第十七章 再交渉
「とまあ、教会の一件から、一国の女王としても将来の妻としても、そんな台詞を吐かせてはならないと思う次第でありまして」
オノグルは周囲が平原のせいか、空は広大で、際が白く、天はより青い。そんな晴天の下、庭園の東屋ではお茶会が開かれていた。正面に居た外交官の妻、ウレグ伯爵夫人はふふっと上品な笑い声を扇に零した。
「あの子ったら相変わらずね」
白い撒き毛が印象的な彼女は夫と共に先王の代から仕えており、王宮に出入りが許されていたらしく、幼い女王との面識もあると言う。
「小さい頃から現実的で妙に悟ったところがある子でした。愛人の子と言う複雑な立場がそうさせたのでしょう。当時は本妻やその息子と言う敵が王宮にいましたから、常に周囲の顔色を窺い、達観する思考の癖がついているのかもしれません。
とは言え、我々がそうした扱いを受けて来たのも事実ではあります。夫が各国で受けた扱いをお話しますと、今日のお茶会の時間が終わってしまいますわ」
「外交官の夫君にもそんな態度を?……頭が痛いな」
外国官はその国の顔であり、赴任先の国とその国とのパイプでもある。赴任先の国々は少しでも自国に有利な取引をさせるよう、率先して優遇するはずである。外交官がそのような扱いならば、他のオノグル人はどれほどの扱いを受けているのだろう。
「俺はそんな状況を少しでも改善したいと思ってます。輸出品はこの国を知ってもらうきっかけになるはず。期待してますよ、ゾフィアさん」
本日お越しいただいたこのウレグ伯爵夫人は国内でも顔が利き、近隣の領の特産品を紹介してくれると言う。輸出品になりそうな革靴は色よい返事がもらえなかった。至急、代替品を探さなければならない。
「微力を尽くしますわ」
エースターと接する国の西部は、救世主教圏の文化に追いつけ追い越せで服装や外見上の違いはほぼ見当たらない。しかし東部は、騎馬民族だった昔の暮らしや独自の伝統が残っている。そう言う場所にこそ目新しいものがあるのでは、と言うのがウィルの考えだ。
「ウレグ夫人の頼みで来ましたが、うちの領は田舎ですよ? 大したものはありませんが」
そう言って、令息は金属でできたドロンブと呼ばれる口琴を披露してくれた。柔らかだが力強い音がする。しかしこれを輸出できるかと問われると……微妙である。
彼を皮切りに、集まった人たちは台形の箱の中に弦を張ったツィンバロムと言う楽器を演奏をしてくれ、古くから伝わる舞踊だと言って軽快なステップを見せてくれた。
最後に夫人が紹介したのは、見るからに野暮ったい女性だった。衣服は貸衣裳屋のものだと一目でわかるほど色あせているし、顔は小麦色に焼けている。ウィルも一皮向けば貧乏学生だが、彼女も貴婦人と言うよりは農村の女性と言う方がしっくり来る。
よろしく、と挨拶をするとにかっと歯を見せて笑った。
「うちの領には珍味があります。是非、食べていただきたくて持って来ました!」
運ばれてきた銀のクロッシュを持ち上げる。真っ黒な複眼、長い触覚に黄色と黒の身体、くびれた胴体に膨れた尻と細長い手足。白い皿の上に指先ほどのソレがうじゃうじゃいる。蜂だ。さすがのウィルもそのグロテスクさに頬を引きつらせた。
「揚げ立てですよ。味はシンプルに塩だけ。はるばる領から持って来ました! 今朝巣穴から一匹一匹抜き出したんです。勿論、食べてくださいますよね?」
ウィルは無言でフォークを手に取った。顔を青くしたゾフィアが袖を引く。
「無理はしなくても……」
彼女の気遣いはありがたい。しかし目の前の女から明白な敵意を感じる。敵国出身の男への嫌がらせ。文明国の優男が悲鳴を上げて拒絶する、そんな反応を期待されている。ウィルは平気な顔でなるべく虫を見ないように口に入れ、ごりごりと噛み砕いた。
「味は香ばしいね」
小さなエビにどちらかと言えば似ている。
「グロイのが難点かな。料理として売り出すなら見た目も愉しめないと」
「あっははは、まさかマジで食べるとは思わなかった」
ウィルが穏便に収めた感想もどこ吹く風で、膝を叩いて笑っている。
「あんた、思ったより肝が据わってんね。見直したよ」
‡ ‡ ‡
「へー、これで革を切るの?」
