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第十四章 道を拓く術

「そうして私は軍への入隊を志願した。女が王になれると証明するためには、戦争で名を上げるしかなかったからだ」


女王は外したばかりの革の馬具を片付けつつ、そう締めくくった。馬たちは土床の木で組まれた個室で干し草を食べている。獣の匂いのする厩までの道のりは大層長かった。


「最初は王女のお遊びだと馬鹿にされましたが、父の後ろ盾もあり、兵法を学んで実績も積み、めきめきと頭角を現しました。後のことは知っての通りです」

「それで……」


ウィルはようやく合点がいった。女王は私利私欲のために王位を簒奪するような人物ではない。でも、誰かのためと言うならば行動を起こすだろう。


「話の流れとは言え、そなたのことを喋り過ぎた。すまなかったな」

「元は私が話し始めたことよ。それに、私のことは王宮の誰もが知っていることだもの」


互いを思いやる彼女らの言葉。辛い過去を語ったのは主に女王だった。彼女はドリナに話させまいとした印象を受けた。過去の傷は、まだ生々しくそこにある。傷つけられた女は、まだ消化しきれてないのだ。


「男が怖いって……ひょっとして、今も?」

「はい。だいぶマシになりましたが、特に初対面の方だったり、背後に立たれたりすると恐怖を感じることがあります」

「そうだったんだ。俺とこうしていることも怖い?」

「それが、旦那様は何故か平気なんです」


本人もわからないらしく、「同僚すら慣れるまで時間がかかるのですが」と首を傾げている。もしかして自分がひ弱すぎて男としてカテゴライズされてないのでは、とウィルは心が沈んだが、ドリナさんが怖くないなら良いことだ、と自分を納得させる。


「我々親子はイロナに呪いをかけてしまいました。良き王れと。玉座は見栄えは良いが孤独なものです。私たちは闇の中に放り出し、一人で居ることを強いました」


侍女の声にいつもの穏やかさはなく、深い悔恨がある。


「ふざけるなよ。私は自分の道は自分で選べる。王になりたいから王になった。そなたのことはきっかけに過ぎぬ。自惚れるな」


きつい言葉は乳姉妹への気遣いと優しさの裏返しだ。少なくとも女王は自分の行動の結果を、誰かに責任を負わせるような人間ではない。 


「そうだよ。ドリナさんは被害者なんだし、全部責任を背負い込むことはない。悔やむことはないよ。オノグルの人たちにとってはきっとはその方が良かったんだ」

「私もそう思いますわ」


オノグルに貢献する国家元首であると褒められ、女王は照れくさそうに話題を転換した。


「納得したか。私に間男はいない」

「あ、そうだね。ごめん」

「パール将軍を例に出したのには他意はない。身近にいる異性であり、彼の名を出せば求婚者共も黙ると思った。何しろ二人と居ない豪傑だからな」


過去が重すぎてどこへ吹っ飛んでいたが、元は女王の理想のタイプの話だった。


「では、私は行く。そろそろ謁見の時間だ」


貴重な休憩時間だったらしい多忙な女王は、宮殿へとせかせか歩いていった。


「女王が他国で何と言われているか、薄々知っています。血も涙もない、冷酷無比の女王。確かにイロナはその手で兄を殺しました。でもあなたには、誤解したままでいて欲しくなかった。イロナは、矛盾しているかもしれないけどイロナは……優しい女です」


去り行く背を眺めながら、ドリナがぽつんと呟く。 


「昔は、馬に乗るのが好きなだけの普通の女の子でした。負けん気は強いけれど、花を踏むのも躊躇うような優しい娘だったんです。私と父はそんなあの子を焚き付け、刃を握らせてしまった。本当は王になんかなりたくなかったかもしれないのに。誰も傷つけたり、殺したりしたくなかったかもしれないのに」


