第二十三章 オークション出品
「おはようございます、だ……」
ドリナが言葉を詰まらせたまま仰天している。自分の仕えている旦那様が掃除婦の格好で三角巾を結びながら現れたら、如何に完璧な侍女でもそうなるだろう。
「って言うか旦那様、戦争起こるから逃げたはずでは」
凍り付く使用人たちの陰でローザが勝手なこと言っている。
「何言ってんの、戦争は起きないよ」
そうだと言う事実ではなく、そうあって欲しいと言う願望、そうするものかと言う決意だけれど。
「それに、逃げないって決めたから」
行く手には百匹のドラゴンがいる。しかし、退却の選択肢を捨てた。ここを墓場にすると決めた。どんなに困難でも、生き残るにはを一個一個片付けていくしかない。
「逃げずにやることが掃除? ただの掃除、じゃないですよね?」
「ああ。掃除は副産物、主目的は家探しだ」
最も重要な小麦は手に入った。だが、オノグルが他国から輸入しているのはそれだけではない。肉料理に必要な香辛料、冬に必要な毛織物、木炭等の暖を取るための燃料。
「諸外国と取引するには外貨を得なければいけない。それも今すぐ大量に」
外国に支払うのは外貨。為替取引が期待できない今、獲得の手段は限られている。
「だから片っ端から売れそうなものを探す。このセンス悪い壺なんか良いんじゃないか?」
廊下に展示してあった陶器のツボを指さす。運びたいので人手を借りたいのだが、侍女は力なく笑っているだけだ。
「旦那様はお馬鹿ですぅ」
「何もしないことが賢いって言うんなら俺は馬鹿でいい」
ウィルは自分が天才かどうか、もう自信がない。天才と言うのは、数式を解くみたいに未来のこともわかるのだろう。けれどウィルにはわからない。だから目の前のこと、今できることを我武者羅にやる他ない。
「うじうじしていて何か変わるわけ? 奇跡が起こって、誰かが助けてくれるわけ? そんなわけない。動かないと何も変わらない。まだやれることがある。なら、やるしかない。やれることを全部。諦めるのはそれからで良い」
ローザは見直したという目をした。……いや、勘違いだった。珍獣でも見るような目つきだ。
ウィルは構わずモップを担いで廊下を進んでいった。目ぼしい部屋を物色し、窓を開け放つ。夜とは違う刺す様な冷たい空気が入って来る。室内の備品、壁のタペストリーや絵画も外し、廊下に出す。続けて埃の溜まった床をモップで磨く。
物品は室内に戻し、目ぼしいものだけ紙を貼るなど印をつけて次の部屋へ。そうして印をつけた物品を他の使用人たちが運んでいく。
片付けの極意は一か所に集めることらしい。貴重なものは盗まれる可能性もあるので、鍵がかかる部屋でないと不安だ。ということで空き室の備品や減らしても構わない調度品などは宝物庫に集めた。
ドリナには備品台帳を持ってきてもらい、特徴や年代を見比べながら一つ一つ照合していく。オノグル語の読みはまだ少し苦手なウィルはその辺は他人に任せ、はたきで剥製の埃を払ったり、雑巾で家具を拭いたりしている。
「これ、どこに運べば良いですぅ?」
意外に手伝ってくれる気らしく、ローザは小さな額縁を持って来た。
「これ、贋作ですね」
絵を眺めていたドリナが呟く。
「すげぇ。わかるんだ?」
「サインの形が違います。背景のタッチも荒い。本来はもっと人物が生き生きしています」
興味を惹かれたので覗いたが、ちっともわからない。そう言えば彼女は良いとこのお嬢さんだった。小さい頃から芸術品に囲まれて育ったのだろう。目利きができると言うのは有難い。
「うわっ!」
筒状のものを雑巾で拭いていたのだが、埃が取り払われ顕わになった中身に腰を抜かす。細長い棒状で、色は灰色だが先の方にツルツルの扇型の……爪がある。人の手だ。
「手のミイラですぅ」
悲鳴を聞きつけ、近くにいた侍女たちが駆け付けた。
「恐らく聖遺物でしょう」
「セイイブツ? 何です、それ」
「多くは聖人の遺体……とされているものですよ」
「されてるってことは本物じゃないってことですぅ?」
「大抵偽物ですよ」
