白くて、大きくて、もふもふの犬――。
カフェをカッフェと発音する人には近寄りがたい雰囲気があるが、野呂瀬くんに限っていえば、カフェをカフェと発音していても不吉なものを感ぜずにはいられなかった。彼はわたしと同じ高校二年生で、クラスの人気者で、歩行者の存在を想定していなさそうな濃い色の道路を先導している後ろ姿もすらっとして格好よかったけれど、これまで特に話したこともないわたしを――転げたら最後、そのまま下に滑ってゆきそうなほど急斜面な坂の上にある――海が道路と植えこみ越しに見えなくもないカフェに誘ったのはどう考えてもおかしくて、不可解で、不気味だった。
駅前の近くのファストフード店で話せるのではないか、空き教室で済む用事なのでは。昇降口でいきなり話しかけられて、おずおずとぶつけた質問の答えにも違和感があった。
『人生であと何回、外食に行けるかわからないんだよ。せっかくこの町にはたくさんの飲食店があるのにチェーン店に行くのってもったいなくない?』
これが太陽の下にいるキャラ、略して陽キャの感性なのか。そして大きな石の陰にいるキャラ、略して陰キャのわたしがまちがっているのか。
どんなに回想しても前髪をあげて額と整えた眉を見せびらかしている陽キャとの接点が見つからないと悩みもだえているわたしを無視して野呂瀬くんが立ち止まる。
「ここここ」
ここね、ここ。
進行方向の右側に件のカフェがあった。ドアを開けた瞬間にからんころんと鳴りそうな佇まいで、ガラス張りに面したカウンター席からは入り口の横にあるテラス席を一望できそうだ。そのテラス席からは路駐している大きなトラックしか見えなさそうだが。予期せぬ遮蔽物により全体的に薄暗くなっているカフェのドアを野呂瀬くんが押しやると、予期したとおりにベルが鳴り、カウンター越しに立ち話をしていた店長っぽい身なりの男性と店員っぽい女性がぎくりとわたしたちを見た。すみませーんと謝意のこもっていない謝罪をしながら野呂瀬くんは右手の人差し指と中指だけ立てて、Vのポーズをつくる。
これが二名様か。店員に広い店内を案内されながら考える。わたしたちは店員からどう見えているだろう。モサいストーカー女子高校生と話し合いをするつもりの男子高校生……待ってください、違うんです、わたしはこういう行きつけのサッカー場がありそうな太陽サンサン男子じゃなくて色白黒髪センス系高身長眼鏡が大好きなんです。顔はよく見るとそこまでだけどスタイルが抜群で教養のありそうなインドア系がタイプなんです。こんなクラスで一番、いや、学校で一番モテるかもしれない男子と付き合えるなんて思ってもないし、ありえないし、追っかけてないんです。信じてください! と心のなかで叫んでいるあいだにも海どころかトラックすら見えづらい奥側のテーブル席に通され、水を置き終えた店員がオーダーを取りそうな姿勢になり、野呂瀬くんがラミネートされたメニューを片手で仰いで波を起こすように揺さぶっていた。こっちはまだ動揺している最中なのに?