女王と同色の瞳が、凛々しい女王の背からひ弱な青年へと移る。


「イロナは良い王様です。そうでしょう?」


乳姉妹を語る声には誇りが滲む。しかし、その表情はすぐに歪んだ。


「完璧とは言えないかもしれないけど、私たち親子、民の期待に応えてくれた。だからもう充分。いい加減、自分のことを考えて欲しい。誰より幸せになってほしい」


辛い過去から男が怖いと言う侍女のあかぎれた手が、ウィルの手をそっと包む。


「どうか私の大切な姉妹を愛して。イロナを幸せにしてあげて」

「……俺、正直自信ないよ」


いつものように、やったこともないのに自信満々で答えても良かった。けれど、ウィルの口からは弱音が飛び出した。


「どうやら女王の好みのタイプじゃないみたいだし」


その事実が鉛を飲んだように重く胸に沈む。たぶん女王はかつて彼女の背を押し、茨の道を切り開いた英雄のような、頼り甲斐のある男が好きなのだ。


「いいえ、あなたには何かを動かす力がある。父は確かに、力技で道を切り拓いて来ました。でも道を行くのに必要なのは力だけではありません。砂漠を超えるには水を得る術が要る、雪山を超えるには火を起こす術が要る。今まで彼女が行けなかった道も、あなたとなら超えられる。あなたになら、それができる」


彼女は何を根拠にそう言い切るのだろう。だって自分は英雄じゃない。

でも彼女の混じりっ気のない瞳は、そんなこと見越しているようだった。ウィルの本当の輪郭を捉えているようだった。


「俺にそんな力があるとは思えない。でも俺は、許される限り、彼女の傍にいたい。彼女を幸せにしてあげたい」


それはウィルの、偽らざる本音だった。自分でも気づかぬ、心から出た言葉だ。


「ありがとう」


女王の乳姉妹は泣きそうな顔で笑う。


「ドリナさんは良いの? 幸せにならなくって」


それが何だか哀れに思えて、ウィルはつい踏み込んでしまった。


「私はイロナに償わなければならない」


返答する表情は固かった。


「何を償うって言うんだよ。君のことがきっかけだったかもしれないが、イロナさんは自分で道を決め、その結果立派な王になった。それに、イロナさんのことはたった今、俺が任された。頼りないと思うが、この腕で精いっぱい幸せにしてやるさ。イロナさんに自分のことを考えて欲しいって言ったけど、ドリナさんだってそうしても良いんじゃないかな」


侍女として完璧に職務を熟してきた女が、迷い子のように戸惑っている。


「こんな、汚されてしまった私でも、幸せになることができるでしょうか」

「ドリナさんは汚れてなんかいないよ。何言ってるの。そんなこと言う奴らは俺がぶん殴ってやるから。いや、腕っぷしに自信はないから、別の手段になるけど」

「では旦那様、私を貰ってくださいますか?」


ウィルは息を止めた。


「冗談です」

「はっ。重婚を覚悟するところだった」


呼吸を再開した青年に、侍女は苦く笑う。


「旦那様はお優しいですわね。私、今、意地悪を言ったんですよ? 私のように爆弾がある、しかも結婚適齢期を過ぎた女と好き好んで結婚したい男はいないんです」

「だとしたら周りの男に見る目がないんだね。俺はあなたの良い所をたくさん知ってるよ。他の使用人がストライキしても、俺に親切にしてくれたところ。お茶を淹れるのが抜群に美味いところ。頑張り屋だけどそれを周囲に見せないところ。ローザたち目下の人間にも優しいところ。女王を、家族を誰より大事に思っているところ」


指折り数える。かつて王子の腰巾着は彼女を傷つけたのかもしれない。でもそんなことで、彼女の優しさや気高さは全く損なわれなかったのだ。


「こんなに気立てが良くて素敵な女性は滅多にいない。今までフリーだったのが謎なくらいだ。その気になれば相手は山のように群がるから」


ドリナは少し微笑み。


「先ほどお願いしたことと矛盾してしまいますけど。旦那様とはイロナより前にお会いしたかったわ」


と冗談とも本気とも判断のつかぬことを言った。

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