婚約者に恋人がいるらしいのですが、その相手が私の妹のようです。
公爵令嬢ヒナの婚約者は王太子であるカーフである。しかし最近二人によくない噂が流れるようになった。カーフが別の令嬢を好きになっただの、その相手がヒナの妹だの妹が大変グラマラスな女性だのと流れている。ヒナとカーフはこの噂を消すために、次のパーティで妹をカーフがエスコートすると決める。当日会場に現れたヒナの妹は、人々の噂からは想像もできないほど大変可愛らしいご令嬢であった。
※細かいことは気にせず読んでください。
王太子と公爵令嬢である私が婚約をしたのは、私がまだ5歳の時だった。まだまだ甘えん坊でわがままだった私は父と母にここにじっと座っていなさいと言われてソファに座ってクッキーを食べている間に話がまとまったそうだ。
それに関して今更後悔してきた。いや、いや、王太子妃教育は確かに厳しかったけれども、淑女教育の最高峰だと思えばまだ我慢できたし、美味しいお菓子も美味しいご飯も食べられるので不満もすぐに吹っ飛んだ。王太子自体も人柄がいいお人でかなり優しい。価値観もよく似ているし同じことで笑うことができるいい関係だ。
では何を後悔してるかと言うと、助長された噂が勝手に舞い込んでくるからである。
「王太子殿下はあっちのご令嬢のほうがいいらしい」
「婚約者がいるのにもかかわらず他の令嬢と懇意だそうだ」
「公爵令嬢は王太子妃教育から逃げているそうだ」
「いいや公爵令嬢こそ他の令息と懇意になっている」
など、など。よくもまぁそこまで根も葉もない噂を流せるものだと呆れかえってしまった。噂を流しているのはたいていが今なお王太子妃を狙っている令嬢や私に敵対心がある令嬢だったようなので、注意喚起をしたものの、一向に減る様子はない。
噂程度でどうこうなるわけじゃないと胡坐をかいているのだろう。しかし胡坐をかくという言い回しはどこで生まれたのだろうか。隣国からだろうか。そっちの方が気になってきた。
「ヒナ、本当に大丈夫か?」
「カーフ、私は大丈夫。……大丈夫ではあるんですけれども……」
ただ、私たちを破局させようと躍起になっている噂が、とうとう私たちの家族にまで及んできたので私は参ってきていた。その噂がこれ、「王太子には恋人がいるらしい、婚約者とは別の」である。今までの噂とさほど変わり無いと思われるかもしれないが、ここに出てくる王太子の恋人とは、私の妹の事らしいのだ。
「ラムまで巻き込むとは……しかしラムは可愛いとはいえ……」
「ええ、わかっております。けれども、よくもまぁここまで可笑しく言えるものだなと……さすがに侮辱ととらえることができませんか」
「できるかもしれんな……」
私には妹がいる。とてもかわいい妹だ。カーフとも接点があるし、カーフが家に来れば出迎えるほどには気に入っているようだ。しかしカーフと私が婚約者だ。ラムは私の妹だ。その情報を正しく知っていれば、可笑しくねじ曲がった噂になどしないはずだ。
そのはず、なのだが。
「私の妹、豊満で美しく器量のいい娘なんですって。姉を立て、姉の婚約者に懸想をしてなお気丈にふるまっていると」
「……」
「カーフ、カーフ、笑っていいのよ」
見ればカーフは口を押さえてうずくまっていた。プルプルと震えているもので机に頭が当たっている。お茶がこぼれそうだなと思いながら彼のつむじを眺める。カーフはひとしきり笑って起き上がったが、顔が赤らんでした。笑いを嚙み締めすぎたせいで顔色に出てしまっている。
「んん、……いやまぁ、豊満ともいえるか?」
「んぐ」
今度は私が笑ってしまった。扇で顔を隠したものの、肩が震えてしまうのは隠せなかった。
「しかしまぁ、ちょっと調べればわかることを、どうしてこうも面白おかしくできるんだろうか」
