表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/18

13話 パーティに向けた準備

 王都に構えるプリムローズ伯爵家の別邸。

 その庭園には季節に合わせた花々が咲き誇り、降り注ぐ木漏れ日と小鳥のさえずりが穏やかな午後を彩っていた。

 その静かな空気の中を、シェイラとクロードは寄り添って歩く。つい十数分前にクロードが屋敷の表門に着いたところ、なんとシェイラがその目の前まで迎えに出ていた。

 ならば屋敷に入る前に、途中の庭園を回って行こうと提案し、散歩デートに繰り出したのだ。

 そして庭園の中心にあるガゼボに辿り着いた二人は、花壇を眺めつつそこの白いベンチに腰掛け一息ついた。


「これが、王都進出と同時に売り出す『妖精女王の羽衣』のサンプル。好きな色を選んでくれ。社交界で誰よりも先にこの生地を使ったドレスを君に贈りたい」


 クロードがガゼボのテーブルに美しい布の切れ端を並べる。

 本当は部屋に入ってから見せようと思い手持ちの鞄に入れてきたものだが、ちょうど布を並べても足りるテーブルがあったので借りることとした。

 ティグレス領産のシルクをあらゆる調合の魔水で染めあげたそれは、午後の陽光を受けて色とりどりに光り輝いている。


「素敵!来月にあるフレデリック殿下の成人祝いパーティには、ぜひそのドレスを着て行きたいわ。そのときはエスコートしてね、クロード」

「もちろん。俺も俺の贈ったドレスを着たシェイラの隣に立つのが楽しみだ」


 きらきらと輝く布を手に取り、同じく顔を輝かせるシェイラ。少し先の楽しい未来を想像したのか、夢見るように目を細める。


「でも、婚約承認申請書がどうしてかまだ通らないのよね……」


 しかし嬉しそうな様子から一転、シェイラが今朝から初めて顔を曇らせた。

 婚約承認申請制度。レオネクス国にて貴族階級の者の婚姻において課せられたシステム。

 レオネクスには、一つの家が次々と政治的に有利な婚姻を結んであまりに力をつけすぎたり、成り上がりの平民によるお家乗っ取り等を防ぐために貴族の結婚は王都の役所が審査するという制度がある。

 他国にも同じ制度や、制度化まではされていないものの似たような風潮はある国は多い。

 しかし平和な治世が続き、貴族間の多少の権力差程度そうそう目を光らせる必要のないレオネクスにおいては、この制度は殆ど形骸化していた。

 申請書が通る前から婚約者として振る舞っていても特に問題視されないくらいである。役所に申請書を送ればほぼ自動承認のような形で承認書が返ってくるはずであった。

 そうであるにも関わらず、プリムローズ家から出しているシェイラとクロードの婚約承認申請だけなかなか許可が降りないらしいのだ。


「確かに、役所の怠慢には困ったものだな」

 

 腕を組んで考え込むふりをするが、クロードは知っている。

 プリムローズ家からの婚約承認申請だけ何故か許可が降りない。それが王都の役所において『プリムローズ伯爵家の長女の婚約承認申請書は決して通してはならない』と、王子から密命を受けた部下が目を光らせているせいだということを。

 クロードとて忘れていたわけではない。ただ直接被害の降りかかる妨害策への対応の方を優先し、こちらは後回しになっていた。もしなんらかの策を練って申請を通したとして、クロードやウィズボーン商会が破滅させられては元も子もなかったので。


「本当に通らなくて……通るまで送ろうと思って……昨日送ったものでもう二十枚目になるのに」

「そんな数撃ちゃ当たる方式で」

 

 しかしそろそろこれもどうにかしないといけないな、と考えかけたところで、思いもよらないシェイラの原始的な対応に素で突っ込んでしまった。


「十枚二十枚でダメなら百枚二百枚と送った方が良いかしら?腱鞘炎になってしまうかもしれないけど、愛のためなら腕の一本や二本惜しくないわ」

「枚数の問題では……いや」

 

 なおも原始的に突き進もうとするシェイラを止めようとして、クロードはハタと思い直した。

 本来申請が通らない場合と違って、案外枚数の問題かもしれない。

 役所にいる職員のうち、王子の息がかかっているのは一人かせいぜい数人だけ。たかだか特定の申請書をこっそり握り潰すだけの作業、何十人も必要なことではないからだ。

 だから何通も出してそのうち一通でもその者が見落とすことがあれば無事通る可能性があるし、そうでなくとも短期間に提出された何通もの申請書を周りにバレずにくすねるのは大変なはず。 

 それならば。


「シェイラが腕を痛める必要は無いさ。ウチの複写機を使えば良い。俺達の愛の分だけ刷ってやろうぜ」

「まあ!なら百枚二百枚じゃ全然足りないわね!」

「手始めに五百枚ほど刷ってくるか」


 どんなに送ったところで向こうは文句すら言えない。何百枚もの申請書を隠すのにてんやわんやになる部下達の間抜けな光景が目に浮かぶようである。果たして何百枚目で音を上げるだろうか。


