろうからダメ」

 奴の目に私はどんな風に映っているのか非常に聞きたくなったが、聞いたら最後な気がして結局聞かなかった。

 私は全くもてないから大丈夫だ、と何度主張しても聞き入れてもらえなかった。

 多分、二年生になってヒロインが転入してくるまで、奴はこのままなのだろうと思う。こんな大型犬のように懐かれると、こちらとしても情が湧くので正直つらい。

 しかしそれは避けられない運命だ。ヒロインがルート分岐する前に私と長谷部恭介は別れる。これは絶対だ。

「長谷部恭介、私はお前に好きな人ができたらすぐにでも別れてやるからいつでも言っていいんだぞ」

「そんなの未来永劫現れないって言ってるだろうが」

「何をいうか。出会いなど星の数ほどあるんだ。この歳で視野を狭めてはいかんぞ」

 私にできる精いっぱいの助言を受けた長谷部恭介は、不機嫌を通り越して無表情になり、人を突然抱きしめた挙句噛みつくように唇を貪ってきた。

 一応、キスは譲歩したとはいえ、図書館で何をしやがる貴様。

 酸欠寸前でやっと解放された私を再度抱きしめ、恐ろしく低い声で耳元に囁かれた。

「絶対、何があろうと、別れる気ないから」

 だから、それは無理だというに…というか羞恥プレイ勘弁してください、周囲の視線が痛い、静かな図書館なだけに視線が実に痛すぎる。








 高二になり、ヒロインが転校してきたらしい。長谷部恭介が、転入生がきた、とメールの中で報告してきた。

 どんな女性かと聞いたが、返事は「生物学的に女」とだけだった。違う、聞きたいのはそこじゃない。

 長谷部恭介の外見は、髪の色こそ違えども、ほぼ原作のスチル通りになっていた。

 まあ、現実で青色の髪とか校則違反なのでまず無理だろう。決して私が以前「茶髪ってなんかチャラ男のイメージだよね」などと口走ったせいではないと思うが、奴の髪は瑞々しい黒髪だ。

 黒髪のせいでやたら真面目な印象になったが、お蔭で笑顔の威力が半端ない。元々が素晴らしく綺麗な顔立ちなだけに、よく私の後ろで女性たちが卒倒していた。

 この頃になると、羞恥プレイを私が嫌がった結果、奴の家に連れ込まれることが多くなった。奴の鋼の理性はいまだ健在であった。いや、実は多少罅が入っているかもしれない。

 抱きしめられて濃厚なキスをされるたびに、奴の目が非常に危険な光を帯びる。あの約束がなかったらとっくに私の貞操はなくなっていただろう。むしろまだ効力あるほうが不思議だ。

 こうなると、キスを許可したことが悔やまれる。

 わざと音を立てて舌を嬲られ、食まれ、吸い上げられる。

 じっくり時間をかけ、執拗に(ねぶられる。体はとっくに抱き込まれて身動きもできない。ベッドの上で制服越しに密着したからだは、奴の腰あたりに熱いものを感じとってしまう。

 正直、奴のキスの経験値が回を重ねる度に段違いに上がっているというか、油断するとこちらも理性が蕩けそうで非常にヤバい。

 振られるのは六月だ。あと一か月にはお別れなのだ、と、自分に言い聞かせる。

 決して犯罪者にならない。なってはいけない。

 別れを切り出されたらあっさり承諾しよう。そして二度と長谷部恭介には会わない。高校も違うし、中学時代も同じクラスになったことはないから、大学は県外に進学して成人式さえサボれば会うこともないはずだ。

 私が犯罪者になっても家族は誰も喜ばない。

 私は今生でも妹がいる。前世と違ってオタではないが、彼女を犯罪者の姉をもつ妹にする気はない。両親だって、私を犯罪者にするために育てたわけじゃない。だから。

 たとえ私の名前を呼ぶこの声から熱が消えてしまっても、それを笑って受け入れよう。

 真っ赤な画面、光るナイフ。悲鳴。怒号。

 私は覚えている。絶対に忘れてはならない。運命に流されない。

 この力強い腕の主の運命の糸の先は、決して私ではないのだと。

 







