12話 それは夢のような
レオネクス王都、賑やかな屋台や店が並ぶ表通りの昼下がり。
王都支店に使う物件を下見するため出張に来たクロードは、諸々の暗躍を終わらせてシェイラと学園の休日に合わせ朝から王都観光デートと洒落込んでいた。
「あら?あんなところにカフェが出来ているわ。クロード、ちょっとあそこでお茶していかない?」
「そうだな。ちょうど喉が渇いていたところだ」
しっかりとクロードに腕を絡ませ、楽しげに王都案内をしていたシェイラが、新しく出来たらしいカフェを見つけはしゃいだ声をあげる。
もちろんクロードに異論があるわけもない。
「形に残る手紙も嬉しいけど、こうして顔を合わせてお話出来るのがとっても嬉しい。毎日ずっと貴方に会いたいって思ってたのよ」
「俺もだよシェイラ。支店が出来たら俺も王都に行くし、休みの日は全部学園の休日に合わせる」
期間限定だというドラゴンベリームースケーキとコーヒーを頼み、積もる話をするクロードとシェイラ。会えなかった時間を埋めるように、二人の話題は尽きない。
「クロードが王都に来てくれたら、週末は毎日こうやってデートに行けるのね!」
「ま、一年かそこらでトンボ帰りになるけどな」
シェイラは来年で貴族学園の最高学年だ。王都に支店ができたあかつきにはクロードもそこに配属させてもらうが、シェイラが卒業したら一緒にプリムローズ領に帰るのだ。
もちろん、結婚するために。
「私達本当に結婚するのね……なんだか夢を見てるみたいだわ」
「夢じゃないさ。夢みたいに幸せだけどな」
皿を運ぶ店員さんの生温い視線をものともせず、2人はコーヒーに入れる砂糖よりケーキより甘い会話を繰り広げる。
「それで、あの後王子は本当に何もしてこないんだな」
「クロードったら、心配しすぎよ。遠回しな嫌味を言われるくらい嫌がらせのうちに入らないわ。殿下の婚約者候補であるリリーアンヌ様の方がもっとハッキリ言ってくるくらいよ」
「……リリーアンヌ様?」
注文したケーキに舌鼓を打ちつつ、シェイラの学園生活についての報告を聞いていたクロードが、そのとても覚えのある名に思わず聞き返したそのとき。
「あーら、誰かと思えばシェイラ・プリムローズ様じゃありませんの。ご一緒にいらっしゃる黒髪の方は、もしや新しい婚約者の方ですの?」
トゲトゲとオノマトペがつきそうな甲高い声が響くと同時に、クロード達が座るテーブルに影がさした。
「リリーアンヌ様!それに殿下も」
カフェはオープンテラスであり、二人が座ったテーブル席は腰ほどの高さの白い柵を挟んで大通りに接している。
そしてそこに偶然通りかかったのか、噂をすればなんとやら。見事な金髪縦ロールに薔薇のような赤い瞳を持ち、そのまま舞踏会にでも繰り出せそうな豪奢な装いの公爵家ご令嬢、リリーアンヌ・ティグレスと。
「やあ、シェイラ。こんなところで会うなんて奇遇だね。いいや"運命"……かな?」
ストーカー王子フレデリックが、まるで寝違えたように少し傾げた首に片手を当てたポーズでクロード達を見下ろしていた。
◆◆◆
「ご機嫌麗しゅう、フレデリック殿下、リリーアンヌ様。柵越しで申し訳ありません。こちらは私の婚約者、クロード・ウィズボーンでございます」
「ご紹介に預かりました。クロード・ウィズボーンと申します」
さっと立ち上がりカーテシーで挨拶をしたシェイラが、すかさずクロードの紹介をする。クロードもそれに続いた。
「気にしなくていいよシェイラ、ここから声をかけたのは僕の方だからね。そんなことより……どうして君が“シェイラの隣”に居るんだい?」
シェイラに向かって和やかに微笑んだあと、王子がスッと目を細めてクロードを睨む。
たぶん『シェイラの隣』と書いて『そこ』というルビを振ってる。あと""で囲んでる。そんな言い方してた。
「どうしてとは……この度我がウィズボーン商会が王都に支店を出すことが決定しましたので、俺が物件の下見に行くことになりまして……せっかく王都に来たので、婚約者であるシェイラと王都観光に行こうと、今朝タウンハウスまで迎えに行った次第でございます」
ただしそのような含みなど一般庶民にわかるわけもないので、クロードはたださりげなく王子の疑念を晴らすための説明をした。