「――を二つずつ」
勝手に決められた。
しかも野呂瀬くんのほうが壁側のソファ席に座っていた。一般的には女をそっちに座らせるのでは。いや彼はわたしを女として見ているわけじゃないから正しいのか。
わたしは彼に何として見られて呼び出されたんだろう。
野呂瀬くんは去りゆく店員の背中にひらひらと手を振ってから頬杖をついた。上機嫌そうに笑っているだけなのにいやに絵になる。かっこいいし男前だ。
「どうして眼鏡でお下げだと文学少女なんだろうね」
「あはは、文学少女というほど本は読んでないけど」
「でも小説を書いているよね?」
まだ飲んでいない水をふきだしてむせた。
「アレ、宇川さんってもしかしてアニメやマンガが好きで小説は読まないけどイラストが描けないから妥協で小説を書いている存在だったのかな」
「い、いや……まあ絵は下手ですけど」
「SNSで見かけるよね。挫折した画業への後ろめたさと嫉妬がない交ぜになって事あるごとに絵師のいいね数を憎んでいる人たち」
インフル力のある同級生に最悪な化け物だと早合点されてしまう! 自分の胸を何度も叩いてむせを落ちつかせる。
「しょ、小説はふつうに読むのが好きで、絵を描けないから小説に逃げたタイプでもないし、絵師さんも憎んでないです」
「エー、急に敬語なの怪しい~」
「待って待って待って、そもそもどこで知ったの」
野呂瀬くんはにっとして「カクテルパーティーで」と言い出した。そんなパーティーは行ったことがない。
「聞きたい話だけ聞き分けられる的なのあるでしょ。あれで」
「選択的注意で……野呂瀬くんが小説に興味があったからわたしも書いているとわかったと?」
彼は両手の中指と薬指と小指を曲げて、人差し指と親指で微妙な直角をつくりながら「さすがは小説書き。話が早いね」と笑った。
「物書きとか字書きとか言うんだよ」
「勉強になるね、先生」
明日から不登校になっちゃう。
わたしは肘をついた両手で頬骨のあたりをぎゅっと押さえて「小説を書いているから、だからなんだって言うんですか」と投げやりに聞いた。
「ウンウン、俺さあ。宇川さんみたいに小説をネットに投稿したいのよね」
「はあ、各自でヘルプとか見てください」
「もっと真剣になろうよっ」
「投稿サイトだったら初心者でもすぐに公開できると思うよ。文章を打ちこんだら画像にしてくれるサービスを使ってSNSで連投してもいいし」
「イヤイヤ、画像で投稿している小説ってすべからく読みづらいでしょ」
この誤用も罠か? 指摘したら「おっ、先生」のトラップが仕掛けられているのか? わたしの沈黙もおかまいなしに野呂瀬くんは続ける。
「生物が出てこない幻想小説を六百話ほど連載している宇川さんにアドバイスをもらいたくてさっ」
「チャットボットに聞けば。AIに」
「せっかく近くに詳しい人がいるのに質問しないのってもったいなくない?」
友だちに弁護士がいたら無料で相談できてラッキーみたいな。
「それに宇川さんと話してみたかったし」
「な、なんで」
「話したことなかったじゃん。せっかく同じクラスなのに話さないなんてもったいなくない?」
こいつの行動原理ってもったいない以外にないのか?
姿かたちが格好よくて声が大きくて堂々としているから爽やかに聞こえるだけで、もし地味な男子が同じ理屈でクラスの女子をカフェに誘おうものなら次の日から学校に通えなくなるだろう。
「書きたいことは決まってんだけど、タイトルつけないと投稿できないらしいじゃん。どうしよって思ってさっ」
「はあ」
自称初心者のくせに痛いところを突いてくる。売れてはいるのだろうが憧れはしないランクの作家が書いた小説の指南書みたいな本だって「推敲しろ」とか「キャラクターを魅力的にしろ」とか「編集者と仲良くやれ」とか「書いて書いて書きまくれ」とは自信満々に述べるけれども作品の顔でもあるタイトルについては先生にあてられたくない生徒のように存在感を消しているのに。
「べつに『無題』でも投稿できるよ」
「だけどそれじゃ読んでもらえなくない?」
わたしがうなずくと野呂瀬くんは目を見開いてのけぞった。確かに無責任きわまりなかったけど。
