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第七話 廃神さまとアイテム

今回は日常編、という奴でしょうか。

 朝食を食べ終えた私とリーナは早速、店へとやってきていた。若干薄暗く古びた店内にはわずかだが埃が積り、瓶詰の薬があちらこちらに置かれている。しかも壁際に置かれた棚はすべていっぱいで、今にも中身がこぼれて来そうなほど。どうみても、片付けができていない。


「まずは、お店の片付けから始めるわよ」


「ふええ、今日はお休みなのですよ。明日にしましょう」


「明日やるって言って、明日行動した人を私は見たことがないの。今日のうちにやっておくわよ」


「ううッ……。今日はゆっくりしたかったのです……」


 しぶしぶといった様子で動き始めるリーナ。料理は好きでも、片付けは苦手なようだ。彼女はそこら中に置かれている瓶を適当に抱えると、棚の方へと持っていった。そのままそれを、無理やりに棚へ押し込もうとする。


「ああ、待って。そんな適当にやったら駄目なの。同じ薬同士でちゃんとまとめて、使いやすいように配置しないと。私も手伝うから、ゆっくりやりましょう」


「はーい」


 二人で一緒に片付けを始めた私とリーナ。まず手始めに、店中の商品をすべて床に並べて種類ごとに分類しようとする。だが棚やテーブルの上に置かれていた瓶は予想以上に数が多く、種類もやたらたくさんあった。私は思わず、ふてくされたように黙々と作業を続けているリーナの方を向く。


「ねえ、この店の商品って何種類ぐらいあるの?」


「そうですね、私も正確には覚えてませんけど……。三百種類ぐらいはありますよ」


「三百種類!? そんなに薬系のアイテムがあるの?」


「ええ、品揃えの多さがうちの自慢ですから」


 私はずらっと床に並べられた瓶を見た。無数の瓶が、草原の草のように床一面に並んでいる。確かにそれは数千本単位でありそうだった。だが、ゲームで登場した薬系のアイテムはせいぜい三十種類。一体どうして、これほどの数があるのだろう? 疑問に思った私はリーナに聞いてみる。


「……もしかして、風邪薬とかもあったりするのかしら?」


「もちろんありますよ。風邪薬は五種類ぐらいありますね」


「じゃあ、回復ポーションは何種類ぐらいあるの?」


「回復ポーションはこれ一種類だけですけど」


 リーナは並んでいる瓶の中から、青いフラスコのような瓶を取り出した。その中には蛍光グリーンの液体が入っている。エルガイアのプレイヤーなら誰もが知っている回復ポーションだ。しかし、私はそれを見ると怪訝な顔をした。


「あら、風邪薬は五種類もあるのに回復ポーションは一種類だけなの?」


「はい、このポーションが一番よく効きますからね。というよりも、飲んだらすぐに傷が回復するのはこの薬だけですから」


 どうやら、この世界の薬はゲームのものと現実のものが入り混じっているらしい。なんともはや、奇妙なことだ。もっとも「世の中におかしなことは希によくある」と某有名プレイヤーさんも語っているのだけれど……。何故かイマイチ納得のいかない私はふうむとばかりに、大きく息をついた。


 そうすると私はあることに気がついた。スッと視線を走らせると、リーナの方を確認する。よし、リーナは瓶の片付けに夢中で周りに意識がいっていない。私はウィンドウをこっそり展開すると、中から快速薬を一つ取り出した。


「ねえリーナ。この薬もこの店で売ってる?」


「この薬ですか? どれどれ、ちょっと見せてください」


 リーナは私の手から快速薬を受け取ると、まじまじとそれを眺めた。彼女は懐から分厚い虫眼鏡を取り出すと、中に入っている赤っぽい液体を執拗なまでに見る。そうしてしばらくすると、彼女は驚いたような顔をしてこちらを見つめてきた。