蜂を食べてから数日後。口の中がまだイガイガしている気はしているが、ウィルは再びヴァルカ靴工房を訪れていた。やはり現状の打開策は靴しかないと改めて思ったからだ。
エースター嫌いの親方の不在をいいことに家屋に上がり込み、手持ち無沙汰に職人たちの間を回り質問しまくっていた。最初は親方の手前、おざなりに対応していた職人たちも根負けし、「やってみたい」と言う青年のために道具やエプロンを用意してくれた。革に描いた線に沿い、ヘラのような形の革包丁を走らせる。
ウィルは切り抜いたばかりの靴のアッパーをしげしげと眺めた。
「旦那さん筋が良いですね。このカーブは素人には難しいんですよ」
「俺、靴を作る才能があるかもしれない」
職人たちにヨイショされ、煽てられると自惚れるウィルはすぐその気になってしまう。
「王配を首になったらこの工房で雇ってくれる?」
「誰が雇うか」
どすの利いた声に、周囲にいた職人たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「やあ親方、遅かったですね」
ウィルはにこやかに、旧知の仲であるかのように挨拶する。
「懲りずに来たか、雑巾だけじゃ足りなかったらしいな」
「まあまあ、そう怒らず。奥で話しましょう」
「おい」
職人たちの前で言い争うのを避けるため、そして危険物が飛んでくるのを避けるため、ウィルは親方の背を押し勝手知ったる顔で奥に移動させた。そこは居住スペースになっており、台所に椅子と机があるのを目にし、これ幸いとばかりに腰掛け向かいに親方を座らせた。妻らしき年配の女性がお茶を出そうとするのを親方が「必要ない!」と一喝する。
壁に黄ばんだ絵がピン止めされていたのが目に付いた。街角の絵描きにでも描いてもらったのだろう。親方がしゃがみ込み、十代くらいの二人の息子の肩に手を置いている姿が木炭で描かれている。
「話なんか聞かねェぞ」
絵の中の親方は優しく笑み、父親の顔をしていた。向かいの親方は全身で拒絶している。
「今日は教会にお出かけになったそうで。なんでも孤児たちに、弟子たちが余り物の革で練習用に作った靴を持って行っているそうじゃないか」
「それがなんだって言うんだ」
お布施変わりにしているので感覚がおかしくなりそうだが、革靴は本来高価なもの。エースター人なら一足持っていれば良い方だ。
「もしかして、靴が余ってるんじゃないか?」
戦時中の大量生産体制のまま過剰供給をしているのかもしれない。紳士靴なら一人何足も必要ない。オノグル中に靴が行き渡ってしまい、在庫を抱えているのだろう。
「だから息子を殺した国の連中に売れって? 絶対に嫌だ」
「どうしてそこまで拒絶するんだ? エースターってだけで。そもそも先の戦争はオノグルの侵略戦争。そちらが国境を侵して攻め込んで来た」
家族を亡くした男にかける言葉ではないが、ウィルの中の冷めた部分がそんな言葉を吐かせた。エースター人として、一方的に悪者にされるのは納得がいかなかった。
「元はと言えばお前の国の王がオノグルの王冠を返さず、あまつさえこの国の領有権を主張してきたのが悪いんじゃねェか!」
「一般市民からすれば関係ない。ある日オノグルが突然侵略してきたんだ」
「お前らの理屈なんか知るか!」
「そうだな。この話題は止めよう。お互いにはお互いの言い分がある」
どちらかの言い分のみが明らかに正しければ、兵士の士気は低くなる。大義名分がなければ戦争は起こらなかっただろう。けれど不完全燃焼だった親方は挑発を続ける。
「はっ。優等生のコメントだな。喧嘩両成敗ってか」
「それを言うなら……息子さんを亡くされた親方のことを気の毒に思うけど。息子さんだってきっとエースター人を殺した」
「何をわかったような口を。お前に何がわかる!」
油で爪が黒くなった親方の太い指が襟首に掴みかかる。ウィルは平然としていた。
「あなたの気持ちが全てわかるわけないけど。俺の親父はオノグル軍に殺された」
投下した爆弾に、親方は暫し黙り手を放した。
※靴について
この物語はフィクションです。実在の国、特産品とは異なる可能性があります。




