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8話 触れてはいけない"花"

 前世の記憶を参考に『魔法の輝きを貴方に』というキャッチコピーで売り出した魔石粉入り化粧品は、クロード含めた男性陣の予想をはるかに超え、殆どの支店で連日完売の大好評を叩き出した。

 世界は変われど、女性達の美容への関心と口コミの威力は凄まじい。


「だが他が完売してる分、闇魔石粉入り化粧品だけ売れ残ってるのが少々目立つな……やっぱり魔物を連想させるからか?売れてないわけじゃないからそこまでの忌避感はないはず。いっそ魔性のイメージで妖艶な舞台女優を広告塔に依頼するとか……」


 馬車の椅子の上で揺られつつ、各支店から届いた売上報告書をめくりながら、クロードは上々な経過に満足しつつ今後の課題に思考を巡らせていた。

 現在の時刻はちょうど晩御飯時、ウィズボーン商会の従業員達の多くは既に仕事を終え帰路についている時間帯。


「坊ちゃん〜?仕事熱心なのは良いことですが、デートにまで持ち込んじゃダメですよ〜?」

「わかってる。単なる空き時間の有効活用だ」


 そんななか御者席で運転するアンディが声をかけてきた。

 彼は従業員兼クロード達の専属運転手のようなものなので、今日もシェイラとディナーの約束をしているレストランまで送ってもらう予定だ。もちろんこれも仕事なので残業代はしっかり出している。

 ダイキチが来てから出動依頼数がだいぶ少なくなった(その分ゴストンや兄達の送迎が増えたらしい)、ので、この二人がけの軽量馬車に乗るのも久しぶりだ。

 別に馬車だと不便というわけではないのだが、こっちで出かけようとするとダイキチが『ソンナ……』なんて言ってそうな表情で見てくるので最近は頼む頻度が減っていた。というかいつか本当に言いそうな気がする。


「そんなに悩まなくたって、ウィズボーンのマジカルコスメはどこもかしこも売り切れの大人気じゃあないっすか。俺も彼女に『どうして私の分確保しといてくれなかったのよ!』って怒られちゃいましたよ」

「だからこそだ。これが一過性のブームになっちゃ意味が無いからな。あと店舗に出してない在庫はまだひと通りあるから、彼女さんの好きなものをプレゼントしてやれ。個人的なボーナス代わりだ」

「マジすか!やったー!」


 残業をしてくれる部下への福利厚生もしっかりしつつ、書類から目は離さない。

 実際、マジカルコスメはそれ自体が莫大な利益を見込める期待の商品だが、同時にカモフラージュでもある。

 クズ魔石を液体化し最高級魔石を作る技術は今のところウィズボーン商会の重大機密だ。いつかは時期を見て公開するかもしれないが、今はいけない。

 あの王子が恋敵としてこちらを敵視している今、ただの商会以上に力を持っていると知られるのは得策ではない。腹黒王子による恋敵排除のクレバーな策が原作を逸脱してしまう可能性がある。

 というわけでウィズボーン商会がトラッシュ領産クズ魔石を大量に仕入れる本当の理由を誤魔化すためにも、マジカルコスメは今後もコンスタントに売り続ける必要があるのだ。


「クロード様、着きましたよ〜!ほらほら、お仕事はもう終わり!」

「ああ、そうだな」


 とはいえ書類と睨めっこしているだけで都合良く案が浮かぶわけでもない。プライベートへの切り替えも大事。

 シェイラも長期休みが終盤となり、近々王都の貴族学園に通うためタウンハウスに住居を移す予定だ。

 王子の居ないプリムローズ領内で会える日々もあと少し。貴重なデートを楽しむため、クロードは書類をいったん鞄にしまい込んだ。



 ◆◆◆



 夜景の綺麗な高級レストラン。貴族の舌にもかなうその店は連日満席で、男も女もしっかり高級店に相応しいおめかしをしていた。


(あのご婦人も……あのお嬢さんも……お買い上げありがとうございます)


