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見知らぬ空の見守る下で2

「ジェスとリックはどこに行った?」

 抵抗しなくなった村人に縄をかけていたトマは、頭であるイルガの言葉に記憶を探るように視線を浮かせ、何も無いとわかるとやがて首を横に振った。

「そういえばさっきから見てやせんね」

「ジェスなら村のまわりを見てくるって言ってましたぜ。リックはいつもの如く女あさりでしょう」

 死体を炎に中に投げ入れていたゼスが横合いからそう返した。それを聞いたイルガの口から大きな舌打ちがもれた。

「勝手に動くなと何べん言わせりゃ気が済むんだあいつらは」

 髭面の悪人顔が怒りに歪む。初見の人間が見ればそれだけで泣いて許しを乞いたくなるような凶悪な面相であったが、この悪人面の頭のもとで長く汚れ仕事をしてきたトマもゼスも慣れたものでイルガをなだめるように薄ら笑いを浮かべた。

「この前の仕事で手篭めにした娘のことが忘れられんのでしょう」

「ああ、あの村長の娘とかってのだろ? せっかく地下の隠し通路でおっとろしい山賊から逃げ出したってのに森の近くで小便やってたあいつらに見つかってあわれあわれに、きひひ」

「命だけは助けてくれって自分からくわえ込んだってな、ずいぶん自慢してたぜ」

「まったく俺らが真面目に仕事してるってときに羨ましい限りだぜ。お頭ぁ、俺たちはまだお預けなんですかい」

 トマは縛られ転がされた村人の内から一人、若い娘の顎を掴みその目を覗き込みながらイルガに問うた。

 娘はケダモノそのものの男たちを前に件の村長の娘の末路を思い、その瞳をじわりと涙に濡らした。辺境の村の住人でも盗賊仕事の戦利品として捕まってしまった若い女がどういう扱いをされるかぐらいは知っていたし、彼らの語り口そのものが答えでもあった。

「馬鹿が、傷物にしたら売値が下がるだろうが。ましてトマ、おめえの梅毒付のナニでこすった女なんて誰が買うと思う」

 イルガの言葉にゼスは手を打って笑い、トマは不機嫌を隠そうともせず顔をしかめた。

「女なら仕事が一段落した後で適当に見繕って抱かせてやる。だからさっさと今回の仕事をすませろ。ここはグスタフション領からも近い、あんまり長引かせると騎士様にケツを炙られるハメになるぞ」

 イルガは言い、彼の部下たちは一応に了解の言葉を返したが、彼らの釈然としない顔色を見てイルガはため息を吐きたくなった。

 その心がイルガには手に取るように分かった。グスタフション領という言葉がピンとこないのだ。イルガ率いる山賊団には、盗賊仕事を笑いながらこなす肝と片田舎の農民をごくごく簡単にぶっ殺してみせる腕っ節とを兼ね備えた部下たちが多数いるが、その実読み書きより先に強盗と殺人を覚えたようなロクデナシどもは地理もまともに分かっていない者ばかりだ。

 そこも含めて頭目であるイルガ自身が手綱を引けばいいのだろうが、ロクデナシどもとのこういう馬鹿らしいやりとりが何度も続くと辟易してくる。

「捕まえたやつらの拘束と戦利品の収集が終わったらここを離れるぞ。ゼスとトマはあの馬鹿どもを探して連れ戻してこい」

 村の奥に消えていく二人を見送ってから、イルガは人知れず重い息を吐いた。

 

 

 

 ぐ、とも、く、ともとれない気味の悪い音を発して二人の山賊の内の一人がくずおれた。

「これで六人目、あーやだやだ、何か慣れてきちゃったよ」

 吐き出された血反吐で赤く染まった左手を山賊の口から離し、その胸からナイフを引き抜くとダミーは小さく息を付いた。

「良い囮っぷりだったぞザギ」

 山賊の服でナイフの血を拭いダミーが視線を向けると、首が半ばからもげた山賊の内のもう一人の脇で男が一人震えていた。くだんの村人、ザギだ。

「囮ってなぁ……! お前、囮ってなぁ!」

 がくがくと震えながらそれでも精一杯ダミーを非難しようとしているようだったが、ダミーが一言「静かに」とたしなめるとそれっきり黙ってしまった。

 ザギという協力者を得たダミーの作戦はそのものずばりで囮作戦だった。具体的にはわざとザギを目立つような場所に立たせ彼に気を取られた山賊を後ろから奇襲するというものだった。当然ザギは丸腰で屈強凶悪な山賊の前に出ることを渋ったが、どちらにしろ村の周りを包囲し巡回している人員がいるはずだからそれらを黙らせるまでという条件で諭すと渋々その役をかってでた。

