押してダメなら引いてもダメ!
ぽわん、と心に浮かんだとある危険人物の顔と名を……即座に、直ちに自分自身で否定する。それこそ全速全力破竹の勢いで!
いやいやいや!それはない!!ないって!いや、違うだろう!
お願い、そうであって下さい!!
私自身の心はそれを否定し、拒否したい。私のようなごく普通の人間は面倒ごとは嫌いなんです、派手なことも苦手なんですと。
しかし、先ほど摂取した豚まんで栄養を、烏龍茶で温度を得た我が脳が、私という主に逆らいフルスロットル開始。
たららららららら。
スロットが脳内で廻る。そしてあっという間にごとん、という音がした。
それは脳内スロットが止まる音。そしてスロットの出口から転げ落ちたボールには――あの、忘れもしないあの顔がくっきりと印字されていた。
犯 人 は 奴 だ ! ま ち が い な い ! !
思わず眩暈がした。
くらり、と目の前が真っ暗になる。いや、ドアの向こうの異世界は青空とはいえ、こちらは既に夜だから暗いのは当然だけど。
でもでも、なんだか幻聴も聞こえる気がする。私の名を呼ぶ声が聞こえるような……。
いやいやいや。
幻聴だけでなく幻覚も視える気がするよ……。扉の向こう、花畑の向こうから私の名を呼びながら走ってくる人影が見えるような……・・って!!
ぎ ゃ お ぅ ぅ ぅ う ! 出 ー た ー ! ! !
「カホリ!会いたかった~!!!!って、ちょ、なんでドア閉めようとするの?未来の旦那様に何デスか、その仕打ち!!」
「うううう煩い、自分の国へ帰れ異世界産ストーカー!ここは日本です!異世界からの変質者の輸出は固辞しておりまーすーかーら!!」
「またまた恥ずかしがっちゃって。俺に会いたかったんだろ。いい子だからその手をドアから離しなさい?」
「ふぬぬぬぬ。やめて下さい!新聞も宗教も頭のよくなる薬も金髪美形も王道もテンプレも間に合ってますから!だーかーらーどうかお帰り下さい―――!!」
「またまたー真っ赤になっちゃってーふふふ」
交渉決裂以前に、交渉すらできません!そしてその前にまったくもって会話とすらなりません!いや、なれません!!
扉の向こうの花畑側からはい出ようとしてくる異世界産ストーカーこと、通称「あ」の字の人(命名、私)とそれを必死に押し返そうとする私。
輝く金髪に海のような青い瞳、バックには花畑しょった少女漫画のヒーローも真っ青、ハリウッド俳優も裸足で逃げ出すそのきらびやかな美貌と細マッチョな肢体も全てが私には凶悪な肉食獣のそれにしか見えません。
怖いです、助けて下さい、おまわりさーん!ここにストーカーがいますよー!!いたいけな女の子が狙われてます―!
金髪碧眼、物語の王子様のようなテンプレ美形騎士とこうして家のドアというごくごく庶民的なツール一枚はさんで押し合いへし合う女子大生の姿は、はたから見れば滑稽なのかもしれない。
だが、少なくとも私は命がけだ!この両腕に、この瞬間に私の未来の全てがかかっているのだから、そりゃ必死にもなろうというもの。
最近見かけなかったからようやく諦めたんだろう、へへん、ビバ☆平和な毎日!と油断してた!しまくってました!!
喰うか喰われるか!私は喰いたくなぞないけれど、向こうは私を喰う気マンマンだよ!!いーやー!!!
ギシギシギシギシギシ
我が家のドアがいや~な悲鳴を上げております。
押し合いへし合い、押し合いへしあい。えいおーえいおーえいえいおー!
小学校以来の綱引きの逆の気分です。あれ、綱引きならぬドア押し、ですかい。
ただし、この場合、私の身の安全と貞操の危機がかかっているだけに真剣さが比じゃない!!はんぱじゃないから、へいジョニー!(涙目)
こんな殺伐とした、命がけな押し合いは初めてでーすーかーらー。
ふぬうううううう!!!
しかし、そこはか弱い女の子。異世界成人男子、しかも現役ばりばりの騎士の腕力には敵うはずもなく……あっという間に押し負けました。
いえ、押し負けるどころか、「あ」の字の人のとんでもない馬鹿力に、扉ごと吹っ飛ばされました……。
「あ」と思った瞬間、勢い余って扉ごと後ろに吹っ飛ぶ私。
それを追いかけるように向こうから跳びかかろうと助走する「あ」の字の人の青い目がぎらり、と凶悪な光を帯びたのが見えた。
宙を舞いながらも、吹っ飛びながらも走馬灯のように今日一日の出来事が脳裏をよぎります…だめだ、これぞバッドエンドフラグ。今日こそ誘拐される。ヤられてしまう……。
助けて、誰か―――お父さん、お母さん――鎮!!
「あ」の字の人の手が目の前に伸びてきたその瞬間、思わずぎゅうっと目を瞑る。
だが腕を掴まれるその直前、たくましい何かに、誰かの胸に私は抱きとめられた。ふわり、と嗅ぎ慣れた香りが鼻腔をくすぐる。
――それは私の大好きなサイブレスの香り。
そして、その香りを纏うのは――私の知ってる限りただ一人。ジャスミンの香りを好む父と母でもなく、ローズを好む姉でもなく――…・・。
その瞬間、ぱちり、思わず目を見開いた。
見上た視線の先、私の顔の遥か上から優しくこちらを見下ろすサイブレスの香りを纏ったその人と目と目が合う。
さらさらのこげ茶の髪、紅茶色の瞳のその人は再び優しく私に微笑みかけた後、その綺麗な顔からは出たとは思えないほどの低く、唸るような、威嚇するかのような冷たい声を出した。
「ジークベルト・アルノルト・ヴェンツェル・ブルクハルト・クルト・ライマー・フォルクマール・エルレンマイヤー?……うちのかほりちゃんに近寄るな、と僕は言ったよね?」
頭悪いのかな?それとも耳が悪いの??若年性の痴呆症なのかな???あ、全部か。そして悪いのは生まれつきか。
くすくす笑いながら、でも私の頭を優しく撫でながら強烈な嫌味のブローをお腹の底から繰り出したその人は―――高雄 鎮。
名字が名字なだけに、英語とかで逆に読むと、どっちが名字でどっちが名前だか分かんないような名前ですが、私の弟です。
とりあえず……助かったぁ……。
そしてあの長ったらしい名前をよく舌噛まずに言えるなぁ…しかも覚えてたんだ、とのんきなことを思ってしまう私はやっぱりどこかの何かが足りないのだろうか…?
ドアを開けたらそこは異空間な展開と先ほどまでの押し合いへし合い、押し売り・勧誘員もかくや、とばかりの攻防戦で疲れ切った挙句、思わぬ救世主に心から安堵した私は、そのままゆっくりと意識を手放したのだった――・・。
金髪碧眼美形騎士は王道・テンプレですよね~?
しかも名前ながっっ!
腹黒シスコン弟もトラップといい…何だかありそうですww