二人の若い女性だが、遺体を前に実に肝が据わっている。穏やかな口調で淡々と説明する声を聞く内、ようやくウィルも動転した気持ちが落ち着いてきた。
「それ、何か役に立つんですか?」
「奇跡を起こすと考えられてるそうです。願いが叶ったり、病気を治したり」
「嘘ですぅ。どこかのおじさんの死体の破片にそんな力はありませんよぅ」
「まあ、ローザは慧眼ね」
「ケーガン? えへへへへ。それほどでもありますぅ」
女たちは和やかに、聖職者が聞いたら激怒しそうなことをくっちゃべっている。
「重要なのはそう考えられていると言うこと。持っていると拍付けになるので、聖職者や王侯貴族たちが人脈や財力や権力を駆使して競うように聖遺物を手に入れようとするの」
彼女の話の通り、十字軍と呼ばれる連中は墓を掘り返して、名もなき遺体を切り刻んで聖人の遺体だと言って売りさばいている。
「ひえー。聖人って気の毒ですぅ。死んでからもバラバラにされるなんて」
ウィルも同意見だ。ついでにとばっちりで切り刻まれている遺体のご冥福を祈りたい。
「でも、なんでこんなものが?」
「イロナが集めたのかしら? 教会建てる時、祭壇に飾ったりしますし」
「それはないですぅ」
「それもそうだな」
「そうですね」
奇しくも、三人の意見が一致した。
「これだけ埃かぶってたってことは、前の王様の趣味じゃないですぅ?」
「そうかもしれません。信仰熱心な方だったそうですし」
「だろうね。イロナさんが神頼みしてる姿なんて想像つかないな」
「私がなんだ?」
すぐそばに女王がいた。錆びた甲冑の影になって接近に気づかなかったらしい。
「イロナさんが格好良くて素敵な女性だって話してただけだよ。ね?」
噂をしていた気まずさから同意を求めると、二人もこくこく頷いた。
「ところで、どうしたの?」
「自分の家が断捨離されていたら、普通見に来ぬか?」
真意を問えば、返って来たのはとても理に適った答えだった。
「臣下たちが、片付け過ぎだと訴えて来てな。個人的には、民が凍えるくらいならば、ここにある額なり家具なり火にくべれば良いとは思うが。一国の王が見すぼらしい宮殿に居ては民たちも情けなかろう。他国の王族も招くのだ。あまり物が無くなり過ぎてしまうと示しがつかぬ」
勝手には処分するな、と釘を刺されてしまった。それにしても、相変わらず自分のことは二の次だ。自分が高級品に囲まれていたいとか、そんなことは頭にもないのだ。
「俺だって一切合切売ろうとしているわけじゃないよ。加減は弁えているつもり。国王の肖像画とかはこの城にあることで価値が生まれると思うし。念のため後で処分するものに目を通してほしい。因みに残したいものとかある? コレクションとか、思い出の品とか」
「特にないな」
「イロナさんは欲が無いんだね」
「そうか? 私は強欲なほうだと思うが」
「そうなの? 例えば何が欲しいの?」
「オノグルに暮らす者たちが飢えることなく、健やかに生きてくれることだな」
思わず苦笑してしまった。
「それのどこが強欲?」
すると女王は心底不思議そうに。
「自分ばかりでなく、他人の幸福まで望むのは強欲ではないか?」
この人は、きっと本気でそう思っているのだと胸が暖かくなる。
「なんですか、これ」
近くでローザが石像の埃をはらっていた。手足は二本あるし、人物像のようだが……ぶっちゃけ何なのかよくわからない。
「これはすごい! 巨匠マイアーノの晩年の作品です!」
「このガラクタが? こんなのあたしでも作れそうですぅ」
ドリナは興奮しているようだが、ローザは不可思議な顔で無遠慮に蔵の腕を掴む。
「不用意に触れては駄目ですよ。ゲルト銀貨壱千万枚はくだらない代物ですよ」
「せん……」
オノグル通貨の価値が不安定な今、ゲルト換算してもらえるのはありがたい。あまりの額にローザは暫し言葉を失い、まじまじと像を見つめ、やがて首を振った。
「ケーガン返上です。芸術は意味不明ですぅ」
その様子を見ていた女王が呟く。
「売る術を考えねばなるまい。このガラ……傑作を買いたたかれては適わん」
「いやこれ絶対、腐った魚より役に立たないですよぅ!」
――今、イロナさん、ガラクタって言いかけたよな?
