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第十一話 廃神さまと修行

 眼下に流れる雲海。純白の絹のような雲がたなびき、薄い層を造っている。その上に広がる空は宇宙が見えそうなほど透明。見つめていると、スウッと吸い込まれてしまいそうなほどだ。私はそんな空と雲を横目にしながら、飛行船の甲板で一人黙々と剣を振るっていた。


 アインへリアル号の上部は広い甲板となっている。もともとは天候を観測したり、空を飛ぶ魔物への警戒をするためのスペースだ。だがそこを私は改装してもらって、修練用のスペースにしていた。いい加減そろそろ、私自身も戦乙女の熟練度を高めスキルを習得しなければならないのだ。


 エルガイアはレベルももちろんそうだが、隠しパラメータである熟練度が極めて重要なゲームだ。この熟練度を上げることにより動きがより滑らかになったり、スキルを習得したりできる。その他の能力が同じであっても熟練度次第で動きや技に天と地ほどの差が出るので、対人戦では最も重視されるパラメータだ。


 だが、熟練度というのは隠しパラメータ。しかもバトル漫画のファンだという開発者の影響か「修行」をしないと上がらないようになっている。具体的に言うと、剣を振るっていればだんだんと剣を振るうのが上手くなり、槍を振るっていればやりの扱いが上手くなるといった具合だ。だが数値は一切表示されないので、どれくらい上がったのかは実際に戦って確かめるしかない。


 さらに言うと、修行の内容によって習得するスキルにも違いが出てくる。嘘かほんとかは知らないが、某野菜人のマネをずっと続けていたら手のひらからビームが出せるようになったとかいう話まである。まあ、おそらくただの魔法攻撃であって月を破壊したりはできないのだろうけど――。


「せいッ! たあッ!」


 気迫とともに宙を斬る刃。凍てつく空気がしなり、響く無機音。足もとに張られた薄い鉄板が耳障りな音を響かせる。私の額からは汗が落ち、たちまち凍りついてしまった。


 空の上は酸素が薄く極寒だ。現在アインへリアル号の甲板はマイナス二十度、酸素濃度が地上の八十パーセントになっている。エルガイアにおいて修行は過酷な環境でやればやるほど熟練度が上がるので、まさに修行には絶好の環境といえた。


 そんな極限環境の中、私は防寒具も付けずに修行をしていた。それどころか両手両足にそれぞれ重さが百キロあるヒヒイロカネのわっかを装備している。そのため修行の効果は高いものの、身体にかかる負荷は半端ではない。エルガイアでは現実に比べてかなり軽減されているものの、疲労という概念がある。なので私は十分に一度のペースで休憩をとっては課金アイテムの特級回復薬をがぶ飲みしていた。


 そうしてまた一息ついていると、甲板の奥の方から足音がしてきた。私が振り返ると、ギシリと音がして中と外をつなぐ扉が開かれる。その分厚い扉の向こうには、防寒具でモコモコになったリーナが立っていた。


「スイさん、朝ごはんですよ。って、そんな恰好でそこにいたんですか!?」


「ええ、これが一番修行になるから」


「はあ……。さすが守護騎士さんというかなんというか……」


 あきれ顔になるリーナ。彼女はくるりと背を向けると、そのままスタスタと階下へ降りていく。私は重い腰を上げると、そんな彼女の背中を追いかけていったのだった。






 その後、二人で食べた朝食はつつがなく終わった。飛行船の上でもリーナの食事は相変わらずおいしい。さすがに料理人を目指していたというだけのことはある。私はその美食の余韻に浸りながら、温かい紅茶をすすった。下がった視線が、テーブルの上に広げた大陸地図へと向く。そこにはすでに、飛行船の位置を示すマーカーが置かれていた。


「現在位置がこのあたりだから、目的地のサイガ鉱山まではまだだいぶあるけど……。そろそろ補給が必要ね」


「このあたりだとどうでしょう、エルトリアがいいでしょうか」


「うーん……エルトリアか。聞いたことのない街ね……」


 私たちはとりあえず、当面の目的地としてサイガ鉱山という場所を定めていた。サイガ鉱山というのは大陸最大のミスリル鉱山である。兵器に使われるミスリルを、魔王来襲後の値上がりを見越して今のうちに買い占めておこうというのだ。


 ただし、サイガ鉱山があるのは大陸の北の果て。なので大陸の南方に位置するラクーナからそこへ行くまでにはたくさんの時間が必要であるし、たくさんの場所に経由しなければならない。そして出来ることならば、サイガへ着くまでに仲間を集めてしまっておきたかった。魔王が来襲すると、優秀な守護騎士は国の軍隊に組み込まれてしまうからだ。さらにできることならば、経由地で商売をして手持ちの資金を増やしてもおきたい。飛行船を買ったせいで、私たちの懐は少々さびしかった。


 そんなわけで経由地の選択には慎重さが必要だ。私は大陸の都市の情報が載った本を引っ張り出してくると、エルトリアという都市について調べてみる。少なくとも、エルトリアはゲームには登場しない街だった。VRといえどもゲームなので、この広い世界のすべてが登場しているわけではない。


 エルトリアについて書かれたページを読んでみると、エルトリアは割合大きな都市であるようだった。大きな闘技場があり、そこを中心としてかなり栄えているようだ。ただし、全体として荒れた気風が漂っていて治安は悪いらしい。街のあちこちに堂々と娼館やら賭博場やらが立っているようである。


 しかし、闘技場があるということは優秀な戦士がいる可能性が高いということだ。私はエルトリアに寄った場合のプラスとマイナスについてしばらく考えると、リーナに告げる。


「……経由地として悪くはないかしら。そうね、ここへ寄ることにしましょう。進路を北東方向に変更して」


「はいッ、わかりました」


 私が本をぱたりと閉じると同時に、リーナはビシッと敬礼をした。彼女はバタバタと足音を響かせながら、操舵室の方へと走っていく。こうして私たちのアインへリアル号は一路、闘技場の街エルトリアへと進路をとったのだった――。


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