第二ヴァイオリン/リーゼロッテ Ⅵ
拍手に送られて、意気揚々とした顔の少年がチェロを抱えて退場してくる。間を置かずにアナウンスが告げたのは、最後から二番目のプログラムだった。自分達の出番も近い。
こんな時には、にぎやかに騒ぎ立てそうなフリーダの姿が見えない。リーゼロッテは暗い舞台裏を見渡してフリーダを探した。片隅に座りこんだ姿を見つけたのは、視線を何巡かさせてからだ。
そういえばドレスリハーサルでも、ミスこそはしなかったものの覇気がなかった。体調が悪いのだろうか、と慌てて肩に手をかけると、彼女はびくりと震えた。
「……手がふるえて」
呟くような声も、強張った肩の線も、色を失った顔も、これまで見てきたフリーダという少女からは想像できないほど心細げなものだ。
内心の驚きを口に出さないまま、リーゼロッテはこくりと幼子のように頷いて彼女の傍らに座った。それから言葉を裏付けるように突き出されたフリーダの手を、指先をくるむように上から握りしめた。
「大丈夫」
彼女は心から言って、フリーダの前ではじめて、自然に、屈託なく笑ってみせた。フリーダはその顔を見てしばらく黙っていたが、手を逆向きにしてリーゼロッテと手のひらを合わせると、指を絡めるように手を組みあわせた。
「あんた手がつめたいね」
「……緊張してるから」
大丈夫、と今度はフリーダが言って、リーゼロッテを引っ張りあげるようにして立たせた。舞台では飛び跳ねるような重音の連続が、伴奏と掛け合いを続けている。
「大丈夫よ」
フリーダは自分をも説得するようにもう一度言った。さっきよりも随分しっかりした声だった。
複雑な形に結われた赤毛が、耳のところで少しほつれていた。自分を取り戻したように、照れ混じりの笑顔を作っている。
「大丈夫」
リーゼロッテも繰り返して、最後に力を込めて握ってから手を離した。手は体温を移されてあたたまっている。フリーダの震えも止まっていればいい、と思った。
* * *
強いスポットライトに照らされて、舞台は白い。周囲が闇に呑まれている分、尚更だった。人がいるとは思えないぐらい観客席は静かだ。静謐ではなく、期待を孕んだ嵐の前の静けさ。
リーゼロッテはフリーダの後に続いて、眩い光の中心に出ていった。弦に弓を載せ、大きく息を吸い込む。
その瞬間、世界は掻き消えた。
そして、すべてが満たされた。