「読んでもらえるタイトルをつけたいんだよっ」
「でもWeb小説のタイトルって結構そのまんまなことが多いよ。たとえば『曲がり角で美少女とぶつかったあとの話』みたいな」
わざとらしいため息が返ってくる。陰険な感じはないどころかにやにやしているが、それはそれで陰険だ。
「あのさ、それじゃ宇川さんに聞く意味ないじゃん」
「もったいないから聞いたんじゃ」
「もっと文学っぽくさ、ジョジョウっていうのかな、感情をゆさぶるような、読みたいって気持ちにさせるタイトルを書きたいんだよっ」
本文で書けよ。
陽キャにツッコミを入れてよい階級ではないので「解せる」と思ってもない追従をする。
「な、ならペットが最終的に死にそうな題にしたらどうかな。『猫よさらば』みたいな。ラスト一文で涙するがにじみでているよ」
「ウーン、俺は生き物が死んでも悲しくないけど」
すごいなあ、社会的地位が高くて自己肯定感のあるやつは弱者にどう思われても関係ないから平気でドライな回答をしてくるんだ。わたしがそんな発言をしようものなら犯罪者予備軍として即収容だろうに。思わず頭を抱えそうになってとっさにひねる。
「あとは痴漢だね」
「マンチカン?」
「すけべなシーンが出てきそうなタイトルにすると読まれやすいよ。TSや女装みたいなニッチなジャンルだったら新作をすべてチェックしている猛者がアクセスしてくるし」
「オイオイ、俺のは全年齢が対象だよっ」
「それでもエロ売りをしたほうがPVを稼げるよ。PV。ページビュー」
野呂瀬くんは先ほど見開いたよりもさらに目を大きくして「あらまあ」と感嘆のような非難のような声を出した。
「いや、あの、ページビューってのは要するに読まれる数ってことで。マ、マンチカンは、そういう意味だといいかもしれないね。動物だしマンとチカンが入ってるし」
「さすがの俺もそこまでして読まれたくない」
「ほかのユーザーはそこまでしているよ。野呂瀬くんだけ行儀よく真面目なタイトルをつけても読者の可処分時間はえっちに取られちゃうから」
わたしの言葉にだいぶ食らったようで「シロートにはわかんない大変さがあるんだね」とひとりで納得していた。わたしも素人だしウェブで作品を発表するユーザーなんてたいがい素人だ。
「だけどタイトルと内容が違ったら詐欺って思われそうじゃん。マンチカンなら出せるかもしんないけど痴漢はちょっとね」
小説の相談を受ける素人のせいで、肝心なことを聞き忘れていた。
「どういう内容なの」
「あー、内容、内容ね。呪いの言葉……みたいな?」
呪いの、言葉。
「それをそのままタイトルにしたらいいんじゃ」
「宇川さんは無名の素人が書いた小説『呪いの言葉』をネットで見かけて読みたくなるわけ?」
「読まないけど」
「じゃあダメじゃん」
生成AIや盗作や習作や駄作がのさばるWeb小説サイトから好みの作品を探すヒマがあったら書店で平積みになっている人気作家の本を買って読みます、とは絶対に言えない流れだ。
「で、でも、呪いの言葉について知りたい変人が読んでくれるかもしれないよ」
「俺はさ、もっと多くの人に読んでもらいたいんだよっ」
「そっか。それでもあらすじには書いてもいいかもね。あれも意外と決め手になるから」
「考えなきゃいけないことが多い」
「あらすじは主人公の名前と性別と身分と時代とストーリーのジャンルがわかるといいかな。女主人公なら読まないとか恋愛要素があるなら読まないとかもあるけど、それで読みたいと思ってくれる読者も絶対にいるし」
「あいまい戦略で読者が増える?」
「ポエム調だとウケがよくないかも。だれでも読めそうなものはだれも読まないというか。性器に響くワードが入っていないだけで興味を持たれないこともあるから」
「わかるわ。クラスに山川っているじゃん。そいつもそんなこと言ってたよ。どんなに好きなマンガでも一巻の範囲にお色気シーンがないと単行本を買わないんだってさ」
近いようで違うような気がするし、どうして山川くんが犠牲にならなきゃいけなかったのか疑問だ。
「やっぱ匂わせが必要なわけね。ふだんはベビーカステラのことを忘れているのにお祭りの屋台であの甘くてあたたかい匂いを嗅いだらつい買っちゃうみたいに」
