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2話 届かぬ手紙の裏側

「紛失と言い張りますけどね。こっちは盗難を疑ってるんですよ。犯人探しする気あります?」

「いやぁ……そのぉ……盗難なんて大袈裟な……うちの従業員にそんなことをする輩は……」


 見合いの日から一週間と一日後。

 クロードはとある配達業者の支店応接室で革張りのソファに座り、目の前の人物を睨みつけていた。

 クロードの厳しい視線の先には、冷や汗をかきかき言い訳を続ける中年男性が座っている。


「実際に物が何個もなくなってます。伯爵家のご令嬢宛の手紙とそれに付けた小箱。一目で高価なものだとわかるでしょうねぇ。すぐに内ポケットにでも入れてしまえる大きさだ。毎回手紙も小箱も両方無くなってるのが尚怪しい。小箱を盗んで手紙を握り潰して証拠隠滅を図ったと考えるのが自然では?」

 

 クロードがここまで足を運んだのには、のっぴきならない事情がある。

 見合いを終えてすぐ、クロードはシェイラ宛に手紙とプレゼントを送った。一週間毎日送った。送った日付と日時と物の詳細と誰が対応したかとその時の会話も全て詳細に日記に書き留めた。

 何分初めてのお付き合いで浮かれていたため加減がわからなかったのと、物品の送付に証拠を残すのは商人としてのクセというのがクロードの言い分だ。

 しかしなんということでしょう。一週間後再び会ったシェイラに確認を取ったところ、手紙もプレゼントも何一つ届いてなかったことが判明したのである!


「う、うちの従業員がやったという証拠は!」

「七通の手紙と七個の小箱の一つも見つからないのが語るに落ちてますよ。あくまで“紛失”と言うなら、受領した営業所、日時、対応した従業員の名前、物の詳細、ここまで分かっていれば一つくらい見つかってもいいのでは?」

「それは……しかし、こちらも毎日多くの荷物を預かっているわけでして」


 最初に問い合わせた時はのらりくらりとかわそうとしていた営業所の責任者も、クロードが日記と共に従業員を名指しして糾弾すれば慌てて上に取り継いできた。

 そんなわけで今現在、このレオネクス王国一のシェアを誇る配達業者の、プリムローズ領支店雇われオーナーとお話し合い中なのである。

 しかし、そのオーナーすらこのように窃盗犯を庇い続ける始末。仮にもトップシェアの配達業者が、全くもって嘆かわしい。


「毎日多くの荷物を預かっているから、多くを紛失しても仕方ないと?つまりそちらの配達物の管理が杜撰ということでは?ある意味、犯人を捕まえれば解決する盗難よりもタチが悪いですねぇ」

「うっ……そ、それは」


 狼狽えるオーナーを横目に、それっぽいことを言いながら思案する風を装うクロードであるが、実は既に原因に当たりをつけていた。

 当たりというかもう直球で犯人は王子だ。この配達業者には、原作通りであれば『他所の男からのシェイラ・プリムローズ宛の手紙や贈り物はすべて王家に転送するように』との密命が下っている。

 それがわかっていたからクロードも最初の見合いの日のうちにシェイラと次に会う予定を決め、手紙のみで会う約束はしないようにしたのだ。

 王子の所業をファンタジー風に言うならば、腹黒王子が意中のヒロインへの他の男からのアプローチを阻止するというお約束的なアレ。

 現実的に言うなら窃盗。普通に犯罪。加担した業者だって共犯。


「なので同じ轍を踏まないよう、このことは商人仲間皆に共有させていただきます」

「ま、待ってください!!」


 クロードの脅しにもはや冷や汗を滝のようにして慌てるオーナーからは、まさかこのような問題になるとはカケラも想定していなかったことが伺えた。

 今までの横流しは、だいたいが表沙汰になる前に王子が送り主をそれどころではない状況に陥らせているため、気づく者もいなく有耶無耶に出来ていたのだろう。

 だとしてもあまりにも楽観的すぎるのではないかと思うが。


「まあ……どうしても一つは無くなってしまうのなら、予備を用意しないといけないですね」

「へ?」


 とはいえ。クロードも喧嘩をしに来たわけではない。いくら犯罪でも一国の王子から命令されては逆らえないのも理解できる。


「これからは同じものを二つ用意します。それなら一つくらい無くなっても、我が国の若き獅子に捧げられたと思って忘れますから」

「!!」

 

 クロードの一見奇妙な提案に、オーナーは驚愕したように目を見開いた。

 クロード達が住まう国、レオネクスの守護神は金の毛並みと青い瞳を持つ獅子だ。『我が国の獅子に捧げたと思って忘れよう』というのは、高価なものや大事なものを失くしたときによく使われる慣用句。

 しかし、建国以来レオネクスを見守り続けてくれているという神様の年齢はゆうに2000歳を越えている。若いと形容する者など普通は居ない。


「一つだけ捧げて忘れるか。二つとも捧げて信用を地に落とすか。どちらか選んでくれ」


 そしてこの国の第一王子、フレデリック・レオネクスは、その金髪碧眼の美貌と神がかった才覚から『レオネクスの若獅子』として有名だった。


「しっ、承知しました!今後はその通りに!」

 

