第二ヴァイオリン/リーゼロッテ 前奏
左の手袋を取り、すべらかな石の表面を撫ぜた。
深爪気味のリーゼロッテの指は、先端が硬い。皮膚が分厚くなっているからだ。それでも四角い石は冷たかった。
墓地は静かだ。
灰色というよりは乳白色の空の下、長方形の石が見渡すかぎり整然と並んでいる。雪に覆われた地面にリーゼロッテのもの以外に足跡はなく、それぞれの石の下に棺があり、その中に遺体が入っているとは思えないほどの無機質さだった。
近くの木立で鳥が鳴いた。
短い間隔で連続したC#とDのトリル。音の名前は即座にわかっても、鳥の名前は知らない。彼女も知らなかっただろう。
フリーダの指は長く、筋張っていて、不恰好なほど大きい手を広げると、それはまるで蝙蝠傘の骨のようだった。手だけを見るならばリーゼロッテの方がすんなりと細く、きれいなバランスをしている。けれど、大事なのは見た目ではなくて、どれだけ強く弦を押さえることが出来るかということだった。
正面の白い墓石には名前と年号だけが刻まれている。
フリーダ グレティア シェリング。
彼女の人生はリーゼロッテのものより一年長かった。それでも、これからすぐに追い越してしまうだろう。
あの力強い大きな手も、赤い巻き毛も、そばかすだらけの顔も、この目の前の地面の下ですぐに腐ってしまうだろう。