17話(最終話) 夜空に二人
最終話です。本日二度目の更新なので読み飛ばしにご注意ください。
その後。リリーアンヌを皮切りにして、周囲の招待客も遠慮がちながらクロード達に話しかけてきた。
なんとパーティ開始前にシェイラを取り囲んでいた令嬢達も、リリーアンヌと同じように誤解していたことをポツポツと謝罪しに来たことには驚いた。
「ワインをかけてしまってごめんなさい……その、貴方が彼女の婚約者の方でしたのね……」
「今まで私達……ずっと貴女の言ってることを勘違いしてたみたいで」
ずっと結婚相手を探しているのに今まで中々上手くいかなかったというシェイラ・プリムローズ。条件が悪いのかと言えばその逆で、実は男性陣からは薔薇姫と評されている程の美少女であり、結婚すれば伯爵家の入婿。本来ならそんな好条件で貴族令息達が放っておくはずがない。
にも関わらずシェイラはいつまでも見合いが上手くいかないと嘆いており、そして失敗する度に何やら王子に声をかけられていた。
ということはつまり、シェイラは王子の気を引くためにわざと成功させる気のない見合いを繰り返しているのだ。普段はワザとらしく王子になど興味が無いように振る舞いながら、そんな小賢しい手を使っているなんて……と、思い込んでいたのだと彼女達は言う。
しかし先程の、神すら利用しシェイラを手に入れようとした王子と、シェイラの決死の拒絶を目の当たりにして、ようやく自らの間違いを悟ったらしい。
クロードからすれば、王妃の座を争う気など微塵もなかったシェイラに対し、彼女達の怒り具合があまりに的外れではないかと思わざるを得なかったが。
シェイラの見合いが王子により妨害されているとは知らなかった彼女達にとっては、あながち無理のある推測でもなかったようだ。
つまり全ては人知れず裏で手を回しほくそ笑む、腹黒王子のクレバーな策の弊害。まったくもって迷惑な話である。
「この度は本当におめでとう。クロードくん、プリムローズ嬢」
「同じく祝わせてもらおう、ご両人」
トラッシュ伯爵家のハイルと、ドゥーベル辺境伯のガルドもそれぞれの妻を伴いやってきて、クロード達へ祝福の言葉を述べた。
トラッシュ家は財政難により夜会に来て行く服を仕立てることにも苦労していたが、今レオネクスでは空前のラメブームによりウィズボーン以外からもクズ魔石の注文が殺到しているらしい。
二人とも真新しい礼服とドレスに身を包み、その妻の胸には小ぶりながらも質の良さそうな宝石のブローチが輝いている。
「見つけてすぐ話しかけに行こうとしていたんだが、取り込み中だろうからと妻に止められてな!」
ドゥーベル家では魔香水を使ったガルドの猛攻と、危険無く計画的に行えるようになった討伐のおかげで、常に飽和ギリギリだった魔物の数が激減。
今まで長期間領地を離れるわけにはいかず、辞退するしかなかった王都の夜会にもこうして出席できるようになったと、ガルドの妻から礼を述べられた。ただしガルド自身はこの手の夜会にあまり興味はないようである。
だんだんと、クロード達を取り囲む人の人数が増えていく。だがそこにパーティが始まる前のような敵意は無い。
王子が会場を去り、当て馬Bがヒロインと共に周囲から祝福されているという、原作少女小説のハッピーエンドとは程遠い結末。
会場中の未婚の令嬢達が悔しがり、羨ましがるような本来のそれとは異なるのだろうが。
「あの……不躾だったらごめんなさい。どうしても言いたくて……そのドレス、とても素敵ですわね」
「ええ!ウィズボーン商会の『妖精女王の羽衣』を使って仕立てたものなんです!この色だけじゃなくて、もっとたくさんあるの。貴女の好きなお色は何ですか?」
謝罪や祝いがひと段落すると、当初シェイラのドレスへの糾弾には参加していなかった令嬢達がおずおずと話しかけてきた。
社交辞令ではない、その純粋にドレスを褒める言葉に、シェイラが嬉しそうにウィズボーン商会の宣伝を忘れず答えている。
王子様によるシンデレラストーリーのハッピーエンドとは言えないものの。
一介の商人が実現できるハッピーエンドとしては、上々の出来だと言えるだろう。
◆◆◆
王城の料理人が手掛けた豪華なパーティ料理に舌鼓を打ち、ドリンクで喉を潤わせ、楽団が奏でる音楽に乗ってダンスホールの中心に躍り出る。
クロード達と周囲の和解をきっかけにどうにか空気が回復したあとは、皆遠慮がちながらも少しずつ主役不在のパーティを楽しみ始めた。