野呂瀬くんは遠い目をして唾をのんだ。目の前に屋台がないから買えないだけでベビーカステラをありありと思い出しているようだ。
「むずかしく考えなくていいよ。投稿サイトのランキング上位だってタイトルが秀逸だから読まれているわけじゃないと思うし」
ああだこうだと話しているうちにドリンクがやってきた。たぶん薄めのオレンジジュースだ。野呂瀬くんは背中を向けた店員に人差し指で光線を送りながら「ここのミックスジュース、すんごいウマイらしいよっ」とわたしに説明した。ミックスジュースだ。
さっそく紙製ではないストローで吸う。粒感がずずずとわたしの喉を通っている真向かいで野呂瀬くんは両手を頭の後ろで組んで唸る。
「ウーン、でもWeb小説の第一印象ってタイトルじゃん。俺のことを知らないやつらに読んでもらおうと思ったらインパクト与えなきゃダメっしょ」
「野呂瀬くんは友だちが多いんだからアドレスをみんなに共有したらいいんじゃない。知り合いで集めたPVや評価でランキング入りをしたら初見のユーザーも読者になってくれるかもしれないし」
わたしがこんなアドバイスを他人から受けようものなら憤死するところだったが、陽キャは「その手があったか」と目を輝かせた。
「宇川さんも人に読んでもらってんの」
「い、いや。リアルの人には、その、恥ずかしいから」
「エッ、宇川さんは俺が無知なのを利用して恥ずかしいことをやらせようとしていたわけ?」
「違うよ! その、わたしは何をしていても恥ずかしい存在ですので……」
「恥ずかしくないよ」彼は真面目な顔つきで続けた。
「だれが恥ずかしいって言ったのさ」
自然と目を細めた。日向で大通りを闊歩できる人間には、足が多くて気持ち悪いという理由で殺される虫けらの気持ちがわからないのだ。
わかってもらっても困るが。
「きっかけなんてないよ。わたしに自信がないだけで、自信がある人が正解で、わたしがまちがえているだけ」
「俺は生まれつき自信のない赤ちゃんなんていないと思うけど」
でも偏屈な人って先天的に偏屈だったりするし。
わたしは子どもの頃から母親の陰に隠れていた気がするし。
その母親が前方を見据えながら後方にいるわたしに言うのだ。
『まあ、おまえは恥ずかしがり屋ね』
と。
『まあ、おまえは恥ずかしいやつだね』
を。
いつから俯いていたんだろう。顔をあげると野呂瀬くんがこちらを覗きこんでいた。とても、やさしい、目をしている。
「ま、犯人さがしなんてしても意味ないか。今、俺が上書きしちゃえばいいもんね。宇川さんはさあ、ちっっっっっっとも恥ずかしくないよっ。そりゃエロ売りとか言い出したときは恥ずかしい女だなと思ったけど、それもこれも真摯だからなんだよね。書いている小説もそう。宇川さんは何をしていても一生懸命なんだよ。そして一生懸命ってかっこいいんだよ。だからもっと胸を張っていいんだよっ。外野の声なんて気にしないで好きになれる自分でやってこ。ポジティブアクティブアグレッシブシャゼンタル」
最後のほうは悪しき呪文にしか聞こえなかったが、彼なりに励まそうとしてくれたことは伝わった。もらった言葉をかみしめるようにうなずく。エロ売りとか言い出した、恥ずかしい女。いい話のいやな部分をよけいに味わったところでふたり分のオムライスがやってきた。ケチャップみたいな顔をした大量の紅生姜が乗っている。
「紅生姜オムライスだよ」
「おいしいの?」
わたしの問いに「知んな~い」と野呂瀬くんは何の変哲もないスプーンを重たそうにつまみあげた。
「俺さ、そこでしか頼めないものとか頼んだことがないやつを食べたいんだよねっ」
「未踏のメニューがあるのに体験しないのはもったいないから?」
野呂瀬くんは無言でばちんとウインクした。
外はまだ明るかった。しかし大型トラックが依然として鎮座していたので店の前だけ暗くもあった。そのひんやりした日陰のなかで顔を見合わせる。
「結局、何も決まらなかったね」
「楽しかったからいいじゃん」
ふたりで下り坂のほうを向いた瞬間、わたしたちの横を散歩中の犬と飼い主が通りすぎていった。白くて、大きくて、もふもふの犬――黒い靴を履いている!