 特に女性は服だけでなく大抵化粧もバッチリ決めているが、ほんのり魔石の輝きを纏うウィズボーン印のマジカルコスメを使用してくれている人は少し見ただけでわかる。

 デートに集中するつもりだったが、まだシェイラが来ていないので待っている間の暇つぶしがてらクロードがウィズボーンの顧客達の様子を観察していると。


「メニューでございます」

「ああ、ありがとう」


 ウェイター服に身を包んだ女性がクロードの前に冊子型のメニューを置いて去っていった。

 実はこの女性、元・王家の影であり現・ウィズボーン商会クロード付き従業員の1人である。コードネームはカスミ。

 元々プリムローズ領の各地に飛ばされていた王家の影は、密着型ストーカー役だったカゲロウ以外は仮の姿で市井に溶け込み、シェイラの周辺に関する情報収集を王子により命じられていた。

 カゲロウのネットワークにより続々と寝返ってくれたので、今はそのまま市場調査などをしてもらっている。今日も実に完璧な溶け込みぶりだ。


「ん?これは……」


 何となしに開いたメニューにメモ用紙が一枚。高級店のメニューにゴミが挟まっているなどあり得ないので、さっきの影が忍ばせたものだろう。

 そこに書かれた側から見れば試し書きにしか見えない線と点の羅列は、前世のモールス信号を参考にクロードが作成した暗号文字だ。

 それを読み解くと。


『若獅子がリリスの黒薔薇の苗木を入手』


 今や8割方クロードの手中に収めた王家の影達による逆スパイのおかげで、王都に居る王子の行動は常にこうやってクロードに報告される。

 前世知識のあるクロードにはわかる、原作内で王子がやらかす数々の妨害行為。暗号文字は、その中でも特に悪質なとある作戦に王子が着手したらしいことを示していた。


「予想より早かったな……」


 おそらく影達から偽装報告を受けてるとはいえ、原作とは違いちっともシェイラとの距離を縮められていないことに王子が少々焦りを感じ始めたのだろう。

 本当なら物語終盤に起こるはずだった、クロードをウィズボーン商会ごと制裁するイベントの準備が既に始められているのだから。

 しかしクロードに焦りは無い。予定より早まったとはいえ、どうするかは考えてある。

 王子の命令を受けた実行犯が差し向けられるのにもまだ日数があるだろうし。


「クロード!お待たせ!」


 鈴を転がすようなはしゃいだ声に、思考に落ちていたクロードの意識が引き戻された。

 店員に案内されたシェイラが、小走りにならないギリギリの早歩きでクロードの元へ向かって来ている。


「いいや、今きたと、こ……」


 クロードを見つけたシェイラの輝かんばかりの笑顔に、クロードは席を立ちつつハッと息を呑んだ。


「うふふ、どうかしらクロード?」

 

 いや、実際にほんのり輝いている。

 今日のシェイラは高級レストランのディナーに相応しくドレスアップし、間違い無くウィズボーン商会のマジカルコスメをしっかり使って物理的な魔石の光を纏っていた。

 そして形の良い爪に塗られたラメ入りマニキュアと、編み込んだ髪に塗されたヘアーラメパウダーは、いつもより少し大人な雰囲気を醸し出す紫色の闇魔石によるもの。


「もう、どうして私に何も言ってくれないの?自領の優れた品の宣伝をするのは貴族の役目じゃない」

「シェイラ……」


 シェイラは少し離れたところで立ち止まり、美しく着飾った姿をクロードに見せつけるようゆっくり半回転したあと、少し拗ねたようにほおを膨らませる。

 マジカルコスメを開発したとき、もちろん発売前にシェイラに見せて気にいってくれたものを全部贈ったが、プレゼントという意識が強く広告塔や宣伝については何も言ったことはなかった。

 しかし、各領の名産品に貴族御用達というブランドを与えるのはどの領でも当たり前のこと。

 ただ生半可なものに簡単にその栄誉を与えれば結局領地と家の名に傷がつくため、単なるエコ贔屓は出来ない。

 これはシェイラの貴族としての矜持と、この品が領地を超えた名産品になるという信頼の現れなのだ。


「世界一綺麗だよシェイラ。君と夫婦になれることが俺の人生最大の幸福だ」

「あら、そんなのこっちの台詞だわ」

 

 立ち止まったままクロードを待つシェイラの隣に回り、当然のように差し出されたその手を取ってテーブルまでの数歩をエスコートする。


「クロードを置いて王都の学校に行かなきゃいけないのは寂しいけど、今年は宣伝したい素敵なものがたくさんあって楽しみでもあるわ!」

「それは今から更に増産しなきゃいけないな。特に闇魔石入りのマジカルコスメを」


 楽しい会話と美味しい料理を噛み締めながら、世界一美しく愛しい婚約者と過ごせる幸福な夜は過ぎていった。


 