審美眼は部下と一緒のようだ。たぶん興味が無いのだろう。かく言うウィルもピンとこない。
「だったら競売が良いんじゃない?」
不特定多数の中には物の価値がわかる人もいる。競り合えば値段もつり上がるだろう。
「競売か。我が国ではあまり一般的ではないな」
「エースターの王都ではオークションが開かれてるよ。外貨も手に入るし、オノグルより買い手も見つかる。俺、親戚に頼んで紹介状を書いてもらうよ」
ウィルは子爵の伯父を思い浮かべた。
「で、誰が売りに行く? 誰が出品するかって重要だよ。幾ら競売と言ったところで、こんな彫刻、俺みたいな貧乏学生が出したらただのガラクタだし」
「うむ。他国にも顔が知られている重鎮が売りに行けば商品に信用はあるが、国の威信に関わるな。困窮していると思われ、さらにオノグル通貨のレートが下がる可能性がある」
信頼がない人物が持って行ったら偽物だと思われて買いたたかれる。でも、王宮から来たとバレたら自国通貨に影響が出る。売る人物の選定は結構難題である。
「そうだ、ドリナさんに行ってもらえばいいんだ!」
「え? 私ですか?!」
彼女は将軍家の令嬢だし、実家の物を売りに来たとか言えば信用されそうだ。隣国まで名の知れた英雄の家なら、王から賜った宝物を持っていても不思議ではない。
「ドリナさんが持って行けば、偽物も本物に見えるはずだ」
父の死で生活に困窮した悲劇の令嬢。特に男は同情するだろう。ただの靴より父親が息子を思って作った靴という物語があった商品の方が買いたくなる。相手が美人なら尚更。これならさっきのガラクタとやらも、贋作の絵とやらもまとめて売れ、儲けが出そうだ。
「嘘をつくのはちょっと」
ドリナは罪悪感で胃が痛くなりそうな顔をしている。審美眼もあるので良い案だと思ったが、人を手玉にとれるタイプではない。すると女王は脇にいた侍女に目を止めた。
「ローザ、そなた未亡人になれ」
「あたしぃ、結婚してないんですけどぉ」
「エースターでそう触れ回るだけで良い。そなたは由緒正しい家……トゥーケーシュ侯爵家に嫁いだが夫に先立たれ、隣国へ先祖伝来の宝物を売りに行く、気の毒な未亡人だ」
似合わないにも程がある。だが、ローザならばエースターの紳士諸君を騙しきることができるだろう。因みにトゥーケーシュ家は実在するらしく、最近になって当主が亡くなったのも事実らしい。嘘の中に真実を混ぜると信憑性が増すものだ。
「えー、あたし、か弱い女の子なのに、一人で行くんですかぁ?」
「どこがか弱いって?」
「どこがか弱いのだ?」
「ローザ、泣いちゃう」
一斉に突っ込んだら泣き真似を始めた。しかし誰も慰めない。彼女は腕っぷしの強さはないが強かだ。この程度の誹謗、何とも思ってないだろう。
「だが、一人で行かせる気はない。売上金を運ばねばならぬからな」
「お金じゃなくてローザの身の安全を保証してくださぁい」
「そなたなら何ともなるだろうが、他国故何が起こるかわからぬ。腕の立つ者をつけよう」
「それは、用心棒がいるなら心強いですけどぉ」
あれよあれよと言う間に話はまとまった。
勝手に出国を決められ不貞腐れていたローザだったが、女王が喪服や真珠の首輪を貸すと申し出ると、興味が湧いたのか試着をしたがった。
その後、「喪服まで着こなすなんて、さすがローザだわ」「なんて色気なのかしら」「この国の命運はあなたに託されたの。頼んだわよ」などとドリナに煽てられ、最終的に黒いチュールを引っ張り出し、泣き黒子を描いてノリノリで未亡人っぽいポーズをとり始めた。
一方のウィルは女王立会いの下、売りに行く備品、残す備品を決めていた。財産の管理は割と家政学の範疇だ。ドリナの目利きを元に、自ら算盤を弾く。
「で、合計額はこれくらい」
金貨にして二十五万枚。国民全員を食わせるとして、三か月は持つ。
「これだけあれば一年は戦争を続けられるな」
「戦争資金の調達のためにやってんじゃないから!」
油断も隙も無い、と身震いする。
「だが、何が起こるかわからない。一時的に大金を得たとしても、この状況は長く続くだろう。今回オノグルがため込んだ宝物を処分すれば、切り札を失うことになる」
痛いところを突かれた。女王の懸念に反論の余地はない。
「他に売れそうなものはないの?」
「あれば王宮の持ち物を処分するなどと言う非常識な策を許容すると思うか?」
それもそうだ。王宮の宝は王個人の宝であるが、国の宝でもある。何か他にないだろうか。この国は無駄に広いのだから探せば何かありそうだ。
――待て、無駄に広い?
「そうだ、土地を売ればいいんだ!」
思い付きだが良いアイデアだ。オノグルは草原ばかりだが土地は有り余っている。
「それは最終手段だ。例えばエースター人が国境付近の土地を買ってここはエースターの領土だとか主張し出したら国境が変わってしまう。他国でもそうだが、土地を外国人に売るのは法律で禁止している」
言われてみれば納得だが、軍人らしい視点だ。
「……なら、建物だけに限定したら?」
「それも究極の選択肢だな。例えば、外国人が王宮付近の土地を買ったとしよう。中で何が起こっているかわからぬ。改造して武器を隠し持っているかもしれぬし、兵を集めているかもしれぬ。ある日王宮に向かって侵攻しても不思議ではないぞ」
戦闘ばかりの穿った見方だと思うが、あらゆる可能性を考慮する、これが危機管理と言うやつなのだろう。ならば、と周囲を見回し、ウィルは作りかけの教会を指さした。
「あれ、売っちゃえば?」




