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第二十二章 とんだ再会

「相手は少数だ!」


頭領と思しき無精ひげを生やした男の大音声が、彼の部下と自身の怯む心を叱咤する。

盗賊たちは剣を抜いた。そこら中で甲高い金属音が響く。しかし、寄せ集めのごろつき共が訓練された歴戦の兵たちに敵うわけがなかった。ミクローシュが祖と同じメイスで敵の頭部を殴りつける。テスが不利なはずのタガーを器用に操り、馬上の相手の刃を受け流す。イロナはテスに切りかかる敵の背後から鎧の隙間に刃の突起を引っ掛け、馬上から引き摺り降ろした。

数の利があるはずの敵は次々にその数を減らしていた。


「くそっ」


毒づいた頭領は馬首を巡らし、ハルバートの射程外である左側をすり抜け逃げようとする。さらにはすれ違いざまに一太刀浴びせんと自身の槍を突き出した。しかしそれを左手で抜き、半分鞘に入れたままの剣で防ぐ。イロナの師は両手で自在に大剣を操る英雄、この程度は造作もない。

黒馬は軽やかに方向転換すると、頭領の馬を迅速に追い始めた。自身も鎧で武装され、かなりの重量を負うはずのその脚はとてつもなく速い。

背後からの攻撃に対処できるはずがない。頭領は迫る蹄の音に覚悟を決める。素早く転回するとイロナへ向かって突撃した。相手の武器はランス、馬の速度を味方に相手を突き刺すことに特化し、時には鋼の鎧をも穿つ武器である。


馬上の勝負は、ほぼ一瞬で決まる。

胴体を目掛けて突き出されたランスとハルバートが上段で交わる。しかし頭領もさる者、競り合いを解くと、鎧の切れ目がある喉元目掛けて鋭い突きを繰り出す。次の瞬間。


――頭領の巨体は馬の背から落ちていた。


イロナは相手の突きを柄で受け、相手の伸びきった腕、その延長戦上の脇に自身の肘を引っ掛け、馬の勢いを借りて投げ飛ばしたのだ。

地面に引き倒された頭領へ、最初から馬に乗っていなかったテスが腐肉に群がるハイエナのように飛びつき、素早く武器を奪い無力化する。


もう大勢は決していた。ミクローシュに指揮された兵たちが逃げ出した残党を狩ろうと四方へ馬を駆けている。


「大丈夫だったか?」


イロナはハルバートを納めると馬を降り、行商人と思しき夫妻へと歩み寄る。命を救われたこと、精々派手に宣伝してくれれば、と言う下心もあった。

しかし、相手の目鼻立ちが視認できる距離まで近づき、息を呑んだ。御者席の女はさっとスカーフに顔を隠したが、付き合いの長い顔。見間違えるはずがない。


「ドリナ?! と……」


荷車の上で荷を押さえていた黒髪の男が振り向いた。


「あは。イロナさんありがとう。とんだ再会になっちゃったね」


目が合うと、青みがかった灰の瞳でへらりと笑う。


「え? もしかして陛下と婚約してたって言う?」


テスは目を丸くしつつ、そっと後ろ手を動かす。革の擦れる音がした。


「止めろ」


背後で刃を構える部下を制止する。何故こんなところに、とイロナは怒鳴りたかった。見つけてしまった以上、王を裏切った人間は処刑せねば示しがつかない。

婚約者だった男を睨む。


「何のつもりだ。それに……」


腰に差した剣で先ほどの道に落ちた、麻袋に包まれた荷を切り裂く。


「なんだ、これは!」

「小麦」


零れ落ちたのは、殻がついたままの麦だった。収穫を終えたばかりなのか、房がついたものもある。積まれた麻袋の一つを手で叩き、ウィルは胸を張る。


「イロナさん好きでしょ?」

「好きか嫌いかと言われれば好きだが。いや、そう言うことではなく」


明らかに困惑している女王に明るく笑いかける。イロナは珍しく頭を抱えた。


「まさか、渡した金で買ってきたのか?」

「いいや、物々交換」


元々、輸出するはずだった小麦がエースター国内で出回り、値崩れが起きかかっていた。

そんな農家へ親方の靴を荷車に積み上げて持って行ったところ、快く交換してくれた。そもそもエースターでは小麦を作る農家も、小麦を扱う商人も革靴を履いてない。需要はあった。しかも通貨を介してないので関税は取られない。自画自賛できるほど良い取引だ。