 ◆◆◆



『ど、どうして!?ウィズボーン商会が……跡形もなく消えてるーー!?』


 婚活令嬢は腹黒王子の溺愛に気付かない(以下略)原作、七章『消えた婚約者』参照。


「そう簡単に消えてたまるか!!」


 シェイラとの楽しい楽しいディナーデートのあと。

 脳内原作に勢いよくツッコミを入れながら、クロードは一人せっせと裏庭で巨大な落とし穴を掘っていた。

 本来この事件が起きるはずだった原作の終盤。シェイラは最早名ばかり婚約者であるクロードに対し、手紙の返事が来ないならとついに直談判に行く。

 そこで彼女が目にしたものは、ウィズボーン商会の本拠地の変わり果てた、いや朽ち果てた姿であった……という事件から物語は佳境に入っていくのだ。


「ふー……」


 スコップを脇に置き、額を流れる汗を拭うクロード。

 生まれ育った我が家が朽ち果てる予定までいくばくか。

 ウィズボーン商会が、花弁を煎じれば強力な幻覚作用と依存症を引き起こす魔薬の元となる花——リリスの黒薔薇を商会本拠地の裏庭で栽培していたことがバレ、追及を逃れるために工場屋敷諸共取り壊して証拠隠滅をし、プリムローズ領から逃げ出す日である。

 ちなみに当然ながらクロード達にそんなことをした覚えは無いので冤罪だ。原作で冤罪であることは明言されてはいないが。

 しかし商会撤退が判明する前の章の最後に差し込まれた、謎の花びらを手で弄びながら足を組み、意味深に笑う王子の挿絵。

 落ち込むシェイラを王子が慰めるシーンでの『気に病むことは無い。彼は決して"触れてはいけない花"に手を出した。"罪"は償わせないと、ね』『まだ信じられません……うちの領で魔薬花の栽培なんて』『魔薬花?ああ、そういうことにしたんだっけ』『え?』『ううん、なんでもないよ(ニッコリ)』というわざとらしく不自然な会話。

 近衛騎士による『俺は任務を遂行したのみ。恨むなら殿下の最愛の"花"に……"薔薇姫"に手を出した己の愚かさを恨むのだな』との独白。

 何故物語のヒロインは位の高いイケメンに溺愛されると◯◯様の最愛とか花とかナンチャラ姫とか小っ恥ずかしい渾名で呼ばれるのだろう。罰ゲームかな。

 まあそれはどうでもいいとして、重要なのは王子がその魔薬花と近衛騎士を使い、ウィズボーン商会を罠に嵌めたのだと読者が察せられる構成になっていることだ。

 お花畑風に言うならば腹黒王子による無慈悲でクレバーな当て馬排除策。全てはヒロインへの愛故。

 現実的に言うならば。

 

「職権濫用通り越して犯罪だろ〜〜」


 何がお花畑だ。魔薬花で頭ラリってんのか。

 そんなわけでクロードは今、せっせとその魔薬冤罪対策をしているのである。

 どうやってそんな冤罪がかけられるのか?それもここまで手の内を明かされれば察せられるというもの。

 向こうがその作戦を決行するのも、例の苗木を手に入れてからそう日は跨がないだろうと予測できる。つまりここ数日から一週間以内。


「こんなもんかぁ」

「ゴッシュゥウウウウウ」

「手伝ってくれてありがとなダイキチ」


 人手がいるがどう説明するか悩ましかった掘削作業も、クロードの動きを見たダイキチが意図を汲み庭中をその巨体で掘り進めてくれたため想定より何倍も早く完了した。

 開いた穴がバレないように、しっかりと草や落ち葉などでカモフラージュを施せば完璧だ。

 もともと裏庭に客は来ないし、従業員には新しい商品の開発実験をしているから暫く近づかないよう言っておいた。

 あとは近いうちにやって来るであろうターゲットを待つのみである。




 一週間後。

 朝起きて確認した巨大落とし穴に予想通りの人物がかかっているのを確認し、クロードは大通りに飛び出してパトロール中の兵士に向かって声を張り上げた。


「お巡りさん!ヤク中の泥棒がうちの裏庭に!」

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 なんかシゴデキなバカップルになりそう⋯⋯なってる?  ダイキチはあれだ、見守り隊w
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