第十二話 廃神さまと砂漠の都
吹きあがる熱風。私の視界に広がるのは一面の砂。エルガイア大陸の中央から南部にかけては、広大な砂漠が広がっている。アインへリアル号は、そんな砂漠の真っただ中を飛んでいた。しかもその高度はかなり低い。私たちの目指すエルトリアはこの砂漠の真ん中にあるのだ。
「だいぶ地上に近づいてきたわね。そろそろかしら?」
「ええ、地図で見る限りあと数分のところにエルトリアはあるはずなのですが……。なかなか見当たりませんね」
双眼鏡を目に押しあてながら、リーナは顔をゆがめた。私は若干不安そうな顔をした彼女から双眼鏡を受け取ると、丁寧にあたりを見回してみる。すると、遠くの方に僅かに煌めく何かがあった。まるで砂漠の中にガラスでもばらまいたような感じだ。
「あれは湖?」
「えッ、こんな砂漠に湖があるんですか?」
「ちょっと分からないけど、ほら見てみて」
双眼鏡を押しつけるようにリーナに手渡した。それを受け取ったリーナはすぐさま私の指差した方を見る。するとたちまち、その顔が驚きに染まっていった。
「あれは湖じゃないです、街ですよ! 白い壁がキラキラ光ってるんです!」
「あら、ほんとに?」
「間違いありません、立ち並ぶ家とかその向こうにある大きな建物まで見えます。そろそろ肉眼でも見えてくるはずですよ!」
どこか急かすように言うリーナ。私は目の前にある手すりに身をよりかけると、さきほどの場所へと目を凝らした。すると、ミニチュアのような街の姿が目に飛び込んでくる。立ち並ぶ丸っこい家々、その奥に聳える円形の何か。形からすると、おそらく闘技場か。どうやらこの街はエルトリアとみて間違いないようだ。
「見えたわ。あれは間違いなくエルトリアね。リーナ、着陸準備よ」
「はいッ」
リーナはいつものように自衛隊式の綺麗な敬礼を決めると、操舵室へと消えていった。その背中を見送りながら、私は砂漠の街エルトリアでどんな商売をしようかと頭をひねるのだった――。
「すごい賑わいですねえ、これが本場のバザールですか?」
「ええ、この砂漠を通る隊商たちはみんなここを中継地点としているからね。砂漠を通るたくさんの商人たちが集まって、このバザールを形成しているの」
「詳しいんですね」
「まあね、大抵のことは本に載っているわ」
飛行場を街外れの停泊所に止めた私たちは、さっそくエルトリアの街を探索していた。商売をするには、なによりもまず下調べが必要だ。私とリーナはそれぞれメモ帳と羽ペンを片手に、街のあちこちの店を調べて回っている。
くしくも、この時期は闘技場で何か大きなイベントがあるようだった。おかげでもともと狭苦しい印象の街は観光客でいっぱいだ。さらに観光客たちの財布を狙った出店も盛んに出されていて、店で通りが塞がりかけているような場所まである。とにかく砂漠の熱気と人の熱気がまじりあって、なんとも強烈なオーラを感じさせる雰囲気だった。
その圧倒的な雰囲気に気押されながらも店を調べていくと、意外な事実がわかった。砂漠の真ん中にある割にエルトリアは水に不自由していないようなのである。あちこちの店で冷たいジュースのようなものが売られているのだ。しかもかなりの安価で。
これはいかにもまずい。私が用意していた商品は空の上でたっぷりと冷やしたラクーナの綺麗な水と氷だ。大陸中央部に砂漠が広がっているのはわかっていたので、砂漠の街のどこかでこれらを売りさばこうかと思っていたのだが……。これは完全に想定外だ。焦った私は、リーナを通りに待たせると近くにあったジュース屋さんを尋ねてみる。
「すみません、ちょっと聞きたいことがあるんですが」
「おや、なんだいお嬢ちゃん?」
気さくな感じのするおばさんが、作業をする手をとめて私の方に振り返った。良かった、この人ならたぶん疑問に答えてくれそうである。もっとも、怖そうな感じがする人でも私は全く平気だが。
「この街って砂漠の真ん中にあるけどずいぶんたくさんのジュース屋さんがあるわね。どうしてなの?」
「そりゃあ、暑いからさ。暑いと誰だって水が飲みたくなるだろう?」
「そうじゃなくて、冷たい水を砂漠の真ん中でどうやって用意しているのかを聞きたいの」
おばさんは僅かに首をひねった。そしてポンっと手を叩くという。
「ああ、そういうことかい。ごめんね、最近ちょっとボケてきちまってさ。すぐにはわからなかったよ。このあたりは地下水が豊富でね。ちょいと井戸を掘ればいくらでも冷たくておいしい水が出てくるのさ」
なるほど、地下水か。納得した私はウィンドウの中からおばさんにばれないように銅貨を取り出した。それを情報料代わりにカウンターの上へとおくと、すぐさまリーナのいる方へと戻ろうとする。ところが――。
「あれ、リーナ……?」
ほんの数十秒目を離しただけだったのに、リーナの姿が消えていた。はて、どこへ行ったのか。私は呆れたような顔をすると、フラフラとどこかへ歩いて行ってしまったであろう彼女の姿を捜しに出かける。一見楽しげに見えても基本は物騒な街だ。早く見つけないとぽけぽけしているリーナのことだ、さらわれてしまうかもしれない。
そう思って街中を捜してみたものの、リーナの姿は影も形もなかった。もしかして、すでにどこかへさらわれてしまったのだろうか。しかし、白昼の大通りでしかも周りの人間に気付かれずに人攫いをするなど可能なものか。いくらこの街の住人が荒事に慣れているといっても、気がつけばちょっとした騒ぎにはなるはずだ。
さてどうしたものか……。なかなか良い対応策は思い付かない。私は大きなため息をつくと、道の端でへたりこんだ。もう時刻は夕方近く。もうそろそろ時間がなかった。私の頭の中を焦りが覆い尽くしていく。
「万事休す……かしら?」