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第三話 廃神さまは戦乙女?

 身振り手振りを交えながら、芝居がかった様子で転職の儀を宣言した大神官。彼は転職の書を広げると、指先から光を出して宙に魔法陣を描きだす。私もいまだ見たことがないほど複雑怪奇な文様が空に刻まれ、何やら神聖な空気があたりに満ちる。その様子にはVRとは思えぬほどの臨場感があった。かつてバチカンのサンピエトロ大聖堂を訪れたことがあるが、あの場所にもよく似た神々しい雰囲気だ。


「そなたは戦士の女。ゆえに書を用いて転職できるのは戦乙女だ。そなたは神に使える神聖な戦士となりて戦うことを誓うか?」


 大神官の重厚な声が響く。同時に、私の前にディスプレイが表示された。そこには「特殊職『戦乙女』に転職しますか? はい/いいえ」と表示されている。ちなみに、選択肢が二つしかないのは某大人気RPGより続く伝統である。日本人というものは様式美を尊ぶもので、VRMMOの時代になっても何故か重要な場面では必ず「はい/いいえ」の選択肢が登場するのだ。


 私は迷うことなく「はい」を選択した。問われるまでもないことだ。大神官が手を高く掲げ、白い儀式杖を振る。宙に描かれた魔法陣から淡い光の粒が降り注ぎ、私の体の中を何か温かいものが駆け抜けた。


 血と汗がにわかに沸騰。顔がカッと紅くなるのが、自分でも判った。体中に未知のエネルギーが満ち満ちていく。力が漲る、溢れる、迸るッ――!


 ……それからしばらくして。ようやく私は落ち着いてきた。ずっと初級職を貫いていたので転職は未経験だったのだが、これほどのものとは想定外だ。まるで生まれ変わったように全身が軽く、力に満ちている。今なら手のひらから青白い光線でも出せそうな気さえした。


「すごい、これが転職……。全身から力が溢れてくるようだわ……」


「どうやら転職は上手くいったようだな。さっそく自身の力を確かめてみるがよい」


「ええ……」


 私は大神官に促されるまま、ステータスを開いてみた。ポンと無機質な機械音とともに、半透明のディスプレイが目の前に現れる。するとそこには――。


名前 スイ

職業 戦乙女(ベースレベル99)


HP 18000

MP 3200

攻撃 650

防御 720

敏捷 700

魔力 340

知性 230

命中 580

幸運 470


装備


頭 輪廻龍の髪飾り+10

胴 熾天使の聖装+10

腕 神撃の手袋+10

靴 天翔の靴+10

盾 螺旋盾イージス+10

武器 滅却剣アポカリプス+10

アクセサリ 月水晶のネックレス+10


 転職前と比べて、すべてのステータスが五割ほど上昇していた。いままで見つかっていた最上位職では、伸びのいい能力が初級職と比べて三割ほど上昇する程度である。すべてのステータスが軒並み五割も上昇するなど、驚異的としか言いようがない。私はこの隠し職の圧倒的な力に思わず興奮して、息を荒くした。まったく素晴らしい気分だ。


 そうして興奮している私に、大神官が近づいてきた。私は彼が近づいてきたことに気がつくと、慌ててそちらへと向き直る。私は彼に、お礼の意味も込めて深々と頭を下げた。すると彼はニッコリと柔和な笑みを浮かべながら、ゆっくりと口を開く。


「うむ、喜んでおるようでなによりだ。転職を司る者として嬉しいぞ。……して、特殊職へ転職したそなたへ早速わしから頼みごとがあるのだが、聞いてはもらえぬか? なにぶん危険な頼みごとでな、特殊職に就いておる者でなければ手に負えそうにないのだ」


「依頼……? 話次第では引き受けさせてもらうわ」


 これが特典か? 私はとっさに思った。大神官というNPCは極めて重要な役職にありながらも、今までクエストに絡んでくることがほとんどなかった。そんなNPCが初めて出す依頼だ、おそらく高難易度であろうが報酬はきっと素晴らしい。このクエストに参加する権利こそが、たぶん初めての転職者に与えられる特典なのだろう。


 とりあえず話を聞くといった私に、大神官はふむふむといった様子でうなずいた。彼は表情を若干こわばらせると、真剣な面持ちで話を始める。


「実は、この神殿の地下にある異空間には強力な魔神が封じられておる。だが、最近になってその封印にほころびが生じてきてな。そなたにはこの異空間へと赴き、再び封印を施してほしいのだ。もし魔神が解き放たれるようなことになれば、この世はおしまいだからのう」


 私の目の前に「魔神封印依頼を引き受けますか? はい/いいえ」と表示されたディスプレイが現れた。選択肢などない。当然のように私は「はい」を選ぶ。すると大神官は私に深く頭を下げ、なにやら呪文を唱え始めた。


「ラ・フレイースト・ログル・ラーキスタ……」


 朗々とした呪文が空を揺らす。私にその意味はわからないが、それはどこか嫌なものを感じさせた。にわかに飛び散る火花が大気を焦げ付かせ、おそらく魔力からなる圧迫感が私を包む。VRはここまで進歩していただろうか? それは私にそんな疑問を抱かせるほど、リアルな感覚だった。


 大神官の姿が不意に歪み始めた。ゆらり、ゆらり。さながら蜃気楼のごとく彼の姿が揺れる。歪んでは戻り、戻っては歪み。その繰り返し。やがて彼の体は風景に溶けて消え、代わりに何やら恐ろしげな「穴」が現れた。そこだけ景色をくり抜いたかのような、真黒な穴だ。


『それは異空間に通じる穴だ。それを維持できる時間は少ない。さあ、早くはいるのだ』


「は、はい……」


 私はためらいがちに穴へと向かい始めた。近づけば近づくほど、恐怖をあおるような穴だ。一度はいれば戻ってこられないような気配が、ひしひしと私に伝わってくる。まるでブラックホールだ。


 一歩一歩確実に。私は怖いと思いつつもその穴へと向かっていった。するとその時、頭の中に奇妙な声が響いた。


『どうか……こちらへ……戦…………よ』


 穴から不意に放たれた、雷のような光。同時に吹き荒れる強烈な風。それは掃除機よろしく、私を穴の方へと引きずりこんだ――!



「うわあああッ……!」


 私にしては珍しいくらいの甲高い悲鳴。それとともに、私の体はいずこともしれぬ穴の向こうへと吸い込まれていったのだった……。


※表現などを少しづつですが改訂しました。

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