影達が寝返ったことがバレないよう、王子にはバラしていい情報はある程度渡してある。クロードが王都に来たこと自体は影を通して知っていたはず。
これで、ずっと連絡の取れないシェイラの家にクロードがいきなり押し掛けたと思ってくれればいい。
「なるほど……わざわざ押し掛けたか、なんとも諦めの悪い」
基本的に自分に都合良く考える王子が、狙い通り納得してくれたようだ。後半は周囲に聞こえないほどの小さな呟きだったが唇がそう動いていた。
腹黒キャラってどうして不穏な台詞をわざわざ小声で呟くのが好きなんだろう。腹に留めておけないのだろうか。
「あらあらあら!まあまあまあ!なあんてピッタリ釣り合いの取れたお二人なんでしょう!シェイラ様、貴女、そこの平み……殿方の隣に居るのが本当にお似合いでしてよ。やっぱり人にはそれぞれ相応しい場所というものがあるのですわね」
そこへ空気が読めるのか読めないのか、どこからか取り出したこれまた派手な扇を口元に当て、リリーアンヌが勝ち誇るように言い放った。
「本当ですか!リリーアンヌ様!」
その言葉にシェイラがパッと顔を輝かせる。
自分は王子の隣に居ながら、シェイラには平民の隣に居るのが相応しいと言うのはリリーアンヌとしてはマウント行為のつもりであろう。
だが喜びで輝くシェイラのこの表情。全く通じていない。
「……そろそろ、"用済み"かな」
その時、僅かに俯いて顔に黒い影を落とした王子が小さく呟いた。だから腹にしまっておけと。どうやら今のシェイラが平民とお似合いだというリリーアンヌの台詞が王子の逆鱗に触れ、排除スイッチが入ったらしい。
それにしても何故腹黒キャラが呟く言葉は女性陣には聞こえないのだろう。小声とはいえこんなに近くにいるのに。
これが王子と結ばれるヒロイン視点のワンシーンなら今頃『そう呟いた王子の言葉が、私に聞こえることはなかった』なんてモノローグが入ってるところだ。いや聞こえとるやないかい。
「殿下とリリーアンヌ様も、とてもお似合いでいらっしゃって……」
「……」
フレデリックの目がスゥッと細められる。これが腹黒王子の内心を察せない鈍感ヒロイン視点なら『その言葉を口にした瞬間、何故だか王子の周りだけ急激に温度が下がった気がした』ところだ。いや原因わかっとるやないかい。
とはいえシェイラはもう王子と結ばれるヒロインではないので、本当に気づいていないようである。
「まあ!シェイラ様、貴女もようやく物分かりがよろしくなりましたのね」
どんどん上機嫌になるリリーアンヌとは反対に、それを見やる王子の目は冷たい。王子どころか成金の変態子爵に嫁ぐことになる彼女を、そうなることも知らずに……なんて見下しているのだろう。
その策略の要となる『女王の瞳』が今頃何事も無くティグレス家の金庫に返還されていることも知らずに。昨日の今日の出来事なので、まだカジノ側から王子に情報は届いていないのかもしれない。
「では、お似合いのお二人の逢瀬をこれ以上邪魔するわけにもいきませんので、わたくし達もそろそろお暇させていただきますわ!さあ、行きましょうフレデリックさま」
勿論そんな王子の企みなど露知らず、その腕に自身の手を見せつけるように絡めるリリーアンヌ。
貴族令嬢で男性から差し出される前に腕を取るような行為ははしたないとされる。なので王子は冷たい目をしたままだが、クロードからすれば振り払わないのであれば受け入れたと同然である。
ちなみに原作でもこのようなことが何度かあり、二人の仲を誤解していたシェイラに王子はフッと笑って『アレは振り払うのも面倒だっただけ。僕は一度もあの女に自ら腕を差し出したことはない』なんて言っていた。浮気のバレた夫の苦しい言い訳かな。
「ハァ……たまには下々の生活を視察するのも王族の務めと思い、一人気ままに市井の風に身を任せたつもりが……風に乗ってこうも香水のきつい臭いがまとわりついてくるとは……いや、なんでもない。それではシェイラ、良い休日を」
なんか凄い長々と王子が呟きだした。どうやらリリーアンヌとはデートではなく、一方的について来られているだけであることを示唆したいようだ。香水のきつい臭いとはおそらくリリーアンヌのこと。
「……??あっ、失礼しました、今突然風の音が大きくて……ではお二人も素敵な休日を!」