「ふ、ふふふ、豊満……ふふふ……」
「そうだヒナ」
呼ばれて私は背を伸ばした。扇は仕舞えなかった。
「次のパーティに、ラムも連れて行こう」
「ふふ、カーフがエスコートしながら登場するって?」
「そうだ、君は先に会場入りして、『どうして私をエスコートせずに妹を!』とか何とか言うんだ」
「あっははははは!」
我慢できずに声を出して笑ってしまった。完全に机に突っ伏してしまった私の近くにあったお茶や皿は私たちの光景を微笑ましく見ていたメイド長によって退避させらた。ひいひいと笑う私がグッジョブと手で示したのでこの作戦は決行することになった。
*****
「……ねぇみて、ヒナ様よ。なんで兄である公子様と……」
「まさかあの噂って本当の事だったの?」
「噂って、あの!?や、やっぱり王太子殿下はヒナ様の妹を……?」
「でもヒナ様も悪いんじゃないかしら。カーフ様と妹が恋人になっているという話でしょう?それを知っていていまだに婚約者の立場でいるなんて……私ならできないわ……」
「ほんとうですわ……お二人の仲を引き裂こうとしているのよ」
「悪役令嬢じゃないのそんなの……」
王城で行われるパーティで、私は一人葡萄ジュースを飲んでいた。壁に寄りかかって隣にいる兄に目配せをすればウインクされた。いやぁ様になっているお人だこと。
「殿下はいつラムと来るんだ?」
「もうそろそろじゃないかしら。私が出る直前までみんなでラムの服であーでもないこーでもないってやっていたけど、流石にそろそろ」
――と思っていたところで入り口から声が上がる。誰かが入場してきたようだ。警備がその人たちの名を叫んだようだが、私には届かなかった。もっと声を張ってほしい。
ただ、ざわざわとしたどよめきが徐々に会場中心まで伝播してくる。会場中心までの道が開けており、そこにいたのは。
「んふふふふふ」
「おー、ラムと殿下だな!可愛く着飾っちゃって~、かぁいいな~!」
私の婚約者であるカーフと、私の妹であるラムが手を繋いで歩いていた。ただしカーフの歩き方がおかしい。
「え、あれがラム嬢?え、うそでしょ?」
「まてまて、聞いていたのと違うぞ、いったい誰だよラム嬢が豊満で妖艶だとか言い出したの」
「でも、その、かわいいわね」
「ええ可愛いわねあの子――まだ乳幼児じゃないかしら」
そうなのである。ラムはまだ、たったの一歳なのだ。
「ラム、ま、まって、私の腰のことも考えて、あっあっまってまってそっちに行かないで」
「あー!」
「走らないで!」
カーフが見事に翻弄されている。カーフの左手を掴み、どたどたと音がするほど大きな足音を立てているラムは、急に走り出した。ただ、ラムは最近歩き始めたばかりなのでかなり危ない。それをカーフが片手で何とかまっすぐ歩かせようとするがずっと中腰のため悲鳴を上げている。
私はドレスなのも忘れたようにしゃがんだ。そうして両手を開く。気が付いたらしいラムがまた「あー!」と叫んで走り出す。カーフがとうとう腰に手をやった。
「あらラム、私の婚約者にエスコートされるなんていいご身分ねぇ」
「うあー?」
「ええい悪女はこうしてやるわ」
「きゃっきゃ」
ラムを抱き上げ、頬に額にキスを落とせば、ラムが嬉しそうに笑い出した。それをカーフも兄もにこにこと眺めていた。カーフは腰を擦ったままだが。
「……え、っと、私用事を思い出しましたわ」
「お、俺も……」
そんな様子を見ていた周りの人のうち、何人かが会場を出ていこうとした。しかしその瞬間に会場の扉は閉められ、警備によって鍵まで締められた。開けろと叫びだしたその人たちがは焦っていた。なぜだろうか。なんてのは、わかっている。
「国王陛下、並びに王妃殿下のご来場です」