「初めて見る薬です! これ、どんな薬なんですか?」


「快速薬よ。飲んだら早く走れるようになるの」


「すごいです、そんなタイプの薬は初めてですよ! どこで手に入れたんですか!」


 リーナはキラキラと目を輝かせながら私の方へと迫ってきた。危険な目だ、マッドサイエンティストとかああいう感じがする……! リーナからただならぬ気配を感じた私は、しっかりと瓶を持ち直した。そして、なんとか笑みを浮かべると彼女の方を向く。


「お、覚えてないのよ。気が付いたら持ってたって感じでね。効果とかはなんとなく覚えてただけなの」


「そうなんですか……。どこで手に入れたのかわかれば良かったのに……」


 リーナはしょんぼりしたように肩を落とした。エメラルドグリーンのツインテールが力なく揺れる。彼女の様子を見て、私はなんだか悪いことをしたなと思った。が、その一方で私はほっと息をついた。まさかゲームの課金アイテムですなどと言えるはずがないのだから――。


 それから、店の片づけはさくさくと順調に進んだ。そして夕方頃には店にあったほとんどすべての瓶が整然と並べられ、残りの期限切れなど不要な薬の瓶もゴミ箱へと処理された。若干埃っぽかった店内はなんとなく清潔で明るい雰囲気になり、空気もさわやかだ。


 私はそんな店の入口付近でぽつねんと夕陽を眺めていた。リーナは一人で夕食の準備をしている。私も夕食の準備を手伝うと言ったのだが、包丁を握った途端に台所から追い出されてしまった。なんでも「包丁を両手で握る人は初めて見ました!」なのだそうな。包丁も剣などと一緒で両手で握るものなんじゃないのだろうか? 私は包丁を使ったことが一度もないのでよくわからないが。


 そうしてともかく一人で夕陽を眺めていた私。そんな私は、ふとウィンドウを展開した。そして、大きく肩を落とす。


「さて、このアイテムの山をどう使おうかしら……」


 片付けの途中にリーナとした話によると、この世界にはポーションなどの通常アイテムはあっても課金アイテムの類は無いらしい。しかも非常にまれにそれに類する効果を持つ物が見つかると、それらはすべて莫大な金額で取引されるのだそうだ。だから、私の持っているアイテムはすさまじい価値を持つわけなのだが……。


「少しぐらいなら売ったりしてもいいけど、あんまり売るのも経済崩壊させそうで怖いわね……。だけどこんなにたくさんは使いきれないだろうし、どうしたものか……」


 困ったようにふらつく私の視界。その中には、所持上限がないことを良いことに買い足すのが面倒だからと数万個単位で大人買いしたアイテムの山が映っていた。


「うーん……」


「おいしくできましたー! スイさん、ご飯ですよ!」


 後ろから響いてきた甲高いリーナの声。それに私は気持ちを切り替えた。人間、何よりも切り替えが大事だ。


「はーい、今行くわ」


 そう答えた私は、居間へと走っていった。するとすでに、居間のテーブルにはおいしそうな夕食が並べられている。今日はシチューと温野菜のサラダのようだ。私はすぐさま席に着くと、挨拶もそこそこに食事をとる。うん、おいしい。シチューの牛乳を基調としたまろやかな味わいと、芳醇な野菜の味わいがなんとも優しい。くわえて温野菜に入っている紫玉ねぎの苦みとシチューの甘みの相性は抜群で、一緒に食べると絶妙な味わいだ。


「おいしいわね、本当にあなたの料理は最高だと思う」


「嫌ですよ、そんな」


 顔を赤らめて恥ずかしそうに笑うリーナ。それにつられて、私もにっこりと笑う。なんとも幸せで、満ち足りた気分になった。これが日常の幸せというやつなのだろうか。なんだかずいぶん久しぶりで、懐かしい感覚だ。こういうのも、たまには悪くない。


 こうして割合、平和な一日を過ごした私。だが、勝負は明日からだ。リーナの話によると明日はなんと、リーナの薬を使う道具屋との間で重要な商談があるらしいのだから――。

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