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第一ヴァイオリン/フリーダ 前奏

 右足の爪先を軽く持ち上げてから、元の位置に戻した。

 足踏みをした箇所の雪は灰色に溶け、ブーツの底から寒さが這い上がってくる。フリーダはコートのポケットの中で手を握り締めた。

 墓地に他の人影はない。

 死者が幾列にも重なり眠る土地は、雪に埋もれている。中天を越したばかりの太陽を反射して、辺りはどこまでもきらきらと眩しく、清潔で、生けるものすべてを排除しているようだ。

 鳥が一声、空の高みから鳴いた。

 見上げると、優美な曲線の翼を広げて一直線に飛んで行くところだった。青空にくっきりと白い姿が浮ぶ。

 絶対音感を持っていた彼女なら、鳥の声まで音階に変換してみせたかもしれない。フリーダにはわからなかった。静寂を切り裂かれて耳が痛む。

 ただ、悲鳴のようだという考えが過ぎった。この世にはもう亡い存在を探して、悲痛な叫びをあげているようだと。

 そんなものは感傷だ。それだけは確かだった。

 手足は指先から冷えて、徐々に感覚を失くしはじめている。

 今、弦を押さえたとしても、このかじかんだ指は正確な音を選ぶことはおろか、動くことさえ覚束ないだろう。彼女の指も冷たかった。傷ひとつない手は、温度の無さとあいまって、石膏細工のようだった。

 それでも、彼女が作り物だったとしたら、それは観賞用ではなく実用のためだ。あの白い指が精緻に閃いて旋律を刻んでいたのをおぼえている。

 まるでヴァイオリンのためにつくられたような少女だった。

 正面の黒い墓石に刻まれた文字を読み返す。

 リーゼロッテ レナーテ ハルトマン。

 棺の中の身体は、あの時の指以上に冷たいだろう。両手は胸の上で固く組み合わせられたままで、もう動くことはない。

 一つしか違わなかった年の差も、これからは開いていくばかりだ。

 


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