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魔法少女伯爵令嬢

作者: 畑野けう
掲載日:2026/05/30

短編です。魔法少女っていいよね。


 ふわりと揺れるスカート。キラキラ輝くヘアスタイル。ことりと靴を鳴らして降り立ち、くるんと回ってキメポーズ。悪に下される正義の鉄槌、ステッキから放たれるミラクルパワー!


 誰しも一度は夢を見る、乙女の憧れ。ヒロイン&ヒーロー。女児がなりたい職業ランキング堂々の一位!(わたしの通ってた保育園調べ)



 そう、魔法少女である。


 幼きわたしも当然目指した。

七夕の短冊にしっかりと想いをこめて書き込み、毎週日曜日はテレビの前に光るパジャマを着て待機。日夜必殺技の考案とキメ台詞の練習を欠かさなかった。鍛練を重ね、努力を積み、仲間という名の同園の子たちと絆を深め合ったわたしは今………



 ただのOLとして、その生を終えようとしていた。

まあ、当たり前である。そも小学校に上がったあたりで普通に気づく。この世界に魔法など存在しない。だんだんとみんなの話題もおしゃれやアイドルに移っていって、いつしかわたしも憧れるのをやめた。

やめたはずなのに、こうして最期の走馬灯にまで魔法少女がよぎるのは、まだ諦めきれていなかったのだろうか?


 地面に強く打ち付けた頭が痛い。これ血とか出てるのかな?前が霞んでよく見えない。せっかく今日は早めに帰れそうだったのに、信号無視の車だなんてついてない。あ~あ、こんなことなら残業手伝っときゃよかったかな……


 いよいよ意識が遠い。頭の奥がガンガンと軋む。これ死ぬのかな。


 どうせなら来世はきらきらの魔法少女にしてくださ~い……なんて、願ったところで。


 意識は途切れた。





 ハッと目が覚める。知らない天井。病院……にしてはなんだか豪華な装飾が施されている。病院の天井って、だいたい無地の真っ白じゃない?じゃあここは、どこ?


 目だけで辺りを見回す。天井どころじゃない、置かれている家具やら床やら扉やら、何から何まで豪奢な部屋だった。けれどもやけに薄暗い。明かりはどこにも灯ってないし、レースの刺繍が綺麗なカーテンはピッチリと閉じている。その上埃っぽくもあった。

 まるで長い間、誰も出入りしてないかのよう。


 え、ほんとにここどこ?死後の世界とか?

にしてはちょっと宗派が意味不明じゃない?



 とりあえず体を起こす。寝かされていたのはこれまた煌びやかなベッド。あり得ない程にふかふかである。反発力が半端ない。逆に体痛くなりそう。というか痛い。え、すごく体が痛い!


 もう一度寝転び直そうかと思ったがそれも出来ない。体を動かすとバキバキと骨の鳴る音がする。怪我をしてるとかではない、これは純粋に長時間体を動かさなかった時に起こる痛みだ。社会人生活で学んでいる。けど、それだってここまでじゃない……!

 わたしどんだけ寝てたんだ?


 硬直して動かない体の代わりに頭を動かす。相変わらず薄暗くてよく見えなかったけれど、先程までぼんやり眺めていた天井が天井ではなかったことには気がついた。わたしが寝ているこれはどうやら、天蓋付きベッドというやつらしい。へえ~凄い、現実では初めて見た。こういうのってもう今時よっぽどのお嬢様くらいしか使わないんじゃあ…………ん?おじょうさま?



 落ち着きかけていた体を無理やり動かして、ぼよんぼよん跳ねるベッドから降りた。全身がギシギシ悲鳴をあげているけれど今は構ってる暇はない!よたよたと覚束ない足取りで近くに鎮座したドレッサーに近寄る。曇っている鏡面を着ている服の裾で拭った先に映ったのは。



 あら~これまたきらきらした女の子ねえ~睫毛バサバサのくるくるじゃな~い!肌も真っ白でお人形さんみたい、素敵よぉ~!へえ~ピンクの髪ってこれ地毛かしら?実在するのね~ふ~ん…………



 えコレわたし!?



 コンコンコン。呆然としていた耳に突如としてノック音が聞こえる。どうしよう頭が追い付かない、結局わたしは誰でここはどこ!?推定どっかのお嬢様であることしか分からない!これ返事しないと怪しまれるかな、とにかくどうにか、お嬢様っぽい返事を!



