ボケツッコミがデフォですから。
もぐもぐ、ごくり。
手に持ったほかほかの豚まんの最後の一口を咀嚼し、あつあつの缶入り烏龍茶を嚥下する。
食べながら考えるつもりがついつい、目の前の欲望に夢中になってしまった。
……人間、素直が一番ですヨネ、と自分自身に言い訳しながらも。
ようやく人心地がついたところで、ほうっと溜息をついた。
時計はすでに21時過ぎを指し示し、空では当然のように月が顔を出し、冬の星座がきらきらと冷たく私を見下ろしている。
そして、今私がもたれている我が家の門柱前の歩道側から向こうへと広がっているのはいたって普通の日常風景で。
ごく普通の住宅街の街並み、ごく普通の日本の夜の風景だ。
一方、石造りの門柱の陰から我が家を見上げれば、外観的にはいつもと変わりない。白い壁、黒い屋根のいたって普通の見慣れた我が家。
門柱から家の玄関までの間には今のご時世、都内で構えた一戸建てにしては奇跡的なほどにやや広めの芝生の庭が広がっており、石造りの小道が門から例の玄関扉までを導いている。
灯りがついていることから、家の中には家族の誰かがいるのだろう。
だが、庭に面したリビングの扉、もしくは塀によじ登ってベランダから室内に入ることはできない。
なぜなら妻、激LOVEゆえに猛烈な心配性の父のおかげで、一戸建てのくせに全居室が内側から自動的に鍵がかかる仕組みになっているからだ。なので、外から入ることも助けを求めることもできやしない。
しかも全窓硝子が防弾防音の特殊硝子ときた!
……一体どこの特殊訓練部隊が我が家に攻めてくるとでもいうのですか……??
屋根がパカッと開いてバルカン砲がお目見えしても驚かない自信が私にはありますとも。
そして、父のことだ!!……一体どんなトラップを仕掛けているのか、分かったもんじゃない。
しかも、これに関しては父だけとは限らない!
4年ほど前、私のお風呂を覗こうとした下着ドロ兼変質者がトラップにひっかかった、と聞いた気がする。しかも、捕まえたのが父の仕掛けたトラップじゃなくて、弟が別に仕掛けてたものだったと母が言ってた…。
父だけでなく、弟もかよ!
一体どんだけ心配性で過保護なんだよ、うちらはどこのお姫様だYO!!と、そのときはなーんにもわかってなかった私は心の中で即座につっこんだ。
だが、当時まだ中学生だった弟は、変質者がどうなったのか、ちゃんと警察に引き渡したのかと質問の嵐を浴びせる私に対し、あの綺麗な顔でにっこり微笑みながら
「かほりちゃんはなんにも心配することないんだからね。僕がちゃーんと守ってあげるから」
そう言って私の頭を撫でるばかりで、私の質問には何にも答えてくれなかった……。
あのときはよく分かってなかったけど……今となればその可哀そうな変質者がどうなったのやら……想像だにしたくありません…!!ガクブルガクブル。
それらの数々の出来事を思い出すと……月明かりに輝く我が家の綺麗に整った芝生が、有刺鉄線で囲まれた危険地帯、対戦車もかくやとばかりの地雷原のように見えてくるから不思議だ……。
暗視スコープを下さい。いえ、あっても通りたくなぞありませんが。
切実なほどまでの空腹が若干満たされたせいか、冷たい空気で頭が冷えたのか、先ほどよりもじっくりとことを考えてみる。
先ほども言ったようにこういった事象には確かに慣れっこ、ではあるが冬の寒空の下に自宅から締め出される、という現状はいただけない。
まったくいただけないですとも。
しかもよりによって記念すべき二十歳の誕生日のこの日に。
きっと我が家族のことだからケーキを準備して私の帰りを今か、今かと待ってくれていることであろう。
大学のゼミで遅くなるから誕生日のご馳走は明日の土曜にしてほしい、と言ったところ「せめてケーキだけでも腕を振るうわ」と言ってくれた母の優しい顔が、「今日は絶対残業しないぞ~」と頭を撫でてくれた父のはしゃぎ顔が、「今日はデートの約束はしないでおいたから」とウインクを飛ばした姉の美しい顔が、「今晩は一緒に過ごそうね」と手を握りしめてくれた弟の眩しい微笑が瞼に浮かぶ。
あ、ごめん。
膝の上で喉を鳴らしてくれた白猫のタマとパタパタと尾を振ってくれた犬のフレンダーも忘れてないからね。
――まるで今生の別れでもあるまいし。