「五百……ううん千枚!」

「千五百枚」

「やっぱり二千枚!」

「二千五百」

「三千ま……」


 そして二人で競売人のいない愛の重さのオークションに興じていると。


「お嬢様、失礼いたします!」


 二人の和やかな空気を割くように、急ぎの足音が響いた。


「あら、どうしたのナンシー?そんなに慌てて」


 いつもシェイラの身の回りの世話を担当している侍女のナンシーが、少し息を切らせて駆け寄ってくるのが見える。その腕には平たい木箱が抱えられていた。


「こ、こちら、シェイラお嬢様宛てに荷物が届いたのですが、差出人のお名前がどこにもなく……」


 シェイラの元へ辿り着いたものの、抱えた木箱の置き場所に迷ったのか、ナンシーは所在無さげに立ち尽くす。


「匿名?」

「はい。先ほど屋敷の正門に荷物配達の飛竜が到着したのですが、渡された箱には何の名前も無く……しかし配達人は間違いなくここのお嬢様宛てだと……」


 わずかに眉をひそめて聞き返したクロードに、ナンシーも困惑した表情で答えた。


「おかしいわね。私、どこにも何も注文していないのに。ナンシー、とりあえずその箱をここに置いて開けてみてくれる?」

「は、はい」


 シェイラの許可を得て、ナンシーはテーブルの上に置いた白い木箱の蓋を恐る恐る取り外す。

 三人で覗き込んだその箱の中には、何やら金色の模様がついた青い布が鎮座していた。


「これって……夜会用のドレス?」

「そのようでございますね」


 シェイラが指先で摘んで広げたそれは、今の時点では最高品質であるティグレス領産妖精の羽衣シルクを青く染め、金糸による見事な刺繍が施された一着のドレスだった。


「まずい!シェイラ、今すぐそれを元通りにしまって業者に返そう。送りつけ詐欺かもしれない!」


 しかし、それを見てクロードは思い出した。前世で注文していない商品を勝手に送りつけ、受取人が気味悪がって処分したり贈り物かと思って使用したところで高額な代金を請求する悪質な業者が居たことを。

 あとこの国の王子フレデリックの目の色がちょうどこのドレスと同じ青で、髪の色が刺繍と同じ金であることも思い出したが、多分関係ないので一旦置いておくことにする。


「完璧に元通りにして返品しないと購入したということにされて言い値を支払わされるんだ。通常なら庶民をターゲットにした詐欺のはずだけど……」

「ええっ!?なんて理不尽なの!でも確かに私には似合わない色だし、クロードの色でもないから、お母様達によるサプライズプレゼントなんて可能性もないわよね。採寸だってしてないし」

「まさか伯爵家にそんなことをする人がいるなんて……不届者です!」


 シェイラの赤に近い鮮やかなローズピンクの髪と目に、同じくらい鮮やかな青は色が喧嘩してしまう。

 この国の古びた慣習の一つにダンスパーティにはパートナーの髪や目の色のドレスを着るというものもあるが、シェイラの婚約者であるクロードの色に合わせるなら黒か黒に近い紫。そもそも本人が似合う色を着るのが一番だと思っているのでクロードにその慣習に従うつもりもない。

 それに基本的にはオーダーメイドである貴族令嬢のドレスは採寸が必須なので、普通はサプライズプレゼントには選ばない。どこぞのストーカーじゃあるまいし。


「申し訳ありませんお嬢様!こんな厄介なものを持ち込んでしまって」

「気にしないで、ナンシーは悪くないわ。市井の犯罪に疎い貴族を狙ったその悪質な業者が悪いのよ」

「その通りだ。今頃そいつはまんまとシェイラがそれを受け取ったと思ってほくそ笑んでいるだろうが、もう奴の思い通りにはならないんだ。気にしなくていい」


 慌てて頭を下げるナンシーを、シェイラとクロードがフォローする。

 ところで原作の表紙ではシェイラは青地に金の糸の刺繍が施されたドレスを着ており、その背後で王子が顎に手を当て意味深な微笑を浮かべていたことも急に思い出したが、これも今はまったく関係ないことなので気にしなくていいだろう。


「しっかり梱包し直して、ここから一番近い配達営業所に宛先間違いとして返品しよう。面倒くさがって対応を断られるかもしれないけど、『犯罪に加担するつもりか』と言って押し切ればいい。女性だけで行くと舐められるかもしれないから、なるべく体格のいい男性にやってもらおう」

「かしこまりました。下働きのコリーにそのように伝えます!」


 すっかり安心した表情で元通り蓋を閉めた木箱を抱え、ナンシーは来た道を小走りで戻って行った。


「うふふ、クロードってばなんて頼りになるのかしら!さすが私の未来の旦那様だわ」

「このくらい。未来の伯爵家当主の隣に立つためなら当然さ」


 ナンシーを見送ったのち、シェイラが嬉しげにクロードの腕に抱きつき、クロードもしっかりシェイラの手を握って笑い返す。

 かくして悪徳業者の企みは水泡に帰すこととなり、プリムローズ伯爵家の平和は守られたのだった。

覚えのない高額商品はクーリングオフで!


よければブクマ評価等よろしくお願いします〜。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
いきなりドレスが送り付けられてくるの、はたから見たらとんでもない詐欺ですね。クーリングオフが1番! でも青いシルクに金糸が刺繍されたドレス、とても綺麗でしょうねぇ〜笑(どこかの王子と同じ色だった気がす…
短編版でも好きだったなぁ、「数打ちゃ当たる」戦法。今までの強引な解決法とは別次元な強引な解決法でなんか気に入ってる。 何よりその発端がシェイラちゃんでそれにノリノリに乗ってるクロードくんの絵面がなん…
 詐欺商法はほんと絶許。  そうでなくとも誰が送ってきたかも判らないものを身に着けるってあり得ない。  魔法や罠に詳しい者複数にチェックしてもらう必要もあるし、原作シェイラはよく着られたな⋯⋯まあそれ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