「どなた?」



 いけた!いけてる!お嬢様やれてるよわたし!

 ていうか声も綺麗ね~鈴のような声ってよく聞くけどこういうのを言うのかな?それであなたは誰?



「起きたのねリリィ、わたくしよ、お母様よ。調子はどう?今日のディナーは食べられそうかしら……?」



 なるほど、お母様ね。そしてわたしはリリィちゃんと。加えてディナー?今って夜なのか。つまり、調子を崩して部屋に籠ってて、夜ご飯のために母親が起こしに来たってところかな。熱があるような感じはしないし、体は相変わらず痛いけど、ゆっくりなら動けないほどじゃない。何よりも言われて気づくこの空腹感!お腹空いた!ご飯欲しいで~す!これをお嬢様らしく……



「ええ、お母様。随分調子も良くなったし、お腹も空いたわ。今部屋を出るから待っていて?」



 お嬢様ロールプレイ、意外と様になってるんじゃないだろうか?今はダイニングの場所だって分からないから、お母様らしき存在に案内してもらうしかない。置いてかないで。先行っとくねは頼むからやらないでくれ。


 両手を懸命に振っていそいそと大きな扉の前に辿り着き、全体重をかけて押し開けた。この扉が重いのかこのわたしの細腕に力がないのか、ギィ――ッと勿体ぶった音を立て、開いた隙間から外の光が差し込んでくる。


 はたして、その先に居るお母様は。

深緑の落ち着いた彩色が優雅なドレスに身を包み、その衣装に決して負けない華やかな顔をくしゃりと歪ませて、さめざめと泣いていた。


――え、泣いてる。なんで?






 ところ変わってダイニング。というか一家の団欒の場というには広すぎてもはや食堂。長いテーブルには真っ白なテーブルクロスがピシリと張られ、その上には見馴れぬ異国風の料理たち。そしてわたしの真正面に並んで座る、大泣きのお母様とお父様(多分)。


 本当に何?今から楽しいディナータイムじゃないんですか?結局ここに来るまでのお母様だって、大の大人があまりにも泣きじゃくっていて言ってることが一つも分からなかった。まず落ち着いてほしい。次いでわたしに現状を教えてほしい。



「あの……お父様?」


「ヒグゥ!」


 いや鳴かれても。まあお父様であってるらしい。間違えてたらかなり気まずかったからそこはよかった。



 わたしの困惑しきった表情にようやく気がついたのか、時間をかけて二人はなんとか涙を抑えた。ちょっと鼻水垂れてるけど気にしない。目尻を白いハンカチで抑えつつ、二人はそれぞれ口を開く。



「リリィ!まさか君とまた共に食事を取れる日が来るとは……!今日は記念日だ!」


「あなたがお部屋から出てきてくれて本当に嬉しい…!今日はお祝いよリリィ!」



…………ッスゥ――――――………………。



 これ引きこもりかわたし?


 病弱なのかなって思ってたけど、二人が喜んでるのはどうやら「体調が回復」の部分じゃなくて「部屋から出てきた」の方に見える。つまり、今のわたしは引きこもり系お嬢様。なるほど?次の人生としてはまあ悪くないとこを引いたのではないでしょうか。食事も美味しそうだし。


 日本生まれ日本育ち日本没としてその生涯を終えたわたしには当然お箸の使い方しか分からない。テーブルマナーなんてもっての他だったわけだけど、そこは天下の引きこもりガール。これまでの食事も細かったのだろう、胃を驚かせないようにと用意されたのはリゾット的な何か。添えられるはスプーン。

 これなら分かる!ありがたや~!


 わたしのお腹がまだかと鳴いている。手を合わせて早速一口。あっ美味しい。美食のこととか詳しくないけど高級料理の味がする。ミルクの優しい風味が空きっ腹に染み渡る……ッ!