扉とは真反対の方から声が上がる。この声は私の元にも届いた。ラムを抱きながら礼をしていると、国王が私とカーフに声をかけた。
「どうしたお前たち、顔が赤いな。またいたずらでもして笑いつくしたのか」
「陛下、私たちももう成長したのでそのようにおっしゃらないでください」
「お前たちは私から見ればいつまでも赤子同然だ。おお。ラムも来ておったのだな。綺麗に着飾ってもらって楽しそうだ」
「――陛下、そのラムの事なのですが」
国王陛下がいつまでも私やカーフをラムと同じくらいの子供にしか見えていないのは知っているがこのように周りに聞こえる形で言われるのが恥ずかしくて照れてしまう。その直後、カーフが陛下に何か言おうとした。ラムのこと、でわかる。噂の事だろう。
「どうも私とラムが恋人同士だの懇意だの私とヒナの関係が悪くなっているだのそれはラムが原因だのさんざんな噂が流れておりまして」
「ああこちらにも聞こえておる」
「私は婚約者であるヒナを愛しておりますし、ラムはこの通りまだ乳幼児です。なのでこの噂を流し、面白おかしく助長した犯人をとっ捕まえたく存じます」
「いいぞ、やってしまえ」
言うが早いか、会場にいた複数人の警備が動き出し、扉から外に出ていこうとした人たちを次々に捕まえだした。その中には私の友人だったりカーフの友人だったりもいた。ただ、私たちはすでに知っている。
「ははは、騒がしいパーティだ」
「んあ……」
「おおラム、おねむかな?ヒナとカーフは別室でラムを寝かしてやりなさい」
「はい」
「わかりました」
「公爵と公子はここに残りなさい。後のことを相談しよう」
「え?打ち首では?私の可愛い妹たちを噂の材料にして面白おかしく笑っていた奴らですよ?ちょっと調べればわかることなのに調べる努力を怠り、まるで見てきたかのように噂を流すような奴らですよ?打ち首では?」
「我が子をいいように語るなど……さらし首にしよう」
「過激すぎるわたわけ共」
私の友人なら私の妹が一歳児なのは知っているはずなのに、私が王太子の婚約者であることが気に入らなくて噂を流した友人。彼女がすべての始まりだった。そこからラムの年齢や容姿を捏造し、物語を作るように噂を捏造し続けた。ちょっと調べればわかることだった。本当に。
ラムのことを知っている人たちは噂に難を示して噂を話す人たちを避けるようになったという話を聞いている。当たり前だろう。自分で否定できない赤子を担ぎ上げて好きかっていうやつらがいい奴なわけがないのだし。
そうして騒がしいパーティは終わりを告げた。一部の人々の権力も一緒に、終わった。さようなら我が元友人よ。遠くの土地で頑張ってほしい。貴方のご両親が誠心誠意込めて謝罪してくれたので当人の追放だけで済ませてあげたのでありがたいと思ってほしいものだ。本当に打ち首にしようとする父と兄を止めた私に感謝してほしいものだ。
まぁ、可愛いラムを好き勝手に噂に利用したのだから、一生許す気は無いが。
*****
この後大きくなってお話が上手になってきたラムが「おねえさまのおむこさんになるのはわたしなのー!」と可愛いことを言ってくれたり、その時の噂とは真逆にカーフに対して敵対心わきまくりになったりするが、私は最高に楽しいので大変幸せになりましたとさ。
「反抗期?反抗期なのか?早すぎないか!?ら、ラム、前みたいにだっこしような、な!?」
「いや!おねえさま!たすけて!カーフはこないで!」
「んふふふ」
「ラム!!!!!」
「やなのー!!!!!」
「あっははははは!」
ただ令嬢らしい笑い方ができなくなるので、顔が真っ赤になるほど笑わせるのもいい加減にしてほしいな、とは思っている。
最後までご覧いただきありがとうございます。
*****
今回の名付け方:ヒナ(ひよこ)とカーフ(子牛)とラム(子羊)




