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第八章 特産品を探せ!

数日後、ウィルの元にたくさんの荷物が届いた。先日の婚約式の際に地元の特産物を紹介して欲しいと招待客たちに依頼したが、早速何人かが贈ってくれたのだ。その内の一つを紐解くと自領の特産品の反物がでてきた。残念ながら材質も肌触りも悪く、目も荒い。


「旦那様、お顔が」


知らず、苦虫を嚙み潰した顔になっていたらしい。


「ありがたいけどこの品質じゃ輸出できない。外貨は得られないな」


材料も技術も母国に遠く及ばない。ウィルは溜息を堪えられない。


「ガイカガイカってそればっかりですぅ。一体なんのことです?」


ローザが苦言を呈した。


「外貨ってのは外国のお金のことだよ」

「それがなんで要るんですぅ?」


私も質問してよろしいですか? とドリナが遠慮がちに手を挙げる。


「我が国は自国の通貨もあるし、今までそれで成り立ってました。幾らお金がないからと言って何故外貨が必要なんですか?」


周囲を見回すと、贈り物を運び入れたり整理したりしている他の使用人たちも興味津々でこちらを窺っている。目的がわかっている方が仕事の能率も良い。これから職務に協力してもらうためにも教えておいた方が良いだろう。


「例えば、オノグルで買い物をする時は、主にオノグルの通貨、ピンズを使うよね?」


大学の講義を再現するようにポケットから銀貨を取り出す。銀貨の表はこの国では特別な意味を持つ聖なる王冠、裏側は先王、女王の父親のものだ。


「エースターで買い物する時は同じようにゲルトを使ってるんだ。ここで問題です。エースターのお百姓さんたちから小麦を買う時、どっちのお金で支払えば良い?」

「ゲルトですか?」

「正解。エースターのものを買うときはゲルトが必要なんだ」


ウィルには見慣れた母国の騎士王の横顔が刻まれたゲルト銀貨を掲げた。


「国内で生産、消費が完結してれば外貨は不要だが、オノグルは貿易赤字を抱えている」


専門用語を使ったつもりはなかったのだが、高等教育を受けてない侍女たちはぽかんとしている。


「えっとね、つまり、国民が腹を満たすだけの小麦がオノグルで収穫できてれば、外貨は要らないって話さ。エースターから小麦を買わなくちゃいけないから外貨が要るんだ。

このように輸出より輸入が多い状態を貿易赤字って言うんだ。そもそも輸出って言うのは自分の国の物を他の国に売りに出すこと。輸入ってのは他の国から物を買い入れること。難しい言葉を使ったけど、経済の話は実は単純で、だいたい収入と支出の話なんだ。輸出は国の売り物、つまり収入。輸入は国の買い物、つまり支出。財布に入ってくる金額よりたくさんのものを買おうとすれば赤字になり、いずれ財布は空っぽになっちゃうってこと」


説明が多くなってしまった。ローザなどは自分で疑問を投げかけたくせに、飽きたのか欠伸までしている。一方、ドリナは椅子に掛け直し、真剣にメモをとっていた。


「なるほど。だから他の国への売り物を探そうとしているのですね」

「そう言うこと」


輸入ばかりしていては、富は国の外へ出ていき、国は益々貧しくなる。だから輸出する商品、収入を得るアテが必要なのだ。


「輸出が増えればさっき仰っていた外貨は手に入るんですか?」

「うん。単純な話、輸出する時に“この商品のお代、エースターのお金で払ってくれる?”って言えば外貨は手に入る。でも、オノグルの人の中には“エースターのお金なんか貰っても困る”って人もいる。その場合でもエースターの商人たちがオノグルの品がどうしても欲しいなら、彼らは自分の財布のゲルト銀貨をピンズ銀貨に交換してお代を用意する。この通貨の交換のことを外国為替取引、縮めてって言うのさ」


そしてそれ以外に外貨獲得手段として、この国が前々から行ってきた、戦争し賠償金として手に入れる方法がある。しかしこの案は皆の前で口にするつもりはない。上手くいくかは博打だし、ウィルは母国の侵略を容認できないからだ。

