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死者の宮殿にて3

「無理ね、無茶だわ、無謀よね」

 つらつらと連なるヴィオレッタの弱音にダミーは細い息を吐き肩を落とした。

「なあ、見た目で分かるってのもある程度承知して聞くんだが、アレ、かなりやばい奴だよな」

「見たものの特徴について簡潔に述べてみてくださらない? もしかしたら私の見間違いだったかもしれない」

「ハルバート構えた牛頭の巨人」

「……しばらく眼鏡はいらないわね。見たままよ、ご愁傷さま」

 場所は件の部屋、方々に転がるスケルトンの残骸の中、鉄扉の前で二人額をつき合わせる。彼らをそこに立ち止まらせているのは、つまり先の会話の通り。

「まさかミノタウロスまで配置されているなんてね。完全に想定外だわ、もしかしなくてもここの主って相当ヤバい奴だったんじゃないかしら、あんなの普通魔の領地か百翼級のダンジョンにしか生息してないわよ」

「今日びネクロマンサーも死体動かす事の一本じゃ食っていけないんだろうさ。はた迷惑もここに極まるな、次はドラゴンでも出てくるんじゃねぇの?」

 僅かに開いた鉄扉の隙間から向こうを覗きながらダミーはそうごちた。

「そうなったらいよいよもって私達はおしまいね。現状でも充分どん詰まりなわけだけれど」

「物語なんかならこういう場合、大体何か付け入る隙があったりするのがお約束なんだが、さてな」

 言いながら、扉の向こうを観察する。先に通った廊下と同じような空間、その路の真ん中に守り番よろしく牛頭の怪人が陣取っている。全身毛むくじゃら、蹄のついた獣の下半身と、見るからに筋骨隆々の人型の上半身、牛の頭……。

 二メートルを優に超える巨躯、膂力も恐らく見た目相応だろう。

「どうかしら、物語の主人公になれそう?」

「ばか正直に真正面から近付けば、物語の主人公より前に挽き肉になりそうだな」

 冗談めかして返しつつも観察を続ける。怪我、障害、状態、状況、と自分達にとって都合の良い条件を幾つか思い浮かべながらそれらと符号するところを探してみるが、分かった事といえばせいぜいが、廊下という狭い空間であの体格が長物を振り回すのは難儀するだろうということと、こうして長々と観察を続けていても何故かこちらに気がつく様子がないということくらいか。

「そういえばあちらさん、いきなりこっちに気が付いてこの部屋に突撃してきたりはしてこないんだな。今更ながらこんだけぺらぺらしゃべる声がすれば野生のなんとかで察しそうなもんだが、ましてやさっきなんて俺スケルトンぶった斬るのにおもいっきり叫んでたんだぜ?」

 そうして話す間もミノタウロスは廊下の真ん中で微動だにせずに仁王立ちを続けている。

「立ったまま死んでたりしてな」

「呼吸をしているようだから、それはないでしょう。反応が鈍いのは、多分あまり上等じゃないギアスで縛られているから、かしらね」

「さしずめ、この廊下を誰も通すな、とかかな」

「どうかしらね。だとしてもあれだけの巨体で道を塞がれると反応の鈍さはあまり助けにはならないんじゃないかしら。さすがにすぐ目の前を通り抜けようとする相手には気がつくでしょうし」

 ヴィオレッタの言葉を聞きながら思考を巡らせる。確証はとれないが、つまりあの怪人はあまり賢くないのだろう。現状ではあくまで仮定の段階だが、これが推察の通りだったのならそここそが突破の糸口となるのではないだろうか。

「……一つ、試してみたい事がある」

「試しと言わず、そのまま突破といきたいものね」

「まあ、そうなれば御の字だな。上手くいくように祈っててくれよ」

「神様、信じない主義なのよね」

「そうかそうか、だったらダミー様でも信じるよろし。さしあたっては……お前、脱げ」

 その時ローブの内にのぞいた紫紺色の、ゴミを見るような冷ややかな瞳をダミーは暫く忘れられそうになかった。

 

 

 

 

 心身を削る毒の内にいた。磨耗し、虚ろな心を抉るように繰り返し繰り返し誰かが耳元で叫んでいる。敵を殺せ、誰も通すな、と。

 どれだけそうしているだろう、どれだけそうしていただろう、記憶も時間の感覚も曖昧なまま長い間そうしているような気がする、そうしていたような、気がする。

 何かとしきりに戦っていたような記憶があるのだが、それがこうなってからのものなのかこうなる前のものなのかすらも曖昧だった。自分が何者であったのかも思い出せない。

 ここはどこだろうか、何故ここにいるのだろうか、自分はどうなってしまったのだろうか。考えはするものの、自問の答えはいつも思考の霧にとけてしまう。何も考えられない、何も思い出せない。以前はそれらに何か強い感情を抱いていた気がする。喪失に対する怒りだろうか、それに抗おうとする意志だろうか。それらも、取り零した何かの像すらも曖昧になってしまった今ではもはや何の意味もないものだろう。

 ただ、ただただ白痴に沈む現在のその内でも一つだけはっきりしていることもある。頭の中で繰り返し叫ばれる言葉、敵を殺せ、誰も通すな。全てを忘れ、最後に残った寄る辺だった。

 敵を殺せ、誰も通すな。

 それまで何も映さなかった視界の中でにわかに像が結ばれる。一回り小さな影、二つ、敵だ。

 

 

 

 

 

 

 

 ーーー殺す。

 

 

 

 


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