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第十話 廃神さまの旅立ち

「あなた、本気で言っているの?」


 私はたしなめるような口調で言った。だが、リーナの頭は静かに縦に振られる。透き通った澱みのない瞳。まったく表情に曇りがなかった。


「私は本気です! スイさんのことを見てたら、私なんかじゃこの商会の主は務まらないと感じたんです。スイさんこそこのリーナ商会の主にふさわしいですよ」


「そうはいっても、ここはあなたの御先祖が始めた商会なんでしょう? やはりあなたが継ぐべきよ」


 私がそう言った刹那、リーナの表情が露骨に曇った。彼女は沈痛な表情で顔をうつむける。やがてその重い口がうっすらと開かれると、ぽつりぽつりと言葉が漏れてきた。


「……もともと、私はこの商会を継ぐつもりはなかったんです。本当は王都で修行して、料理人になるのが夢だったんです。でも、父さんと母さんが揃って私の小さいころに死んでしまって……」


「そう、仕方なく商会を継いだってわけね?」


「はい……。そのときまだ生きていたおばあちゃんが言ったんです。『百年続いたこのお店も終わりかねえ』って。その悲しそうな顔を見てたら、とても継がないなんて言い出せなくて……」


 そうつぶやくリーナの表情は、昔の私に何となく似ていた。私はそんな彼女に昔の自分を重ね合わせる。


 私の家はもともと会社を経営していた。同族経営の、それほどは大きくない会社。安定してはいたが、成長も変化もさほど望めない業種の会社。私はそんなつまらない会社の跡取り娘として育てられてきた。幼いころから神童と呼ばれ、学問では一番を譲ったことのなかった私は両親が将来を過剰に期待するには十分すぎたようだ。


 そんな私に約束されていたのは退屈な将来。田舎のさほど大きくない会社を継ぎ、変化も何もなくただ無為に時を過ごす。私自身はそれが何よりも嫌だった。虫唾が走るほど嫌だった。ゆえに一層勉学に励み、米国への留学という形で運命から逃げようとした。


 結局のところ、両親は私が大学を飛び級で卒業したのとほぼ同時期に死亡してしまい会社は親類が継ぐことになった。両親が死んだのは確かにつらかったが、同時に妙な解放感をもったのも事実だ。おそらく、今のリーナはあの時の私とおなじ状況なのだろう。親類が会社を継いだように、私が商店主になることを期待しているのだ。


「…………私は各地を回って商売をしようかと思っているの。飛行船を買って、それに商品をいっぱい詰め込んでね。だから、もし私を社長にしたりしたら商会自体は大丈夫でもこのお店はなくなるわよ」


 この世界には飛行船というものがある。ヘリウムや水素の代わりに、魔法の力で空を飛ぶ飛行船だ。エルガイアでは転移玉があった上にプレイヤーは購入できなかったので存在を忘れかけてすらいたが、考えてみればこれほど都合のいい存在はない。どんなところでも快適に旅できるうえに、仲間や商品をいっぱい載せられる。まさに私の目的にぴったりの乗り物なのだ。


 漂い始めた静寂。さすがのリーナも店がなくなると聞くと複雑そうな表情をした。あまり好きでなくともやはり、先祖代々この場所で続けてきた店にこだわりはあるらしい。だがしかし――。


「……構いません。やる気のない私が小さな商売を続けるより、スイさんが世界で大きな商売を始める方が有意義です。きっと初代も本望だと思います」


「本当に、後悔はないのね?」


「大丈夫です、ありません」


 リーナは真剣だった。その目に迷いはない。私はそれを見ると、フウっとため息をついた。


「わかったわ。その代わり、ついてくるんだったら毎日おいしいご飯をつくってね?」


「はいッ! もちろんです!」






 

 しぶしぶながら私がリーナ商会の社長になって二週間目の朝。行商を始めるのに必要なさまざまな手続きを、私とリーナは今日になってようやく終わらせた。百年以上も続いた店をたたんで新たに商売を始めるというのは大変で、これだけの時間がかかってしまったのだ。とくに行商を始めるために必要な通行手形を取得する手続きが恐ろしく複雑で、二人がかりで電話帳のような書類の山を片づけたのは記憶に新しい。


 ともかくこうして準備を終わらせた私たちは、飛行船の発着場にいた。視界を占領する、紅い巨体。眩しい朝日の中に優美な曲線を描くそれはさながら空に浮かぶ鯨のよう。それほどまでに巨大で存在感のある飛行船が、私たちの前には聳えていた。


「これが、私たちの飛行船……」


「そう、私たちのよ。アインヘリアルって名付けてあるわ」


「へえ、アインへリアルって言うんですか……」


 うっとりとした表情でアインへリアル号を見つめるリーナ。私はそんな彼女に少々自慢げな顔をする。かなり高くついたが、やはり良い船を買ってよかった。安物買いの銭失いというが、まさにその通りだと思う。高いものには高いだけの理由というものがあるのだ。もっとも、アインへリアル号は大きさと性能の割には安い中古の改装船であるが。


「この船の凄いところは見た目だけじゃないわ。これだけ大きな船なんだけど、素晴らしく簡単な操作で動かせるの。おかげさまで、人を雇わなくて済んだわ」


「そうなんですか、じゃあ船の上では二人っきりなんですね」


「まあ、各地で仲間を増やしていくからすぐに二人じゃなくなる予定よ。今は言えないけど、私には目標があるもの――」


 私は東から昇ってくる朝日の方を見た。もうまもなく、この朝日も見られなくなるかもしれない。魔王が復活してしまえば、世界は闇に閉ざされるのだ。それまでに何とか魔王に対抗できる戦力を確保しなければならない。正確な日時はわからないが、もう時間はなかった。


「さてと、そろそろ行きましょうか。忘れ物はない?」


「もちろん、大丈夫ですよ!」


 背中に背負った特大のリュックをポンポンと叩くリーナ。私はそれを見てクスッと笑う。だがすぐに咳払いをして気を取り直すと、船の進行方向を見て宣言した。


「じゃあいよいよ出発ね。この無限大の世界へ!」


 見渡す限りに広がる空と大地。そして、その中に今まさにうごめいているであろう巨悪。そう、私の行く先には仮想ではない本物の世界がどこまでも広がっているのだ――。


ファンタジーといえば飛行船……というわけで飛行船の登場です。

馬車で地道に行商していくのもいいですが、やっぱり空を飛ぶ浪漫に勝てませんでした。

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