「ピンズ安で商売にならなくなって燻ってたオノグルの商人たちにも、靴と交換して小麦を持ってくるように声をかけてるんだ。俺の計算が正しければ、親方の靴の在庫を全て小麦に交換できたとして、三五〇〇〇オンス(約一トン)が王都に到着する予定」

「それだけでは焼け石に水だ。王都だけでも、人口は一二〇〇〇人、対岸や周辺の街も合わせればその二倍以上。一人一日一六オンス食べるとして、必要な小麦の総量は王都だけでも一九二〇〇〇オンス(約五・四トン)だ。とても足りぬ」

「全部を購入する必要はないんだよ」

「どう言うことだ?」


ウィルはにやりと、片目を瞑って悪戯っぽく指を突き立てる。


「問題です。ある国で飢饉が発生し、多くの餓死者が出ました。ところが国内の小麦の総量は、国民が飢えずに済むだけありました。では何故餓死者が出たでしょう? ヒントは、餓死者は貧しい人ばかりでした」

「……商人による買い占めか」


女王の答えに、「正解」と手を叩く。

希少な商品なら価格が高くなる。百個ある宝石より、一個しかない宝石の方が価格は高い。だから時折商人は九十九個の宝石を買い占め、流通を制限する。そうすれば宝石の価格は上がる。ただ、宝石なら、商人がどれほど高い価格で売ろうとしても、大富豪がこれ以上出せないと言う価格がある。宝石はお互いの妥協する価格で売れるだろう。誰も買い手がいなければ上手くすれば価格が下がるかもしれない。


だが小麦は食糧、必需品だ。どれだけ価格が上がっても、では諦めましょう、とはならない。そして小麦が高くなったとして、飢えるのはその価格帯で購入できない人たちだ。金持ちはどんなに飢饉になっても飢えない。


「確かにオノグルに入る小麦の流通量は少なくなっている。でも、国内で生産されている小麦や昨年の在庫があり、全くないと言うわけじゃない」


彼の言う通り、小麦の値は値上がり、買い占めの兆候は現れていた。


「そんな状況で価格の上昇を抑えるにはどうすれば良いか。たくさんあるって示せばいい」


オノグルの民たちは行商人たちが運んでくる小麦を目にするだろう。そしてそれらを王都の店先に並べればどうなるか。小麦の供給が増えると判断されればどうなるか。


「この小麦は公売価格で売るよ。それも買い占められる危険はあるけど、例えば一人一日一六オンス限定で販売すればその危険は下がるだろう。市場で安い価格で販売されたら、買い占めを始めている商人たちも在庫を処分するしかないね。と言う訳で」


