14話 そして幕が上がる
「うふふ、うふふふふ!ようやくよ!やっと私、愛する婚約者のエスコートでパーティに参加することができるのね!ずっと夢だったの!」
そして、ダンスパーティ当日。
王都のタウンハウスにて、全身ドレスアップをして後はもう出発するだけとなったシェイラは、つい先日届いたばかりである婚約申請の承認書を掲げてくるくると回っていた。
「俺も、こんなにも美しい君をエスコートできるのが誇らしいよ」
招待状を持っていないクロードでは、シェイラの正式な婚約者としてでしかパーティには参加できない。
私的な場で婚約者と名乗る分には問題ないが、公的な場ではやはり承認を受けていないと些か問題であっただろう。
「王都の役所で文書大量炎上事件なんてことがあったって聞いたときは一時はどうなるかと思ったけどな」
「新聞の一面で見たときは本当にびっくりしたわよね」
クロードがふと思い出したように言った言葉に、シェイラも同意するように頷く。
なんでも、ちょうど貴族の戸籍や婚姻申請を管理する一部署で、とある職員がいきなり奇声をあげながら大量の書類をかき集め火を放つというとんでもない事件があったらしいのだ。
幸いすぐに消火がされ人的被害はゼロだったが、そのかき集められた何千枚もの書類が焼失してしまい、現場は大混乱らしい。
犯人は何故そんな暴挙に出たのだろう。何かヤケになることでもあったのだろうか。火事だけに。
「そんなことがあった直後に私達の婚約申請書に許可が降りたんだから、役所の人達はすぐ業務に戻って頑張ってくれたのね。さすがプロだわ」
「事件の影響で業務が滞ってると思われないように、普段より決裁スピードを上げたのかもしれないな」
当たり前であるがそんな大炎上事件を起こした職員はすぐさま拘束され、上司や警備隊から事情聴取を受けることになったようだ。
その間も送り続けていた三千と何枚目かの申請書が無事通り、同じ申請を何回もする必要はないですよとの有り難いお言葉と共に承認書が届いた。
「そうそう、パーティと言えば『こんなつまらないパーティ二人で抜け出そうぜ』って言われて、夜空に攫われるのも夢だったのよ」
「ダイキチがいるからできないこともないが」
「オンギャ?」
「今完全に『呼んだ?』のイントネーションじゃなかったかダイキチ」
鳴き声のバリエーションの尽きないダイキチがクロードの肩に顎を乗せる。
「それにしてもそのドレス、とても似合ってる。まるで花の妖精だ」
「うふふ、ありがとう」
ローズピンクの髪と瞳に合わせた、ブロッサムピンクの裾から上にかけてからだんだんと色濃くなっていく生地に、赤の糸で花の刺繍が施されたドレス。
使われているシルク生地は火魔水と光魔水で染め上げた『妖精女王の羽衣』であり、マジカルコスメとも合わせてまさに光り輝く美しさを放っている。
ちなみに妖精女王の羽衣はクロードの目論見通り、つい先日ウィズボーン商会で売り出した途端目の色を変えた王都中の服飾店から注文が殺到した。
しかし基本的にはオーダーメイドである貴族令嬢のドレスは制作に時間がかかるため、今この生地によるドレスを着れているのはシェイラ以外に存在しないだろう。
「そろそろ出発しないとパーティに遅れるな。シェイラ、手を」
「うんっ!」
そうこうしているうちに出発時間が迫ってきていた。
先に馬車に乗り込んだクロードが手を差し出し、それを取ったシェイラもステップを上がる。
ダイキチに二人乗りもできないこともなかったが、パーティ前に風圧でシェイラのせっかくセットした髪型が崩れてしまってはいけないと思い、今回は馬車を選んだのだ。
「ソンナ……」
「お前ももしもの時のためについてきてもらうから……いや結構はっきり喋ったなダイキチ」
その馬車の窓を覗き込んで哀しげに鳴くダイキチを宥めつつ、クロードは御者へと出発の合図を送った。
窓を開けてダイキチにも同じく合図を送るのを忘れずに。
「ついてこいよーダイキチ!」
