第九章 愛が胃を通らない
エースターの偉大なる先人の格言に『愛は胃を通る』と言うものがある。つまり料理上手は好かれると言うことだが、別に自身が料理上手である必要はないのでは、との仮説を立てることができる。つまり、美味しい食事と特定の人物を結びつけることができれば良いのではないか。例えばデートの度に毎回美味しい料理店に連れて行けば、「あの人に会う時はいつも美味しい料理が食べられる」と学習し、「美味しい料理が食べたい」「あの人に会いたい」「はっ。もしかして、これが恋」となる、と分析している。
食欲と好意が結びつくと考えるのは、ウィル自身がそうだからだ。食べ物をくれる人は悪い人に思えない。彼は経済的に貧しい上に、少ない食事を兄弟で分け合っていた。悪い言い方をすれば食い意地が張っている。そう言う結論にたどり着くのも致し方ないだろう。
そこで夕飯を女王ととる習慣を確立した。「この男と食べる料理はなんだか美味しいな」と思ってくれれば、何も言うことはない。
そもそも、この国に何の後ろ盾もない彼には、女王の寵愛以外に頼りにするものがない。だから良い関係を築くに越したことはない。単に美しい異性に好かれたいと言う下心も否定できないが。
ただ、家政学の徒としては衣食住は真っ先に切り詰めるべきところ。高級な食材を使うわけにはいかないのだが、婚約式のコース料理の際に面識を得た料理長が工夫したり、塩や香辛料の加減が良い時は積極的に褒めるようにしているおかげか、段々とウィル好みの味になってきている。
晩餐に出た牛肉と根菜を長時間コトコト煮込んだスープに舌鼓を打ちながら、かつて兄弟たちと食べたスープを思い出した。何の肉だかわからないうっすい肉と道端の葉っぱを煮込み、色がついただけの水のスープ。目の前のスープとは比べ物にはならないが、それでも肉の切れ端を取り合って弟たちと争いをしたものだ。
「君のところは兄弟仲が随分良いんだな」
話を聞いていた女王は微笑んだ。
「なんで? 聞いてた? 骨肉の争いを繰り広げたんだよ?」
「聞いてた、聞いてた。それで? 勝利した君が肉を独り占めか?」
「いや。結局妹に譲った」
上目遣いで「お肉食べたいな」と懇願する妹に根負けし、結局肉の切れ端は彼女のものになった。家では妹が最強かもしれない。
「君の妹が羨ましい」
女王の呟きには感慨が籠っている。その反応が意外で、ウィルは小首を傾げた。
「そうかなぁ? 絶対こっちのスープの方が旨いよ」
メイン料理が運ばれてきた頃、女王が「ところで」と話題を切り替えた。
「晩餐を共にとりたいとのことだったが、それは同じ時間を共有すれば良いのであって、必ずしも同じものを食べなければいけないと言うことでいいか?」
「そう、だね?」
言質をとった女王は、すぐさま給仕していた侍女に顔を向ける。
「私には明日から別のものを用意するよう、料理長に伝えよ」
顔から血の気が引いた。
「……もしかして、口に合わなかった?」
「食えんことはない」
それはまずいと同じ意味だ。晩餐会の試食などでウィルは美味しいと感じ、料理長を褒めたところ、彼はやる気を漲らせた。この料理もエースター料理を真似たものだが、イロナの望まぬ方向に味が傾いていったのではないか? 誰しも故郷の味が良い。女王は我慢して食べたくもない料理を食べ続けていたのだ。冷や汗を流しながら深く頭を下げる。
「配慮が足らず、申し訳なかった。料理長には君の舌に適うように……」
「あ~、そういうのはいい。別に食えんとは言っておらぬ」
ジャガイモのケーキをナイフで細かく切りながら、慰めにもならないことを言う。
「実は、新しい作物の試食をして欲しいと言われておる」
女王の説明によると、船乗りたちに声をかけ、新大陸や世界中から集めた植物を王宮の温室の一角で実験的に栽培しているらしい。オノグルは雨の少ない、瘦せた土地。そんな土地でも根付く作物が、世界のどこかにあるかもしれないと考えて。
「今、力を入れているのは香辛料だ」
「それは良い! 香辛料なら、乾燥させて保存もできる!」
この国の広大な草原では放牧が盛んだ。売るほど肉はある。しかし輸送には時間がかかり、肉は放置しておけば腐るもの。今までは塩漬けにして売るしかなかった。オノグルは内陸の国のため、船で香辛料を入手することが難しかったからだ。香辛料を自国で栽培することができるようになれば、他国へ肉を売ることができるツールが増える。
「今無事に根がついた香辛料はそれほど水が要らない。元は赤い作物だったのだが、副産物で黄色いものができた。しかし、辛いので交配させ普段の料理でも使えないか研究中だ」
この国の土壌で育つ作物が人々に広まり、腹を満たすことになれば……。
「俺にも明日から試作品をもらえる?」
「良い、気にするな。私の我が儘だ。君は今までと同じものを食せば良い」
「いや。俺も君の婚約者として協力させてほしい」
拳を握る。二人でディナーを楽しむより、試行錯誤しながら新たなレシピを作る、その方が夫婦っぽくないか?
