9話 往復書簡
『クロードへ。
元気ですか?私は今、王都のタウンハウスでこの手紙を書いています。
プリムローズ領を離れてからそう日は経って無いのに、もう2人で過ごした日々が懐かしいわ。
でも貴方がくれた香水の香りがいつも私を励ましてくれます。
そうそう、まだ学校が始まったばかりなのに、色んな人からこの香水と化粧品のことを聞かれたのよ。夜会とは違うからお化粧はほんの少ししかしてないんだけどね。
これって凄いことなのよ。実はね、学園に通っている年頃の貴族の女子達の間では、ここ二、三年くらい化粧と香水は極力控える傾向にあったの。
何故かって言うと、この国の王太子であるフレデリック殿下が『化粧や香水くさい女共には辟易する』って側近の人達に零していたのが広まっちゃって……夜会の度に何度も言っていたって話だから、聞き間違いじゃないと思うわ。
それで学園に通ってる、殿下に憧れてる子達の間ではあまり濃いお化粧や強い香水をしなくなっていたのよね。
お化粧はともかく、私が香水をしてなかった理由は初めてつける香水は絶対にプリムローズの香りが良いって決めてたからだけど。
だからクロードがプレゼントしてくれたときどんなに嬉しかったか!
ごめんなさい、話が逸れたわ。それで私が殿下の嫌いな香水をつけて登校したせいで、さっそく殿下には文句を言われてしまったわ。
『ああ、甘い匂いに誘われて来て見たら、やっぱり君の匂いか』
『今日の君はいっそう輝いてるね。僕の目を眩ませてどうするつもりだい?』
なんてね。
クロードは褒め言葉だと思うかしら?でも、私はこれって遠回しな注意だと思うの。
だって殿下という立場にある方が、特別親しいわけでもない一人の女性の化粧と香水をわざわざ褒めに来るなんて普通はしないでしょう?しかも殿下がその二つを嫌いなことは周知の事実なのに!
本当は『王子である自分が嫌いだと言っていたにも関わらず、何故化粧や香水をしているんだ?不愉快だ』って文句を伝えようとしたんじゃないかしら?私冴えてると思う!よく鈍感だって言われるけど、今回ばかりは冴え渡ったわ……!
けどいくら王族だからって、女の子の化粧や香水をやめさせる権利なんてないものね。知らないふりして『お褒めいただき光栄です』って言っちゃった。
そのあと色んな子達に取り囲まれて、その香水や化粧品がどこで買えるのかって聞かれたわ。やっぱりみんな本当はお洒落がしたかったのね!殿下の趣味を気にして控えるなんて勿体無いわ。
ウィズボーン商会の素晴らしい香水と化粧品がみんなのお洒落への情熱を取り戻させたのよ。本当に凄いわ!
そんなわけで、ここにクロードは居ないけど、いつも貴方のことを思い出せるから寂しくないです。
嘘、本当はとっても寂しい。でも学校は始まったばかりだし、これからも大好きなプリムローズ領とクロードとの未来のために頑張る!
追伸
私がプリムローズ領を発つ前日にダイキチちゃんの掘った落とし穴に落っこちてたっていう、リリスの黒薔薇を抱えた泥棒さんはその後どうなりましたか?バタバタしていて詳細を聞けていなかったので心配です。
シェイラより』
『シェイラへ。
さっそく手紙をありがとう。俺も元気です。
シェイラが隣に居ないことは凄く寂しいけど、俺は俺の仕事をやらなきゃいけないから凹んではいられないよ。
みんながうちのマジカルコスメやプリムローズ香水を欲しがってくれたのは、シェイラがそれだけ魅力的だったからだろうな。みんなシェイラみたいになりたいんだ。
それにしても、遠回しとは言え王族から嫌味を言われるなんて酷いな。
フレデリック殿下がどれ程香水が苦手だったかはわからないけど、いきなり親しくもなんともない女の子に対して匂いがどうのなんて平民でも気味が悪いから、それは間違いなく嫌がらせだと思っていい。怖かっただろ。
堂々と立ち向かったシェイラを俺は誇りに思う。シェイラがうちの商品を、プリムローズ領を大事に想ってくれて嬉しい。
でも一番大切なのはシェイラだから無理はしないでくれ。
あ、ヤク中の泥棒はもちろん捕まったよ。
いやあ、ダイキチが悪戯で掘った穴に人が落ちてるのを見たときは迷い込んだ客か従業員かと思って肝が冷えたけど、ソイツが抱えてた荷物から単純所持だけで重罪になる魔薬花……リリスの黒薔薇が溢れてたのを見たときはもっと驚いた。
まさかペットの無邪気な悪戯がこんな結果になるなんて思わないよな。
ただその犯人、いくら取り調べられても『我は誇り高き騎士である。尊き方から命じられた国の行末を左右する崇高な任務の最中であり、不法侵入も魔薬花の所持もその任務のため致し方なきことなのだ』ってずっと言い張ってるみたいなんだ。
魔薬でそういう幻覚を見てるんだろうけど、ちょっと可哀想だよな。
でももしソイツが落とし穴にかかってなくて、うちの庭にうっかり花を落としたり隠して出て行ってたら、下手すると俺達が冤罪で捕まる可能性もあったんだから同情は出来ないけど。
ところでシェイラは何か困ったことは無いか?離れていても俺に出来ることはなんでもしたいからなんでも言ってくれ。お互い頑張ろう。
クロードより』
『クロードへ。
心配してくれてありがとう。私は大丈夫よ。
殿下には確かに昔からお見合いが上手く言ってないときにも『無意味なことはやめたらいいんじゃないかい?』なんて嫌味を言われたりしたけど、直接何かされたことはないから。
女性にちょっと厳しいことでも有名な方だし、私が何か気に障ることでもしちゃったのかもしれないわ。
クロードの方こそ大変だったわね。騎士が仕える尊き方といえば貴族や王族だけど、誇り高き騎士が魔薬花の密輸なんてするわけないし、貴族がそんな国益を損なうことを命令して許されるわけがないから、確かに魔薬花による妄想よね……。
違法魔薬って本当に怖いわ。そんなものをクロードの家の庭にうっかり落とされたりしなくて本当に良かった。不幸中の幸いね。
学園生活で困っていることも特に無いわよ。領主になるための勉強はしっかりしているし、夜会やお茶会ではウィズボーン商会を中心にプリムローズ領の名産品をバッチリ宣伝出来てるし!