今回ばかりは聞かせるつもりだったらしいその呟きをシェイラも聞き取ったようだが、一瞬首を傾げたのち聞こえなかったフリに切り替えた。婉曲的過ぎて伝わらなかったか。
それかシェイラにとって王子のイメージは『プリムローズ香水をつけるシェイラに、遠回しに文句を言い続ける香水嫌い王子』なので、また自分への嫌味だと受け取ってスルーしたのかもしれない。
「そちらの彼も……いい“夢”を。どうせ束の間のことなのだから」
別れの挨拶をされた後も留まり続けるのは格好悪いと判断したのだろう。王子もそれ以上は粘らず、リリーアンヌを伴ったまま(王子曰くまとわりつかれたまま)去っていった。最後にクロードへの不穏な台詞を残して。
「殿下は何を仰りたかったのかしら……?まだこんなに日も高いのに夢なんて」
「こんなに夢のように楽しい休日はあっという間に時間が過ぎてしまいますね、って意味じゃないか?」
「まあ、違いないわね!さすがクロードだわ!」
◆◆◆
「それにしても私、リリーアンヌ様のことちょっと誤解していたわ。さっき、二人に会う前リリーアンヌ様の方がハッキリ嫌味を言ってくるなんて言っちゃったでしょう?」
リリーアンヌ達を見送り、気を取り直しデートの再開。
おかわりのコーヒーに角砂糖を落としたシェイラがはしゃいだ声で話し出した。
「ああ、うん、そうだったな」
「私、いつもあの方に『叶わぬ夢を見るのはいい加減におやめなさい。殿下が何と言おうとわたくしは決して貴方を認めません。現実を見なさいな』って言われていたの。特別才能があるわけでもない私が、女の身で伯爵家を継ごうだなんて無理だって」
おそらく、というより間違いなくリリーアンヌのその嫌味はシェイラと未来の王妃の座を争っているつもりで言ったのだろう。
シェイラがフレデリックと結婚するなんて叶わぬ夢だと。勿論シェイラはそんな夢など微塵も見ていないので、本当の自身の夢である女伯爵となることの方を否定されたのだと解釈したようだ。
「公爵令嬢を悪く言っては不敬になるかもしれないが……何も知らずによく言うな、彼女は」
全くもって的外れであるが、シェイラが侮辱されたことには変わらない。リリーアンヌの知らないところで全てを終わらせたとはいえ、クロードは少々恩を仇で返された気分になった。
「ううん、悪く言う必要なんてないわ!リリーアンヌ様は本当はとっても良い方だったんだもの。今までのことも、きっと伯爵家の後継として甘さがあった私を戒めるために言ってくれていたのね」
しかしシェイラはもうリリーアンヌへの認識をすっかり良い人へと改めたようだ。クロードとお似合いだと言われたことがよっぽど嬉しかったのだろう。それすらリリーアンヌからすれば嫌味のつもりなのだが、当人がここまで喜んでしまっては訂正するのも野暮である。
「私、いつか王妃となるあの方にも、ウィズボーンの商品を認めてもらうためにこれからも頑張るわ!マジカルコスメやプリムローズ香水が王家御用達になったら素敵じゃない?」
シェイラの中でリリーアンヌの株価上昇が留まるところを知らない。フレデリックの有力婚約者候補からもう将来の王妃で確定になっている。
「そうだな。たぶん時間の問題だろうし」
「あら、クロードも自信満々ね!とっても良いことだわ」
実際、リリーアンヌが王子の妃として確定するのは時間の問題だろう。
原作でフレデリックがシェイラを妃にしたときは、直前に有力な婚約者候補がゲースジィ子爵家に嫁いでいったこと、シェイラの元婚約者であるどこぞの商人も行方知れずになっていたことで、お互いに何もしがらみがなかった。
それに何より、原作シェイラには王子の求婚を受け入れる気持ちがあった。そこで妃になるため相応しい努力をしたからこそ周囲にも認められたという経緯がある。
それと比べて今、現実のシェイラに王子に嫁ぐ気などまるでない。
その婚約者であるどこぞの馬の骨ともわからない商人も行方知れずになっていないし、最有力婚約者候補は変わらず最有力のまま。
もうすぐ成人を迎えるフレデリックが、ここに来て排除する術を失ったリリーアンヌを差し置いて、シェイラを妃に据えるなど夢のまた夢である。
リリーアンヌの言葉を借りるならば、叶わぬ夢から覚め、現実を見るべきなのはまさに王子の方だった。
いつも感想等ありがとうございます。とても嬉しいです。




