第二話 廃神さまVS廃人さま?
クルクル、箱が回る。その中から、同時に何十個も飛び出してくる球。それはまるで、大当たりで出てくるパチンコの玉のようである。だが、その中に特等「転職の書」を意味する金色はない。くじを始めてかれこれ何時間になろうか。すでに日は沈み、王都は昼とは違うしっとりと落ちついた雰囲気に包まれている。もっとも、私の周りだけはどんどんと群がってくる野次馬のせいで熱気が増しつつあるけれど……。
「すげえ……どんだけ回してるんだ?」
「もう三時間くらいにはなるな」
「あれが噂のスイなのか?」
「ありえねえ……!」
ガヤガヤと騒ぐ野次馬たち。その暑苦しさと騒がしさは異常だ。彼らの容赦ない視線にちょっと恥ずかしくなってきた私は、早く転職の書を当てようとハンドルを回す速度を上げる。次々と、山ができそうなほどの勢いで球が飛び出していった。するとその時――。
「あ……」
ピカリ、と何かが光った。私はすぐさまそれを手に取る。それは球だった。まごうことなき、美しい金の輝きを持つ球だった。
「……おめでとうございます! 特等、転職の書です!」
ボウットしている私に、お姉さんはどこか硬い笑みを浮かべて黒い本を差し出してきた。私はその手から、今にも破れるんじゃないかと思えるほど古びた本を受け取る。手に伝わる、紙とは思えぬほど確かな重み。以前持ったことのある金塊でも、これほどずっしりとしていただろうか。私は思わずホウ、と息をついた。こんなに興奮したのは何年ぶりか。たぶん、両親が死んで以来のことだろう。
私はしばし、うっとりとした表情で転職の書を眺めていた。どれだけ眺めていても飽きない、風格と趣のある書だ。だがそうして気分良く書を眺めていると、お姉さんが私の肩を少々遠慮がちに叩いた。
「あの、まだ約一千回分もくじが残ってるんですが……。回していかれますか?」
「そうね……」
私はスッと後ろに視線を走らせた。私の視界に、たくさんの野次馬たちの顔が飛び込んでくる。だれもかれもこちらを羨ましいようなあきれたような、微妙な顔をして見ていた。私はそんな彼らの表情を確認すると、お姉さんに告げる。
「残った分はここにいる人たちに一回ずつ引かせてあげて。もし、それでも余ったら運営への寄付ということで」
「はい、わかりました。えーとみなさん、ただいまスイさんの御好意で課金くじが千回限定で無料になりました! 一人一回ずつ引いてってくださーい!」
手を挙げて、大きな声で宣言するお姉さん。私は彼女の脇からそそくさとその場を立ち去ろうとする。だがしかし、そんな私の前に大きな試練が立ちはだかった――。
「無料だと!」
「うおお、さすがスイたん!」
「すっげー!」
興奮した顔をして、次々と押し寄せてくる人々。その勢いたるや、前に一度だけ見たことがあるバーゲンセールにも匹敵するほどだ。戦士職といえども小柄な私は、すぐにその中へ飲み込まれていってしまう。人の圧力でもみくちゃにされた私は、あっという間に波に揉まれるわかめのような状態になってしまった。
「すごかったの……」
数分後、ようやく人の荒波の中から脱出した私は大きく息をついた。くじを引いていた時間を含めると、かなりの時間が経過してしまっている。隠しクエストとやらの内容は良く知らないが、このゲームトップクラスの廃人たちなら攻略にはさほど時間はかからないだろう。急がなければ。
私はさっそく転職ができるタルーマ神殿へ行くべく、転移球を放り投げた。宵闇に光が溢れ、ふわっとした感覚が私を襲う。風景が捻じれて、王城の代わりに壮麗な巨大神殿が姿を現した。私はとっさにあたりを見回して、私のほかに転職の書を所持している人間がいないかを確認する。すると――。
「私が一番乗りするんだにゃーー!!」
「何を、一番乗りはこの俺だ!!」
私の目の前を、ネコ耳少女と金ぴか鎧のオッサンが信じられない速さで通り過ぎて行った。まずい、ぬこ耳大隊と幻想殺し旅団のギルマスだ……! おそらく一緒に隠しクエストに行ったはいいが、どちらが先に転職するのかでもめてしまったのだろう。二人は激しく言い争いをしながら、暴走機関車みたいな勢いで神殿へと走っていく。私はその背中を見送ると、慌ててウィンドウを開いた。
「快速薬百個っと……」
一時的にスピードをアップさせる課金アイテムを百個選択。それと同時に私は姿勢を低くすると、クラウジングスタートの姿勢を取った。フウと深呼吸をして呼吸を整える。私はゆっくりと顔をあげて、視線の先に大神殿を捉えた。そして……。
「うおおッ!?」
「な、何だにゃ!?」
「失礼ッ」
銃弾のような加速。風になった私は一瞬にして二人を抜かした。すぐさま後ろから「チート反対にゃー!」だの「この廃人ー!」などという叫びが聞こえてくる。しかし私は気にしない。この世の中、勝ったものだけが官軍になれるのだ。某ガキ大将の理論は正しいのである。
そうして走っていくと、ものの数十秒で神殿に私はたどり着いた。その大理石でできた幅広の階段を上っていくと、夜にもかかわらず豪奢な神官服をきた男が立っている。その見慣れた顔は転職で何度もお世話になる、大神官のものだ。どうやら、運営は今日中に転職希望者が来ることを見越していたようである。
「そなた、転職の書をもつものか?」
「ええ。はいどうぞ」
私はウィンドウから転職の書を出すと、大神官に差しだした。大神官はその表紙や中身を執拗に確認すると、大仰な動作で天を仰ぐ。そして再び私の方を見た彼は、良く響く威厳のある声で告げた。
「よろしい、さっそく転職の儀を執り行う――」