 ついつい食事に夢中になって、二人の話をほとんど聞き流してしまった。一応ニコニコしながら相槌は打ってたけど、その話題の大半が「部屋から出てきてくれてありがとう」だったので多分大丈夫だろう。

 お礼を言うのはわたしの方ですよ、こんなに美味しい食事をありがとう、感謝感激雨あられ。むしろこんなにいい人そうな両親とご飯があって、何で引きこもったのか気になってきた。誰かにいじめられたとか……?こんなセレブをいじめるとかできるもんなのか?分からない。分からないことは聞くに限る。



「ところで……えっと、長く眠っていたから、記憶がちょっと曖昧で……わたしは、どうしてお外に出なかったのかしら?」


「あら、そうなの…………でもリリィ、悲しい記憶は忘れてしまえたのならそれが一番だとわたくしは思うわ?」


「っでもお母様、わたしちゃんと覚えていたいわ。ね?教えてちょうだいな?」


「そうだな、私達にも原因はある。もう一度君のことを考えておくべきかもしれない」


 ナイスアシストお父様!それで引きこもった理由は、え~っとなになに……



 髪が生まれつきピンクで?名前がちょ~っときらきらしいから?人見知りで引っ込み思案なわたしは周囲の奇異の目に耐えられなかったと。ほう。



 顔の可愛さで誤魔化されてたけど、確かに地毛ピンクは目立つだろうな。似合ってるから気にしなくていいってのは他人事の話だ。当事者になってみると口が割けてもそんなこと言えない。でも名前はそんなに……?「凛々」とかそういう感じの名前もあるでしょ?



「お父様、わたし、名前はそこまで珍しくないと思うのですけれど……」


「ああ、そうか。君が嫌がるからずっと愛称で呼んでいたんだったな。もうリリィが本当の名前でいいとも考えたんだが……」



 そうして教えてもらった本当の名前。うん。


 …………いや、これは引きこもるよ。何を考えてこんな名前つけたんだ。わたしでもキツいんだから、思春期の少女にこれは酷だろう。……今はそれがわたしなんだけど。両親だって認めてるんだから、これからは堂々とリリィと名乗ろう、そうしよう。



 そんな風に普通に食べて話していたら、なんだか二人のわたしを見つめる目が鋭く光っているように見える。しまった。引きこもりの大人しい少女にしてはちょっとお喋りがすぎたか?


「ねえリリィ、無理を言う気はないんだけれど……明日もう一度、学校に行ってみない?」


「え」


 学校。そうか、よく考えなくてもまだ義務教育すら全然終えてなさそうな年頃だな。ふむ。


 今更学校か。こう言っちゃなんだけど…………めんどくさいな。楽しい保育園時代ならいざ知らず、みんなの話題にあんまりついていけなかったわたしとしては、学校というものに特段いい思い出はない。この感じだと友だちもいないだろうし、勉強は正直嫌いである。それが今になって学び直しとは、う~んやりたくないなぁ~お金持ちそうだし、もうしばらくお家でぬくぬくさせてもらえないかなあ~なんて。

 考えてたのが顔に出ていたようで。



「やっぱりまだはやいんじゃないか?別にそこまで急がなくたって……」



 またもやお父様からのアシスト。まずい、このままだとただのサボり魔が誕生するっ!せめて言い訳はしておきたい!



「ごめんなさいお母様、体力も戻ってないですし、お外に出るのはまだ少し不安だわ。明日から、は難しいかもしれません」



 そうです、この部屋に来るまでだって立ち眩みでふらふらのわたしを何度も支えてくださったじゃありませんかお母様!こんな体でお外に出ては車に引かれてしまいますわ!わたし、前世の二の舞を演じるのはごめんですの!



「そうよねリリィ。わたくしの提案が急すぎたわね。ごめんなさい……」



 あっさりと納得。優しい。あまりにも優しすぎる。引きこもり相手にこの対応とは、お金持ちの心にはいくつの余裕が詰まっているのか。


 ああでもちょっとお母様残念そう。罪悪感で胸が痛い。でもほんとに明日からは無理がすぎるのだ。途中で倒れる気がしないでもないし、何よりこんなお嬢様の通う学校である、一般公立校なはずがない。事前知識ゼロでセレブな子どもたちの社交場に出るのはオリンピック選手もびっくりのハードルの高さである。せめて簡単なテーブルマナーと言葉遣いだけでも頭に入れておかなきゃ、ですわよね!