フレデリック殿下には廊下ですれ違うたび『そんな無駄なことしなくていいのに』って笑われちゃうんだけどね。
いくら私がプリムローズの香水をつけてるのが気に入らないからって、流石にいつまでも嫌味を言い続けるのはどうかと思うの。でも笑顔でスルーしてるから平気よ。
でも、そうね、こうやってお手紙でお話しするのも楽しいけど、やっぱり直接顔を見て話したいって気持ちは大きくなるわ。充実した学園生活だけど、クロードが居ないことだけが寂しい。
なんてね、困らせちゃったらごめんなさい。お仕事頑張ってね!
シェイラより』
『シェイラへ。
学園生活は順調みたいで何よりだ。
例の遠回しな王子に目をつけられてるらしいのは災難だろうけど、シェイラはまったく悪くない。
王族だからって他人が何もかも自分の望み通りになると思いこむ方がおかしいんだから、気にしなくていいんだ。
俺の仕事も順調だよ。商品の売上もますます好調だ。これもシェイラのおかげだな。
今まではプリムローズ領以外では委託販売の形をとってたけど、近々王都にもウィズボーン商会の支店を出せることが決まったんだ。開店したらシェイラが卒業するまでの間は俺もそっちに異動させてもらおうと思ってる。
困らせるなんてとんでもない。俺も会いたいよシェイラ。今度支店の物件の下見にダイキチに乗って王都まで行くから、仕事が終わったらデートしよう。タウンハウスまで迎えに行くよ。
クロードより』
◆◆◆
「カゲロウ、これを」
「はっ!」
たった今書き終えた手紙を便箋に入れ、呼び出したカゲロウに渡したクロードは、一度大きく伸びをして肩をパキパキと鳴らした。
カモフラージュのため"若獅子に捧げる"手紙はずいぶん前からダミーを用意していたが、いちいちダミー用の内容を考えるのも面倒だし、万が一にも本物の方を捧げられた場合このラブラブっぷりから確実に怪しまれてしまう。
なので最近は例の配達業者は使わず、王都とプリムローズを繋ぐ影達のネットワークによって行き来させている。
今やシェイラストーカー用に配置されていた王家の影のすべてがクロードに寝返った。
「それにしても、シェイラは本当に王子の気持ちに気付いてないみたいだな」
カゲロウが姿を消したあと、クロードがふと呟く。
王子に邪魔されないシェイラとの文通は楽しいが、シェイラからの手紙の文面から伺える王子の勘違い行動や妨害行為の数々には頭が痛くなった。
匂いがどうの目が眩んでどうのというのは普通に口説き文句だろう。
アレは化粧を忌み嫌う癖にナチュラルメイクとすっぴんの区別もついてないし、好きな女の子は何をつけずともお花のいい匂いがすると信じてるタイプだ。拗らせた童貞かな。
たぶん『化粧や香水臭い女どもとは違って君は何もしなくても魅力的だ』とアピールしたかったのだろう。肝心のシェイラがその両方をしていたために嫌味と受け取られただけだったのはお笑いだが。
その上他の令嬢達にはシェイラのしている化粧と香水だけは王子のお眼鏡にかなったのだと判断され、こっちの売上が伸びる事態に。お買い上げありがとうございます。
「つくづくシェイラの何を見てるんだか……」
シェイラが次期当主としての勉強を頑張る度に言われる『そんな無駄なことしなていいのに』というのは、おそらく『君は将来は王妃になるのだから、女当主としての努力なんてしなくていいよ』という遠回しなプロポーズだ。
やれやれ、僕と結婚するのに困った子だなぁ。なんて、肩をすくめつつ苦笑する姿が目に浮かぶ。ぶん殴っていいかな。
シェイラには嫌いな香水への身勝手な嫌味を言い続ける男としか思われてないことがいい気味だが。
しかし本当に、王子がここまでしてもその想いにシェイラが気付く様子はない。
「まぁ、そこもシェイラのいいところだよな」
王子の陰湿さと勘違いっぷりには腹が立つが、シェイラの対応にはいっそ爽快ささえ感じる。
きっとこのいい意味での鈍感さやポジティブさが、王子のネットリした包囲網を無自覚に回避してきたのだろう。
「さーて、俺も頑張るか!」
今は昼休み。シェイラという広告塔のおかげもありウィズボーン商会は限度を知らない忙しさだが、愛しい婚約者に想いを馳せるだけで身も心もリフレッシュされたようだ。
午後の仕事に取り掛かるため、クロードは売上報告や改善提案書等々積み重なる書類を前に気合いを入れ直した。
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