とある廃神さま(改)
流行に乗ってみました……。
後悔はしてないです。
「なかなか……当たらないわね」
回転する箱の中から次々と飛び出してくる球。赤、黄、青、緑……。その色の数々に、私はフウっと大きなため息をついた。かれこれ何時間このくじを引き続けているのだろうか。ふと空を見上げてみると蒼かった空のエフェクトが、茜色に染まってきている。眩しい夕陽に少しうんざりしたように目を細めた私は、少々いら立ち気味に回転機のハンドルを回し始めた。この世界はVRMMOであるがゆえに手が痛くなることはないが、この単純作業はなかなかに面倒だった――。
VRMMOエルガイア。現在日本でかなり流行しているオンラインゲームの一つ。中世ファンタジー風の広大な世界観と無限にあるのではないかとさえ噂されるスキルや職業の組み合わせがネット上で話題になり、現在爆発的に人口が増加しつつあるタイトルだ。
このゲームはプレイヤーが守護騎士と呼ばれる存在になり、人を襲うモンスターを討伐したりしていくゲームである。ただしその楽しみ方は非常に多く、最強のプレイヤーを目指してひたすらモンスターを狩るのもよし、騎士団を立ち上げて仲間と楽しむのもよし。さらに商人などの非戦闘職に転職すれば、店の経営なども楽しむことができる。エルガイアは、まさにいろんな意味で混沌とした様相を呈しているゲームだった。
そんなエルガイアにいる約四万人ものプレイヤー。その中には当然廃人と呼ばれるような人間も数多くいる。一日十八時間ログインする猛者やらゲームのために会社を辞める猛者、最近ではゲームが原因で離婚したとかいう人間までいた。
私ことスイはそんな廃人の一人だった。加えて人に言わせると廃人たちの中でも最強厨などと呼ばれる人間に属しているのだそうだ。某百科事典によれば、最強厨とは病的なまでに強さを追い求めている人間のことなのだが……。私個人としてはそれほど最強を目指しているつもりはない。ただし、某掲示板によれば私は「ネトゲ史上最強の廃課金プレイヤーw」らしい。
彼らから言わせてみると、このゲームに存在する課金の宝くじを最もレアなアイテムが出るまで回すというのはおかしいようだ。宝くじは料金が一回三百円で、一番レア物のアイテムが出る確率がだいたい一万分の一。なので、当たるまで回すのには約三百万円ほどしかかからないのだが……。それがどうにも理解しがたいらしい。
私の場合、十三歳で米国の大学を卒業してからの約二年で稼いだ天文学的な資産があった。おりしも当時はVR技術の開発によってIT関連の株式がバブルのように暴騰している時期であり、その波にうまく乗ったのだ。おかげ様で投資した両親の遺産は二年で数千倍にまで膨れ上がり、今では利回りや配当金だけで年間数十億もある。なので、ゲームに課金する程度の金額は「小銭」のうちだと私は思っているのだが……。彼らにはイマイチこの感覚がわかってもらえないようだ。
ただし、この莫大な資産が原因で私はやたらと注目を浴びているのも事実だった。毎日のように取材を申し込まれ、家に一日中記者が張り付いているのなんて当たり前。いっそ解約しようかと思うほど、寄付を求める電話がかかってくるのも日常茶飯事。さらにもっとたちの悪いことに、暗殺されかけたことも何回かある……。
私がゲームに熱中しているのも、そんな現実にうんざりしたからに他ならない。私の周りにいるのは、欲望に目がくらんだ人間だけ。誰も、私自身を見てくれることなどない。信じがたいことに、彼らにとって私の存在は私の資産の付属物にすぎないのだ。
そのような理由でやや現実逃避に走っている私。そんな私はエルガイアを思いっきり楽しんでいて、現在では三回目の転生までキャラを育て上げていた。もっとも、何故か人から奇異の視線で見られるのでパーティーを組んだことはあまりなかったが。
このエルガイアではレベル上限まで達したキャラを何度か転生させることができ、そのたびに初期ステータスにボーナスが与えられる。当然最強を目指す廃人たちはすでに何度も転生させており、私の三回というのはむしろ少ない方だ。
ちなみに、職業の方は三回転生しているが初級職の戦士のままである。エルガイアを運営している会社が「初級職から派生する隠し職業が好き」と某巨大掲示板で書かれていたのを信じたから。胡散臭い情報だとは自分でも思うが、とくに目的もない私には隠し職業になれるかもしれないというのは途方もなく魅力があった。
そして、そんなひたすらレベルを上げる日々の中で迎えた大型アップデート。その日、ゲームにログインした瞬間に私の頭の中に次のような情報が流れてきた。
「初級職から新職業への転職解禁! 隠しクエスト、もしくは新・アイテムくじ(一回千円)で『転職の書』を入手しよう! ちなみに、一番最初に転職した方には信じられないような特典が!」
リアルにMMOで無双するにはこの方法しかないと思ったんだ……
※宝くじの部分の表現が誤解を招きそうだったので微修正しました。