第一ヴァイオリン/フリーダ Ⅴ
フリーダは呼び覚まされる感覚にとまどった。
まったく質の違う二つの音は、絡まりあって新たな音色を創り出した。
自分が己のパートを弾いている意識はある。しかし、相手の次の音が求めたタイミングで必ず与えられると、織り出される旋律のどこが自分のものなのかは定かではなかった。
すべてがフリーダのもののようでもあったし、すべてがリーゼロッテのもののようでもあった。
共鳴して融合する。
響く音に一つ一つの細胞が慄く。
侵食されて、境界は消えうせる。
* * *
「ヴァイオリンを弾いてるとき、あんた気持ちいい?」
家路につきながら横を歩くリーゼロッテに訊いてみると、彼女は生真面目な顔を崩さないまま首を傾げた。
夜も更けたこの時間、ほかに人通りはない。街灯だけが規則正しい間隔を空けて、ぽつぽつと前後を照らしていた。
「……あまり考えたことないわ」
「そう」
フリーダは多少落胆した。あれは、自分達に共通する感覚なのではないかと思っていたのだ。もっと説明するために言葉を探すと、通り過ぎた街灯から粉雪がぱらりと散り落ちてきた。
「デュエットのとき、ぴったり合うと、もうあれは性的な快感っていうか、それをはるかにしのぐっていうか」
途端にリーゼロッテはぴたりと足を止めた。白色灯の明かりの下、こちらを軽蔑したように見やる目は青の濃度が増している。
「…………変態?」
真剣な顔でそんなことを言うので、フリーダは噴きだした。無視すればいいのに、いちいち言葉を返されるとそれがどんな反応であれ、最初のリハーサルよりは格段の進歩だと思う。
「うまくいえないんだけど」
性的な快感といっても、所詮、皮一枚隔てた外側だ。音によって体内から引きずりだされる、あの感覚とは比べ物にならない。
「悦楽というか陶酔というか恍惚というか、とにかく満たされたかんじというか」
言葉を重ねるうちに無性におかしくなって、フリーダはまた笑いの発作に襲われた。離れていくリーゼロッテに辛うじて一番告げたかったことを口にする。
「あたしたちもっとよくなるよ」
視界の端に、ためらいつつも手を振り返す彼女の姿が映った。