 ―――実を言うとザギには見つかり次第に弓矢で射殺される可能性もあったのだが、あえてダミーは本人に知らせていない。先ほど屋根の高所から見た所で、村の男衆も抵抗しない場合、あるいは抵抗できなくされた場合に、捕縛され生かされているのを確認していたから、恐らく、多分、いきなり殺されることはないだろうという考えがあったからだ。

「そろそろこの作戦も潮時だろうな。あんたはもう行っていいぞ」

「へ?」

「は?」

 ダミーの言葉にザギは意外そうな表情を浮かべ、そのザギの反応にダミーはザギと同じ表情を浮かべた。

「マリウス様に救援を乞いに行くんだろう?」

「お、俺一人でか?」

 この一言には、流石にダミーも呆れた。

「俺はこれから広場の山賊の相手だ。あんたの仲間はそこで縛られてるかぶっ殺されてるかのどちらかだ。するとどうだ、適材適所って言葉がくっきり浮かんでくるだろ」

 そこまで言っても未だ渋る様子の見えるザギに、ダミーは先程刺殺した山賊の首に抜き打ちの剣を振り落ちた首を拾い上げた。

「それとも何か、こいつらに頼むか? わかってるんだろただ領主様のとこまでまっすぐ走る仕事が嫌だってんなら、あんたがこれと同じものをあと十数回繰り返せばいいだけだ」

 生首を目の前で振ると、やっとふんぎりがついたのかザギは一目散に駆け出していった。

「……そのまま逃げたりしないだろうな、あいつ」

 ダミーは今更すぎる不安を感じたが、結局頭を切り替えると山賊の装備をあさりはじめた。

 

 

 

 広場には、身も世もない女の悲鳴と男たちの下卑た笑い声が響いていた。

 人身売買、殊に女を売る場合にはその値付けの基準というものがある。ごく端的にいえば、処女で若く見目の良い女程高く売れるということだ。

 逆に言えば、非処女で年をくった女は金にならない。イルガの山賊団で、戦利品として部下たちにあてがわれる女は例外こそあれ大体そういう者になる。部下たちもどうせ抱くなら美人で若い女のほうが良いことは良いのだが、極端にブサイクなものと年寄りといった商品未満の女は事前に殺されるので結果的にあてがわれる女たちは彼らが頭の言うことだからと納得出来る程度のレベルのものがまわる。

 すると、またこのように盗賊仕事のご褒美に喜んで舌鼓を打つ部下たちと、それを渋い顔で眺めるイルガという構図が出来上がる。

「あの、馬鹿どもが……!」

 イルガの計画通りなら本来今頃は戦利品を馬車に詰めこの場を去っている筈だったのだが、部下たちが戦利品の味見をごね、それを仕方なく受け入れた結果がこの広場の狂乱であった。

 縛られた男たちは勿論自分たちの妹や母や妻が薄汚れた山賊連中に抱かれることを心の底から嘆いているだろうが、イルガもまた食うことと犯ることしか頭にない部下たちの馬鹿さ加減を心の底から嘆いていた。

「まあ、久しぶりの仕事ですからね。少しくらいならハメを外すのもかまわんと思いますぜ」

 狂乱には参加せずイルガの横で周囲の警戒をやっていたメルビンが、悪鬼じみた顔で憤怒しているイルガを慰めた。

 メルビンは、馬鹿ぞろいの山賊団でイルガ以外では唯一読み書きの出来る人物で頭も回るのでイルガの補佐をやっている。

「グスタフションの坊ちゃんもわざわざ他人様の領に騎士団をまわしたりはせんでしょう。まして、この領に山賊はいないわけですしな」

「それはそうだが、な。どうも俺は嫌な予感がするのさ」

「そりゃまた、ではいい加減切り上げさせますかね」

「ああ、そうだな。おいお前ら―――」

 部下たちに声をかけようとしたイルガの耳に、カエルを潰したような声が響いた。見れば、メルビンが喉をおさえ目を白黒させている。

「おい、どうしたメルビン」

 その肩にイルガの手が触れるより早く、メルビンは地面に倒れ込んでしまった。そして、直後耳に響いた風切り音と共にイルガの意識はもぎ取られた。

 彼が最後に認識したのは、どこから拾ってきたのか剣や斧で武装した、拘束されていた筈の村の男衆と、それに襲われ情けなくも慌てふためく素っ裸の部下たちだった。

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