クロードもシェイラと何曲も続けて踊り、少し疲れたところで冷たいジュースのグラスを持って二人でテラスにて休息し今に至る。
「私、ダンスホールの真ん中で婚約者と踊るのが夢だったの!」
「また一つ君の夢を叶えられてよかった」
踊り疲れた身体に、少し冷たい夜風が心地良い。二人はテラスからの夜景を眺めながら、泡を立てる炭酸のジュースで乾杯した。
「文通も、聖花祭のデートも、舞踏会に婚約者と一緒に出ることも……クロードに出会ってから、私の夢はどんどん叶っていくわ」
テラスの手すりに手を乗せて、浮かれていたシェイラが噛み締めるように言った。
「今回は俺はいいとこ無しだったけどな」
同じく手すりに寄りかかり、クロードが苦笑しつつ答える。
「ううん、ワインから庇ってくれた時も、私を安心させるために囁いてくれたときも、すっごくカッコ良かった!」
「そうかぁ?ならいいけど」
神に宣言をして勝ち誇る王子を前に、クロードは確かに状況を打開する策が無いと絶望した。実際、クロードにできることは無かった。
王族が真名への誓いを破るわけにはいかないことを逆手に取った求婚を退けるためには、シェイラ自身があの誓いを立てるしかなかったのだから。
しかし一歩間違えれば、すべての罪をシェイラだけに押し付けたうえで無理矢理フレデリックに娶らせるという最悪のパターンもあり得たのだ。事実王妃はそれを狙っていた。
それでも一瞬も躊躇うことなく、クロードの隣に居続けるためシェイラは賭けに出てくれた。
シェイラの想いを疑ったことはない。だがクロードが信じていた以上に、シェイラはクロードを想っていてくれたのだ。
あのときのシェイラの凛とした声を、迷いの無い笑顔を、クロードは一生忘れないだろう。
「じゃあまあ、今日の最後に一つ君の願いを叶えようか」
とはいえ、このまま彼女にお株を奪われたままでは男が廃る。
クロードが手袋を外して指笛を吹くと、どこからともなく大きな羽で風を切る音が聞こえてきた。
そしてその音はどんどん大きくなってくる。
「クルゥゥウウウックルァァアアアア!」
「最後まで鳴き声安定しないのか」
次の瞬間には、テラスの上空にダイキチが現れ、待ってましたとばかりにぐるりと一回転を披露してからクロード達の目の前に着地した。
「つまらないパーティから攫って欲しいって言ってただろ?ここから二人乗りして帰ろう、お姫様」
「……っ!うんっ!」
帰りがこれになることはプリムローズ家の御者には予め伝えてある。
割と目一杯楽しんだあとだとか、家に帰るのでは『攫う』とは言えないとか、懸念事項は色々あるがロマンティックなら細かいことは気にしない。
「私、好きな人に攫われるのが夢だったの!」
「それはもう俺以外に叶えられる気がしないな」
クロードが大仰な動作で手を差し出せば、シェイラはそれはそれは嬉しそうに自身の手を重ね、空に攫われるためのエスコートを受けてくれたのだった。
◆◆◆
「オォッオオォウア〜!」
「ダイキチ?なんか歌ってないか?」
クロード達が夜空に二人と一匹で飛び立ち、王城の魔石灯の輝きを足元のはるか下に置いて行くこと数十秒。興が乗ってきたらしい一匹が明らかに何らかのメロディーを刻み始めた。
「オォウオーオ〜ウオーオェオー」
やっぱり歌っている。
実は前からこの世界に前世の動画サイトなんてあれば喋る竜として再生回数百万回突破するのではと思っていたが、歌う竜としての才能も秘めていたとは。
可愛いペット兼相棒の新たな才能に感服しつつ、クロードがあることを言おうとして口を開くと。
「ダイキチちゃんも私達を祝福してくれるのね!」
「ああ。粋なことをしてくれるじゃないか」
言おうとしていたことをシェイラが先に言った。さすがは以心伝心の婚約者、同じ気持ちだったようだ。
「ダイキチだけじゃない。空の星もこんなに輝いて俺達を祝福してくれてる」
「わぁ……!私も今同じことを言おうと思ってたの!」
背中から回されたシェイラの腕がさらにぎゅっとクロードを抱きしめる。
ただの格好つけたセリフのつもりではなく、本当に見上げた星空が綺麗だったのだ。まるで新郎新婦の頭上で輝く教会のステンドグラスのように。
「本当に綺麗……」
「君には負けるけどな」
「もう、クロードったら!」
いつのまにかバラード調になった空気の読める飛竜の歌をBGMに、二人でただ夜空を見上げる。
前世では理解できなかった月を褒めたら愛の告白になるという翻訳が今なら理解できる。
愛する人と見るものだから、たとえ毎日見れるようなありふれたものでも一層輝いて見えるのだ。