「ガッテン」
「なあお前本当は普通に喋れたりしないか?」
◆◆◆
一方時は遡り、ダンスパーティの三日前。王城にある第一王子フレデリックの私室にて。
静まり返った空気の中、王子は揺り椅子に腰掛けて部下の報告を聞いていた。気紛れに揺すられるたびキィキィと鳴る音が、広い部屋の静寂をいっそう強調する。
(ど、どうすれば良かったのだ……というか、あれ以上私にどうしろと言うのだっ!ああでも、そんな言い訳この方に通じるわけが……っ)
王子の命により役所へ潜り込んでいた部下は、恐怖で喉を詰まらせ、じっとりと汗ばむ手を床につきながらその背中に跪いていた。
「……なるほど」
フレデリックがゆっくりと顔だけを部下へ向けた。その穏やかな仕草とは裏腹に、刃物を突きつけられたような緊張が走る。
「君は、シェイラ・プリムローズとクロード・ウィズボーンの婚約承認申請書はすべて燃やしたと言ったね。塵ひとつ残さず処理した、と」
「は……はい。そのつもりで……しかし……」
必死で額を床に押し付けながら、部下は声を絞り出す。震える喉を無理矢理動かしたせいで、その声は情けなく滲んでいた。
「燃やした直後に……わ、私は拘束されてしまい……その間に新しい申請書が提出されていたようで……」
(お、終わった……本当に終わった……!)
そう覚悟した、次の瞬間。
「まぁいいさ。今回は大目に見てあげよう」
「……え?」
意外にも、部下にかけられた王子の言葉には怒りの欠片もなかった。むしろ何の感情も読み取れないほどに淡々としたまま、王子は続ける。
「なんせ君たちは、“実に面白い状況”を作ってくれたからね」
「お、面白い……状況でございますか……?」
驚きに顔を上げた部下の視線の先、フレデリックの青い瞳は静かな湖面のように凪いでいて───しかしどこまでも底が見えない。
「そうとも。シェイラが……僕以外の男の腕に掴まってパーティへ現れる。どれほど無理をしているか、僕には手に取るように分かる」
フレデリックがスッと立ち上がり歩き出す。部下は反射的に身を竦ませたが、王子はただ夜空を映す窓辺で足を止めた。
「シェイラは優しい。あまりに優しすぎる。差し出された手を振り払うなんて、あの子にはできないくらいに。だからこそ、今まで僕が代わりに叩き落としてあげてきたわけだけど……悪運にだけは恵まれた“商人”が掻い潜ってしまうとは、ね」
シェイラという名の少女を語るときの声色は、どこまでも甘く柔らかい。
だがそれが"商人"に向けられた瞬間、ゾッとするような冷たさを帯びる。まるで室温が急激に下がったかのような錯覚さえ生まれるほどに。
「だから今度は───“言い訳”を用意してあげよう」
「……い、言い訳でございますか?」
意味が掴めず、部下は思わず聞き返してしまった。
「そうさ。シェイラが例え嫌でも……まぁそんなことはあり得ないけど、僕の手を取らざるを得ない状況に敢えて追い込んであげるんだよ。“悪しき商人”の手を振り払っても仕方がないと思えるような、そんな状況に」
窓辺で月を眺めていたフレデリックが、差し込む光にそっと片手をかざす。
「僕はね、完璧主義なんだ。僕とシェイラの輝かしい未来に、一点の陰りもあってはいけない。それを邪魔する者も、彼女の憂いとなる可能性も……すべて排除する」
そして、その指先を軽く払った。まるで月光を遮っていた“何か”を容易く消し去るかのように。
「誰にも彼女を責めさせやしない……彼女自身にも」
フレデリックが振り返る。遮るものの無くなった月明かりが冷たい美貌を照らし、より鮮烈に浮かび上がらせる。
「三日後に幕を上げよう。“姫”を“悪しき商人”から奪いとる……いいや、本来の場所へ取り戻すための“舞台”の、ね」
その青い瞳は妖しい輝きを放ち、口元には甘い毒のような笑みが浮かんでいた。
あっすみませんブラバしないで…ちゃんとこの王子叩きのめすんで…よければブクマ評価よろしくお願いします…( ・∇・)




