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第九話 廃神さまと社長

「スイさん、あの取引は結局なんだったんですか? 私には良くわからなかったんですけど……」


 タイラーの屋敷から家に帰ってきてすぐ。リーナがどこか申し訳なさそうな顔をして、私にそう尋ねてきた。私は取引が終わってほっとしたのもあって、気分良く笑う。


「あの取引は結局、二人で仲良く税金を節約しましょうってことよ」


「ほえ? どういうことですか?」


 ふにゅっと眉をゆがませたリーナ。やわらかそうな頬に少しえくぼができていて、なんとも見ていて微笑ましい。私はふっと微笑むと、教師よろしく近くの壁をペンでたたいた。


「まず、相場の二倍で薬を買ったタイラーさんのお店はどうなると思う?」


「たぶん赤字になると思います」


「そう、赤字になるわ。そうするとタイラーさんは何かを払わなくても良くなるのだけど……何かわかるかしら?」


「うーん、なんでしょう……。あッ、もしかして税金ですか?」


「その通りよ、タイラーさんは税金を払わなくてよくなるわ」


「でも、そもそも赤字なんだからタイラーさんに儲けなんてないんじゃ……」


 リーナは不満そうな顔をした。この子、商人の割に察しが悪い。私の頬がほんの少し膨らんだ。


「問題ないわ。相場を上回った分についてはあとから私がタイラーさんに寄付することになっているんだもの。ほら、そんなようなことを言っていたでしょう?」


「そういえば……。なるほど、タイラーさんが払うはずだった税金が儲かるってことですか。あれ、でもそうするとうちが二倍税金を払わなくちゃいけなくなりませんか?」


 リーナの顔に疑問が浮かんだ。おバカではないのでそれなりには頭が働くようだ。私はニッと目元をゆがめると、彼女に微笑みかける。


「うちの売り上げが名目上だけでも二倍になったから、それにかかる税金も二倍になるんじゃないかってことね。でもそれについては大丈夫よ。タイラーさんへの寄付金を損益として計上できるから、通算すればいいの」


 リーナの顔がみるみる驚愕に歪んでいく。もともと大きな目がどんどん広がって、完全に見開かれた。いっそ、白眼でも向いてしまいそうなほどだ。彼女はそんな蒼白の顔になると、勢いよく私に詰め寄ってくる。


「そ、それって大丈夫なんですか! 完全に制度を悪用して脱税してるじゃないですか!」


「大丈夫よ、バレやしないわ。この街の領主は言っちゃ悪いけれど、あまり頭のよくない人みたいだから」


 この街を統治しているキース・バルディアという人間は、人はいいようなのだがあまり頭がよくないようであった。今回私が利用した寄付金非課税制度も、彼がただ単純に「寄付はいいことじゃないか」といって始めたらしい。しかも、本来ならそれをとがめるべき側近たちは寄付金で利益を得る聖堂関係者ばかりのため、今までこの制度は放置されていたようだ。まったく、白粉を顔に塗りまくったどこぞの馬鹿殿みたいである。


「あー、確かにバルディア様は……。でも、よくそんなこと知ってましたね。この街にははじめてきたんでしょう?」


「まあね、でもこれがあるから」


 私は懐から六法全書のような分厚い本やら雑誌やらを何冊も取り出した。いずれも、リーナの家に置いてあったものだ。リーナに読まれた形跡こそあまりないが、リーナの家には商売をやっている関係上、そういう本が大量に保管されていたのだ。


 私の前にデンと積まれた本。その数なんと六冊。その山のような様子を見るなり、リーナの顔が固まった。彼女はそのまま、ぎくしゃくとしたぎこちない動きでこちらに振り向く。


「もしかして……。これを全部覚えたんですか!」


「ええ、昨日のうちになんとか。覚えるのに骨が折れたわ」


「いや、苦労したとかそういう問題じゃなくて……。普通の人はこんなに覚えられませんし、そもそも一晩でこんな分厚い本を六冊も読めたこと自体が驚きですよ!」


 心底驚いたのか、リーナはひっくり返りそうになった。地球でも、私がこういうことを言うたびにみんな驚いたものだが……。どうしてだろうか? 別に一度見た文字を忘れないとか、一分一万文字ペースで本が読めるとかは普通だと思うのだが。雑誌の広告に掲載されている体験談とかを見る限りだと、似たようなことができる人は世の中にたくさんいるらしいしね。


 私がそう思って改めてリーナの方を向くと、リーナは虚脱状態になっていた。仕方ないので、ぽかんとしている彼女を華麗にスルーすると私は店の帳簿をつけ始める。まだ、私の役目は終わったわけではないのだ――。







 タイラーとの取引からはやくもひと月近くの時が流れた。今日はいよいよ、今月の利益が明らかになる日である。この利益が前月と比較して三割以上伸びていれば、目標達成だ。私は晴れて暖簾分けを認められ、いっぱしの商人となれる。そうなれば、自動的に騎士団も結成できる予定だ。


 そんな私の目の前で帳簿を合わせていくリーナ。虫眼鏡を片手にしたその表情は真剣そのもの。ペンがさらさらと紙の上を滑る。私は次々と数字を書き込んでいくそれを、固唾をのんで見守っていた。


 そうして帳簿への書き込みはすぐに終わった。続いて、リーナは帳簿に書かれている数字を読み上げていく。朗々とした声。私の背筋から自然と汗が落ちる。タイラーとの取引とはまた違った緊張がここにはあった。


「利益。前月18900エル。今月28100エル。……やりました! 三十パーセント上昇達成です!」


「やったわね、これで暖簾分けの件も認めてもらえるかしら?」


「いいえ、それは駄目です」


 一息ついた私に、何故かリーナは笑顔でそんなことを言った。まったく、曇りのない笑顔でだ。おかしい、条件はきっちり守ったはずだ。私は顔を朱に染めながら、リーナの肩へと手をかけようとする。もうこうなったらやむをえまい、実力行使だ。しかしその時――。


「スイさんには、この商会の社長をぜひともやってもらいたいんです! だから、暖簾分けはできません!」


 リーナの力強い声が、私の耳に響いた。


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