「……あのねクロード。私ね、貴方に出会うまで、ずっといろんなことが上手くいかなかったの。まるで意地悪な霧に邪魔されているみたいに……」
そんな満天の星の中を旅する途中、シェイラがぽつりと言った。
そのともすれば独り言のようなそれは、しかししっかりとクロードの耳に届いた。
「でも貴方と出会ってから霧が晴れたって思ってたの……!クロードは格好良くて優しくて、いろんなことが上手くいって、これが恋の力なんだって」
シェイラの声に熱がこもる。その体温だけでなく鼓動まで身体中を通して伝わってくるようであった。
「でも……もしかして、そうじゃなくて……全部貴方が振り払ってくれていたんじゃないかって……あの時殿下から私を守ってくれたみたいに」
いくら鈍感で天然なポジティブヒロインと言えど、創作と現実は違う。
シェイラだって何にも気付いてないわけではなかったのだ。たとえそれが誰の仕業かはわからなくとも、己がずっと何者かに邪魔をされているかのような違和感に。
そしてそれがクロードとの出会いで晴れたこと、フレデリックがずっと己を奪い取ろうとしていたのだと知ったことで、点と点が繋がったのかもしれない。
「恋の力とかじゃなくて、ただ貴方が、私の知らないところで」
「いいや? 恋の力で合ってるよ」
しかし惜しいことに、シェイラがたどり着いた答えは、ほんの少しだけ違っていたらしい。
それならば、ここは頼りになる婚約者として、正しい答えを教えてあげるべきだろう。
「俺が君を好きだっていう、恋の力のおかげだ。今までのこと全部」
「クロード……」
心地よい夜風がシェイラの長い髪と睫毛をそっと揺らし、柔らかな静寂がふたりを包み込む。
そして。
「……君だけに誓わせたままじゃ、不公平だよな」
「え?」
小さく零れた言葉に、シェイラが背越しに息を呑む気配が伝わってきた。
クロードは手綱をいったん放し、ダイキチの背の上で横座りになってシェイラと向き合う。
己を見上げるシェイラの瞳は、星の光を映して宝石のようにきらめいていた。
「獅子神レオンクール。そして、蛇神セルヴィナの名のもとに」
その名を呼んだ瞬間、周囲の空気も星の光も、わずかに震えたように感じられる。
だが恐れる必要はない。ふたりの未来を結ぶための誓いに、後ろめたいことなど何ひとつないのだから。
「俺、クロード・ウィズボーンは──この先どんな未来が来ようとも、どんな困難が立ちはだかろうとも、シェイラ・プリムローズを一生愛し、支え、守り、共に幸せに生きることを誓う」
ひとつひとつの言葉を噛み締めるように、そして迷いのない声で告げる。パーティ会場の真ん中で告げてくれたシェイラと同じように。
「クロード……っ!」
シェイラは抑えきれない勢いでクロードの胸に飛び込んだ。
小さな体が震えているのは、きっと涙だけのせいではない。
「好きだ、シェイラ。これは神々だけじゃなく……今、隣にいる君に聞いてほしくて言ったんだ」
そんな彼女を優しく抱き留めながら、クロードはそっと耳元へ囁いた。
「……うん。うんっ……!私も、大好き……っ!」
シェイラの、震えているのにまっすぐな声が、胸の奥にじんわりと響いてゆく。
これほど愛しいと思える人がこの世界にいるなんて、前世の自分は、いや、シェイラと出会う前の今世の自分も想像すらできなかった。
「……クロードと一緒なら、どんな未来でもきっと大丈夫だって思えるの」
顔を上げたシェイラが、真珠のような涙の粒を輝かせたまま言ってくれた。
「それは正解だ。何があっても君に俺がいれば大丈夫だろう」
少し格好をつけて返すと、泣き笑いのままもう一度クロードの胸元にぎゅっと顔を寄せてくれる。
その仕草があまりにも可愛らしくて、クロードも思わず笑みをこぼした。
ダイキチが満足そうに一声鳴き、翼を大きく広げる。風を切る音が、まるでふたりの誓いを運ぶように軽やかに響いた。
夜空を翔ける二人と一匹。
星の海はどこまでも続き、その先にどんな物語が待っていようとも──恐れるものは何ひとつない。
ご愛読ありがとうございました。
婚活令嬢連載版、これにて完結です。
いつも拙作を読んでくださる方には予想がついていたとは思いますが、やっぱりヒロインには、きらきら王子様より見た目も地位も金も身分も劣るけどその頭脳や一点突破の能力では負けない地味男を選んでもらいたい…!これはそんな気持ちで書きました(いつもです)。
最後に評価や感想等いただけるととっても嬉しいです!




