第二十四章 悪魔公を手玉に
この時代書くなら、この人出したかったんだ! 絶対この人出したかったんだ!
では、世界一有名なルーマニア人(史実の方)のご登場です。どうぞ~
暗褐色のプールポアンを纏い、白髪交じりの紳士は謁見の前に深く息をついた。名をウレグ、先代より家に仕え、私生児である現国王を周辺国に認めさせた敏腕の外交官である。
そんな、長年外交と言う戦場で生き抜いてきた彼でも緊張することがある。何しろ交渉相手は悪魔公とあだ名される人物である。公位を争った分家の当主を捕え、自身の死刑宣誓文を読ませた上、自身の墓穴を掘ることを強要し、最終的には首を斬った。また、謁見時に帝国の流儀に則り帽子を脱がなかった使者を「その流儀を徹底してやろう」と頭に帽子ごと釘を打ち付け本国に送り返した話は、外交官たちを震え上がらせた。
侍従に呼ばれ、ウレグ氏はチェス盤のような白黒の大理石の床を進む。正面の壇には赤い布が敷かれ、一番高い所に公は座していた。騎兵が着る外套、カザックを着用しており、前あきは金糸の刺繍で飾られていた。色が紅く血で染まっているようだ、と不吉な比喩が頭をよぎる。公はウレグ氏が仕える王よりかなり年上で、立派な口ひげに長い巻き毛に縁どられた顔は細いが風格があった。彼の弟は眉目秀麗で評判の男で、スルタンに気に入られ小姓をしていると言う話だが、その兄である公も整った顔をしていた。しかしその目だけは油断ならぬ眼光を放っている。
公の背後には緻密な細工がされた木製の天蓋がある。諸外国に比べ鄙びてはいるが、一国の王のようだった。実際、オノグルが他国に侵略されたどさくさに紛れて独立し、以後百年独立を保っているのだが。
壇の脇には帯剣を許された子飼いの部下たちが睨みを利かせていた。かつて、王を守る近衛は他の貴族の子息たちで構成されていたらしいが、公の父親らが見殺しにされたこともあり、自らが腕に覚えのあるものを選抜し雇っている。公の残虐な命令を躊躇いもせず実行する程度には忠誠心も高い。
機嫌を伺う前向上を述べていると、公は手をひらひら振った。
「余の時間は有限だ。用件は何だ? まさか、属国に金の無心に来たのではあるまい?」
公はくくっと笑った。オノグルの情報が筒抜けなのは、彼が王宮内にスパイを放っているからなのか、財政状況がひっ迫しているのが誰の目にも明らかだからなのか。
「まさか余が仇の窮地を救うであろうと、そう申すのか」
彼の兄は、当時オノグルの摂政を務めていたイロナの祖父が暗殺に関与したと噂されている。さらに公の又従兄弟、先に述べた敗北者の父を支持し、公位に据えたのもその祖父である。オノグルは彼に恨まれているのだ。
「公にとって我が国は敵国ですかな?」
重圧に耐えきれず茶化したが、公は真顔で答えた。
「状況による」
「ではそんな仮想敵国に貴国の教会を建てる気はありませんか?」
「……ふむ?」
別に破れかぶれで言ったわけでは無い。教会と言うのは、単に礼拝や儀礼を行う場所ではない。宗教的意味合いの他に、それを建てた王や教皇、彼らの権力の象徴でもある。それを強大な国、それも仇の孫である王の目と鼻の先に建てる。興味を惹かれぬはずがない。
「我が国で教会を建設しているのはご存じのことかと思います。しかし止むにやまれぬ事情で、工事が止まっております。教会は神の教義を説き広めるための神聖な場所。それがいつまでも完成しないのは我が国にとっても悲しいこと。私も大変心を痛めております。そこで公にご助力いただけないかと参った次第です」
公に具体的なイメージを持ってもらうため、恭しく教会の図面の写しを差し出す。
「土台、柱、壁面と言った外装はほとんど完成しています。後は内装、具体的にはメインとなる大聖堂の装飾です。この聖堂の一部を自由にできる権利を買いませんか。この国の技術の高さを諸外国へも見せつけることになりましょう」
公は受け取った図面を暫し眺めていたが。
「貴公はこの後、西へ行かれるつもりかな?」
「は。お買い上げいただけなければ別の買い手を探さねばなりません」
「もし余が買い取っても、行かれるのではないか?」
図星をさされ、ウレグ氏は答えに窮した。正直に答えては公の気分を害する。しかし、ここで口先だけで逃れても後々遺恨になる。脱帽しない外交官を物言わぬ姿で国に返した公が、嘘つきの外交官とその後の関係を続けるとは思えなかった。
しかし沈黙したことで、公に答えを与えてしまったようなものだった。
「ふむ」
公が図面を丸める間、ウレグ氏の脳裏には国に残して来た、長年連れ添った妻の姿がちらついていた。
「よし、三千公爵金貨でどうだ」
言葉を失う。公は気軽に言ったが、公国がかつて帝国に払っていた朝貢、その凡そ半分である。それもオノグルの事情を全てを承知した上で、その金額を出そうと言うのである。
「ありがとうございます」