作業をしつつ耳を傾けていたレカが「はい!」と手を挙げる。


「それなら、良いこと考えました! みんなでピンズを使うのを止めて、エースターの通貨、ゲルトを使うようにしちゃえば良いんです! そうすれば通貨を交換する手間も省けます。面倒臭くないからオノグルと取引しようかな、って商人も増えますよね?」


ウィルは「いいところに気づいたね」と感心してみせる。


「そうすればお互いの輸出入は活発になるだろう。古代帝国時代には広い範囲で同一通貨が使われたこともあった。ところがそうは上手くいかない。まずは国家のメンツの問題。通貨には国王の顔が刻まれている。人の顔が刻まれているのは偽造防止のためでもあるんだけど、この銀貨の価値を国王が保証しますよ、って意味合いもある。他国の通貨を使うとなると、通貨も自力で発行できない国なのか、価値が保証できない王なのか、と周りの国から判断される。それが耐えられないって愛国者たちも一定数いる」


ドリナの淹れてくれたハーブティーで喉を潤し、一息をつく。


「それ以前に、通貨の発行には経済的なメリットがあるんだ。例えばその国の通貨が使える範囲が広がるほど、自国の製品を行き渡らせやすくなる。

それに、自国の通貨は自分で発行するから、通貨の操作といった経済政策ができる。自国の経済が苦しい時に通貨をたくさん発行してお金がたくさん出回るようにしたり、他の通貨より安くして輸出を増やしたり、外国や商人からお金を借りてその支払いをたくさん発行した通貨で払うとか、そう言うことが自国の責任と判断でできるんだ」

「別の機関で通貨を交換してもらえるなら作っちゃえば良いのでは? ゲルトが必要なら、その分のピンズ銀貨をたくさん製造してカワセとやらで交換してもらえば良いんです。通貨は国家が作るんですよね?」


レカは素晴らしい案だとばかりに顔を輝かせている。だがウィルは渋い顔になった。


「それも最悪は有りだけど……製造、と簡単に言うけどさ、通貨は信用で成り立つものだ。西の島国、ササナの先代国王が多額の戦費を穴埋めするために銀に混ぜ物をして大量に硬貨を発行した。銀貨に占める銀含有量は凡そ半分だった」


ドリナがメモに向かったまま首を傾げる。


「失礼ですが、それって銀貨なんですか? 銀貨って銀でできているものだと思っていましたが、そこまで低いと銀貨と呼んで良いのか……」

「表面は銀貨なんだけど、使い込まれて削れてくると隠れていた銅が見えるんだよ。削れやすいのは盛り上がった部分。正面を向いた肖像を使っていたせいで、鼻の頭が真っ先に削れて茶色の銅が見えたから、王様は銅の鼻なんてあだ名までつけられた。こんな銀貨、君ならどうする?」


レカは急に振られてしどろもどろになってしまったが、どうにか答えを絞り出す。


「え? えーっと、そんな怪しい銀貨なんて持っていることが怖いです。いつ銀が剥がれてただの銅貨になるかわかりませんし。昔の銀の含有量が高い銀貨は手元に残しておいて、新しいのは価値がある内に使っちゃいます」


ウィルは正解、と手を叩く。


「ササナの人たちも同じように考えた。国内は必要以上に硬貨が溢れた。民たちは硬貨が手に入ったらすぐ使い切った。次の日には物価がさらに上昇したからだ。思うように効果が得られないので、王はさらに混ぜ物を増やし最終的に銀は三分の一になった。パンを一つ買うのに両手いっぱいの硬貨が必要だったと聞く。硬貨の価値は石ころ同然となった」

「石ころって……考えられません。お金がそんな風になるなんて」

「石ころはちょっと言い過ぎたかもしれないね。通貨に金や銀といった貴重な金属が使われているのには理由があるんだ。希少なものだと、みんなが価値があると信用してくれるからだ。この信用って言うのが大事なんだよ。例えば品質が悪かったり、評判の悪い化粧品は、みんな使いたがらないよね。信用がないものの価値は下がる。下がるだけなら良いけど、みんながこんなもの価値が無いと思うようになれば、誰も使わなくなる。