 六月になった。

 梅雨前線が活発化どころかゲリラ豪雨を引き起こしたり、一方別の地方では水不足が発生していたり、実によくわからない季節になった。

 六月に別れることは知っていたが、六月のいつかはそういえば不明だった。

 メールは相変わらず毎日届く。よくネタが続くなと思う。私はメールが苦手なので、いつも返信は一言二言だが、向こうは結構びっちりと書く。

 大概、学校であった他愛もない話や、部活の話だ。

 ちなみに長谷部恭介は剣道部所属である。思い起こせば高校入学当初、私がうっかり軽い気持ちで

「武道をやっている男は、立ち姿からして非常にかっこいいな」と、袴姿でコンビニにたむろしていた他校の男子高校生をみて口走ったのが原因のようだ。

 確か原作ではサッカー部だった気がするのだが、今更だし深く考えないでおく。

 メールにヒロインのことは一切書かれていない。まあ当然か。一応彼女相手のメールだし他の女の気配をさせてどうする。

 ただ、最後に

『今度の日曜は大会で会えない、ごめん』

 とあった。

 ああ、イベントだな。と、私は冷静にそれを受け止めた。

 確か記憶ではサッカーの地区大会だったのだが、現実の長谷部恭介は剣道部なので剣道の地区大会という誤差はあるものの、間違いなくイベントだ。

 同じクラスに編入してきたヒロインが、友達と一緒に応援にくる。

 そして帰り道、急に雨に降られたヒロインは、雨宿りしつつ傘を買うかどうか逡巡しているところに長谷部恭介が通りがかり、一緒に帰るというものだ。

 

 な ん て ベ タ な

 

 いやまあ所詮イベントだからどうでもいいんだけど。

 でも確かこれ五月のイベントだった気もするがどうなんだろう。微妙に時間軸も狂っている気が。

 それはともかく、私は日曜日は外出しないことに決めた。どうせ通り雨がくるのはわかっている。

 家でゴロゴロしていたら母にお使いを頼まれ、結局街まで出ることになった。天気予報では一日晴れとなっていたが、太陽が中天に昇った頃には怪しい雲がもくもくと姿を現し始めていた。

 急いで買うものを買って帰路についたが、残念ながら雨に降られた。傘を買うのも勿体なくて濡れながら駆け抜けていたら、視界の端にいらんものが映り込んだ。

 長谷部恭介と見知らぬ少女が、仲よく一つの傘で相合傘をして歩いていた。長谷部恭介は竹刀と防具を持っているので、少女が傘をさしていた。

 うん、美少女だ。毛先がくるんと巻いている淡い茶系の髪が、水気を吸って少しふわふわしている。

 目がくりっとしていて、笑顔がすごく可愛い。うん、あれが多分ヒロインだ。

『夢幻回廊』にはヒロインの立ち絵がないので確証はないが、これはまさしくイベント。ならばヒロインに違いあるまい。

 確かこのイベントが切っ掛けで急速に仲が良くなる筈だ。そして、心を偽ったまま付き合えない、ということで水無瀬彩音と別れ話に発展する。

 その後、二人が通り過ぎるまで隠れて様子をうかがっていたせいで私はすっかりずぶ濡れになり、風邪をひいた。

 長谷部恭介は心配性なので、風邪をひいたことは黙っていたのだが、何故かバレて見舞いに来やがった。どうやら同中学出身者の奴がリークしたらしい。

 喉をやられてまともに声が出なかったので筆談になったが、そのうち伸し掛かられてキスされていた。何故だ。

「人にうつすと治りが早くなるんだと」

 だからって病人にのしかかってくるんじゃねぇ、重い。

 結局、私が回復したと同時に長谷部恭介は風邪をひいた。自業自得だと思いつつ、メールでわざわざ私に連絡してきたので、仕方なく見舞いの品を持って奴の家にいったところ、ヒロインと遭遇した。あれ?

 彼女は今日の授業のノートやプリントを持ってきてくれたらしい。親切なことだ。

 私が来たので気を使ったのか、ヒロインは帰ろうとしたが私が引き留めた。そして寝込んでいる長谷部恭介の横で、色々と話を聞かせていただいた。

 基本的にフェミニストなこの男は、転入生のヒロインこと宮原静香さんの隣の席で、担任から彼女の面倒を仰せつかったらしい。

「すごく親切にしてくれて…」

 と、美少女が軽く頬を赤らめて話すとか何これ凶器? あまりに可愛らしすぎておねえさん鼻血ふくよ?

 私が美少女静香ちゃんにときめいているのを察したか、ベッドで寝ているはずの病人が少し不機嫌そうに目を細めてこちらを睨んでいる。

 そんな奴の様子に静香ちゃんは全く気付かず、いかに長谷部恭介が優しくて頼り甲斐があるかを力説した。それはいいのだが静香ちゃん、私と長谷部恭介の関係が分かっているのだろうか。もしかして私に牽制しているのだろうか。あれ、もう長谷部ルート確定?