――気持ちを切り替えて、初めての共同作業だ!
次の日、ウィルは声の限り叫んだ。
「まっず!」
何だ、この苦みと辛みが一緒くたになった味は。しかもそれを誤魔化そうとしてビネガーや香辛料をぶっこんであり、これ以上ないほどの不協和音を奏でている。とうてい食べられたものではない。口元をナプキンでぬぐっている間、女王は黙々と口に運んでいた。
「よく食べられるね」
「食えんことはない」
この物体が先日の故郷の料理と同じコメントである事実に、戦慄する。
「相変わらず舌がお馬鹿ですぅ」
水の入ったガラスのコップを差し出しながらローザが呟く。仮にも国王に向かって馬鹿はないだろう。
ウィルはある噂を思い出す。女王陛下は戦時中、一兵卒と同じものを食べていたらしい。美談として語られるが、単に味がわからなかっただけでは?
「ワインは口に含んだだけで産地を当てられるのに、なんでですぅ? 少しは食に興味を持ってくれないと。女王がそれでは張り合いがないって料理長も嘆いてましたよ?」
料理長が妙にやる気になった理由がわかった。料理への叱咤激励があってモチベーションが保てるのに、自国のトップがこれでは毎日さぞつまらなかっただろう。
料理は他国からの賓客をもてなし友好関係を築く、外交に関わる国の大切な仕事。他国の賓客に気の抜けた料理を出して侮られるのはこの国だ。
人には得手不得手がある。俺が頑張ろ、とウィルは決意を新たにした。
さて、残念ながら食事で好意を獲得する方法は期待できないことが判明した。至急、違うアプローチが必要だ。
――まずは情報収集だ!
「イロナさん、好きな食べ物は?」
「ワインだな」
「食べ物だって」
「では、小麦。腹が膨れる」
一緒に食事を食べるのだからメニューの参考にしようと思ったのだが、まさか皿に穀物を出すわけにはいかない。もう味音痴と言う次元じゃない。気を取り直して、別の質問だ。
「ご趣味は?」
オーソドックスな質問だが、例えば観劇と言われたら一緒に観に行こうと提案できる。同じ経験をすることで共通の話題もできる。どんな劇が好きかと問えば会話も繋がる。自分の好きなものなら知識も豊富だし、口も軽くなるだろう。
「昼寝だな」
じゃ一緒に昼寝しよう、とはならない。どんな昼寝が好き?と聞いても話題が繋がらない。軍人だけあって難攻不落過ぎる。これは故意なのか素なのか判断に困るところだ。
そうこうする内にメイン料理が運ばれてきた。ソースがかかったフォアグラだ。美食の国ランクの宮廷料理にも使われる食材で、穀物や干したイチジクを与えて太らせた鴨とかアヒルの肝臓だ。豚や牛より餌も少なく飼育のスペースも要らないので、新たな産業にしようと試験的に飼育しているらしい。
女王は銀のナイフを入れた。かと思うと、刃を一瞥し、テーブルに置いた。
「不味くて食えん」
口付けてないよね、とウィルは思ったが、ローザは何故か「わー、久々ですぅ」と呟く。
「ローザ」
「はぁーい、すぐに手配しまぁーす」
侍女はスキップでもしそうな明るさで部屋を出て行く。出されたものに基本的に文句を言わない女王が珍しい。興味本位でフォークを突き刺すと、「触れるな」と鋭い声が飛ぶ。
「さっさと下げろ」
「そんなに!?」
余程不味かったのか、晩餐はその場でお開きになった。




