第十一章 ぶりっ子侍女
先日の一件以降、若い侍従に責任を取らせ解雇させたことに反感を抱いていた使用人たちの見る目も変わった。ウィルは“敵国スパイを見抜いて解雇させた”と過分な評価を頂戴することになる。毒殺されかけ、殺されかけ、散々な目にあったが、すべての雨の後には、日差しもまた続く(災いを転じて福となす)という所だろう。
「ちょっとローザ、今日という今日は許さないわよっ!」
そんなある日のこと、彼の指導力を試される事件が起きる。特産品見分後、自室に戻ってきたところ、勇ましい侍女、レカの憤怒の声が聞こえてきた。
「ええぇ? ローザ、なぁんにも悪いことなんかしてないですぅ」
開け放ったドア越しにチラと見えたが、隅の方で一人の侍女が泣いていて、他の侍女たちが慰めている。わかりやすく修羅場である。
咳ばらいをすると、怒りで視野が狭くなっていたらしいレカは「旦那様!」と主の存在に気づいて狼狽える。女の争いに介入すると碌なことはないが、人材教育の意味でもここはびしっと叱らねば、とウィルは勇気を出した。
「王宮の侍女ならいつでも品位を持って行動してくれる?」
「申し訳ありません……」
素直に説教を聞き入れ、しゅんと項垂れる。(約一名を除いて)反省してくれたようだ。
「で、どうしたの? 大方察しはつくけど」
放置しておくと後々問題になるし、と言い訳しつつ、野次馬根性で首を突っ込む。
「聞いてください、旦那様!」
水を向けると、レカは堰を切ったようにしゃべり出す。彼女の話を要約すると、そこで泣いているパンニには好意を抱いている男性がいた。慎み深い彼女は異性に話しかけることもできず、ただただ見つめるだけで終わっていた。ところがローザときたら、そんなことは我関せずで親し気にその男性と話すので、ひそかに心を痛めていた。
そして今日、その男性がローザに贈り物をしているのを目撃してしまったらしい。
「くれるって言うから受け取っただけで、あんなつまらない男、ローザが相手にするわけないじゃないですかぁ」
「ちょっと今の言葉取り消しなさい! その人にも失礼だし、パンニも貶める言葉だわ!」
あんまりの暴言に、レカがいきり立つ。
「付き合ってても怒るくせにぃ。だいたいパンニは彼と婚約でもしてるんですかぁ?」
「違うけど」
「はぁ? それで文句言われるとか意味わかんなぁーい」
「みんなでパンニの恋を応援しようって前に話したでしょう?」
「ローザ、興味ないことは覚えてないしぃ」
「あんたねぇ!」
言い方は悪いが、ローザの言い分も筋は通る。彼女からすればフリーの男から贈り物を受け取ったに過ぎない。問題は普段から不特定多数の男に色目を使っているだけで。
「僻むのもいい加減にしてくださーい。パンを咥えながら曲がり角で異性にぶつかれば自動的に恋に落ちるとでも思ってるんですかぁ? 恋愛小説の読みすぎ。何も行動しないで好意を持ってもらおうだなんて、つくづくおめでたいですぅ」
重なる非難の声に、遂にローザは開き直った。
「そんなこと言ってんじゃないわよ。あなたのふしだらな不純交際を咎めてるんじゃない。結婚する気が無いくせに殿方にベタベタ触りすぎよ」
「意識してもらうにはそれくらいしないと。ボディタッチって簡単に言っても難しいんですよ? あんまり不自然に触っても警戒されるだけだし」
「それがダメだって言ってんでしょ。馬鹿みたいにお世辞言って」
「今時、馬鹿じゃぶりっ子できないんですぅ。男の人って見栄っ張りだから上手く持ち上げてあげないと。タイミングやオーバーリアクションだってちゃんと計算してるんですぅ」
「そうやって媚びを売るのがっ!」
「媚び売れば、相手が自分を特別扱いしてるってわかるじゃないですか。悪い気はしません。好意を持っているってこと、まずは気づいてもらわないと」
