心優しき『暴虐』のはなし
昔むかし、あるところに、それはそれは悪い魔法使いがいたそうじゃ。
嵐を呼び、怒れば家を吹き飛ばし、笑えば木々をざわめかせる__そんな恐ろしい女だと、人々は噂しておった。
その魔法使いの名は、----。
「__その魔法使いは、今も生きておる。だから、悪さをしてはならんぞ?
その魔法使いは、悪い事をした子どもをどこかへ連れ去って、あー…そうじゃな…
夜な夜な逆さ吊りの刑とかに__」
「そんな下らねぇ事しねぇよジジイ。テメェから逆さ吊りにすんぞ」
僕の住む山あいの小さな村には、すごい魔法使いがいる。
今お爺ちゃんに悪態をついた、----だ。
彼女はとにかく怒りっぽくて、口が悪い。
「こんな話、信じるなよ。
__信じたら、『逆さに吊って』隣村までぶっ飛ばす」
ちょっとだけ、頭も悪い。
魔法使いなのに。
「オマエ今なんか考えたか?あ?」
「なにも考えてない!」
考えを見透かされたようなことを言われ、咄嗟に言葉が出た。
これでは何か思っていたのがバレバレだ。
「このガキ__」
----は『スープが入った大鍋』をドン!と机に置き、
「隠し事してんじゃねぇっ!」
僕の頭を万力のごとく締め上げた。
「ほっほ、『暴虐』の魔法使いが暴れておるわい。
今のうちにいただくとするかの」
「コラ!クソジジイ!」
締められた頭が痛いけど、続けるね。
僕たちは、小さな村の端に三人で暮らしている。
僕と、お爺ちゃんと、----。
みんな、血は繋がっていない。
僕の家族は、みんな死んじゃっていなくなった。
行くあてのない僕は、途方に暮れていた。
「ガキ、行くぞ」
不器用な言葉が、急に僕に飛んできた。
目の前にいたのは、----だった。
僕はすぐに着いていった。
いつも口が悪くて、
すぐ魔法で当たり散らして、
おまけに、魔法無しでも暴力的で__
なのに、とても安心できる人だったから。
----は、僕が一緒に暮らし始める前からお爺ちゃんと暮らしていた。
血のつながりはないが、家族でもないらしく、
「ジジイはジジイだよ。気にすんな」
とだけ言われた。
僕も別に気にならなかったので、それから特に聞かなかった。
パッと万力が離れる。
ものの数秒程だっただろうか。
「食いながら、今隠したことアタシに話せよ」
そう言いながら、----は僕の分のスープをよそってくれた。
僕の好きな鹿肉と、僕の嫌いな人参がたくさん入っている。
----の方を見ると、彼女はニシシッと笑った。
本当に、どこまでも優しい『暴虐』の魔法使いだ。
----は普段、ギルドに行って冒険者として活動している。
僕とお爺ちゃんは冒険者は無理なので、村の手伝いなどをしてお金をもらっている。
「ガキもジジイも、村をウロチョロしてると目障りだろうがっ!」
大人しくしとけ!なんて言っていたけど、僕たちがそれを無視してずっと続けていると、
「…勝手に、しろよ」
とだけ言って、それから何も言わなくなった。
「じゃあ、行ってくるな。
ジジイは安静にして寝とけよ」
そう言って、----は風に乗って街の方へ飛んで行った。
今日は村長の家にお使いに行って、それから村の公民館を掃除する日だ。
爺ちゃんは、寝起きに腰をやってしまったらしく、今日は不参加。
なので、いつもより張り切ってやらなければならない。
僕は、今日の仕事に考えを巡らせながら、村長の家まで走って辿り着き__
村長の家の前に、謎の法衣の集団がいることに気付いた。
対応していた村長は、僕の顔を見て一瞬目を開いた。
その後、すぐに冷静な顔に戻り、
「おお、来てくれてありがとうな。
だが、見ての通り客人がおってな。こっちはいいから公民館の方を__」
「あれれぇ?なぁんか、気になりますねぇ?」
非常に不快な声が、村長の言葉を遮った。
法衣集団の先頭、村長に最も近い位置にいた男だった。
「村長、もしかしてこの少年、何か知ってるんですかぁ?」
妙な殺気が僕の方に飛んできて、背筋に寒気が走った。
よくわからないけど、逃げないと__
「----」
踵を返そうとした僕を引き留めたのは、男が発した僕の『家族』の名前だった。
「やぁっぱり__知ってましたねぇ」
男がニタニタ笑ってそう言ったのを最後に、
『昏倒しろ』
僕の意識は刈り取られた。
「う…」
どのくらい経っただろうか。
僕は目を覚ました。
やたらと、のどが渇いている。
目の前が焼けるように眩しい。
しばらくして、ようやく僕は状況を理解した。
村が、燃えていた。
僕は燃える村の前に転がされていた。
炎の中に、人を見つけた。
これだけ燃え盛っているのに、身じろぎ一つしていない。
「ん~、そろそろ来ますかねぇ」
不快な声が上から聞こえた。
「何するんだ!お前ら…なんなんだ!」
僕が起きていることなどとうに知っているだろう。
僕は構わず『敵』を威嚇した。
「何って…そりゃあ勿論決まっているでしょう?