ウィルは得意げに胸を逸らす。


「これで冬を越せるね」


女王はそんな彼を恨みがまし気にねめつける。


「……何故、戻って来た」


この男はオノグルに敵意を抱いているはずだ。父の仇を身を粉にして助ける謂れがない。


「おかしなこと言うんだね。戻ってくるのが当たり前じゃないか。だって俺は君の夫になる男なのだから」


ウィルは胸に手をあて、婚約式の時のように朗々と誓いの文句を述べる。


「良き時も悪き時も、嬉しい時はともに喜び悲しい時は寄り添い、死が二人を分かつまで、あなたと共に歩む」


つかつかと歩み寄り、男の顎を掴んだ。もう片方の手で、腰に収めた剣の鯉口を切る。


「その結果、死ぬことになってもか?」


女王は、愛の睦言を受けるには相応しくない凍える眼をしている。


「小麦の輸入が滞り、エースターへの悪感情が膨れ上がれば、君はその矢面に立つ。裏切り者の烙印を押し、その首を切って国境に飾れば、さぞ戦意高揚に役立つだろう」

「だから何? その程度の脅しで俺を遠ざけられると思ったら大間違いだよ」


吊り上げた唇はひくつき、顎を掴む手からは微かな震えが伝わってくる。それでも、武人でもある女王を見据え、笑みを維持し、首を預けている。

この男は、女王が自分を殺さぬと盲目的に、楽天的に信じているのではない。イロナに殺されても良いと思ったから戻ってきたのだ。


「何故だ? 何故そこまで……」


ひ弱な男の啖呵に、どんな強敵にも向かっていく鋼の女が狼狽える。その表情はまるで少女のように無防備だった。

ウィルは自分の顎を掴む手を優しく解き、その手を両手で包み込む。


「自分の食事よりも顔も知らぬ民が飢えないか心配している。犠牲が必要と言いながらいつまでも犠牲者の家族までも気にかけている。自分のことを平気で後回しにしている」


この男は馬鹿だと思った。報われる保証なんてない。イロナはっからこの男を夫でなく人材として招いたのだ。それなのに。


「だって仕方ない。そんな君を一人にしたくないと思ったんだから」


男は自分の前に立っている。自分と家族になりたいと嘯いている。


「食事の時に他愛ない話をしたいし、君が背負っている重荷を少しでも分かち合いたい」


そんな家族知らない、と喚きたかった。家族と居たら痛めつけられるだけだ。家族と居たら傷つけるだけだ。だからは自分は一人でいい。家族なんて、自分には必要ない。

なら何故、この手を振りほどけないのだろう。


「俺は家政学を、家庭も国家も上手く運営する方法を学んできた。誰と家族になるかは学ばなかったけど、君がいい。

因みに、家庭生活にはお互いの合意と努力が必要なんだけど、俺の努力で当分は戦争を起こす必要はなくなったはずだ。次は君の番。今すぐ戦争の準備を止めてくれる?」




ウィルは馬車を降りると、落ちた麻袋を小麦を荷車に積もうと奮闘している。手助けをしようと腰を浮かしかけた乳姉妹を、女王が呼び止めた。


「そなたも、何故戻ってきた? 付き合いの長いそなたなら私の考えを察したはずだ。あの男を気に入っていただろう? 優しいそなたなら、むざむざ死なせるはずはないと考えたが見込み違いだったか?」

「フラれたわ」


は? と口を開けたまま女王の時が停まる。ドリナは口元を覆っていた布を取り払うと、大げさに溜息をつく。


「他になんと言えと? 一緒に逃げてあげるって言ったのに彼、自分を殺すかもしれない婚約者と居たいって言うんだもの」


青年の腕力では小麦の袋を持ち上げられない。あまりのひ弱さに兵たちが腹を抱えて笑っている。むっとしたウィルが「じゃあ、あんたはできるんですか?」と問うと、ミクローシュは仕方なしに馬を降り、二、三袋担いで、片手でひょいと荷車へ放り投げた。ウィルは塩でも舐めた山羊のようにいじけている。

イロナは何か言おうとして失敗し、不器用に唇を歪めた。


「……女を見る目が無いな」

「全くね」


ドリナは力ない笑みで同意する。その後、ふと真顔に戻った。


「死んでも良いから添い遂げたいなんて殿方ってそうはいないわ。大切にしてあげて」

「王の言は重い。守る宛ての無い約束など出来ぬ」

「あなたね……」

「だが、最大限の努力をしよう」


姉妹同然に育った女王が生真面目に宣言するので、侍女はやれやれと唇を緩めた。


「今日のところはそれで勘弁してあげるわ。けど、あんまり情けないことばかり言ってると、奪ちゃうから」

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