なるほど、こうして男を落とすのか、とついつい聞き入ってしまった。
「ローザだって頑張ってるですぅ。身だしなみには気をつかってるし、一生懸命可愛く見えるように、お化粧や見せる角度とか研究したり、時にはいじらしさや気弱さを演出したり、つまらなくても不機嫌でも、男の人の前では愛想良くほほ笑むようにしたり。
なのになんで、何もせず泣いてるだけの悲劇のヒロイン気取りの肩を持つんですかぁ?」
「いくらなんでも言い過ぎでは」
見兼ねて口を挟む。涙を止め呆然としているパンニ。ローザは簡単に言うが性格的に難しい人もいる。例え彼女の言うように努力不足だとしても、これ以上の追撃は可哀そうだ。
「他人をそこまで恋しく思えるパンニは素敵ね。他人のために怒れるレカも、友達思いで尊敬するわ。そんな二人に、年上の私から話があるのだけど、聞いてくれるかしら?」
黙っていたドリナが彼女らの間に割って入った。
「私、侍女として働き始めたころ、人見知りでまともに会話もできないし、仕事もわからなくって、職場でも浮いちゃって。
でもある時、勇気を出して声をかけたの。掃除道具どこですか、とか、そんな些細なことだったと思う。そしたら、親切に教えてくれて、手伝いまでしてくださったの。その時の先輩はもう退職されたけど、それがきっかけで他の人とも打ち解けるようになったわ」
このドリナでもそんなことがあったのか、とウィルは驚いた。
「ローザの言うことも一理ある。待ってるだけじゃダメ。好きになってもらうには、大変でもまずはアプローチしないと。愛情深いあなたたちなら、きっと幸せを掴める」
そう言って微笑み、ローザに向き直る。
「ローザは露悪的だけど根は良い子だもの。厳しいことを言ったけど、色々お話したのはパンニのためにアドバイスしたのよね?」
ローザ性善説にはだいぶ無理があると思うが。
「別にそんなつもりは……」
「アドバイスよね?」
「……はい」
あのローザをも頷かせるごり押しに「ドリナさんつえぇー」とウィルは内心瞠目する。
「いくらパンニのための言葉だったとしても、ローザは誤解を招く言い方だったわ。パンニもレカも、それから他のみんなも、気分を害してしまったわね。ローザにはよく言っておくから、私に免じて許してくれないかしら?」
ドリナさんがそう言うなら、と彼女たちは矛を収めた。敗北感に打ちひしがれる。自分よりよっぽどドリナの方が主人っぽい。しかし今回のことは大変参考になった。
「ところで、男性は真似しちゃダメですよ?」
ボディタッチ、と指をワキワキさせているウィルに、ローザはぼそっと忠告する。
「え? なんで?」
「触れると言うのは一種の求愛行為ですが、男の場合は女の場合と状況が違うですぅ。女性の場合はスキンシップが目的ですが、男性の場合は最終目標を念頭に置いている人が多いじゃないですか。そう言う露骨な下心って女は結構敏感に感じ取るですぅ。
特に女は立場が弱い。男に比べて筋肉はないし、妊娠させられれば出産は命がけです。性的な事をされるかもと感じれば、女は根源的な恐怖を抱きます。関係ができてないうちは嫌がられますぅ」
「では、どうすれば良いですか、ローザ先生」
「まずは、手を握るところから始めて、相手の反応を伺うですぅ」
薫陶を受け、感銘したウィル。その頭に以前から抱いていた疑問が浮かぶ。
「で、そんな恋愛マスターのローザさんは、なんで俺にだけ態度がキツイの?」
「ローザが本気になれば、女慣れてない旦那様のような男はイチコロですぅ。旦那様は女王の婚約者のくせに他の女に惚れたいですかぁ?」
ぶんぶん首を振る。
「でしょ? なら、思いやり溢れるローザに感謝するがいいですぅ」
「へへー」
散々崇め奉ってから、何かおかしくないか、と我に返ったのだった。