「ところで、水無瀬さんは長谷部君とはお友達ですか?」

 わかっていなかったらしい。

「まあ、一応そんなところです」

 その瞬間、ベッドから激しい咳の猛抗議が飛んできた。奴も先日の私と同じく、喉が痛くて声が出ない模様。

「長谷部君?!」

「無理にしゃべろうとするな。ほれ、水を飲め」

 見舞いの品の一つであるアクエ○アスを、蓋を開けてから手渡す。

 奴は苦しげに咳き込みながら上体を起こすと、それを受け取って喉を潤した。

 静香ちゃんが健気に長谷部恭介の背をさすってあげている。

 奴の視線は相変わらず私に釘づけだ。睨み付けられているともいう。友達に同意したのがそんなに気に入らないのか、お前のためだというに。やれやれ仕方ない。

「実はですね宮原さん」

 心配そうに長谷部恭介を見つめている静香ちゃんに、私は非常に言いたくない一言を言う羽目になった。主に奴の視線が原因で。

「正確には、友達ではなく彼女です」

 元々大きな目がこれでもかと言わんばかりに見開かれた静香ちゃんの横で、長谷部恭介が何故か満足そうに頷いていた。

 その後、そろそろ帰るという静香ちゃんに合わせて帰ろうとしたが、長谷部恭介が人の服の裾をしっかと掴んでくれたお蔭で帰りそこなった。

 帰り際の静香ちゃんの鋭い視線の意味をなんとなく察した私は、非常にいたたまれなかった。大丈夫だ、この男はすぐに私を捨てて君に走るから。

 風邪で弱っているときはやたらと人恋しくなる。私は諦めてしばらく長谷部恭介の傍にいることにした。

 ひどく満足そうな寝顔が少し、いやかなり腹立だしかったのは内緒だ。

 しかし、既に六月の第二週目を過ぎている。そして今頃思い出したが見舞いもイベントだった。

 確かこれでさらに仲よくなる筈だ。長谷部恭介がヒロインを引き留め、彼女は奴が眠りにつくまで傍に…あれ?

 ちょっと待てよく思い出せ私。確かこのイベントで、ヒロインと水無瀬彩音の遭遇ってなかったよな確か。

 そして結果的にヒロインがいる立ち位置とすり替わってしまった私。あれ、どうしてこうなった?

 何故か、部活といい微妙に色々本筋とずれが生じている気がする。まあ私は私が犯罪者にさえならなければどうでもいい。

 すやすやと幸せそうに寝ている長谷部恭介が忌々しい。

 どうして帰らないのかといえば、やつの手がいまだしっかと私の服の裾を握っているわけだ。どうしようもうすぐ夕食の時間だ。

 たたき起こせばいいだけで、普段の私なら間違いなくそうしたのだが、何故かその気になれなかった。

 結果、奴のご両親が帰ってくるまで私は拘束され、固辞したものの強制的に夕食を一緒にいただくことになった。

 長谷部恭介は母親似であるらしく、素晴らしく美人なお母様に「娘が欲しかったのよ~」と語尾にハートマークが付きそうな勢いで構われた。

 申し訳ない、もうすぐ別れるので娘にはなれません。代わりに素晴らしく美少女な静香ちゃんがきますのでお赦しください。

 




 七月になっても、何故か長谷部恭介は別れる気配が見えなかった。

 仕方ないので夏休み直前、何か私にいいたいことはないかと聞いたところ、何故か旅行のお誘いを受けた。

 しかし海やプールはNGだという。何故だ。暑いのに。

「山は嫌いだからパス。暑いので海一択。それ以外なら涼めるところ限定」

 私の主張は、「他の男に水着姿を見せたくない」と却下された。なんだそれ。誰も私の水着姿で発情などするまいに。

 しかし、八月前半までは結局奴の都合でどこにもいけないことが判明した。

 話を聞くと、剣道で全国大会にでることになったらしい。それで毎日帰宅が遅いとか。

 会場は毎年変わるそうで、今年は九州らしい。大変だなと思っていたら、応援に来てほしいと言われた。うえ。

 流石にそれは遠いと主張すると、肩をがっくり落とされた。仕方ないだろうせめて本州ならばまだしも、それは遠すぎる。確実に一泊コース。

 金がそこまでないことを理由に断ると、そうだよなと力なく項垂れた。

 仕方ないから後日お守りを購入して手渡すと、危うく私の貞操の危機になった。練習が激しくて日曜日も学校らしく、たまたま早く帰れた日に渡しにいったらこれだよ。疲れてるんじゃないのか貴様。

