第四話 廃神さまと謎の町
キラキラと眩しい陽光。目がチカチカとした。私がそれにたまらず身体を起こすと、そこは見知らぬ場所。青々と生命力に溢れた木々が生い茂り、小鳥のさえずりがどこかから聞こえてくる。どうやらここは、平穏な森のようだ。
私はそんな森の中にある、奇妙な魔法陣らしきもの上に寝かされていた。石畳にびっしりと出来そこないの平仮名のような文字が刻まれ、その周りを巨石が囲っている。鳥居のように組み合わされた石が円形を形作るそのさまは、イギリスのストーンヘンジのようだった。
「ここが異空間? 想像してたより平和そうな場所ね」
異空間と聞いておどろおどろしい地獄のような場所を想像していた私。だが存外に、異空間というのは過ごしやすそうな場所である。吹き抜ける風が、なんとも心地よかった。この様子なら、まだ魔神とやらは復活しないのだろう。……まあ、こういうイベントでは大抵の場合、何故か復活してしまうのだが。
とりあえず、私は森を抜けてみることにした。まずは移動しないことには始まらない。私は石の上で寝たせいでわずかに痛む背中を押さえながら立ち上がると、剣を片手に森へと繰り出す。腐葉土のやわらかな地面を踏みしめながら、私は森の中を歩いて行った。
そうしてしばらくの間森を歩いていると、私の耳にかすかに人の声らしきものが聞こえた。誰だろうか? 疑問に思った私は、足音を消しながらそちらへと駆け抜けていく。するとそこには、危機感が全くなさそうなふわふわとした少女がいた。危険なはずの場所なのに、彼女は鎧どころかいかにも普段着のような格好をしている。あまりにも無防備。もしかして、彼女は人型の超強力な魔物だったりするのだろうか?
「……こんにちは」
「ふえ、こんにちはです。……あの、あなたは一体誰なんですか?」
恐る恐る話しかけた私に、少女は緑の髪を揺らして少しおどおどしながら答えた。どうやら、人型の魔物とかではないようだ。私は少し安心すると、彼女にどうしてこんなところにいるのか事情を尋ねてみる。
「私は大神官さまに魔神の封印を依頼された守護騎士よ。あなたも守護騎士なの?」
「いいえ、私が騎士さまなんてとんでもないですッ! 私はただ単に薬草を採りに来てるだけの薬屋ですッ!」
どこで習ったのか知らないが、ビシッと自衛隊式の敬礼を決めた少女。私はそんな彼女にちょっとあきれ顔になった。
「ただの薬屋さんがこんなところに来られるわけないわ……。あなた、ふざけているの?」
「滅相もないですよ! 騎士さま相手にふざけるわけありません」
少女は手にした袋を必死にアピールし始めた。その中には、なにやら薬草ぽいものが大量に入っている。本当に、彼女はただの薬屋のようだ。だがそうすると、ただの薬屋の彼女がどうしてこんなところにいるのだろうか? もしかして、どんな病気でも治せると噂の魔界薬師さんなのだろうか?
「……あなた、魔界薬師さん?」
「私はそんな物騒な薬師さんじゃないです! ただの町の薬屋さんですよ。今日はたまたま薬草が切れたので町から薬草を採りに来ただけです」
「町? この近くに町があるの?」
「はい、すぐ近くにあるじゃないですか」
少女はそういうと、とてとてと走り始めた。私も急いでその後を追う。すると数分もしないうちに、大きな町が見えてきた。石造りの二階建てほどの建物がずらりと立ち並んでいて、その間を通りが広がっている。町の中心には大きな聖堂のようなものが立っていて、その尖塔に掲げられた巨大な鐘が見て取れた。
はて? 私はその聖堂に見覚えがあった。屋根の円形アーチに、いかめしい稜線を描く古い外壁。そのすべてに確かに見覚えがある。だが、こんな町に来たことはないはずだ。一体、どこで見たのだろうか……。私は首をかしげると、記憶をまさぐってみる。考え込み始めた私の足がスッと止まった。すると固まった私に、少女が不思議そうに話しかけてきた。
「あの、どうかなされましたか?」
「この町に来たことがないのに、あの聖堂には何故か見覚えがあるなぁと思って」
「ラクーナ聖堂は有名ですから。絵葉書とかで見たんじゃないでしょうか?」
「ラクーナ聖堂? この聖堂は大陸の南端にある、あのラクーナ聖堂なの?」
「ええ、そうですけど……」
ありえない……! エルガイアの設定上、それはあり得ないはずだった。
エルガイアの設定。それはおおまかな流れから行けばオーソドックスな中世ファンタジー物である。大陸の覇権を狙っていた魔王が討伐されて約百年の時が過ぎ、再び世界に不穏な気配が漂い始めた時代。そんな時代に魔物から人々を守る守護騎士になったプレイヤーたちが、世界の謎を解き明かしたり魔物を討伐したりしながらいろいろと生活をしていくというのが大体の設定である。もっとも、自由度の高いMMOなので他にもいくらでも楽しみ方があるが。
その設定によればラクーナ聖堂というのは、世界を侵略しようとした魔王が最初に征服した地である。廃人の間では超高レベルの狩り場として有名で、アンデッドモンスターの総本山だ。聖堂やその周囲に広がる町全体が巨大ダンジョンと化していて、あちこちからゾンビが飛び出してくる場所である。私も何度か訪れたことがあるが、奇声を上げながら突撃してきたゾンビたちの姿は今でも忘れられない。それがなぜ……。
まさか、と思った私はとっさに少女の方を向いた。そして彼女にあることを尋ねてみる。
「ねえ、今年はガイア一〇〇七年で……間違いないわよね?」
「何を言ってるんですか? 今年はガイア九〇一年じゃないですか――」
※ゲームの稼働期間などを考慮に入れ忘れたため、スイのセリフのガイア一〇〇四年をガイア一〇〇七年に修正。