『救い』ですよ。これは、救いの為の行いですよぉ?」
その異常性しか僕の頭には入ってこなかった。
違う世界の言葉を使っているのかと錯覚した。
次に叫ぶ言葉も、考えつかなかった。
「そろそろ、ニオイにつられて『魔女』が来る頃ですねぇ。
皆さんも準備を__」
突然、男の声が止んだ。
ドサドサッという音が僕の後ろの方で聞こえた。
「ハァッ…ハァ、生きておったか…
…無事で、よかったわい」
「爺ちゃん!」
僕が叫んで出来た隙に、爺ちゃんは反応した。
ヒィン、という風切り音と、トッ、という軽い音が二つ。
僕の前にいた二人の法衣が倒れた。
どちらも、目に深く矢を刺し動かなくなっていた。
「その腕前__
あなたぁ、もしや『暴虎』ですかぁ?」
「…やめんか。そんなもの、っ…とうに捨てたわ」
爺ちゃんは、息を切らしながら答えた。
僕を必死になって探してくれていたのだろうか。
トン、と音がして、僕の身体が急に自由になった。
「早く…逃げるんじゃ」
知らなかった。
お爺ちゃんが、こんなに弓の扱いが上手かったなんて。
僕は自由になった身体を捩って、逃げる体制を整え__
右の腹部が大きく抉れた、お爺ちゃんが視界に入った。
肩口にも大小数個の穴が空いているのが見える。
『貫け』
男が魔法を行使し、何本かの線がお爺ちゃんを貫いた。
「ぐぅっ…!」
両手と、喉と、左胸。
遠くからでも分かる程の穴が、お爺ちゃんに空いた。
「に、げ…」
音の出ない喉を使い、それでもなお声を出した。
それを最後に、力を失ってお爺ちゃんは倒れていった。
「お爺ちゃ__」
僕は、倒れるお爺ちゃんを受け止めようと走り出し、
「ジジイ!!!」
急に吹いた『突風』で、思わず後ろに倒れた。
お爺ちゃんは、ーーーーがしっかりと抱きかかえていた。
「おい!!ジジイ!!
__てめぇら!何しやがった!!」
その瞬間、周りの空気が『滲んだ』。
そういえば、先ほどから後ろの熱を感じない。
後ろを見ると、村から上がる炎が消えていた。
ーーーーが村の炎を、風で全て巻き取っていた。
「何って、だから『救い』ですってばぁ。
…はぁ、同じこと言うの、嫌いなんですけどねぇ、ホントに」
『縛れ』
その言葉と共に、僕の足は全く動かなくなった。
男が数歩ほど歩き、僕の元に来てーーーーに話しかけた。
「ーーーー、ワタシと一緒に来ていただけますかねぇ?
来てくれないと、もう少し『救い』の用意が必要になりそうなぁんですが」
僕だ。
僕がいるから、ーーーーは躊躇っている。
僕がいなければ、ーーーーは、こいつを倒せる。
僕は動く上半身を捻り、男の腰のあたりにあった短剣を抜き取る。
「ありゃ?」
男が間抜けな声を出したが、関係ない。
僕はその短剣を自分の喉に突き刺__
せなかった。
僕に向かって吹いた風が、僕の短剣を巻き取って遠くへ飛ばした。
「ガキは、離せ。
…アタシが着いていくから」
周囲の空気はまだ滲んでいる。
おそらく、僕の安全が担保された瞬間に相手を倒せるように、『何か』を仕掛けているのだろう。
「おぉ〜、怖いですねぇ。
『今すぐでもワタシを殺したい』って顔に書いてありますよぉ?」
「ガキを、離せ。
…頼む」
嫌だ。
僕がいるせいだ。
強くもない、賢くもない僕が、強くて賢いーーーーの足を引っ張っている。
「じゃあ、『救い』の為に場所を変えましょうかねぇ__」
『扉を開けよ』
__暗い。
何も見えない。
僕たちはどこかに飛ばされたようだ。
ふと、風が僕を撫でた。
「テメェ…なんでガキを連れて来やがった…!」
ーーーーの声だ。
「いやぁね、ほら、アナタこの子がいないとワタシを殺しちゃうでしょう?
アナタを『リーン』に送るまで、ちょっとした保険ですよぉ__
なんて、ね」
男はそういうと、
『明滅せよ』
何かの魔法を唱えた。
急に僕の全身から力が抜けた。
全身を襲う『死』の寒気に、意識が遠くなる。
それと同時に、
カチ、と音がした。
辺りが明るくなり始める。
地面に、壁中に描かれた魔法陣が輝き周囲を照らしてゆく。
「おい!!何しやがったんだ!!」
ーーーーが叫ぶ声が、随分遠く聞こえた。
まるで、魂だけが遠くに飛ばされているような感覚だった。
「おい!死ぬな!!目を覚ませ!!
__『カイ』!!!」
それ以降の言葉は、聞こえなかった。
ーーーーは、多分今、僕を抱きしめてくれていると思う。
__だって、もう、寒気が無くなったから。
光が、強くなっていくのを感じる。
__でも僕はもう、何も見えない。
身体のどこかに、温かいものがつたうのを感じた。
__泣かせちゃって、迷惑かけて、ごめん。
でも__
__最後に名前を呼んでくれて、嬉しかった
__いつも愛情をたくさんくれて、嬉しかった
__ありがとう、だいすきだよ
__『アミティア』