 己の思惑を正しく読み取ったのであろうオーナーに頭を下げられ、クロードは満足げに笑った。

 これで王子に握り潰されない流通手段は確保した。定期的に贈り物の献上があれば王子もまさかそれがダミーとは思わないだろう。

 業者が王子を欺くことを怖がって断ってくる可能性もあったが、クロードがその密命を知っているという匂わせが役に立った。王子からの密命を把握する程の情報網で、手紙小包連続紛失事件を流されてはたまらないと思ってくれた様子。


「では、今後ともよろしく」


 部屋に入ってきた従業員が紅茶のおかわりを注ごうとするのを手で制して断り、クロードはソファから立ち上がった。



 ◆◆◆



 配達業者の本舎を出てすぐ、待機させていたウィズボーン商会の馬車に乗り込む。

 馬車と言っても御者と二人乗り、小回り優先で壁も屋根もない。御者席の後ろに椅子が取り付けられただけのシンプルなものだ。


「おかえりなさいクロード様。首尾は?」

「上々」


 クロードが腰をかけるや否や出発した馬車で、御者の男がワクワクした様子で訊ねて来た。

 彼の名はアンディ・ジョーンズ。クロードより四つ歳上で、親子揃って昔からヴィズボーン商会に仕えてくれている従業員の一人。

 彼の親とも幼い頃から親交があるため、クロードにとっては部下というより、仲の良い歳上の従兄弟のような存在だ。

 その彼の期待に応えてクロードが片手で丸を作れば、アンディは「おめでとうございます」と嬉しげに言って景気良く鞭をしならせた。


「では、このまま予定通りカフェに向かっていいですか?」

「ああ」


 実はこの後シェイラと会う約束をしている。

 昨日会った際に今まで送ったプレゼントが不幸にも配達事故で届かなかったと判明したことで、改めて用意するから直接渡したいとその場でクロードが申し出、次の日である今日カフェで待ち合わせることとなったのだ。

 もちろん事故が起こることは予測していたため、フォローするためのサプライズも前から用意していた。


「約束の時間よりかなり早くついてしまいますが……」

「いいよ。元々その予定だからな」

「はい?」


 このまま向かえば約束の時間より時計の長針半周分早く着く。丁度いい。いや、もう少し早くても良かったくらいか。


「ちょっと彼女が来る前に、やっておきたいことがあって」

「なるほど!サプライズの準備ですね!」


 合点がいったとばかりに頷くアンディに、「まあそんなところだ」とクロードは曖昧に答えた。



 ◆◆◆



「いらっしゃいませ。ご予約のお客様ですか?」

「はい、予約していたクロードです。すみません、来て早々申し訳ないんですけど、ちょっとトイレをお借りしていいですか?」

「はい。お手洗いはあちらの裏口を出て壁沿いに左に進むと、突き当たりにございます」


 アンディに見送られながら約束のカフェに入店したクロードは、笑顔で案内をしてくれる店員に頭を下げつつ入口の扉から裏口へと直行した。このカフェでトイレに行くには飲食スペースから一旦外に出る必要があるので、クロードが今から行うとあるサプライズにはちょうど良かった。

 裏口の扉を閉め、しかしトイレには向かうことなく、そのまま建物と建物の間の人気の無い裏道を進んでゆくクロード。そして周囲を見渡して誰も居ないことを確認し、静かに呟いた。


「……蛇に仕えし王家の影よ。貴方に話がある。姿を見せてくれ」


 10秒経過。何も起こらない。

 30秒経過。やっぱり何も起こらない。

 60秒経過。クロードの背中にじっとりと嫌な汗が滲み始めた頃、突如蜃気楼のように目の前の空間が僅かに揺らめく。


「……貴様、どこでそれを」


 たった一度の瞬きの後目を開ければ、そこには前世で言う忍者のような黒装束に身を包んだ、一人の男性が立っていた。



◆◆◆



「質問に答えろ。貴様は何故……どこまで知っている?」


 何もない空間に突如人間が現れたにもかかわらず、クロードは眉一つ動かさない。そんなクロードに対し、男の全身を包む黒い布の隙間から鋭い眼光が向けられた。

 その眼光に怯むことなくクロードが答える。


「王家の影が一人、コードネームはカゲロウ。フレデリック殿下から下された貴方への指令は、未来の国母たるシェイラ・プリムローズを他の男の魔の手から守るため、その動向を逐一報告すること。だがシェイラはもう俺の婚約者だ。国母にはならない。今後そのような妨害はやめてくれ」

「なっ……!」


 何故、どこで、は答えずに淡々と事実を指摘するクロード。

 己の正体だけでなく、その目的もバックにいる人物も言い当てられ、黒づくめの男——カゲロウの警戒心が更に上がったのがわかる。


「俺を攫って情報を吐かせようとしても無駄だ。俺にそれを授けた存在は今この世にはいないからな。それより建設的な話をしよう。今のままあの王子に従っていても国のためにはならない。迷える影に新たなる使命を与えよう。これからは俺に従ってくれ」

「それを我が信じるに足る根拠は?」

「……女神セルヴィナの名に、誓う」

「ッ!!」


 クロードが口にした名前を聞いた途端、男は今度こそ動揺を隠しきれず、雷を撃たれたように固まった。

 しかし次の瞬間、クロードの前に跪き、臣下の礼を取る。


「その名を……まさか貴方は……いえ、聞くまでもありませんね。そういうことならこのカゲロウ、誠心誠意お仕えさせていただきます。すべては、女神様の御心のままに」


 男の言葉に、クロードは意味深に頷いて見せた。

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