「焦ることはないんだぞ、リリィ。今無理は禁物だ。君のペースでいいんだからな」


「そうよリリィ、明日は………そうだわ!お母様と一緒に、庭園をお散歩するなんてどうかしら?紅茶とクッキーを用意して、お花を眺めながらお話しましょ?」



 嗚呼なんということか!二人の親愛は留まるところを知らない!生まれてこの方二十余年、こんなにも愛に溢れた「自分のペースでいいからね~」を聞いたことがあっただろうか!まるで絵に描いたような幸せ家族の会話である!完璧なる両親!………ネーミングセンス以外は。



「ありがとうお父様!お母様も、ぜひ明日はそうしたいわ!とっても素敵!」


「まあ!明日が楽しみね!本当にリリィが、元気に、なってくれて、わたくしは…………!……ううっ」


「こらこら、君が泣いてしまえばリリィが困るだろう?すまないなリリィ、私達は心から君の回復を、うれしく、うっ、思っていて………!ズビッ」


「やだ二人とも、そんなに泣かれちゃ恥ずかしいですわ!……心配かけて、ごめんなさい。ありがとう」


「「リリィ!」」


 大号泣である。つられてこっちまで泣きそうだ。

 

 こんな善性を見せられてしまっては、さしものわたしも絆されるというもの。二人の懐の深さにいつまでも甘えるつもりはない。見た目はか弱い少女でも、中身は社会の波に揉まれた立派な社会人。魂にジャパニーズを宿した、清く正しく責任感溢れる大和撫子なのだ。休日家でごろごろしてようと無性に沸き上がる焦燥感は過剰な怠惰を許さない。



 まずは一週間。じっくり療養して鋭気を養ったら、きっちりお嬢様ライフを歩んでいきますとも、ええもちろん!


 

 一週間ほど体を慣れさせて、それから学校に復帰する旨をお嬢様フィルターをかけつつお伝えする。とまあ予想通り、大号泣が特大号泣にグレードアップした。元が綺麗なので涙でメイクが崩れようが美人に変わりはないけれど、そろそろ明日のお母様の目が心配である。お父様にいたってはさっきからハンカチで顔が見えない。もうそれびちゃびちゃだから当てる意味ないでしょ。



「ごめんなさいリリィ……あなたはそんなにしっかり考えていたのに、台無しにするようなことを言ってしまって……グスン」


「謝らないでお母様!わたしの方こそ、時間がかかってしまってごめんなさい。ちゃんと調子を整えて、それから学校にいきたいの」


 ほんとに謝らないでお母様!あなたの提案に悪いところはないんです、ただ明日ってのはさすがにいきなりすぎるだけでして。



「あなたがまた学校に行きたいと思ってくれるだなんて……!そうよねリリィ、あなたの心も体にも準備がいるわよね、明日が魔法の実技試験だからってお母様焦りすぎたわ、本当にごめんなさい…………!」



 だから謝らないでお母様、ってえ?明日試験だったの?さすがに前世通った道とはいえ出題範囲も分からずノー勉で挑むのは無茶がすぎる。そもそも前回だって一夜漬けでなんとか赤点回避できたのであって、それすら無しならもはや受けない方がマシまで…………。




……………………?




「お母様。今なんと?」

「え?あなたにも準備がいるかと……」

「その後です」

「……?本当にごめんなさ」

「その前!」

「え~っと、明日は魔法の実技テストって」

「そこ!」



 まほう。あなた今マホウと言いましたお母様?エ?

 明日は?魔法の?実技試験?ん?




 わたしは何か、盛大な見落としをしているようです。今までわたしは自身が日本のお嬢様家庭に生まれ変わったと思っていました。だってがっつり日本語通じるし……どう見ても見た目が日本人じゃないのはなんか海外から引っ越してきたのかな~って考えてました。

 でも、あれ、なんか違うかも?



 確かに見馴れない料理たちだな~とは思いましたよ、ええ。ピンクの地毛マ?とも。セレブにしては伝統的、を通り越して古い造りの家だなあ~もっと最新技術もりもりなんだと思ってたな~とも。名前もさすがに煌めきすぎだろ役所が通すかよとも。



 ……結構見落としてるな、これが正常性バイアスってやつかしら。おそろし。それに加えてたった今判明した魔法の存在。

 諸々全部を考えて辿り着いた結論は。



 

 これってもしかして、異世界転生?


 

 待てよ?


 美少女の体、魔法のある世界、そしてピンクのヘアスタイル。経済的な余裕もある。何ならこのきらきらした名前すら運命に見えてくる。


 

 全ての要素が美しく噛み合っている。

 この世界なら、目指せるのでは?




 憧れの、魔法少女を!



打ちきりエンドみたいになりました。

気が向いたら続き書きます。

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