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第六話 廃神さまは元錬金術師?

 翌朝。私が二階にある自分の部屋から下りてくると、すでにリーナが朝食の準備をしていた。台所から、肉の脂の焦げるなんとも香ばしい香りがしてくる。私はそれに吸い寄せられるように、台所の方へと歩いて行った。熱いフライパンの上で、ベーコンと卵が踊っている。シュワっと響く音と、はぜる脂。これはなんともおいしそうだ。


「あッ、おはようございます」


「おはよう。おいしそうね」


「えへへッ、いつもはベーコンなんて入れないんですけど今日は奮発して入れちゃいました」


「別に気を使わなくてもいいのに」


「いえいえ、そんなことないですよ。スイさんって、さぞや名のある守護騎士さんなんでしょう? そんな人に変な料理は出せませんって」


「別にそんなのじゃないわ。今は記憶だってまともにないのだし……」


 私は若干複雑な顔をした。居候の身なのだ、あまりリーナに世話を焼かせるのは良くないだろう。だが、そんなことお構いなしに彼女は食事の準備を進めていく。小さなテーブルに次々と皿が並べられ、おいしそうな湯気があたりに漂い始めた。たまらず悲鳴を上げる私のお腹。仕方ない、とばかりに私はすごすごと席に着いた。


「冷めないうちに早く食べましょう。いただきます」


「なら私もお言葉に甘えて、いただきます」


 まずは目の前で湯気を立てているコーンスープを一口飲む。ん? 予想外においしい……! 芳しいコーンの甘い香りと、口いっぱいに広がる豊かな味わい。甘く、それでいてくどくはなく。ほのかに苦みのある岩塩と思しき味が全体を引き締めていて、すべての味のバランスが絶妙に保たれている。淡い水彩画のような、美しく繊細な味わいがそこにはあった。


 私はスプーンを置くと、他の料理にも手を出した。するとどれもこれも、とてもおいしい。材料こそありふれているが、味は以前滞在していたウオルドルフ=アストリアのビュッフェを思い出させるほどだ。私はしばし、無言になって食事に舌鼓を打つ。


 そうして食事に夢中になった私は、すぐに朝食を食べ終えた。いくつも並べられていた皿が、すべてきれいさっぱり空になっている。リーナはそれを見て嬉しそうな顔をすると、私の方を見た。


「お口に合いました?」


「ええ、とっても。あなた、料理の才能があるわね」


「そんなことはないですよぅ。ただ、料理が趣味なだけです。……ところで、スイさんはこれからどうするんですか? この町でも守護騎士のお仕事をするつもりなんですか?」


「そうね……。私自身は新たに商売でも始めようかと思っているわ。守護騎士なんていっても実体はただの自由業だから、仕事は不安定だもの。元手もあるから、この機会に何か新しい事業でもやってみるつもりよ」


「それはちょっと……」


 リーナの顔が曇った。彼女は視線を下に向けると、なにやらぶつぶつと呟き始める。一体、何がどうしたというのだろう。私は彼女の方へ顔を寄せると、小声で尋ねてみた。


「何か、まずいことでもあるの?」


「うーん、部外者の人にはあんまり話してはいけないんですけど……。いま、この街の商業ギルドがちょっとゴタゴタしてるんです。だからいまギルドに申請を出しても、出店許可がおりないかと」


「ギルドの出店許可は必ず必要なものなの?」


「はい。法では定められていませんが、商業ギルドに許可を取らずに店を出すのは不可能ですよ。そんなことをやったらギルドに全力で潰されちゃいます」


 極めてまずい状況だ。今の私には資金などはあっても、商売上のつながりなどが致命的に欠けている。そんな中で既存の大勢力と事を構えるのは不可能だ。まったく、どうしたものか……。


「……何か、いい方法はないのかしら?」


「既存のお店からの暖簾分け、という形で店を出すのならあるいは……」


「それなら、すごく図々しくて申し訳ないのだけど……」


「言わなくてもわかります。私のお店から暖簾分け、という形でお店を出したいってことですよね? でもさすがにそれはちょっと……」


 頭を抱えて考え込み始めるリーナ。その口からはウンウンと唸り声が漏れる。さすがにお人よしの彼女でも、そこはためらうらしい。だが、私としてはなんとかそこを認めてもらわないと困る。


「そこをなんとか……お願いできないかしら?」


「むむ……。そうですね……」


「もちろん、あなたのお店の迷惑にはならないようにするし、相応のお礼もさせてもらうわ」


「ううーん……」


 まだまだ悩むリーナ。彼女はいっそ悩ましいほどの唸り声を上げると、それきり静かになった。顎に手を当てて、深く肩を落とす。その目は普段のやわらかい印象とは異なる険しさがあった。私はそれを、食い入るように見つめる。やがて――


「……わかりました。ただし、条件があります」


「どんな条件かしら?」


「今月から、スイさんをこの店のブレーンとして雇用します。もしそれで店の売り上げが大幅に上がったら、暖簾分けしてあげますよ」


「大幅ってどれくらいのパーセンテージかしら?」


「そうですねえ……。できれば来月の純利益で十五パーセント増を目標にしましょうか」


「十五ね……」


 私はそういうと視線を巡らせた。部屋の扉の隙間から、店の様子が見える。僅かだが埃をかぶった棚と、その中に押し込められている商品の数々が視界に飛び込んできた。パッと見る限りではそれなりに掃除は行き届いているものの、商品の整理はイマイチ。おそらく必要なものは勘で捜している領域だ。


 さらに、視線を巡らせると私のいる部屋の端に肖像画が見えた。その下には、何やらいろいろな文言が箇条書きで書かれている。おそらく肖像画はこの店の創業者のもので、箇条書きの文言は家訓か何かだろうか。


 在庫整理ができてない店内に、創業者の家訓。世話になっているリーナには悪いが、業績の上がらない会社や店の典型例だと私は思った。


 まず、在庫整理ができていないのは駄目だ。整理ができてないといちいち捜すのに手間がかかる上に、デッドストックの増加にもつながる。コスト的には、在庫は少なければ少ないほどいいのだ。ただし、在庫がないとリスク管理の面で大きな弱点を抱えることになるので、全くないというのは困りものである。昔の震災で、某自動車会社の工場がしばらく止まったみたいなことになりかねない。


 次に、創業者の家訓。これはある程度は尊重するべきなのだろうが、それも行きすぎると危険だ。同族経営の会社は、家訓などがあるとそれを守るあまり保守的になりすぎる嫌いがある。おそらく、この店もそんな感じであろう。リーナは性格的にそういうことには忠実そうだ。


 それだけのことを考えると、私はフウと息をついた。そしてゆっくりとリーナに告げる。


「ざっと見た限り、この店の状況だと……。二十五、いえ三十パーセントは利益を増加させられるわね」


「そ、そんなことできるんですか?」


「大丈夫よ。私はこれでもウォール街の錬金術師と呼ばれたこともあるんだから――」


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