「早く卒業したい」

 唇を散々貪り、体中をしつこくしつこく(服の上から)撫でまわした挙句の発言だ。おいこら下心満載だな。ため息すら色っぽいとはどういうことだ。男に色気で負けているぞ私。

 押し倒されているこの状態でヘタなことを言うと非常に危険なので黙っているが、結局静香ちゃんとはどうなっているのだろう。

 性格的に二股をする男ではない。原作でも、ヒロインと付き合っているわけでもないのに、心が離れたからと水無瀬彩音と別れたくらい真面目な男だ。

 仕方ないのでリップサービスをした。

「剣道着を着用している長谷部恭介は、半端なく色気がダダ漏れで存在が凶器だよな」

「着てなくてもいい男だろう」

 そう返されるとは思わなんだ。しかし何故嬉しそうなんだ。そして頬まで染めて微笑まれるとまさしく凶器。腰が砕けそうだ。

 剣道をやっているせいか、筋肉のつきも素晴らしい。こうして抱きしめられていると正直一線を越えてもいいという危険な思想に何度か陥りそうになったが、理性に踏ん張って耐えてもらった。

 それにしてもこの男の女の趣味は悪すぎる。何故私なのだろう。こんな体も許さない地味子などとっとと捨てて、静香ちゃんに走ればよいものを。

 結局、八月にはいっても私たちは別れなかった。九州の大会では個人優勝したらしい。剣道始めて二年目で優勝とか何者だおい。

 静香ちゃんがわざわざ応援に来たらしい。メールに書いてあった。親戚の家に遊びに来たついでだといっているそうだ、相変わらず女心のわからない男だ。

 まあそれもイベントなわけだが。静香ちゃん着々とイベントを進行させている模様。

 しかし大会は九州ではなかったはずだ。まあ原作だとサッカーだったからな。よく頑張ったよ静香ちゃん。

 結局夏休みは出かけるといってもすべて近場ですませた。暑いので私が出歩くのを渋ったためだ。結果的に奴の家に連れ込まれることが多くなったのは失敗だった。

 相変わらず、奴の理性は素晴らしかった。私の貞操はきちんと守られている。いや、きちんとと言っていいものか。

 夏はどうしても薄着になる。その結果、奴の雄を激しく刺激したらしい私は、いっそ脱いでしまったほうがましじゃね?という際どい格好をさせられた挙句体中を撫でまわされ舐められた。そう、舐められた。

 といっても舐められたのは手とか足とかの末端近くであり、際どいところはせめられていない。

「そこに手を出したら間違いなく理性が飛ぶ」とのことらしい。奴も結構ギリギリなようだ。

 しかし毎回こうも服をぐちゃぐちゃにされると非常に辛い。手を出さないという選択肢はないのかと問うと、俺を殺す気かと返された。そこまでか。

 時々奴の家に訪れる静香ちゃんと遭遇した。奴は私だけを家に上げ、静香ちゃんは決して家に入れなかった。静香ちゃんの視線が辛い。そして長谷部恭介、貴様何故そこまで静香ちゃんに冷たい声が出せる? ヒロインだぞ彼女。

「あの、邪魔なら帰るが」

「彩音はここにいろ。邪魔なのはあいつ」

 珍しく女性に冷たい長谷部恭介をみた。こいつは中学時代基本的にフェミニストだったはずなのに。

 結局そのまま九月になった。私の犯罪者イベントは確か十月。長谷部恭介の学校の学園祭での事件だ。

 しかし、現在進行形で私は何故かいまだに長谷部恭介の彼女である。このままでは私が犯罪を犯す理由がなくなる。いや、よいことなんだが。元々それが目的だし。目指せ真っ当な人生。

 とりあえず、「他に好きな女ができたらいつでも」と告げ、怒った奴に押し倒されるいつものパターンを繰り返して日は過ぎる。

 結局十月になり、私は長谷部恭介に熱心に誘われ続けた結果、非常に不本意ながら奴の高校の学園祭にいく羽目になった。

 一応未だに付き合っているので、私が刃傷沙汰を起こす理由はない。だから大丈夫だと自分に言い聞かせたが、何故かその日が近づくにつれて不安になった。

 仮病を使うことも考えたが、長谷部恭介は私の親に手を回していた。そう、奴は私の親と仲良しになっていた。この野郎いつの間にうちの母を誑し込んだ。

 ちなみに母は美少年が大好きだ。長谷部恭介は乙女ゲームの攻略対象キャラである。よって素晴らしく母好みだった。

 そんな母が息子が欲しいの一念で、やたら歳の離れた弟を身ごもったのはつい先日のことだ。母のまだ平らな腹をみて、五か月と聞かされた時は心底驚いた。妊娠自体はもっと前からわかっていたが、私と妹を驚かせたかったらしい両親は性別が確定するまで黙っていたとのこと。