「あれ、なんていう犬種だっけ」とふりふりしている尻尾を眺めながらぼやく野呂瀬くんの腕を引っぱる。
「『白くて、大きくて、もふもふの犬――。』」
「エ? や、さすがにそれは違うと思うけど」
「タイトルのことだよ。『白くて、大きくて、もふもふの犬――。』」
まず犬はかわいい。
もふもふもネット小説では人気要素だ。
白くて大きくてもふもふの犬とすれ違ってあとから犬種を調べたくなった人が検索から流入してくる可能性も高い。
「犬だったらどんな内容でも登場させられるよね。あらすじは『お尻が丸くてふっわふわ』はどうかな」
興奮でまくしたてるわたしの肩に野呂瀬くんの手が置かれる。
「落ちついて。犬と飼い主の視線を感じる」
わざわざ確認せずとも、立ち止まった犬がふわふわの尻尾をふりながらこちらを凝視し、飼い主が困惑している姿がさっと浮かんだ。わたしたちは逃げだすように坂を下りはじめる。
「ウンウン、サイコーのタイトルじゃん。俺はこれで小説を公開するよっ。ありがとう」
野呂瀬くんは犬と飼い主からいっしょに逃げているとは思えないぴかぴかな笑顔で笑いかけてくる。どうしてこんなに魅力的でいられるんだろう。わたしの幼馴染は惑星で一番かわいい女の子なので恋愛対象外の男には刑務官のような態度で臨んだ。親切にするとすぐに惚れられて困るからだという。彼は困らないだろうか。地味女が惚れてきてもワンパンで倒せるから気にしないだけか。とりあえずヤレるんならスペックは無視するたちか。なんて。
『おまえなんか好きになる男はいないよ』
それは呪いの言葉だ。そんな基準はもともとなかったはずなのに、相手が自分を好きかどうか気にするようになる。
今、ここ、現在、恋愛は関係ないのだ。彼はただ小説のタイトルが決まってうれしく、わたしは彼のうれしい顔を見てうれしいだけなんだ。
「あの、わたしもその、ありがとう。野呂瀬くんのおかげで呪いの言葉から解放されたかもしれない」
「呪いの言葉?」
「え、エンタメを知らない素人の創作って自分のふだんの苦しみをぶちまけて異性に惚れられて大したオチもなく終わりみたいなところがあるから、えと、聞きづらかったんだけど、もしよかったら野呂瀬くんの小説を読んでみたいな。野呂瀬くんの考える呪いの言葉が気になるし、あの、第三者なりの視点でそれっぽいアドバイスができるかもだし……」
語尾をごにょごにょさせていると「くくく」と野呂瀬くんはいつもより渋い声で笑いをこらえた。
「調子に乗ってすみませんでした!」
「ヤー、そういうことじゃなくてさ。俺が題材にしている呪いの言葉って文字通りの意味なのね」
わたしたちの歩みは遅くなる。まるで先に進んではいけないという直感が足を重たくするように。
「文字通りって」
「呪文、とはまたイメージが違うのかな。読むだけで呪われる言葉ってのがあって、俺んちの男系は研究する役割を担ってんだよね。そういう呪いに耐性があるから」
「は、はあ」
「カワイソーな目に遭った人たちを調査したらさ、そろいもそろって直前にある文章を読んでて、そっからさらに分析すると、呪いの言葉がこっそり紛れているわけ。文字や単語だけなら大丈夫だけど特定の組み合わせになると殺せちゃうみたいなね。急に死んでいるやつって呪われて死んでいる場合が多くてさ。事故死の呪われ死率とかすごいよ。政府は絶対に公表しないけどっ」
「呪われ死率……」
「それでサア、つい最近すっっっごい呪いの言葉を発見して、父さんと叔父さんと兄貴ふたりがそれで死んだんだけど、俺は何もなかったんだよね」
野呂瀬くんはあっけらかんと亡くなった人たちを指折り数え、すこし複雑な割り算で死ぬ確率を出した。
声が、うわずる。
「か、家業について書くんだね。家族の犠牲を悼んで」
「んーん。みんなに呪いの言葉をおひろめしたいだけだよ」
聞かなくてもわかったが、聞かずにはいられなかった。
「どうして」
「せっかくあるんだから使わないともったいないじゃん」
にこやかに答えた彼は「もらった案をメモしなきゃね」とズボンのポケットに手をつっこみ、布地をひっくり返し、ブレザーのポケットも攻め、鞄まで開いて、閉じた。
「先に帰ってて。今日は話を聞いてくれてありがとうっ」
わたしは彼にならって片手をあげて挨拶し、そそくさと坂を下っていく。彼から距離をとるように早足で。が、「おーい」と声をかけられ、振り返る。
「耳で聴いてもダメだから」
目の前には後ろ向きで下ってきたトラックが迫