よりによって急いで帰ってきた誕生日の夜にこうして寒空の下に突っ立っている自分自身に少しアンニュイな気分なのだろう。
ややもすれば少々気分が落ち込む。
目の前には我が家があるのに、扉の向こうは我が家じゃない。
おかしい。おかしいですとも。
本日をもって二十歳デビューをしたばかりの私は酒を飲んだことはないのだから酔っているはずがない。
だが、もしや寝ぼけていたのかもしれない。ぼうっと白昼夢(夜だけど。笑)でも見たのかもしれない。
まだまだ中身の残った烏龍茶を片手に、先ほど見た異常事態を確認すべく、再度我が家の玄関扉に歩み寄り、そぅっと開けてみる。
……やはり、眼前に広がるは一面のきらきらしいお花畑。ピンクに黄色、白に赤に……うううう。
一昔前の少女漫画ならばアゲハ蝶にモンシロチョウが飛び、まっ白なふわふわのわんこが走り回ってそうなくらい少女趣味で、すっかりこちらの夜目に慣れた我が目がつぶれそうなくらい鮮やかな色彩の花畑が広がっている。
扉を開けばどこかに繋がる。そりゃ当たり前。
当たり前だの前田 修一……は、小学校のときに隣の席だった男の子で、給食のときに「俺、鼻からうどん出せるんだぜ!」と自慢して無茶した挙句、保健室送りに…って違うし!!
何 で そ ん な 無 駄 な こ と 覚 え て る ?
今 、 思 い 出 す ?
いや、別に前田君が無駄だとかじゃなくって……いや、彼の見せた己が芸を貫き通そうとした意地はある意味尊敬に値するよ?
たとえそれが一銭の得になることでも、尊敬の念で見られるようなことではなくてもみんなを笑わせよう、芸を披露しようとするその心意気やよし。
鼻から出たうどんが逆流しかけ、苦しみながらもなんとか笑って見せた彼はある意味勇者……って!!
あ~!!やっぱり今はそんなことはどうでもいいから!
話の其れ具合が、滑りっぷりがまさに最近人気の某●国流恋愛ドラマのヒロインとヒーローと同じくらいすれ違ってるから!
軌道修正願います。
内角低め、ストレートでお願いします。
……野球の話をしたいのではありません。
ついボケという名の現実逃避をしようとする自分自身に即ツッコミを入れる。合の手ぷりーず。
あ、野球拳でもありませんよ?え、そんな遊び知らない??
よいこは知ってはいけない、恐るべき大人の遊戯なんです。親御さんに聞いてはいけません……生あたたかい、疑うような視線が返ってきますから。
え?私は何で知ってるのかって?
…………………………………(黙)
はい!
はい、はい、はい!話がずれてます!戻す、戻す!戻しましょう!!今すぐ、即座に、ご利用は計画的に。
………一人脳内会議が暴走しすぎた。とりあえず深呼吸。反省なら後でもできる、そしてサルでもできるのだから。
ふぅぅぅ~すーはーすーはー。
一通り脳内暴走した後でくたびれたからか、深呼吸の成果か、だいぶ落ち着いてきた気がする。
さらに気分を落ち着けるためにも、まだまだ掌の中で私に温もりを分けてくれている烏龍茶を再び口に含む。
こういう突発的事態に陥ると分かっていたならば、砂糖たっぷり、ミルクたっぷりなミルクティーを選べばよかったのかもしれない。
鈍った脳をダイレクトに動かすためには、糖分ならぬブドウ糖をブチ込むべきなんだけどな。
はぁ~、はてさてどうしたものかしらん。
とりあえずザ★異空間へと繋がる玄関扉の間にブロックを挟んで開けたまま、先ほどまでもたれていた入口の門柱まで戻った。再度、石造りの柱に背を預け、煌々と照らす門柱灯の灯りを頼りにブーツのつま先をぼんやりと見つめる。
だが既に12月の声を間近く聞いている11月も後半の冬の外の空気はこの肌身には寒すぎる、冷たすぎる。
哀しいことにコート一枚しか着てない身、カイロはおろか手袋もマフラーも持ってきてないよ。
今頃はあったかいおうちでソファに寝っころびながら膝には飼い猫のタマ、足元には飼い犬のフレンダーをはべらせながらTVでも見てたはずなのに。
母親の「ケーキ、食べましょう~」の一声に胸を躍らせていたはずなのに。
……北風が身に染みるぜ。
とりあえず、これから行動すべき今後の動静に思いを馳せる。面倒事は嫌いなんだよね、とぶつぶつひとりごちながら。
うーん、どうやったらこれ、元に戻るんだろう、どうすれば本来の我が家に入れるんだろう?