さらに値段を吊り上げるのが国益に繋がり、外交官としては相応しいのかもしれないが、ただ感謝だけを伝え何度も頭を下げる。白髪の外交官を、ヴァラヒアの公主は手で制した。
「善意からではない。帝国に対抗しようとする今、貴国に風邪をひかれると困るのでな」
「そうか、公はそんな高値で買ってくださったか」
ヴァラヒアからの文を受け取った女王は深く安堵の息をついた。ウィルも三千と言う大金に仰天した。
「悪魔公って、ものすっごい残忍な男なんだろ? 面識あるの?」
ウィルでも知っているくらい有名な人物だ。処刑場で朝食取っているとか、ワイン代わりに生き血を呑んでいるとか、眉唾物の話ばかりだが。
「幼い頃に先祖伝来の城で逗留している公を見かけたことがあるくらいだ。その時はまだお若く、尊敬に値する方になるとは思わなかった」
「その人、戦上手だったっけ」
女王が一目置くくらいだから、相当な戦術家なのだろうか? そういう話は聞いたことがない。何しろ残忍な印象が強すぎる。
「公は合理的な男だ。帝国にだって必要とあらば頭を下げる。帝国軍を少数精鋭で夜襲した渓谷の戦は、地の利を活かし見事だった。それ以外は策とも呼べぬ、敵どころか味方すらドン引きする人でなしの所業だが」
「褒めてるんだよね?」
「戦には士気が大事だ。幾ら頭数を揃えてもやる気が無ければすぐに敗走や脱走する。恐怖は士気を挫くことに関しては凄まじい効果がある。公の残虐な刑罰は恐怖を与えることに優れている。さらに、公は外敵だけでなく反逆者を徹底的に粛清して逆らおうと言う気概を削ぐ。有力貴族らを酒宴に招いて皆殺しにしたり、病人を焼き殺したり、貴族も敵兵も犯罪者も片っ端から串刺しにする。とても真似できぬし真似したいとも思わんが」
「念押しするけど、褒めてるんだよね?」
「当然だ。手段はどうあれ帝国の強大な軍事力から独立を保っている、素晴らしい君主だ」
オノグルだって決して豊かな国ではないし、帝国の脅威を感じている。同じような立場に、シンパシーを感じているのかもしれない。
「兎に角、これで万国で流通する通貨が大量に手に入ったね」
売るのが聖堂、内装だけと言うのがポイントだ。土地はオノグルのものだし、土台は完成しているので新たな屋敷や隠し部屋を作ることもできない。出入りする人目も多い。教会とは名前は立派だが結局のところただの空間だ。例えば地震が起きて教会が崩れてしまえば、土地を持っていれば価値があるが、空間では何の権利も主張することができない。
「加えて、内装を作るために自国から職人を連れてくるだろう。外国に何人も送り込むわけにはいかないから、現地で人夫を雇う必要がある。外国の職人の下請けをしながら技術を学ぶことができれば、新たな技術の発展にもなる。しかも材料は運搬に時間がかかるので現地調達することになる。その時、ピンズ銀貨の取引だけに限定すれば、手持ちの外貨を両替する必要がある。これでまた外貨が手に入る」
話をまとめた外交官の大手柄である。
「旦那が帰って来るならゾフィアも喜ぶであろう」
オシドリ夫婦と評判の伯爵夫人の顔を思い浮かべながら女王が呟くと、ウィルは気まずげに「あー」と遮る。
「夫人には申し訳ないけど、ウレグさんにはすぐに教皇の元へ旅立ってもらう」
「何故だ。聖堂は高値で売れたのでは?」
「ヴァラヒアの宗派を知ってる?」
ヴァラヒアもオノグルもエースターも救世主教の国ではあるが宗派が違う。救世主教が生まれてから千五百年くらい経っているが、長い歴史の中で考え方の違いから分裂してしまった。神の御子が重要だと言う宗派もあれば、その弟子が大事、聖母の方が大事だと言う宗派もある。最近は聖書に帰ろうと言う新たな宗派も出てきた。
「オノグルは教皇派、ヴァラキアは正十字派だ。さて問題だ。教皇派の国に正十字派の教会ができたら、教皇はどう思う?」
当然、面白くはないはず。
「……まさか」
「教皇は幾ら出すかな」
ウィルは舌なめずりせんばかりだ。教皇は、教皇派の最高権力者である。その教皇を奉じる国の首都に正十字派の教会が立つとなれば、何としても阻止するだろう。どれほど大金を積んでも買おうとするはず。
「あの悪魔公の財布を種火にしたということか?」
隣国の悪魔公の恐ろしさをよく知る女王は目を見開いた。
「公は全てをご存じの上で大金を出してくださったんじゃないかな」
「そんな馬鹿な」
女王に一蹴されたものの、ウィルは自信満々に自説を唱える。
「ヴァラキア公は帝国の使者をピン止めにして以降、帝国から幾度か進軍を受けているんだろ? 焦土作戦などで自力で退けてはいるが、オノグルの助力も欲しいことだろう」
「父兄の仇とは言え、冷徹な公ならば我が国に恩を売る提案を受けると考えたわけか」
そこまで読んだ上で先に外交官にヴァラキアへ行かせたのか、とイロナは呆れた。相手もこちらの思惑を読んだ上で呑んだ。にこにこ笑いながら悪魔公と教皇を手玉にとる青年を眺め、どうやらとんでもない男を味方につけてしまったようだなと思った。