各国はササナ通貨の交換を拒否した。誰もササナのお金を信用しなくなったのさ。新しい王は取引を暫く他国通貨に限り、銀貨を回収し、銀の含有量を高め、流通量を制限した新しい通貨を発行した。経済の混乱はようやく落ち着いたけど、皆が自国の通貨を使うまでに長い時間がかかった」

「つまり、通貨をに増やすのは危険が伴うんですね」


ドリナが上手く総括してくれたので、「その通り」と尤もらしく頷く。


「さすが旦那様。とってもわかりやすい説明でした」

「エースターの学院で優秀だっただけあります。これが家政学ってやつですか?」

「これは確かに家政学の一部だけど、家よりも大きな単位、国家や市場を取り扱うから、最近は家政学と区別して経済学とも言うよ」


侍女たちに煽てられ、すぐ調子に乗るタイプのウィルは鼻を掻いた。


「それで、正当法でオノグルの物を外国に売り出したいわけで」


積まれた包みの一つを開けると素朴な木彫りの置物が出てきて、肩を落とす。


「原材料はどうしようもないけど、技術的なことはどうにかならないかな。エースターのを買収するか、構成員を引き抜くか……」

「それに拘るの、止めた方が良いんじゃないですかぁ?」


ローザがつまらなそうに唇を突き出す。


「だってぇ、例えオノグルが猿真似に成功したとしたって、他の人はエースターの物を買うに決まってるじゃないですか。今までの信頼とかもあるしぃ」


彼女の言う通りだ。エースターは大陸の要所。ありとあらゆる物が手に入る豊かな国。自国で生産できないものでも、既に輸入する国は決まっている。そこに割って入るとなると、厳しい戦いとなるだろう。


「失礼ですが、私も口を挟ませていただいても?」


ドリナも控えめに割り込む。


「我々の言葉で、『逃げるは恥だが役に立つ』と言うがあります。転じて、不得意分野に固執せず、自分の得意分野で勝負しろと言う意味です。織物はエースターの特産品で、オノグルも貴国から輸入しています。ローザの言う通り、相手の得意なものでは勝負にならないと思います。エースターの不得意なもの、或いはもっと別の、今までに無いものを探すべきではないでしょうか」


エースターの不得意なもので勝負する。これは問題を解決する糸口だ。今までに無いものは競争相手がいない。となると、エースターや周辺国になくてこの国だけにあるものが理想だ。でもそれってなんだ? 全く思いつかないし見当もつかない。


「そう言うことなら、村長の父に声をかけてみましょうか」

「うちの村はいい羊がいますよ」


協力的な使用人たちの様子に頬が緩む。先日ストライキをしていたことを考えれば良い変化だ。この調子でこの国も良い方向に変わって行けば良いのだが。

淡い期待を抱くウィルに、突如爆弾が投下された。


「私、旦那様のこと勘違いしてました。女王陛下の好みのタイプとあまりにかけ離れていたから、どんなあくどい手段を使って王配の地位に納まったのかと……」

「ちょっと、レカ」


他の侍女たちが慌てて彼女の口を塞ぐ。


「へいドリナさん。陛下のタイプってどういうこと? 衆知の事実なの?」


ウィルの首がぎぎぎと動き、女王の乳姉妹を見据える。ドリナは言葉を探しながら執り成すように言う。


「あのですね、イロナは即位前もそれなりに財産、持参金もあり、求婚者も山のように居ました。それらが煩わしかったのか自分の好みの殿方を公言したんです。ですから別に本当に好きなわけでは」

「陛下の好みのタイプってどんな男?」


重ねて問うウィルの声は固い。ドリナも、使用人たちすら黙したまま語らない。しかし、中に空気を読まない女がいた。


「ローザ知ってますぅ。誠実で」

「問題無い」

「お髭があって」

「これからに乞うご期待」

「年上で」

「生まれ変われば大丈夫。……大丈夫?」

「力持ちで、腕っぷしが強くて、タフで、できれば馬術が巧みな強い男ですぅ!」


ウィルはたっぷり沈黙した後、「無理じゃね?」と呟いた。

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