かといって扉の向こう、あの花畑に足を踏み出すのはためらわれる。
いくらこちらの北風が心身を凍えさせつつあろうとも。いくらあちらの陽射しがいかにもあたたかで、爽やかに花弁を揺らす空気がのどかにやさしく私を誘っておろうとも。
――嫌な予感がする。すごうく嫌な予感。
こういう予感ばかりはたいてい当たる。嫌っちゅうくらいに。
もしもあちらの穏やかな日差しに誘われて、扉の向こうに足を一歩踏み出したが最後……きっとそこは底なしな泥の沼な気がする。
踏み出したら抜けられない、逃げられなさそうだと私の本能、野生の感、第六感がそう叫んでいる。
だから行ってはいけないと。
そう思えば、この我が家の玄関扉という平和かつ見慣れた日常的な物が――扉の向こうにうるわしの花畑を広げて獲物を誘い込もうと口を開けている危険なブツに見えてきた。
ぶぅるるるるるる!!
寒気がしてきた。それも、この身を苛む冷たい冬の夜風のせいとは言い難い、別の意味の寒気だ。
かといって、こんなところにぼうっと突っ立っているのも身体的にも世間の外聞的にもよいとはいえないだろう。
ったく、もしご近所のどなたかに見られたならば、完全不審者ではないか。
「高雄さん家のかほりちゃんたら夜にひとりで締め出されてたのよ、一体どうしたのかしら」とか何とか言われて、親切なお向かいのおばちゃんとかに声をかけられて「すみません、扉の向こうが異空間に繋がるんです」とか言おうものなら、即座に奇人変人、まさに電〇系の危険人物、可哀そうな子といった、見えないレッテルをぺたんと貼られることだろう。
それは困る。ものすごく困る。
人間関係、およびご近所づきあいはなるべく円滑かつ事なきを得ず平坦に、が私のモットーだ。
そして、もしご近所さんにこの姿を見咎められなくとも、たまたま通り過ぎた他人に家出娘・もしくは空き巣と思われて警察に通報されても困る。
幸い携帯は持っている。いったん扉を閉めて、その後に父か弟にでも助けを求めよう、そうしよう。
もしかしたら私の側から開けると異空間に繋がるだけで、向こう側から開けて貰えば普通に玄関に繋がるのかもしれない。
家族の誰とも連絡が取れなければ24時間営業のファミレスで夜を明かすか、親友の望の家にでも転がり込めばいいだろう。
まずはこのいかにも危険なブツ、もとい玄関扉は閉めてしまうに限る。
善は急げとばかりに今の今まで背を預けていた我が家の門柱からよっこらさと身を起こす。私の体温で僅かに温もっていた石の柱から背を外せば、隙間風が身を切るようだ。
すっかり冷えた身体に唯一の暖でもある、掌の中で熱を発する烏龍茶の缶を握りしめたまま、玄関扉に向かうべく足を踏み出した。
ブーツの靴底に残った我が家の庭土がじゃり、とこすれる聞き慣れた音を聞きながら。
とりあえず、薄く開けたままの玄関扉の前に立ち、間に挟んだブロックを取るべく身をかがめた。
邪魔なブロックを外しながら一体、何処の誰がこんな悪戯?をやったのか……ぶつぶつと悪態をつきながらドアノブに手を伸ばそうとしたその瞬間、ジャストナウ、いかにもこういったことをやりそうな、思い当たる人物の名が一人、不本意ながらも心中に思い浮かんだ!
かほり……飛ばしすぎです。