 思い返してみれば、父の様子が二か月ほど前から妙だった。常にやたら上機嫌で、やたら母のことを気遣っていた。そういうことは早く言え、母体をいたわらねばならんというのに。

 そんなわけで念願の息子を身ごもっている母だが、それまでは確かに「こんな息子が欲しかった」と長谷部恭介のことを絶賛していた。

 まだ見ぬ我が弟よ、君に託された母の野望は、君には少し荷が重すぎるやもしれん。いざとなればこの姉が守ってやるからな。

 話が大いに逸れた。閑話休題。

 そんなわけで私は、非常に足取り重く奴の学校にやってきた。何度バックレようとしたことか。地味子に奴の隣りで奴の学校見学とか辛すぎる。

 校門前で奴は待ち構えていた。私が土壇場で逃げないよう捕獲するつもりだろう。よくわかっていらっしゃる。

 だがそこはまずいぞ。自校他校問わず女生徒がひっきりなしに奴に声をかけている。逆ナンというやつか。

 そんな中で私を見つけて声をかけて近寄ってくるな。やめろ、視線が痛い。目だけで人を殺せるんじゃないか彼女たち。立派なゴルゴになれるぞ。

 逃げ腰な私の手を強引に握ると、奴はそのまま中へと連れ込んだ。

 長谷部恭介は非常にいい笑顔で私を連れまわした。

 途中で静香ちゃんに声をかけられ、一緒に回ろうとのお誘いを受けた。承諾しようとした私を遮り

「久々のデートなんだから邪魔すんな」

 と切り捨てる長谷部恭介。やめろ、デートとかいうな、視線が、視線が。

 しかし本当に静香ちゃんに冷たいよな貴様。何かあったのか。あったんだろうな、学校違うからさっぱりわからんが。

 とりあえず静香ちゃん、その目が怖い。その顔怖い。折角の美少女台無しだよ!

 そこの人、何これ修羅場?と楽しそうに囁かないでください。違うんだ。何がどう違うのかよくわからんが。

 結局長谷部恭介が強引に私を引きずって静香ちゃんから離れて終了。いつも思うのだが、奴といるとしょっちゅう羞恥プレイをさせられている気になるのは何故だ。私にそんな趣味はない。

 それでも案内する長谷部恭介のかいがいしさに絆されたというか、まあそれなりに学園祭を堪能したころ、事件は起きた。







 高校の学園祭ではあるが、簡易調理は認められているらしい。

 よって、調理用のナイフや包丁もこの日は持ち込みが許可されていたらしい。

 そのせいだろうか、今、私の腹に刺さっているコレは簡単に持ち込めたということだ。

 といっても計画的なものではないだろう。衝動的、というやつだ。

「あんたさえいなければ!」

 とか

「死んじゃえ!」

 とか叫んでいたような気がする。

 視界の端で、彼女が殴り飛ばされている姿が映った。長谷部恭介、貴様女性に手を上げるとは何事だ。

 常々、宮原静香には冷たいと思っていたが、殴ることはないだろう。あ、でも一応私刺されたから殺人未遂かこれ。

 腹部にすさまじい熱と激痛が走る、意識が持っていかれそうになりながら、私は気づいた。

 まて。誰が、誰に刺されたと?

 刺すのは私で、刺されるのは彼女の筈ではなかったか。

 そもそも私は元カノになる筈で、嫉妬するのも私の筈だ。

 おかしい、何かが違う。


 私は何処で何を間違えたのだろうか?


 ゆっくりと全身から力が抜けていく。

 赤い、何もかもが赤い。痛い。辛い。

 もう何も聞こえない。視界が閉ざされる。

 だから見えない、あんな風に泣いている男の顔なぞ、私は知らないし見ていない。

 後は闇。静寂の中で私は意識を手放した。


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― 新着の感想 ―
[一言] 久々に読み返して 面白いのだけどバッドエンドで終わりというのがやはり…ここで終わりなんでしょうか? 死んだのか、助かって気持ちを深めあったのかすらわからないからもやもやします
2017/10/20 22:48 退会済み
管理
[一言] 彼女がいると宣言されてても、日頃から接触を試みる女。 彼女が隣にいるのに学園祭を一緒に回ろうという女。 強心臓すぎるわ。成りはかわいくても、心は肉食獣ですな。 にげて!ふたりとも!と思いつつ…
[良い点] 内容が面白かった [気になる点] 主人公は死んだの? [一言] バットエンドですか? でも、面白かったです。
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